魔王生徒カンピオーネ!   作:たけのこの里派

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第二十五話 SANチェック1d10

  ────言い訳をするならば、彼女達は余りに運が悪かった。

 

 従来の大停電における襲撃ならば、彼女の望む通りの「魔法使いの戦い」を目にすることができるだろう。

 そして十中八九魔法先生、あるいは魔法生徒にその姿を見付けられ、こっぴどく叱られはするだろうが正しく導かれたかもしれない。

 

 しかし悪条件が重なりすぎた。

 狼王の従僕による侵攻。ソレに伴う魔王一行の全力戦闘。それを行うための戦線構築の配置。

 敢えて取り零しを作り一行の負担を減らして魔法先生達が確実に潰す戦術。

 そして、二つの戦線の間に一般生徒が入り込む事への対策も想定も無かったこと。

 

 それら全てが彼女達を悪い方向に転んだ。

 しかし────

 

 好奇心は猫をも殺す。

 その一点に於いて、彼女は逃れ得ぬ罪を犯していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映は待望の『魔法使い達の戦闘』を、双眼鏡越しとはいえ観ることに成功していた。

 図書館探検部の経験もあり、アグレッシブさと潜入行動がレンジャーとさえ思わせる行動力を彼女に与えていたのだ。

 基礎魔法を習得した事もあり、それを助長させた。

 

 華やかで派手な上級・中級魔法に隠れがちだが、細かい制御や配慮は基礎魔法の運用にこそ反映されやすい。

 秀才としての才能も夕映を後押ししていたのだ。

 

 そうして観ることが出来た待望の光景。

 自分も見知った先生や見知った制服を着た人物が魔法を扱っている姿に、自身を重ねたのだ。

 

 しかし、彼女は初め目を輝かせて見ていたが、暫くすると疑問符が浮かんでしまった。

 

「どうしたの夕映?」

「妙なのですよ、のどか」

 

 自身によって魔法を知った共に忍び込んでいる親友の声に、興奮しながら疑問を口にする。

 この親友が付いて来るのは些か心配であったのだが、この光景を共に目にすることが出来て嬉しかった。

 親友と感動を共有できるのだ、嬉しくない筈がない。

 

「侵入者────召喚式、と呼ぶべきなのでしょうか。あの鬼や魔物の数が些か少なすぎる気がするのです」

 

 まほネットにあった情報に比べ、魔法先生達が陣を構えて迎撃する鬼達の数が少なく感じた。

 寧ろこれでは、取り零しを無くそうとしているようにさえ感じる。

 

 ────瞬間、轟音と共に闇夜を切り裂く極光が煌めいた。

 

「ッ!?」

 

 衝撃波に耐えながら、夕映達はその方向を観て、絶句した。

 

 形成される紅蓮地獄。

 氷によって薔薇の花弁と棘蔓の塔が築かれ、地獄の如く侵入してきた亡者を閉じ込めていた。

 

 興味本意で調べた極大呪文の何れにも該当しない魔法は、先程感じた基礎魔法の有用性を吹き飛ばすほどの衝撃を夕映に与えていた。

 そして理解した。

 彼処こそ、本当の戦場なのだと。

 

 極大呪文クラスの魔法を扱える魔法使いの戦いと本人のことを観てみたい。

 あわよくば、教えを受けたい。

 自分も同じ視点で魔法を使いたい。

 

 しかし、そんな戦場に基礎魔法を覚えた程度の自分が行ってどうなるか。

 興奮にのぼせた夕映でも、流石に死ぬことが解る。

 地雷原でタップダンスは自殺行為である。

 

「戻りましょうか、のどか」

「で、でも良いの? 夕映は彼処に行きたそうだけど」

「私だけなら向かっていたかもしれませんが、のどかを置いていく訳にも連れていく訳にもいかないです」

 

 そういう意味ならば、親友である彼女を連れてきて良かったと夕映は心の中で呟く。

 知的好奇心で暴走しがちだが、この引っ込み思案の親友の姿を見れば逆に落ち着けるというもの。

 

「さて、帰りましょうか。幾ら睡眠を促す魔法で眠らせたとは云え、ハルナのセンサーは恐ろしい」

「ふふ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────そこからの記憶は、酷く曖昧である。

 

 帰路についた自分が、振り返る事も出来ずに、自身を押す軽い衝撃に倒れる視点。

 足場の悪い場所だったからか、不意打ちだったからか、転んでしまった際の軽い痛み。

 直後、ナニかが潰れた不快音。

 息の切れた、恐怖する猛獣の様な唸り声。

 飛び散った生温い濡れたナニか。

 その直後走った閃光。

 

 一体何が起きたのか、まともに理解することは出来なかった。

 ────あぁ、でも。

 

 その()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────?

 

 私の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五話 SANチェック1d10 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、大停電に伴う年に一度の大規模化侵攻を乗り切った学園長室の雰囲気は酷く重かった。

 雪姫は険しい表情で壁にもたれ掛かりながら佇む。

 視線の先は普段の飄々さを失い、悲痛に顔を抑える近右衛門がいた。

 その姿を生徒が見れば目を疑う程に。

 

「まさか、生徒から犠牲者が出るとはの……」

 

 護るべき生徒に犠牲者が出た。

 あってはならぬ事態である。

 

 アスナ達の攻撃を受け、吹き飛ばされた先に夕映達が居たのだ。不運としか言いようがないだろう。

 尤も、夕映達が居た場所は魔法先生達のいる防衛ラインの僅かに前であり、そもそもその場に赴かなければ起こり得ない事態だったのだが。

 

「綾瀬君は?」

「私の『別荘』で寝ている。もう目覚めている頃だろうな」

 

 雪姫の『別荘』は現実との時間の流れが異なっている。

 現実時間での一時間が一日に相当する『別荘』で過ごしているのならば、現実時間から考えれば既に目覚めていてもおかしくない。 

 しかしその精神は無事ではないだろう。

 目の前で親友が殺されたのだ。心にどの様な傷を受けたのか。

 

「皐月君は?」

「……」

 

『────あーもー滅茶苦茶だよッ!!』

 

 第一発見者であるアカリの連絡を受けた直後、雷鳴と共に現れた魔王は、即座に脳髄をブチ撒けた遺体を出現させた黄金の棺に納めて姿を消した。

 小さな蒼い炎を灯した蝋燭を携え、そこから()()()()()()()()()

 

 近右衛門は密かに、一縷の望みを抱いている。

 あの恐るべくも優しき羅刹王ならば、何等かの手があるのでは。

 おそらく、今も姿を見せないのは何等かの方策を思索しているのではないか────と。

 

「想像の通りだ。現在アイツは別荘で模索している。────だが、皐月は傷を癒すことは出来ても死者を甦らせることは出来ない」

 

 死者蘇生や反魂の術の権能を持つまつろわぬ神といえど、死んだ人間を甦らせることは難しい。

 そもそもそんな権能を持っていない皐月に死者の蘇生は出来ない。

 

「せめて即死でさえなければ、幾らでもやり様はあったのだがな」

 

 頭部、若しくは即死でさえなければ、何れだけ欠損しようが対処は簡単だった。

 夜では『太陽』の権能は使えないが、なら雪姫が凍らせて仮死状態にして別荘へ赴き『太陽』で癒せば良い。

 そもそもそんなことをせずとも、このかのアーティファクトで事足りる。

 

 ────アーティファクト『雷上動』。

 かの日本の妖怪殺しの大英雄、源頼光の持つとされる神弓、そのレプリカである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という能力を持つ神器のレプリカによって、潜在能力を根刮ぎ引き出されたこのかの治癒能力ならば幾らでも復元出来る。

 即死していなければ、という前提があるのだが。

 

「本当に即死じゃったのか?」

「アカリの話では頭部が完全に潰されていたそうだ。下手人の魔族はやってしまったという顔だったそうだよ。恐らく宮崎を一般人と認識する前に体が動いたのだろうな」

「……」

 

 それは恐怖だったのだろう。

 魔王という極大の死神が近くで暴れていた上、自身はその従者達と未だに伝説として君臨するエヴァンジェリンと言う猛威にさらされていた。

 その召喚魔にとって、相対する人間全てが、全力を振るわなければ即座に消されてしまうほどの脅威に見えていたのだろう。

 

 それ故に、疑問があった。

 

「────何故、綾瀬と宮崎があの場に居た?」

「むっ」

 

 雪姫の問いに、近右衛門が声を漏らす。

 あの場に居合わせた理由ではない。

 何故あの場に現れることが出来たか、という意味だ。

 二人は一般人である。

 それは彼女達の経歴が物語っているし、仮に魔法の存在を目撃していたとしても、それだけで人払いの結界を抜くことは出来はしない。

 だがあの場に二人がいた以上、何らかの魔法を会得していたと言うことなのだろう。

 

 仮に魔法先生や生徒に師事していたのならば、その情報は瞬く間に学園長の元に伝わる筈である。

 例外と言えば羅刹王の元、それこそ雪姫に師事していたならば、その情報が学園側に伝わらなかったのは理解できるが────それは無い。

 ではどうやって? 誰がそれを行える?

 

 

 

「────今回は些か残念な結果に終わってしまいましたね」

 

 

 そんな思考が錯綜した瞬間。

 本当に残念そうなローブ姿の優男が、突如姿を現した。

 

「アル、貴様……!!」

 

 周囲にバレずに神秘を授けられる、唯一の魔導書の付喪神。

 答えは、自らやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────んっ……」

 

 目が覚めた夕映は、回らない頭で周囲を見渡す。

 何故自分は眠っていたのだろう。

 

「……」

 

 常夏の浜辺が視界に入る。

 おかしい。はて? 今は夏だったろうか。

 

 着ている長袖のYシャツの袖を捲りながら歩を踏み出す。

 明らかに春先に入った日本と思えぬ気候に、現代離れした幻想的な塔。

 自分はまだ眠っているのだろうか?

 そんな疑問を抱きつつ、ここで起きる前の記憶を遡り────

 

「────ぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッッッ!!!!?」

 

 思い、出した。

 

 知的好奇心を満たすために戦場の近くへ、態々張られている人払いの結界を潜り抜けて赴いた。

 そして、親友の頭蓋が砕かれ中身が飛び散った光景。

 ナニよりそれが、自分を庇ったがゆえに起こった事であるのだと察することができた。

 

 それを正しく認識した彼女は絶叫を上げ、蹲る。

 溢れ出す感情。

 後悔と罪悪感、自己嫌悪が祖父の死とも比べられないほどの精神負担として彼女を圧迫する。

 何故自分は親友を連れていったのだろう。

 そもそも曲なりにも戦場へ好奇心で赴くということ自体が愚かしいにも程がある。

 

 感覚的にはつい先程まで溢れていた全能感と興奮が消え失せ、親友を喪った後悔と悲しみが満たす。

 

「はッ、はッ、はッ、ゼェッ、かはッ────」

 

 呼吸が乱れ、視界が揺れる。

 極めて単純に過呼吸に陥り、砂浜に倒れようとした彼女を、何者かが受け止め抱き締めた。

 

「────ゆえ!!」

「こ……のかさん……? ッ!!!?」

 

 仄かに光る同じクラスの少女()に抱き締められ、呼吸が回復する。

 しかし夕映の震えは止まらなかった。

 寧ろ、ソレは激しくなる。

 

「落ち着いて、ゆっくり呼吸を整えるんや。ゆっくり、ゆっくりと……」

「わ、私は、何故あんな、違う。私は────」

 

 このかの対応は間違っていた。

 肉体的失調はこのかの能力で抑えられても、マトモに思考する能力が回復する為精神的失調は加速する。

 聡明な夕映は、己の罪を直視せざるを得ない。

 

「綾瀬さん、失礼します」

「────あぁ、のどか」

「! せっちゃん……」

 

 その場での最適解は眠らせる、だった。

 横合いから手を伸ばしたのは、共に夕映を見ていた刹那である。

 刹那の伸ばした手は、込められた呪術によって即座に夕映の意識を飛ばした。

 

「ごめんな、ウチ……」

「お気に為さらず。いくらお嬢様とて、心の傷を癒すのは難しいでしょう」

 

 強制的に眠らされた夕映を抱き上げながら、沈むこのかを刹那が弁護する。

 刹那の言う通り、身体の傷を診ることは慣れさせられては居ても、心の傷を負った者に対応するのは彼女は不慣れである。

 そもそもそれは、このかの役割ではない。

 勿論、だからといって友人を放っては置けないのだが。

 

「のどか、何とかならへんやろか」

「……解りません。ただ、あの方は全ては救えずとも誰も救えない様な結末に終わらせはしないと。そう私は信じています」

「せっちゃん……」

 

 生憎と、刹那とこのかはのどかの損傷具合を直接見た訳ではない。

 だがそれでも皐月は何かを行っている。

 もし本当にどうしようもないのなら、まつろわぬカグツチの時のように最初から割り切るだろう、と。

 そこにはこれまでの功績から皐月への信頼があった。

 

「このか様、綾瀬様を寝室へ」

「あ、せやな。はよ夕映を……」

「って、茶々丸さん!?」

 

 縮地でも使ったのか、まるで気配を感じさせず悪戯が成功した様な笑顔の天女が現れた事にギョッとするが、二人は彼女が現れた事の意味を理解する。

 茶々丸がこの場に現れたと言うことは、即ち。

 

「マスターの処置が終わりました」

 

 茶々丸の後ろの塔から、少し疲れが見えるアスナと皐月達が姿を現す。

 

「つっくん!」

「皐月さん!」

「疲れた」

「そうだなぁ。精神的にというより、道徳的というか倫理的にというか」

「?」

 

 その疲れは、迷いにも見えた。 

 

「取り敢えずやれることはやった。正直現状、あれを助かったと定義するのは難しいが」

 

 皐月の視線は、傍らの天女に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映が再び目を覚ました時に眼にしたのは、女子寮の自室の天井とカーテンの隙間から射し込む朝日であった。

 

「…………眩しいです」

 

 頬に触れるも、親友の肉片の感触は無く。

 あるのは、射し込んだ朝日によって暖められた布団の、穏やかな温もりだった。

 

「あっ、ゆえ起きた?」

「ハルナ……?」

 

 ベッドから起きた彼女を歓迎したのは、同室の早乙女ハルナだった。

 

 夕映は彼女に促されるがまま、用意された朝食の置かれたテーブルに座る。

 何か忘れている様で、しかしまるで長期間眠っていた様にマトモに頭が働かない。

 

 朝食は有り合わせで作ったのか、友人の気質に沿った簡素な物だった。

 それでも、夕映には酷く有り難いモノに感じられる。

 

「いやー漸く原稿が描き終わって昨日寮で寝れたのに、さっき連絡があって印刷作業担当の先輩がぶっ倒れたらしいんだわ。あの人も修羅場極まってたから他の人に頼んだ方が良いって私言ったんだけどなー。だからこの後も直ぐに行かなきゃなんないんだわ」

「相変わらず大変ですね……」

 

 彼女の熱意は、知識欲を出した自分など足元にも及ばないのではないか。

 修羅場と呼ばれる締め切り間近の彼女は正しく修羅だった。

 

 そんなとりとめの無い、余りにも日常的な会話は、

 

「そういやのどかが何処行ったか、ゆえ知ってる?」

「────────」

 

 日常的であるが故に当たり前の現実を夕映に叩き付けた。

 

「えっと。の、どかです?」

 

 先程まで潤っていた喉が、一瞬の内に乾上がったと感じたのは、夕映の錯覚だろうか。

 同居人の、親友の不在。

 どうして、そんな致命的な事を忘れていたのか。

 森の中で倒れたのに女子寮に居ることから、何らかの魔法を受けたのは自明だ。

 そして何より、自分は女子寮に帰っているにも拘わらずのどかがこの場に居ないと言うことは、即ち彼女の末路が夕映の記憶通りであると言うこと。

 現実逃避すら出来ない自身の頭の回転の早さが、今回ばかりは恨めしかった。

 

「わ、私は────」

 

 不思議がるハルナの視線に、心拍が悲鳴を上げる。

 何と答えれば良いのか。

 ありのままの答えなど口に出来るわけがない。

 自分が魔法など知らなければ。

 自分が魔法使いの戦闘など見たいと思わなければ、のどかは死ぬことなど無かっただろう。

 

 ────宮崎のどかは綾瀬夕映が殺したようなものなのだ。

 

 そんな夕映に、答えなど口にできはしなかった。

 

「おっ」

 

 その時、部屋のドアの鍵が回り扉が開く音が響く。

 部屋の間取り的に、部屋に入ってきた人物を見ることが出来たハルナは、夕映の場所からは見えないその人物の名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ───()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────、は?」

 

 その言葉の意味を理解するのに、夕映は数秒掛かった。

 

 言葉を発した友人はそのまま玄関に向かい、談笑している。

 まるで当然の行動をしているように、その様子に迷いはない。

 そんな友人を尻目に、夕映は固まっていた。

 

 もう一人のルームメートは帰ってこない。

 それは自身が見たものを否定することになる。

 宮崎のどかは綾瀬夕映を庇って死んだ。

 

(……夢?)

 

 今まで神秘や惨劇が、一夜の夢だと仮定するのなら。

 普段の彼女ならば愚かと断じる現実逃避だが、のどかが帰ってきたのならば辻褄は合う。

 

「────え?」

 

 肌は死体のように白く。

 目を隠すほどの前髪とサイドロングは、まるで白銀の様に更に白く。

 弱々しくも変なところで強さをみせる見馴れた表情は、感情を削ぎ落とした様に無表情に。

 

 しかし現れた白髪の少女の容姿は、正しく宮崎のどかだった。

 それ故に、夕映の表情は幽霊や動く死体を目撃したように恐怖に染まる。

 

「もー遅かったじゃん! 昨日私が帰ったら寝てる夕映しか居ないんだもん、心配したでしょうが!!」

「────済みません。昨夜は他の方と過ごしていたので」

「まぁ、帰ってきたからいいんだけどさ」

 

 震える彼女の小さな声を、ハルナの心配する声が塗り潰す。

 白髪で感情が抜け落ちた様な、のどからしき人物を、何の戸惑いも無く『いつもの宮崎のどか』として接していたのだ。

 様子も、雰囲気も、言葉使いさえまるで違うと言うのに。

 

「って、もうこんな時間じゃん! ゴメン、私は先行くから、教室でまた会おう!」

「えぇ、また」

 

 足早に部屋を出ていったハルナの遠退く足音が、本気で錯乱しそうになる夕映の耳に響く。

 

「認識、阻害?」

「その通りです綾瀬夕映。私は宮崎のどかでもあるのですから、違和感を無くすことは容易です」

「違う、貴女は……貴女は何者なのですかッ!? どうして、だって、のどかは……」

 

 

 

「『宮崎のどか』という人間は、昨夜死亡しました」

「……!!」

 

 

 その言葉に、夕映は漸く現実を直視し崩れ落ちる。

 自分の短慮が原因で、親友が死んだことを。

 

「しかし────我が主は真っ先にその魂の回収を行いました」

「…………魂?」

「主曰く、『傷んだゲフンゲフン冠位人形師、或いは青髭を青髭にした変態みたいに、肉体を変えればワンチャン!』と、魂を新しい器に容れる事で宮崎のどかの蘇生を試みたのです」

 

 魂はしばしば人魂、火などで表現される。

 あらゆる属性の火を司るアグニの権能を持つ皐月ならば、魂の保全も毘沙門天の権能を併用すれば容易い。

 死亡直後の魂ならば尚更である。

 

 ────しかしその人形には致命的な欠陥があった。

 否、それは考えれば当然の物だったかもしれない。

 

「何もありませんでした。記憶も、人格も。在るのは知識のみ」

「────」

 

 人形として蘇生した宮崎のどかは、しかし記憶も、人格も、何もかも喪っていた。

 記憶や人格を喪い、肉体さえ違えた存在を果たして同一人物と言えるのだろうか。

 或いは、全くの別人と断じる者も居るだろう。

 魂を個人の区別の基準にするならば彼女は紛れもなく宮崎のどかなのだが、宮崎のどかと言うには余りにも欠けていた。

 

「『宮崎のどか』の残滓、残響、残骸。宮崎のどかだったものであり、アーウェルンクス・シリーズと天女(アプサラス)の複合体────それが私です」

 

 彼女は淡々と、感情をまるで感じさせない声色でそう言った。




 本当にお久し振りです。御待ちいただいた方々には本当に申し訳ありません。

 本来は昨日に投稿する予定が腹痛でトイレに籠っていたため遅れてしまいました。
 それ以前にスランプの如き執筆の遅れとリアルの忙しさでひたすら遅れていたのですが。


 と言うわけで今回は事の顛末とのどかアーウェルンクス化でした。
 作中で描写したように、魂を別の器に容れる事で何とかしようとしましたが、肉体と精神の要素が死んでいたので跡形が少ないですが。

 夕映ですが、実はアルビレオを師事するという選択肢もあり、アルビレオ自身はそれを狙っていたりしてました。今回の事はアルビレオ自身の本気で残念に思っています。残念に思ってるだけなのですが。

 ちなみに「アーウェルンクスのどか」の外見イメージは『パンドラハーツ』のエコーを想像して頂ければ。
 キャライメージも彼女に依ろうと思っていますし。

 では今回はこれまで。
 修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。
 次回にまたお会いしましょう。 

 エタる気はありませんので、ご安心をば!!

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