真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『有名人(ただし学園内に限る)』

 朝の対決から、時間は進んで昼休み。凛のもとには、知り合いになった3人組が訪れていた。

 

「朝の戦い見たぞ、おい。見せ付けてくれるねー。一躍有名人じゃないの夏目」

 

「本当に二重の意味で驚きましたよ。モモ先輩に挑み、平然としているなんて惚れ直しました。リンリン」

 

 肩を叩きながら喋る準と穏やかな笑顔の冬馬。その横で、小雪は袋をゴソゴソと漁っている。そして、目的のものが取り出せると、凛に差し出した。

 

「凄かったよねー。ドーンでズバーンって感じで。頑張ったご褒美。はいましゅまろ」

 

「ありがとう。もぐもぐ……戦いはあんなに人集まるとは思ってなかったけどな。それと葵、リンリン禁止って言ったよな」

 

 その言葉に反応したのは小雪だった。首を傾けながら、次々にあだ名を出してくる。

 

「リンリン駄目なの? じゃぁリンタロー? リンジー? ……タウリン!」

 

「あっ小雪はもうリンリンでもいいから」

 

 小雪の代替案に、凛はこのままでは自分の名前とは関係ない方向に進むと判断し、即座に対処する。その間、準は廊下をたまたま歩いていた2-Fの委員長――甘粕真与(見た目はロリ)を目敏く発見し、慈愛の込もった眼差しで見つめていた。

 

「よかったですね、ユキ。では私は、凛くんにしておきましょう」

 

「そうしてくれ。……タウリンなんて初めて呼ばれた」

 

 そこに軍服を着た女性がやってくる。加えて赤い髪に眼帯ととても目立つ形をしていた。川神学園では、多額の寄付をすれば、学生服などは好きにしていいらしく彼女もその一人だった。そんな彼女は凛の前に立つと、無遠慮に目線を上から下へと動かし、彼を観察する。

 

「これが、夏目凛ですか。見た感じ本当に一般の生徒の少し上といった感じですね。私もあの戦いを見なければ、気にも掛けなかったでしょう。夏目凛、私とも勝負しなさい」

 

 凛は突然の登場と命令口調に少しとまどいながら、準に問いかける。

 

「こちらの方は?」

 

「あー俺らのクラスのマルギッテ・エーベルバッハだ。ほら、お前のクラスにいる」

 

「クリスお嬢様の護衛だ。お嬢様に手をだすなら、容赦はしないと心得ておきなさい」

 

「マルギッテさんですか。初めまして、夏目凛です。勝負は構わないのですが……」

 

 言葉を濁す凛の元に、噂をすればクリス。そして、一緒についてきた一子が話に加わる。決闘の話に興味ないのか、小雪は窓の桟に止まっていた鳥と会話らしきものをしており、冬馬は少し離れた場所にいたファンに流し目を送っていた。

 

「マルさん、順番抜かしはよくないぞ! 自分達も待っているんだ!」

 

「お嬢様!? 私は別に順番を抜かそうとしたのではありません。しっかりと守りますので、ご安心ください」

 

 クリスの登場に今までの毅然とした態度から一転して、柔らかくなるマルギッテだった。その言葉を聞いて、彼女は胸をなでおろす。

 

「そうか。よかった。休み時間になるたび、人が申し込みにきて大変だった」

 

「クリが大変だったわけじゃないでしょう? それにしても、凛は入学初日から決闘の予約でいっぱいになっちゃったわね」

 

「川神の生徒は元気がいっぱいだな」

 

「そのセリフで全てを片付けるおまえも大概だよ」

 

 わいわいと賑わいをみせる集団から少し離れたところには、別の集団が凛たちを見守っていた。

 

「葵くん、すてき……さっきの流し目は合図と受け取っていいのかしら?」

 

 一人の茶髪の女生徒がいやんいやんと身をくねらせ、その横にいた眼鏡をかけた女生徒は妄想の海へとダイブする。

 

「葵くん×夏目くんなのかしら。それとも……はふぅ」

 

 そんな2人を放置して、凛に対して期待を込めた視線を送る生徒もいる。

 

「エレガンテ・クワットロ候補の逸材よね」

 

「夏目先輩こっち向いてくれないかな?」

 

 彼女の言ったエレガンテ・クワットロとは、学園に4人いるイケメンを指す言葉で、現在は3-Sの京極彦一、2-Sの葵冬馬、2-Fの源忠勝、風間翔一がそれにあたる。他の呼び名としてイケメン四天王とも呼ばれ、彼らと他の男子たちとは、絶望的な差があるとの認識が学園内ではなされている。そこに風穴をあける存在――それが凛らしい。

 また別のところでは、男の集団ができていた。男たちの欲望がむき出しになったその場所は、何とも言い難い雰囲気が漂っており、廊下を歩く女生徒たちは距離をとって歩いている。

 

「くそ。我らMNT(マル様にののしってもらい隊)の女神に話かけられるとは、なんと幸運なやつ! 俺なんか睨まれたことしかないぞ。ハァハァ」

 

 少し嬉しそうにマルギッテを見る丸坊主の生徒に、一子が満面の笑顔で凛に話しかける様子を羨ましそうに見つめる少しチャラそうな生徒。

 

「あー俺も川神先輩に話しかけられてー。なんつーの、あの笑顔やばいでしょ」

 

 そこに一緒にいたガタイのいい生徒が、小雪を見ながら反論する。その隣には一枚の写真とクリスを交互に見つめる太めの生徒。

 

「いやマシュマロもらいたいだろ榊原先輩に。手渡しだぞ! 俺も鳥になりたい……というか鳥にましゅまろって大丈夫なのか? しかも会話してる!?」

 

「クリスたんにコスプレを……ぐふふ」

 

 最後の一人は、みんなとは違う人物に熱い眼差しを向けてつぶやく。

 

「葵くん、いつになったら僕のもとへ……」

 

 集団はそれぞれの思いを抱えながら、廊下で残りの時間を過ごすことになる。

 賑やかだった2-F前から、次は3-Fの教室へ。百代は座ったまま、凛と昔の少年を思い出していた。そこに声がかかる。

 

「どうしたで候? 考え事とは珍しいで候」

 

 声の主は、百代の机をはさんで、前に座っている眼鏡をかけたセンター分けの女生徒――矢場弓子だった。彼女は弓道部の主将を務め、優しそうな雰囲気とは打って変わって堅い口調で会話をするのが特徴である。

 

「いや大したことじゃないんだけど……今朝のことでな」

 

「あの夏目凛のことで候?(あの子もすっごいかっこよかったのよね。葵くんとは、また違った魅力溢れる男って感じで、百代を通して知り合いになれないかしら)」

 

 弓子の男の好みは、かなりミーハーであった。

 

「んーまぁなー」

 

「夏目がどうかしたのか?」

 

 とりとめもない会話をしているところに、扇子を持った袴姿の男子生徒――京極彦一が話に入ってくる。そして、彼が教室に入った途端、イケメンの実力を証明するかのように、2人を除いた女子たちが色めきたつ。いや正しくは――百代を除いたといったほうがいいらしい。

 

「なんだ? 京極は凛のこと知ってるのか?」

 

「家同士のつながりがあってな。こちらに来た際も挨拶に来ていたのだ。礼儀正しい奴だ」

 

 彦一は久々にあった凛のことを思い出したのか、クスッと笑う。その微笑みがなんとも様になっており、それを見た女子たちが盛り上がる。弓子も嬉しそうだった。そんなことはお構いなしに、百代が質問を続ける。

 

「京極はあいつが戦えることは知っていたのか?」

 

「武道をやっていたのは知っているが、実際戦っているところを見たのは今日が初めてだったな」

 

「しかし、百代とやりあうなんて大したもので候(真剣な姿もよかった)」

 

 今朝の組み手を思い出した2人が、改めて感想を述べた。さらに彦一が楽しげに答える。

 

「あれには俺も驚いた。あそこまでやるとはな。なかなかおもしろい奴がきて、退屈しなさそうだ」

 

「また人間観察か?」

 

「2年は濃いのが集まっている。初日で有名人になった夏目も含めな。ところで」

 

 百代は予想通りの答えにため息をついた。その間も彦一が手に持つ扇子を開きながら、言葉を続ける。

 

「矢場はそのキャラ疲れないか?」

 

 唐突な指摘に弓子はきっちりと反論する。

 

「キャラじゃないで候。だから疲れないで候」

 

「そうか。まぁこの1年間は退屈せずにすみそうだな。川神百代」

 

 彦一は弓子の答えに納得したのか、百代に再度話を振った。彼女は笑みを深くする。

 

「そうだな。なにより私と渡り合える奴がきたからな」

 

 自分の口にした言葉に、改めて百代は今朝のことを思い直した。そして、しばらく黙考したのち、彼女は自分なりに納得がいったのか席を勢いよく立ち上がる。

 

「ちょっと2-Fに行ってくる」

 

「私も行くで候(夏目くんを紹介してもらえるチャンス!)」

 

 そこに弓子が慌てて声をかける。百代はもう教室を出るところで、彼女へと向き直った。

 

「ん? ユーミンは何しに来るんだ」

 

「えっあの……んん、椎名が部活に顔をだすように言いに行くで候」

 

「ふーん。じゃあそういうことだ。京極またな」

 

「ふむ。夏目も厄介な奴に目をつけられたな」

 

 2人の出て行った教室に、彦一の声が響いた。そして、彼も早々に3-Fをあとにする。

 

「早く行くで候(昼休みが終わっちゃう)」

 

「いやユーミン先行っててもいいのに」

 

 2人は2-Fへ続く廊下で、下級生の女生徒に捕まっていた。百代は少し相手をしていこうとしたが、弓子の言葉に断念する。その後真っ直ぐ2-Fに向かったが、彼女らは凛に会うことができなかった。2-Fの生徒は、授業のため移動していたのだった。

 ガランとした教室を前にして百代はがっかりするが、それ以上に弓子の落ち込みようが凄かったのは言うまでもない。

 そして放課後。グラウンドでは、一組の男女が決闘を行っていた。風間ファミリーの数人が、その勝負の行方を静かに見守る。他にも階段に座ったり、教室から観戦したりしている生徒も見受けられる。

 

「せいっ!」

 

 掛け声とともに一子は、薙刀で突きを放った。凛はそれを後退しつつ左に避けるも、予想していたのかそれを追うように、彼女が横になぎ払ってくる。そして、刃の部分が彼に当たると思われた瞬間、その姿は幻のごとく消え、刃先は彼の目の前で空を切った。彼女の一瞬の戸惑いを彼は逃さず、一歩踏み込んでそのまま急所を打ち抜く。

 

「はぅ……」

 

 思わずたたらをふむ一子。その隙に、凛は彼女の首に手刀をかざした。彼女がそれに気づくも時すでに遅く、ルーの声が赤く染まったグラウンドに響く。

 

「そこまで!」

 

「くぅぅやっぱり強いわ。かすりもしなかった」

 

 一子は薙刀を下げ、地面にペタンと座り込んだ。そこに、凛が手を差し出しながら声をかける。

 

「川神さんもいい動きだった。鍛錬をしっかり積み上げてるのがよくわかった。今回は俺の勝ちだけどな」

 

 凛は一子を引き起こし、お互いに健闘をたたえあう。

 

「あたしのことは、ワンコって呼んでくれていいわよ。拳を交えた仲だし、そんな他人行儀なのなんか嫌だわ」

 

「そうか? なら、よろしくな。ワンコ」

 

「うん、よろしくね。凛」

 

 2人は改めて握手を交わす。無邪気な一子の笑顔に、凛も思わず笑みがこぼれた。ファミリーからも「お疲れ」と声が飛んでくる。

 

「凛! 次、私となー」

 

 そんな二人に陽気な声がかかる。声の元を辿ると、そこにはいまかいまかと出番を待ち構えている武神がいた。その態度に、凛は苦笑しつつ少し言いづらそうに話し出す。

 

「そうしたいのは山々ですけど、学長から一言ありまして……」

 

 朝の組み手が終わった後、凛は一度鉄心に呼び出され、軽く事情を説明させられたのだった。ソワソワしていた百代は、学長という一言に激しく反応する

 

「なっ! まさか、決闘禁止とかじゃないだろうな!?」

 

「まさにその通りダ、百代。あまり決闘制度に手を加えたくはないのだガ、彼の力が百代と同等だとするならば、そう易々と決闘を行わせるわけにはいかない。場所も考えないといけなくなるしネ。総代はそう結論づけたのダ」

 

 ルーが事情を説明するも、百代は聞いていないようだった。凛は、鉄心の言われた通りの反応をする彼女に笑いがこみ上げる。しかし、親子同士の殴り合いになるのを防ぐため、それを我慢して、今にも飛んでいきそうな彼女に話しかけた。

 

「あのじじい!!」

 

「その代わりと言ってはあれですが、今日のように組み手程度なら大丈夫だと許可をもらいました。あと真剣(マジ)の決闘は必ず行います。約束です」

 

「本当か!?」

 

 振り向いた百代は腹を立てていたかと思うと、たった一言で機嫌をよくする。コロコロ変わる表情を見ながら、確かに姉妹よく似ていると凛は思うのだった。

 

「でもちゃんと監督ができる人間がいないとだめだヨ。勝手にやったりしたら、それ以降はそれすらも禁止になるからネ」

 

 今度はちゃんとルーの言葉も届いたようだ。百代は、鼻歌でも歌いだすのではないかというくらい楽しそうに答える。

 

「わかっていますよ。ルー師範代。早く戦いたいなぁ凛」

 

「モモ先輩は本当に戦うことが好きなんですね」

 

 凛の目の前まで行くと、百代は上目遣いでねだる。そこに、クリス達からタオルや飲み物をもらっていた一子がこちらに戻ってきた。クリスと由紀江も一緒についてくる。

 

「お姉様は、自分の力をだせる相手がいなかったから嬉しいのよ」

 

「なるほど。それは俺も精進しないといけないな」

 

「自分ももっと鍛錬しないとな。自分のレイピアも凛には届かなかったし。まゆっちは凛と勝負しないのか?」

 

 クリスの問いかけに、由紀江は慌てて、手を胸の前で大きく振った。

 

「私なんてそ、そんな相手が務まらないと思います」

 

「今日の戦い見てたけど、凛坊の底が全然みえねぇ。おいらも鍛錬を積んで出直そうかと思う」

 

「そんなことないと思うけどな。マユマユならかなりいけると思うぞ。私が戦いたいくらいなんだから」

 

 遠慮する由紀江の頭を撫でながら百代が答えた。褒められた彼女は、ますます身を縮める。しかし松風は違った。

 

「そんな滅相もありません。モモ先輩と決闘なんて」

 

「地球破壊するのもお手の物のラスボスとまゆっちとかどんだけ無理ゲー」

 

 松風の一言に今までの優しい百代から、雰囲気が少し変わる。しかし、ファミリーはあまり気にしていなかった。彼女の自業自得だからだ。

 

「ほうほう。マユマユは私のことをそんな風に認識しているのか」

 

「いえ、これは松風が言ってることで、私とは無関係……」

 

 なんとか百代の手から逃れようとする由紀江だが、それも不可能のようだった。彼女は小さな声で反論するもむなしく響く。しかし諦めずに、今度は松風がそれを援護した。

 

「まゆっち無罪。まゆっち無罪」

 

 そんな2人と1匹の様子を観察していた凛は、クリスに話しかける。

 

「なんかすごいシュールに見えるのは俺だけ?」

 

「すぐ慣れてくるぞ。自分は今や松風を一個人として扱っている」

 

 その間も百代の猛攻にさらされる由紀江。助けを呼ぶ声が聞こえた気もしたが、君子危うきに近寄らず――誰もその場を動こうとしない。しかし、それも一子の無邪気な一言で終わる。

 

「なんかおなか減っちゃったわ。みんな帰りましょう」

 

 その一言で、みなは帰り支度を整え校門をでる。それに伴って由紀江は解放されたが、まだ警戒しているのか百代との間にクリスをはさんでいた。ルーはやることがまだあるのか、そんな一行を見送ってくれる。

 

「気をつけて帰るんだヨ」

 

 こうして、凛の騒がしい学園生活1日目は終わっていった。


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