「いやはや、本当に申し訳無い」
「────────」
まるでオベリスクの様に乱立する黄金の柱から伸びる鎖と、凄まじい呪力が込められた呪符でガチガチに拘束され、逆さまに吊るされている優男が胡散臭い笑みを湛えながら謝罪を口にした。
アルビレオ・イマ。
図書島の司書にして、夕映が魔法を知る原因の一つだ。
夕映は正体不明、不気味、強大な魔法使いというイメージしか持たなかった為、マヌケ極まる姿に彼女は開いた口が塞がらなかった。
強い心的ショックを受け日も跨がず布団で簀巻にされ、挙げ句異界に連れ込まれた果てにこれである。
彼女の心的許容量はもはや限界であった。
一方、完全な一般人である千雨はと言うと。
「七輪出来たぞい」
「サンマ持ってこいサンマ」
『酒モ忘レンジャネェゾ』
「フフフ、流石キティ達です。まるで容赦がゴホッゴホゴホゲホッ! ガハゴホオエッ」
「……………………何してんだお前ら」
「ん? 痛め付けてるけど」
「そうじゃねぇよ」
何処からともなく取り出されたサンマを焼く七輪の煙で、その男が笑顔を保ちながら悶絶するという曲芸を披露している様を、知り合いが嘲笑している。
些か胡散臭げではあるが、一体この青年は何をやらかしたのか。
戸惑いと苛立ち、呆れと苦悩が混ざり合った形容し難い表情で突っ込んでいた。
幼馴染みで想い人の秘密とか、一先ずどうでも良くなるほどの平常運転っぷりに怖れなど消え去っていた。
「次どうする?」
「幼女がみるみる内に成長していく様を72時間見せ続けるか?」
「それだけは止めてください」
「ヘイちうたん。ロリコンが最も苦しむ処刑方法教えてくれい」
「────全部私に説明したらなァッッ!!!」
第二十七話 贖罪
皐月は語った。
この世界には、様々な神秘と神秘を行使する技術体系があること。
この学園は、火星の別位相に神様が創った異界出身の魔法使い達が創った街なのだと。
当然、今もそれなりの数の魔法使いが教師や生徒として生活していること。
不死の魔法使いであったエヴァンジェリンに自分が弟子入りしたこと。
小2の時に両親をテロリストが襲ったのでムシャクシャし、八つ当たりで暴れている神々を殺して魔王になったこと。
「最後だけおかしいだろ!?」
「解るぞ長谷川。家族旅行に行った未熟な弟子が人類の代表者になっていた時の私の気持ちが、コイツには分からんのだ」
幼馴染みがいつの間にか天災と比喩される存在になったと告げられた気持ちと、エヴァンジェリンの気持ちは同じなのだろうか。
「はぁ…………、突っ込み切れねぇ」
「焦ることはあらへんよ千雨」
「もうじき、性的にキモチ良くなるから」
千雨は思わず、皐月の襟首を掴み上げる。
彼女たちキチガイへのツッコミの放棄であった。
「おい……、オイ皐月ッ……!!」
「最近特にエロ方面でボケ始めるんだよなぁ。これが思春期か」
「男子か!? さっさと叱り付けてこい!」
「はーい、君達アッチでお話ししようかぁ」
「「はーい」」
皐月が抱き付くキチガイ二人を引き摺って行き、離れた場所で正座させて説教を始めたの見ながら、千雨は吊るされているアルを見上げる。
「で、アンタ……どうするつもりだ?」
「どう、とは? 長谷川千雨さん」
「アンタ、些か無責任過ぎるぜ」
「えぇ、その件については素直に謝罪しますよ。宮崎のどかさんが死亡する事は私の望んでいた顛末ではありませんでした」
「だったら、お前が望んでいた顛末とは何だ?」
アルビレオの言葉に、雪姫が厳しい視線と共に問いを投げ掛けた。
宮崎のどかの悲劇と綾瀬夕映の罪を聞いた彼女は、真っ先にアルビレオの真意を聞きたかった。
この男が何を以て夕映に魔法の存在を明かしたのか。
「単純ですよ。理想的なのは綾瀬さんが再び図書館島に訪れ、私と再び接触すること。その場で彼女が魔法を教わりたいと言うのならば、私は迷わず教えていました」
現実こそ独学に走っていたが、そもそもの始まりを忘れていた。
否。本当は未知への好奇心もあったのだが、それ以上に彼の初遭遇は悪い意味でインパクトが強すぎたのかもしれない。
少なくとも夕映は、恐怖心から無意識にアルビレオという存在を忘れようとしていた。
だが今思えば、そんな選択肢もあったのではないか。
夕映は、思わず顔を上げる。
「私も貴方達魔王一行と接点を持とうと思ったのですよ。しかしアスナさん経由は余りに芸がない。そこで丁度魔法の書物を探り当てた彼女が居た、というだけの話です。まぁ、まさか独学でここまで首を突っ込める程の才と胆力があるとは思ってもみませんでしたが」
彼女の才能は、アルビレオから見ても逸材だった。
ナギ・スプリングフィールドのような規格外ではないが、だからこその理詰めで順当に強くなれるだろう。
それこそ、かつての紅き翼の面々に並ぶ程に。
「えぇ、ですので私はこう判断したのです。
『────そちらの方が面白そうだ』と」
その表情は悪意など欠片もなく、無邪気ささえ感じさせた。
あったのは、以前まで夕映を満たしていた好奇心。
「事実綾瀬夕映さん、貴女は独力で様々な魔法や技術を会得していった。今は中級魔法も手を伸ばしているようだ。
素晴らしい才能です」
そんな彼が口にする客観的事実は、その何もかもを夕映に自身を糾弾する罵倒にさえ錯覚させた。
己の才能さえ、この結末を招いてしまった要因だと呪いさえ抱きながら。
「いいえ、あまり自身を責めるべきではありません。貴女は要因の一つに過ぎず、原因は複数存在した」
「複数……?」
「私が貴女を放置したこと。そもそも宮崎さんを殺害した原因である外部術者。貴女の行動を認識できなかった学園側。そして何より────」
────間が、悪かった。
「な────」
そんな身も蓋もない言葉が、口にされた。
絶句する夕映に、しかし皐月や雪姫達は素直に頷く。
確かに、と。
「別の年の大停電の襲撃ならば、こうはならなかったでしょう。学園側の配置も防衛ラインを築く様なものだけでは無く、もっと面で対処した筈。そうであれば貴女達は容易く発見されたでしょう」
そもそもヴォバン侯爵が『死せる従僕』など送り込まなければ、魔王一行が前線に出ることなど無かった。
ヴォバン侯爵に便乗して今まで手を出さずに静観していた術者も、彼の名によって動いていた魔術結社もいない、例年並の侵攻ならば。
あるいは逃げること位は出来ていたのかもしれない。
何より、錯乱した式神が目の前に落ちてくるなど、運がないにも程がある。
そんな中、千雨が手を挙げて質問をする。
「なぁアンタ、そこまで詳しいんならリアルタイムで観てたんだろ? 遠見とか千里眼とかで。どうにかして助けられなかったのか?」
だからこそ、無責任だと先程彼女は口にした。
魔法としては遠見などはやはり存在するが、無論千雨はそんなことは知らずメディア知識による質問である。
尤もな彼女の言葉に、アルビレオは笑みさえ浮かべて己の拘束された身体を見た。
「実は私、こう見えて条件を満たさないと図書館島から出ることが出来ないのですよ」
「────え?」
そう。
忘れられがちではあるがこの古本の付喪神、世界樹の魔力が満ちなければ外に出ることが出来ないのである。
おそらくこの別荘や魔法世界のような大気に魔力が豊富な空間や土地でなければ、肉体の形成さえ辛い筈だ。
それが本体が動くことさえ儘ならなくなったのが、所謂10年前の『完全なる世界』との戦いによる傷なのだろう。
少なくとも現在のように権能で端末を拘束するなどしなければ、この別荘に来ることさえ出来ない。
彼が現場に赴いて夕映とのどかを助けることは、完全に不可能だった。
「もし私が彼女達が現場に向かっていることを学園長達にお伝えすれば、あるいは回避できたかもしれません。
無論、所詮はたらればですが」
だからこそ、アルビレオはこの状態を甘んじていた。
己の趣向を優先した為、貴重な物語を終わらせてしまった。
極めて異質きわまりない思考をしている彼は、しかし行動さえしなかった己の非を素直に認めていた。
「あー、そんな縛りあったな」
「学園長室などの特定の場所ならこの様な端末を送り出すことも出来るのですが」
因みにこの端末が捕縛されたのが、まさに学園長室に送り込まれた際である。
「そんな────」
震えるような声が呟かれる。
不運にまみれ、しかし決して拭えぬ罪悪感に苛まれる少女が、余りにも無体な言葉に悲鳴を上げる。
「そんな言葉で、納得できると思っているですか!?」
「では何ならば納得できると?」
「なッ……!?」
そんな悲鳴を、無機質な言葉で切り捨てる。
「そも、私は客観的事実を述べているだけです。それも所詮は結果論。私としてはそれが今後の貴女の、ほんの少しでも慰めになるように、とね」
「今、後……?」
それは当たり前に訪れ、生きる以上は決して逃れられぬ未来。
「貴女を加害者と言うには酷が過ぎ、しかし貴女自身は罪だと思う。であるのならば綾瀬夕映さん、貴女が今後しなければならないのは贖罪でしょう。無論、私が言える立場ではありませんが」
目の前が真っ黒になる。
否、目を逸らしていた現実を直視し直しただけ。
どれだけ否定材料を並べようとも、本当に彼女が悪くなかったとしても。
夕映自身の罪悪感が無くなることはないのだ。
「贖、罪……?」
罪を贖う。
極めて当たり前の道理で、当然の罪滅ぼし。
図書館島で、夕映はその手の小説は山程読んできた。
ある者は自身の命を絶ち。
ある者は人生を狂わせ悪に堕ち。
ある者は法の裁きに身を委ねた。
では、自分は?
法の裁きに身を委ねようとも、恐らく学園側は夕映を被害者と判断するだろう。
では自死? 論外である。
自殺など唯の逃避。何より、もし夕映が死んだら彼女を庇ったのどかの死は、本当に無意味になってしまう。
それだけは、絶対に許容してはいけない。
夕映の視線が焦点を失い、道標を喪ったように揺れる。
その歪む視界の端に、白い少女がいた。
彼女が死なせてしまった、宮崎のどかの魂を持った少女が。
もし少女が自分の命を求めたら? 無論、即座に差し出そう。
徒に命を捨てるのと、求められた断罪は贖いとなるのではないか?
そう、そうだ。
それならば無意味ではなく、それが一番────
そんな魔が差した思考の渦に呑まれる夕映に、影が差す。
「綾瀬」
「っ、せッ……先生────」
────バチンッッ!! と、頬を打つ音が響く。
その張り手の威力は、夕映の身体を軽く十数メートル吹き飛ばした。
如何に才能をもっていようと、にわか仕込みの彼女にソレを防ぐことも受け身を取ることも出来ず、そのまま吹き飛ばされるしかなかった。
「おー、飛んだ飛んだ」
「お、オイ皐月。アレ首折れたんじゃ」
「そこら辺の加減は大丈夫だろ。最悪折れてても心臓止まってても大丈夫。治せる」
「……魔法ってそこまで出来んのか」
「即死でなく、脳さえ残って居たらな。と言うよりかは、俺と治療系に特化してるこのかがな」
「治すでー?」
そんな会話を尻目に、頬を抑えながら悶絶している夕映にズンズンと雪姫が近付く。
「ほぅ、素人の分際で障壁を張っていたか。成る程大した才能だ」
「な、ナニをするですか────ッ!?」
涙目で起き上がる彼女に、ニヒルに雪姫が笑う。
「目は覚めたか?」
「────」
「あのエロナスビの言う事などマトモに聞くな。奴は客観的事実しか口にしておらん。そしてお前にとって必要なのは何よりも主観の筈だ」
贖罪、それは明確な法の裁きでない場合自己満足でしか無い。
雪姫は彼女に目線を会わせるように片膝を着き、真正面から向き合う。
それは、まるで画面の向こう側に対して向ける言葉のようだったアルビレオとは、決定的に異なっていた。
「嘆くのはいい。苦しむのも良いだろう。だが己が悲劇に浸り安易な選択に逃げるのだけは止めろ。それは逃避だ」
それは言霊であった。
六百年を生きる悠久の不死者の言の葉は、強い心身を持つ者でなければ抗うことは出来ない。
況してや心が疲弊しきった夕映は、その言霊に強く影響を受けた。
雪姫の瞳に映る夕映の目には、先程までの絶望は既に浮かんでいない。
「それが故意でなかろうと、不運によるものだとしてもお前が取り返しのつかないことをしたのは覆し様の無い事実だ」
その眼に満足したのか、彼女は立ち上がり踵を反す。
その先には、変わり果てた
近くに居ながら助けることすら出来なかった。
そんな思いを、教師である彼女が持っていないわけが無かった。
「罪から逃げるのは悪ですらない。ただの愚行だ。だが幸か不幸か、お前は決して罪から逃げられない」
その視線に、夕映は押し潰される様な錯覚に襲われ────気付く。
その仕草は機械的なものだが、その端々に『宮崎のどか』を感じさせるモノを見付けられたのだ。
夕映の瞳に涙が溢れる。
それはきっと、親友である彼女にしか見付けられないモノだから。
「お前は答えを出さねばならない。己の贖罪の為に何が出来るのか、何をすべきなのか」
それは悪の矜持でも、不死者の啓蒙でも無い。
きっとそれは、当たり前の事なのだろう。
「模索し続けろ。例え生涯を掛けて答えが出なくとも、例えどれだけ苦しくとも、己だけでは答えがでないとしても」
時に雪姫自身も見失ってしまう、そんな誰もが行うべき、そして誰もが出来るわけでもない厳しい物なのだろう。
「誰かに答えを求めるな。自分で答えを見付け出せ。お前が考え抜いた末に出した答えならば────例え善だろうが悪だろうが、私はお前を支持しよう」
その姿は、魔法世界の恐怖の権化である『闇の福音』でも、最強種の1つである『真祖の吸血鬼』としてでもなく。
「泥にまみれて尚、進め。私の生徒なのだ、その程度はしてもらわないとな」
今の彼女は、ただ生徒を導く教師として。
「もしそれでも納得がイカンと言うのなら、時間跳躍でも何でも自分で開発して、直接赦しを請え。これでも経験豊富でな。アドバイスぐらいは、先達としてしてやっても構わんさ」
「────ありがとう、ございますです」
差し伸べた手を、夕映は握る。
彼女はきっと聡明だ。
先ずは、誤ちを一つ一つ正そう。
もし自分の様な安易な選択をしようとする者が現れたのならばそれを止め、かつどうすれば同じことが起きないか模索しなければならない。
それは机上の理屈では決してなく、現実的な行動なのだから。
不安になることもあるだろう。誤ちをまた犯してしまう事もあるかもしれない。
だが、何の問題もない。
「あ、自己犠牲とかのクソの場合は拳骨するからねー」
「ねー」
彼女はもう、頼れる友達が見過ごしてはくれないのだから。
◆◆◆
そんな彼女達の姿を少し離れて見ていたアカリは、少し呆けた頭を、頭痛を抑えるように抱える。
「贖い、ですか」
「何か思うことが?」
「茶々丸様」
「茶々丸で。あるいは気軽に茶々丸さんと」
アカリの傍らに、冷えたグラスを持ってきた人外離れさえしている、直視しても異性には魅了以外が浮かばないほどの美を持つ天女がやって来た。
そんな彼女からグラスを受け取り、常夏の世界の別荘では快感さえ覚えるジュースを飲みながら、アカリは投げ掛けられた問いに答える。
「私は、村の皆を永久石化から脱することこそが償いだと考えていました。ですが、それはスタート地点でしかないのですね」
「……」
彼女は、既に当初の目的を達していた。
永久石化の呪いさえ、灼熱の魔王の業火は欠片も抵抗を赦さず燃やし尽くした。
スプリングフィールドの故郷の村の住人は石化の呪いから解放されたのだ。
「あの村の皆は、恐らく私達の出生を知っていたんだと思います」
高位魔族の大群によって滅ぼされた村。仮にスプリングフィールド兄妹が目的であっても過剰すぎる戦力であり、村人の悉くが
つまり戦える者で構成された村であり、戦う可能性を予見していたということ。
これでスプリングフィールド兄妹の出生を知らないわけがない。
つまり巻き込まれたのではなく、護ろうとしていた。一体何から?
即ち、襲撃の黒幕であるメガロメセンブリア元老院。
そんな黒幕達が、襲撃し石化という口封じを行った村の人間の復活を知ればどうなるか、言うまでもない。
そんな再びの襲撃を受けずに済むよう、彼らの存在は秘匿された。
いつか元老院の滅びと共に、堂々と日の下で歩く時を待ちながら。
「なんて未熟なのでしょう。私は皆に、スタンさんに赦された時に罪を贖い切ったと勘違いしていた」
「それは……」
そうして、彼女は遣りきったのだと満足した。
しかし夕映を見て、それは怠惰なのではないかと思うようになった。
それでいいのかと。
「彼等に何が出来るのか、もっと何かをしなければならないのではないか。元老院の排除は義務です。だけれど復讐などではなくより淡々とした作業でなければならない。贖罪だというのならば、より生産的な行いこそが償いになるのでしょう」
「そう、ですね。でも、忘れてはいけません」
「?」
「貴女が既に赦されていることを。過度な償いは、きっと相手も迷惑ですよ?」
「……難しいですね」
「えぇ、とっても」
◆◆◆
「何を嗤っていやがる」
「────いえ、申し訳ありません。つい、洩らしてしまいました」
罪の意識に苛まれながらも、友や恩師によって顔を上げた少女。
そんな少女に触発され己を見つめ直す、過酷な境遇を生まれ持つ成熟した外見の幼子。
そんな彼女達の姿を眺め、アルビレオは細やかながら笑いが止まらなかった。
「やはり────ヒトの紡ぐ物語は、とても美しい」
「…………」
「ここまで多種多様な可能性を持つ生命は、この地上には存在しません」
それは一冊の最高位の魔導書の付喪神故の言葉か。
あるいは人の人生と云う名の物語を収集する、一人の最高位の魔術師としての言葉か。
「私も償いをしなければなりませんね。この身に出来ること、私が知りうることは出来うる限りお話ししましょう。とは言っても、出来るのは魔法を教えるか図書館島の司書としての役割を果たすこと程度でしょうが」
償うと口にしながら、その言葉の端には喜色さえも滲ませて。
どちらにせよ、この存在は万人が美しいと思う人間模様、人間讃歌が特に御気に入りであった。
元より関わりが深い黄昏の姫御子に、彼個人の友人の娘である極東最強の媛巫女。
加えて弟子であり友人でもある英雄と王女の忘れ形見である禍払いの殺人者。
そんな彼女達の輪に入った贖罪に悩む才女がどんな彩りを魅せるのか。
彼は楽しみで仕方がなかった。
「今回は残念な結果になりましたが、そんな予想外のカタルシスも時に最高のスパイスとなる」
「────なぁ、アルビレオさんよ」
それは一見若者の有望さに喜ぶ老人のような側面も見えるかも知れなかったが、しかし。
「あんまりくだらねぇ事ペラ回すのは止めてくんねェかな」
彼を拘束していた呪符と鎖が解かれ、アルビレオが地面に降り立つと共に────ドス黒い炎が足元から彼に喰らい付いた。
その黒炎は獲物に発狂させるほどの激痛を与えながら、その端末を焦がし尽くす。
「────次やったら、図書館島の底ブチ抜いてでも焚書にするぞ」
「えぇ、えぇ。よく理解しています」
足元から風化していく恐怖と激痛。
しかしそれでも笑みを絶さず、彼はその警告を受け入れている。
アルビレオは理解していた。
自分が殺されていないのは、まだ釈明の余地があったから。
二度目は無い。
「
その表情が、初めて諦観と期待の混じる矛盾したソレへ変わる。
その感情の名は、後悔。
友とその妻を生け贄に捧げるしかなく、彼の望むハッピーエンドには程遠い結末しか残せなかった事への負い目か。
初めて、人間らしい感情が表情に浮かんだ。
「我々が為せなかった
「知るか。手前の不始末の後片付けなんざ御免だよ」
万感の籠った言葉を切って棄てる。
その言葉にアルビレオはキョトンとし、再び胡散臭く笑う。
彼は何かを口にしようとして、その前に塵となって消え失せた。
それはまるで、老人の譫言など聞く耳持たぬとでも言うかのように。
◆◆◆
「────アイツでも、あんな顔するんだな」
「怖じ気づいたか?」
燃え散らされたその光景を見て呆けたかのように千雨が溢した言葉に、雪姫がニヤリと笑う。
「どうだろうな。正直担任が幼馴染みの姉貴分だったことの方がショックだよ」
「ハッ」
無論、動揺はした。
千雨にとって皐月は絶対的な味方であり、今思えば本気の喧嘩は一度もしなかったのではないか?
仮に千雨が噛み付いても、まるで保護者や大人が子供に噛み付かれるのを宥めるように諌められるか笑って流されるだけ。
恋慕している此方が、独り善がりの馬鹿みたいに思えてきたのだ。
ならば此処は、分水嶺なのだろう。
「お前はこれからどうする? 長谷川千雨。お前も知ったように、此方側はホンの少しの不運で命を失う世界だ」
千雨の身体が押し潰される様な錯覚と共に崩れ落ちる。
雪姫から発せられる圧力が、千雨の身体中から冷や汗を噴き出させたのだ。
だが、この程度。
負けん気だけは、他の連中に負ける気は無かった。
「生憎と、どこぞの銀髪暴食シスターのポジションに甘んじるほど大人しくは無いんでね」
言葉の端を震わせながら。
それでも尚、蚊帳の外はもう御免だと。もうずっと疎外感を感じ続けるのは嫌だと立ち上がり一歩前に進む。
境界線を、越えた気がした。
「ではようこそ、お前の忌避したクソッタレのファンタジー世界に」
成熟した大人の姿から、かつての『童姿の魔王』と呼ばれた姿に雪姫────エヴァンジェリンが変貌し、歓迎するように両手を仰ぐ。
後悔など無いとは言わない。
寧ろ未練タラタラだが、決して悪い気分ではない。
漸く、彼の『身内』になれた気がしたのだから。
そんな様子の千雨に満足したエヴァンジェリンは、途端に超然としたソレから好々とした悪い笑みに。
「ではてっとり早く仮契約し、得たアーティファクトを軸に方針を決めるか」
「仮契約?」
「おっ」
「おっおっ」
「………………」
急に色めき立ったキチガイ共と、最早悟りを開いたが如き菩薩顔となった想い人の反応から嫌な予感を感じる。
その後、仮契約の概要を知った千雨の狂乱による修羅場があったことは言うまでもない。
本当に、申し訳ない(更新遅れて)
別の完結間近の作品を優先してたのと、完結した時の燃え尽き感で投稿が遅れてしまったというのが実情です。
ぶっちゃけこの話が描き辛かったってだけなんですけども(オイ)
描いてて「アルビレオがただのクソ野郎ってだけにならないように」って思いつつ、感想見ればやはりクソ野郎になってたエピソードな気がします。
ゆえの答えも、すぐさま回答を出すより悩みぬいた方を示すのがエヴァらしいかなぁと思った次第。
では重苦しい一旦話はここまで。
次回はネギ参戦を匂わせつつ、UQ HOLDER!とのクロス要素を出していきます。
具体的には、オリ主に対して嫌悪というか反対意見を出せるUQキャラクターを参戦させます。
それが終わればよ────やっと原作突入ですかね。
さて、ことメディアミックスに恵まれなかった? 赤松作品ですが、アニメUQ HOLDER!の成功を願っています。
まぁぶっちゃけ、UQ原作は絵柄の変化や『序盤』の刀太の妙に急成長過ぎる強さに、ネギ達の努力やらを比較し無性にイラッてしてましたが(シレッ)
よくよく考えれば最強種だったんだよなぁ刀太。