舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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親しみ場所の去り人

守りたいもの

それは死の先に

配点(歴史再現)

 

 

 

 

 柔らかい日差しが降り注ぐ平地。そこには数隻の戦艦がある。M.H.R.R.とそれに協力するP.A.O.M.のものだ。

 それらの指揮をするのは五大頂の前田・利家と佐々・成政。彼等は関東侵攻を見据えて九州の役の歴史再現に来ていた。

 事前に羽柴が根回しを進めていたものの敵対を選んだ勢力は少なくなく既に一戦交えている。

 苦戦したがこれを打ち破り、M.H.R.R.の戦士団は撤収の準備に取り掛かっていた。

 これから本国からの補給が来るまでは休息の時間となる。

 戦士団の顔には安堵があったが、利家と成政の内心は違った。

 

「ベッキー」

 

 利家が呼びかけた先には三征西班牙の制服を着た青年。

 彼は地面に座って打粉と拭い紙で刀の手入れをしていたが、利家と成政に気付くと手を止めて一礼する。

 青年の名は戸次・統常。

 

「もうすぐ出発の時間だけど」

「ありがとうございます。しかし私の事は放っておいていただいて結構」

 

 羽柴による九州の役。これに際して三征西班牙から協力者が派遣された。

 大友家からの救援を受けての九州入りだったという聖譜記述に則った結果であるが、自国の領地を奪われる西班牙が協力しているのには理由がある。

 三十年戦争において西班牙と神聖ローマ帝国が協力関係だったという事もあるし、借金大国の三征西班牙は各国の投資を必要としていた。

 織田・信長が健在なうちの九州の役の再現を認める事で貸しを作りM.H.R.R.からの融資を引き出そうというのだ。

 新大陸との貿易を重視している三征西班牙にとって九州の比重が軽いという事情も後押しした。

 そうして派遣されて来たのが戸次・統常だった。

 西班牙に併合された大友家に代々仕える極東人であり、九州侵攻の初戦ともいえる戸次川の戦いで戦死すると聖譜に記された襲名者だ。

 これについて統常は先の戦いを戸次川の戦いとし、自身は自害する旨を申し出ていた。

 

「……何も死ぬ事はねえんじゃねえのか? 羽柴の奴だって……」

「心遣いには感謝。ですがもう決めた事です」

 

 統常が成政の言葉を遮った。

 利家が一見した限りでは彼の顔に恐れなどの感情はない。

 

「敗死より自害の方が格好がつくという思いもあります」

「……馬鹿が」

 

 不満げな成政を見てお人好しだと利家は思う。

 統常と一緒にいた期間は短いが情の深い成政にとって彼の死を素直に認める事は出来ないのだろう。

 けれど、と利家は改めて統常の方を見る。

 言動に責任が伴う襲名者が他国の人間に対して自害すると言った以上、その覚悟は固い。翻意させるのは難しいだろう。

 

「既に身辺整理は済ませているので数日以内には再現を行います」

「勝手にしやがれ」

 

 統常が小さな笑みを浮かべて頭を下げ、成政が不貞腐れた返事を送って最期の別れはなされた。

 

    ●

 

 風に揺れる木の葉の擦れる音、大地に息づく小動物の鳴き声、そしてせせらぎに耳を和ませながら統常は川に足を踏み入れる。

 足下から昇る冷気が心地良い。子供の頃はよく水遊びをしたものだ。

 統常の一族は極東が神州と呼ばれていた頃からこの土地で暮らしていた。

 重奏神州の崩壊によって環境が激変しようとそれは変わらず、重奏神州から避難してきた異族とも融和して開拓を行った。

 

 ……それが自分の代で失われるとは。

 

 統常の家系は多くを失うのが流儀である。

 失う事により未熟を悟り、鍛練に真摯となり、守る事を強く欲する。

 神代の戸次・統常はどうだったのだろう。

 聖譜記述によれば彼は出陣に当たって先祖伝来の家宝や書物を焼き払って不退転の覚悟を示した。

 そして戸次川にて果てる。死んでしまってはそれまでだという見方も出来るが、

 

 ……そうではない。

 

 統常は主家への忠誠を示した。

 名誉の為に死ぬのは愚かだという考えもあるだろう。

 けれど部下や民の為、命より名誉を守るべき時もある。

 父親の戸次・鎮連は裏切りの疑惑をかけられて死んだ。

 仮に統常が生き残っても功績を立てていなければ戸次家は取り潰しになっていただろう。

 統常は死すべくして死んだのだ。

 

 翻って自分はどうだろうか。

 憤りがない訳ではない。損な役回りだという思いもある。

 しかし今は戦乱の時代だ。襲名者でなくとも無意味な死や理不尽な運命などどこにでも転がっている。

 むしろ何の制約もない一般学生の命の方が軽い。

 故に自分は幸運だ。

 

 襲名者は自身の生死を交渉カードに出来る。

 死は恐ろしいが聖譜記述を知っていれば希望を抱ける。

 当然国家間の駆け引きで聖譜記述の通りに進むかは不確定だ。

 それでも己のなすべき事はなしたのだと心安らかでいられる。

 

 ……付け入れられる隙は与えなかった。後は君達次第だ。

 

    ●

 

 遠ざかる大地を甲板から見下ろしながら利家は統常の行動について考えていた。

 彼が抱いていたのは悲観だろうか。代々守り通したものが奪われる哀しみと無力感は命を絶つ理由になる。

 だがそこまで考えて利家は思い直す。

 悲観があったのは間違いないだろうが、別れ際の彼の笑顔にはそれ以外もあったように思う。

 

「トシ、あいつは何で死を選んだんだろうな」

「……推測で人を語るのは好きじゃないけどね、彼なりに守りたい物があったんじゃないかな」

 

 聖譜記述では九州の役の後、立花家が羽柴によって大名に取り立てられる。

 戸次家と立花家は親戚関係であり統常の弟の統利は立花家に仕えている。

 自分は歴史再現を順守するからそちらも守れ。統常は自身の死をもって羽柴にそう言っているのだろう。

 

「西国無双に関しちゃこっちで襲名者を立てる可能性もあんだろ?」

「その思惑も乗り越えられると信じたんだよ、きっと。だから笑ったんだ」

 

 ケ、と成政は息を吐いた。

 

「……後事を託せると信頼した相手がいたんだから幸いだったと思うよ」

「だと良いがな」

 

    ●

 

 後日、統常の遺骸が届けられた事で羽柴は戸次川の戦いの終了を宣言。これにより九州の役が本格的に始められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名:戸次・統常

属:アルカラ・デ・エナレス

役:戸次家当主

種:近接武術師

特:立花系全失青年




家系図的には道雪の孫、血縁的には弟の孫にあたりますね(養子説もありますが)

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