舞台裏の出演者達   作:とうゆき

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極限大地の庇護者

遥か昔より

望んで得続けたもの

配点(敗北)

 

 

 

 

 

「ふぉっふぉっふぉっ。遠路はるばるご苦労な事ですじゃ。手前は残夢。ここで副会長補佐をしております」

「どうも。覚羅教導院の馬場・梓っす。こっちは」

「ソニン」

 

 皺くちゃな顔に喜色を浮かべた老人とテーブル越しに向かい合った梓とソニンは名前を告げて頭を下げる。

 互いに自己紹介を終えるとソニンと残夢はソファーに腰を下ろし、梓はその場に座る。

 主君である源・義経の捜索を続ける二人は新大陸まで足を伸ばしていた。

 伝手があるらしいソニンの導きで訪れた教導院。通された応接室で会ったのが残夢だ。

 碌に会話も交わしていないが好々爺といった感じの老人に梓は緊張を解く。

 

「今しばらくお待ちくだされ。主は既にこちらに向かっております」

 

 と、残夢の言葉に応じるように扉が開く。

 

「待たせたのう。わらわが副長兼副会長のシャクシャインじゃ」

 

 現れたのは長い耳をした長寿族の少女だ。

 立ち上がろうとした梓とソニンを手で制し、彼女は残夢の隣まで移動して二人に向き合う。

 その姿は梓にある人を想起させた。

 ……似ているっすね。

 全く同じという訳ではない。

 極東の制服だし髪は団子にせずに伸ばしている。更に僅かに覗く足は透けていた。

 それでも雰囲気や受ける印象が似ているのだ。

 

「貴様らにはこっちの方が解りやすいか。――源・山本冠者・義経」

「……馬場・梓っす」

「ソニン」

 

 挨拶した梓は改めて義経と名乗った少女を見る。やはり似ている。

 

「何か言いたそうじゃな。言ってみよ」

「……姉妹っすか?」

「いや、他人の空似じゃ。聖譜記述においても実際においても親類ではあるがな」

 

 なるほどと梓は納得した。

 平泉出身のソニンが伝手を持っている筈だ。

 彼女の方を窺うとじっと義経に視線を送っている。

 

「単刀直入質問。義経在所既知?」

「巴殿や佐竹の坊やにも聞かれたが、残念じゃがわらわも九郎の行方は知らん。……海尊?」

「他の教導院にそれとなく探りを入れてみましたが成果はありませんですじゃ」

「まあ、この大陸のどこかに隠れている可能性は否定出来んし、出来る限り支援はするが」

「そうっすか……」

 

 聞くだけで居場所が分かれば苦労はしない。そう思いつつも僅かながら抱いていた期待は打ち砕かれた。

 それでも支援の約束が貰えたのは幸いだ。清武田は新大陸に進出する歴史はないので地形や気候などの情報がないのだ。

 

「それとこれは忠告じゃが、わらわ達は新大陸に点在する諸勢力の中の一勢力に過ぎんからな。あまり派手に動かんようにせい」

「はいっす」

 

 事前の知識だとこの教導院はインディオとアイヌの幾らかの部族で構成されている筈だ。

 実際この教導院内で様々な異族を見かけている。

 ……でもそれにしても種族が多様だったような気がするっす。

 

「インカやアステカの生き残りもおるぞ」

「……三征西班牙のコンキスタドールっすか」

 

 新大陸を制圧した者達。

 国が自国の繁栄を目指すのは当然の事で義務とさえ言える。衰退が決まっていた三征西班牙なら尚更だし武田家とて似たような事はしているのだから非難出来る立場ではない。

 けれども胸の奥に引っ掛かるものがある。

 つい最近P.A.OdaとM.H.R.R.に敗北した梓は今の自分が感傷的になっているという自覚があった。

 

 それでも自分達はまだマシなのだろう。武田家がなくなっても清側が残っていた。

 どちらもトップが同じだったので垣根はないに等しい。土地にも慣れ親しんでいる。

 一方寄る辺のなくなったインカやアステカの人々は庇護者として義経を頼った。

 彼女は善良なようだが仮に悪徳であっても頼るしかなかった。国が負けるとはそういう事だ。

 清武田はまだ完全に負けた訳ではない。しかしそれはつまり再度の敵対を意味する。

 聖連を支配下においた羽柴なら多少の無茶は通るだろう。次は負けられない。

 

「大内や大友は鎌倉の係累。それと敵対する事に因縁めいたものを感じてはおるな。ラス・カサスというのが存外話が分かるので重宝しておるが、諍いは絶えんな」

「西班牙強敵?」

「然り。向こうも必死じゃ。まあ、野生の機獣を退治したのには幾らか感謝しておる」

「流石は八大竜王といった所でしたのう」

「八大竜王……昔讃岐で会った大天狗殿は微妙な顔をしそうじゃ……どうした?」

 

 心なしか身をこちらに乗り出した義経の問いに梓は困る。

 いきなり本音を吐き出すのはぶしつけだが、アドリブは苦手なので上手い誤魔化しは思いつかない。さりとて黙っているのも失礼だろう。

 

「……近いうちに負けの許されぬ戦いがあります。それへの焦燥が……」

「一度負けたくらいで気負うな。わらわは近江で負け京で負け平泉で負け、蝦夷でも負け続けたがこうしてピンピンしておる。人生とは案外なんとかなるものよ」

「義経様は既に霊体ですじゃ」

「揚げ足を取るでない」

「……その、励ましありがとうございます」

 

 歯切れが悪く梓は答える。

 下手でも誤魔化すべきだったかもしれないと内心で後悔していると、

 

「……疑問」

「何すか、ソニンちゃん?」

 

 不意に呟いたソニンに梓は合わせた。

 不安が消えた訳ではない。それでもこの話題を長引かせたくなかったのだ。

 

「何故新大陸移住、沙牟奢允襲名?」

「ちょ、ソニンちゃん……!」

 

 促しておいて梓は慌てた。和やかな雰囲気だったが相手とは初対面だ。その質問は踏み込みすぎではないかという危惧がある。

 しかし義経は頬笑みを湛えた。

 

「構わん。棺桶に片足突っ込んだ老人というのは人に自分の事を知ってもらいたがるものじゃ」

 

 そこで義経は一度を言葉を切り、口元を緩めて目を細めた。

 その仕草は梓にも覚えがある。

 ……手繰る記憶が懐かしかったり楽しいとああなるっすよね。

 

「九郎が重奏神州に渡った後もわらわは平泉におったのじゃが、ある時蝦夷から使者が来ての。そやつらが言うには元のフビライによるアイヌ侵攻を解釈で済ませたい。だから口添えを頼みたい、と。義経襲名前に蝦夷を旅した事があったし、傍論で先の境遇を知っておったから見捨てられんかった。九郎の敵に判官贔屓というのも笑い話じゃがな」

 

 そして、

 

「泰衡殿は気軽に動ける立場ではなし、親交が深いわらわが頼朝公暗殺の為に戻ってきていた九郎と話をつけた。もっともあの頃の九郎は他に気になる事があるようであっさり解釈を了承したがな。それから蝦夷の連中に是非にと請われてのう。中途半端に手を貸すのも不義理だと思って蝦夷に渡った。それから数回の襲名を経て今に至る訳じゃな」

 

    ●

 

 話が終わった頃には日が傾き始めていた。土地勘のない者がこれから外出するのは危険が伴う。

 今日の所は教導院に泊まって捜索は明日以降という事になり、義経は海尊に部屋の案内をさせようとしたが、何故かソニンが応接室に残った。

 

「なんじゃ童。他にも用か?」

「Tes.、フビライやヌルハチ、信玄を襲名して巨大な国を築いた義経公と違って貴女は負け続けた人生です。辛くはなかったのですか?」

 

 普通に極東語を喋ったソニンに驚きつつ質問を咀嚼した義経は眉根を寄せる。

 ……最近の若人は遠慮がないのう。

 

「生意気な童よ。わらわとて琵琶湖を抑えておった頃なぞは平家にも恐れられておったぞ?」

「……」

 

 冗談めかした態度に反応せず真剣な表情のソニンに義経は小さく息を漏らす。

 

「童、もしかしてわらわを悲劇のヒロインか何かかと思っておるのか?」

 

 だとしたらとんだ勘違いだ。

 別に押し付けられて襲名した訳ではない。聖譜を読み解き、どういう人生を送るか理解した上で襲名した。

 長寿族には名誉に拘らない者も少なくないが、ソニンは見た目通りの年齢なのだろう。思考が短命寄りだ。

 概ね聖譜通りの歴史再現で辛い事もあったが、自分は基本的に加点方式だ。

 楽しみなど見つけようと思えば幾らでも見つかる。普通の人間は老いたりすれば喜びや楽しさを得るのが難しくなるが自分は融通が効く。

 

「童は何故平泉から出て九郎に仕えた?」

「……献身に理由が必要ですか?」

「それが分かっておるなら問いの解は必要あるまい」

「――貴女の在り方は奥州の気質です。とても嬉しく思います」

 

 ソニンの言葉に一瞬呆けたが義経はすぐに笑い出す。

 

「わらわは泰衡殿と並んで奥州平泉の最古老じゃぞ? その在り方が奥州勢以外であろう筈がなかろう」

 

 ただまあ、

 

「ずっと負け続けるのも格好がつかぬし、そろそろ勝とうとは思っておるぞ。いつまでも過保護なのは失礼じゃしの」

「……それは」

「童が余計な事を考えるな。それにな、わらわの残念が消える時というのは最高の幸いを得た瞬間。ならば祝言で見送れ」

「……Tes.」




いわゆる義経二人説です。
また義経生存説の中には北海道へ逃げてシャクシャインの先祖になったという説もあります(すげー後付けくさいけど)

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