真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『マープルの反乱5』

 

 

「さぁ……立ち上がれ、我が僕よ! 疲れることなく、倒れることなく、眼前の敵へ向かえ!」

 

 石田の号令が城内に響き渡ると同時に、倒れ伏していた梁山泊の者たちが一斉に立ちあがった。だらりと垂れ下がった頭と腕――そして、徐々に頭が持ち上がる。

 それに対するメンバーは、疲労を残す者が大半である。自然、防御を意識して、半歩下がった。

 しかし、その中で、前へ進み出る者もいる。

 

「ただ閉じ込められていただけで、退屈しておったところだ。良い運動くらいにはなろう。我の相手を務めてくれるのはどいつだ?」

 

 安心させるように、ゆったりと余裕をもって喋る揚羽。その後ろには小十郎がつき従う。

 それに百代、燕が続いた。

 

「ちょうど良いのはこちらも同じだ。石田……先の戦いの決着、きっちりとつけさせてもらおうか」

「私だけお休みしてるわけにもいかないからね。最後にもう一頑張り!」

 

 そこへ新たな面子が加わる。

 

「一足遅かったか……突然で悪いが、私も参戦させてもらう」

 

 天衣であった。彼女が喋り終えるやいなや、立ち上がった梁山泊の連中が一斉に地へ伏した。どうやら、ここへ合流する途中に攻撃を加えたらしい。しかし、彼らは何事もなかったかのように、また平然と立ちあがった。

 天衣はそれを見やると同時に、マープルにソフィアの考察とその言葉を伝えた。

 そのソフィアはというと、監視中に宇喜多、毛利からの反撃を受け交戦状態となり、先へ進む石田をそのまましておくこともできず、やむなく天衣を先行させたのだった。

 未だその軍団を動かさない石田は、傍に控えていた島より報告を受けていた。

 

「ふむ……なるほど。あの女……毛利と宇喜多2人を相手取り、打ち破ったというわけか。加えて、この軍を見るに装置も一部破壊されたようだな。さすが、九鬼には有能な者が多いらしい」

「本来であれば、意識を失った連中に、我らと同様、あの時代の猛者を憑かせる予定でしたが、それも難しくなってしまいました」

「元々、何の縁もない者たちに憑かせようとしていたのだ。あれがなくなった今、不可能と考えてよいだろう。手足のように動かせる者が手に入っただけでも儲け物だ」

 

 石田は背後から集まってきた連中を見やり、ニヤリと笑う。そこには自身が指揮していた梁山泊もおれば、そこで戦い倒れた川神学園の生徒の姿もある。

 石田が左腕を広げると、彼らは一斉に百代たちを取り囲むように動く。

 

「さすが我が友の遺した技よ! これがあれば、あのとき勝つことができたやもしれん! 素晴らしいぞ、吉継!」

 

 一方で、百代たちは窮していた。なぜなら、取り囲む者の中には、川神の生徒たちが混じり始めていたからである。後ろにいた卓也が、岳人の名を叫んだ。視線を向けた先には、岳人が彼らの中に混じり立っていた。その後ろには、クリスやマルギッテの姿もある。

 あずみが声を張り上げた。

 

「あと数分で、九鬼からの援軍が来ます! 今の彼らは拘束する以外に方法がないようです。その役目は九鬼従者部隊が負いますので……それまでは苦しいですが、ここにいる皆さんで押しとどめる必要があります」

 

 そこへさらなる影――由紀江と義経であった。

 

「禍々しい気を感じて来てみれば、一体これは……」

「北畠さん……それに鈴木くんたちも、何が起こってるんだ?」

 

 2人とも、決闘の最中に異変を感じて駆けつけてきたらしい。傍にいた燕が、今までの出来事をかいつまんで説明した。

 事情を理解した2人が、さらに戦力として加わる。しかし、彼女らはこの戦いに加わる前に、さんざん刃を交わしており、さすがに壁越えの実力を持つ者を相手にする余力はなかった。と言っても、地力が違うため、操られる者を抑え込む力は十分である。これにより、人数の上では不利だが、質で考えれば同等か、あるいはそれ以上となった。

 そして、遂に石田が号令を下す。

 

「さぁ……かかれ!」

 

 その言葉に反応した軍団は、猛然と敵に向かって走り出した。

 

 

 ◇

 

 

「くっ……」

 

 義経は切りかかってきた生徒の刃を受け止め、咄嗟に攻撃へ移ろうとするが、それが無意味であることを思い出し――あるいはためらい、後退した。しかし、次の瞬間には、また同じような展開となり、それの繰り返しとなる。

 周りにいるメンバーも似たような状況となっており、意識のない学園生徒に手をだすことができずにいた。その一方で、梁山泊の連中は容赦なく吹き飛ばされていた者が多い――これは見ず知らずの者だからであろう。

 その中でも、クラウディオのみが糸を使い、拘束を次々に施していくが、いかんせん数が多い。

 

「義経さん!」

 

 由紀江の声に、ハッとする義経。戦いの疲労もあったのだろう。一瞬の隙ができてしまっていた。そこを突いてくる者らが、四方八方から襲いかかってくる。

 後ろを対処している暇がない。そう判断した義経は、前方――視界に入る敵のみの攻撃を捌く。

 そこへ、久しく聞いていなかった声が降ってきた。

 

「そぉーい!」

 

 その声の主は、ウェーブのかかった髪をなびかせ、錫杖をなぎ払った。

 義経は背中に感じる頼もしい気配に、思わず笑みをこぼす。

 

「弁慶!」

「いやぁ……申し訳ない、主。寝て起きたら、こんな時間になってるし、軍師直江大和に一杯食わされ……いや、数えきれないほど川神水を飲まされました」

 

 弁慶は片手を顔の前に持ってきて、再度「申し訳ない」と謝罪した。

 この弁慶――鬱憤が溜まっていたところに、訪ねてきた大和と杯を重ね、ついつい飲み過ぎてしまったらしい。自棄酒ではないが、項羽の言っていたことが、半ば当たっていたわけである。

 

「事情は大体聞いてる……もうすぐ九鬼の従者部隊が、っと噂をすれば……」

 

 ヘリの音が轟き、そこから従者たちが大量に降下を始めていた。

 

 

 □

 

 

 一方、百代は石田、揚羽は島、燕は長宗我部、天衣は大村とそれぞれ対峙していた。その最中、彼らは爆発的な闘気を察知する。それは、項羽が覚醒したときのものを上回るほどのものであり、皆がそちらの方角へ気をとられた。ここにはいない人物の気である。しかし、皆が良く知る人のもの。

 眠りについていた項羽も、それによって強制的に目が覚めたようだった。しかし、生憎体は動きそうになく、だるそうにその方角を見やり、楽しそうな笑みを浮かべるだけだった。

 そして、数秒立ってから、二度目となる膨大な気の顕現――これは一度空に収束したものが、降って来るような感覚があった。その収束の瞬間、まるでそよ風が通り抜けたような心地よさがあった。

 その後、戦いは再開されたのだが、意外にもトントン拍子で進んでいった。明らかに、石田らの力が衰えている。一度戦った百代や燕にしてみれば、まるで、今起こった出来事に影響を受けているような感すらあった。

 とにかく、あの足止めされたときのような存在感がなく、というよりも、その強烈なまでの存在感が風の前の塵といった感じで、徐々に消えつつある。

 それに比べ、百代は項羽の戦いのあともあってか、気分ものり、体のキレも増している。

 

「どうした? 以前のときとは比べるまでもなく、動きが鈍っているぞ!」

 

 百代は、石田から振り下ろされた刀を避けると、臓腑を抉るような一撃を加える。しかし、彼は倒れない。両足でしっかりと大地を踏みしめ、以前として刀を正眼に構えている。

 その背後では、島が揚羽の技を喰らい、盛大に吹き飛んでいた。

 

「御大将……申し訳ありません」

 

 続いて、燕に連撃を浴びせられた長宗我部が膝をつく。

 

「呆気ない幕切れ、情けない……」

 

 彼らが倒れるのを見届けてから、石田が刀を納め、口を開く。まるで、全てを悟ったかのように静かだった。その行動に、百代も一旦攻撃を中止した。

 

「いつ消えるとも知れぬ身ではあったが、このような中途半端で終わるとは……悪戯な混乱を起こしたのみ、我が子孫に迷惑をかけるだけの結果となった」

 

 川神ぐらいは手にした状態で――そこまで口にして、頭を横に振った。

 そして、石田はさらにマープルに声をかけ、

 

「これまでの行い、全てはこの石田三成に責がある。さりとて、俺はこのまま消える運命にあり、その責を取りようがない。よって、今回の迷惑料、金銭によって支払う! ここに指し示す場所を掘り進めよ」

 

 ポケットから取り出した紙を投げた。

 最後に目の前に立つ百代に話しかける。

 

「いつの時代も女は強いな……」

 

 その言葉を最後にゆっくりと目を閉じ、そのまま膝から崩れ落ちていった。

 そんな唐突な終わりに、誰もが動けず、気がつけば、操られていた者たちも動かなくなっていった。沈黙が場を支配する。

 百代が周辺を見回したあと、ぽつりとつぶやく。

 

「終わったのか……?」

 

 予想以上に容易く終結を見せた第二の騒動。

 すぐに、硬直のとけたあずみや揚羽の声が飛び、即座に事後処理が行われていく。九鬼の従者がその指示に従い動き出し、それに続くように動ける者が協力していった。そこで、ようやく雰囲気が緩んできた。

 そんな中、百代は一息つき、あの闘気を感じた方向を見つめる。空は徐々に紅く染まりつつあった。

 

 

 ◇

 

 

 川神での騒動が終結するより少し時間を遡り、凛とヒュームの戦いもいよいよ大詰めを迎えていた。

 凛の息遣いは荒々しく、しかし、その瞳は死んでおらず――むしろ見る者を虜にするほど蒼く美しい。それに対するヒュームの瞳は、何者をも圧倒する金色。

 

 世界最強。

 

 凛はその存在を誰よりも強く感じていた。分かっているつもりであった。今まで長い時間を過ごしてきたのだ、分からないはずがない――しかし、どうやら彼が思っていた以上に、目の前の存在は強く、気高く、圧倒的であったらしい。

 本気のぶつかり合いを通じて、それを体感していた――まだ遠い。壁を越えた先に立つ者は数えられるほどしかおらず、広大な荒野にぽつぽつと立っている木々のように点在している。どこまで続くのか、その終わりは見えず、地平線までその荒野が続いている。

 凛は心のどこかで、百代からさほど離れていない所に、ヒュームや鉄心がいると思っていた。だから、彼女を倒した今、彼らに追いつくのも案外――なんて考えがあった。

 ――――増長してた……ってことかな。

 その荒野の先に一際巨大な木が生えていた。それがあまりに大きいため、すぐに辿りつけると思っていたら、どれだけ歩いても距離は縮まらず、そこでようやく遠くにあったのか実感できた。凛にとって、ヒュームがそれにあたる。

 ――――凄いなぁ……いつか、俺も。

 何度この思いを抱いてきたことか。クラウディオに接するときも、同じような思いが心を湧きあがるのだ。

 世界に名を轟かす九鬼を支える従者部隊。その中にあって、ヒュームとクラウディオは九鬼という存在の両側に立つ巨大な双璧であると凛は思っている。

 ――――この人たちに会えてよかった。今日、ここでぶつかることができてよかった。

 周辺を満たしつつある気が、凛の肌を泡立たせるようである。雨がやんだ。

 凛の雰囲気が変わったのをヒュームも察したのだろう。攻撃に移ることなく、そこで一息入れる。

 

「俺を倒す算段がついたようだな……今更、気配を消しても遅いわ、馬鹿者。それがどういうものか知らんが、俺もそろそろ全力はきつくなっていく。決着のときだ」

 

 老いには勝てんな。ヒュームはそう言いながら、首を鳴らした。

 ――――まだまだ元気そうに見えるけど……。

 凛は思わず苦笑する。

 

「それじゃあ……遠慮なくいかせてもらいます!」

 

 凛がヒューム目掛けて疾走する。

 

 背後に回り込み、突きを放つ。止められる。

 

 右腕でヒュームの蹴りを受け止める。

 

 すかさず、軸足を払いに行く。

 

 半歩下がったヒュームに、間をあけず距離を詰める。

 

「迂闊だったな……ジェノサイド!」

 

 ――――っ!? 誘い込まれた!?

 その刹那、凛の集中力は極限に達する。秒をさらに引き延ばした時の中で、彼は攻撃を見切ろうとした。ヒュームの右足が地を離れる。そこまでしっかりと見えていた――だが、そこまでだ。

 凛が勢いよく後方へ吹き飛んだ。

 終わった。それを見たヒュームは僅かな失望を感じていた。その瞬間、もしかしたら凛は自身の攻撃を防ぐかもしれないと、脳裏をよぎったからだ。同時に、どれだけ高いハードルを課しているのかと、凛にかける期待値の大きさに自分のことながら驚いた。

 そして、さらに驚く――いやこの場合喜ばしい事象が起こる。ヒュームは笑った。

 

 凛が立ちあがっていた。ヒュームの必殺を2度も受け、立ち上がった。この事実を知れば、驚く者が世界中にどれほどいるだろうか。

 

 ――――体が反応してくれた。そう思うほかにない……。

 意識の範囲外――そこで何よりも早く、威力を軽減するために反応してくれたのだ。派手に吹き飛んだのは、そのせいでもあった。

 そして、準備は整った。

 

「ヒュームさん……自分の魂ってものを感じたことがありますか?」

 

 凛は右腕を自身の肩と水平に持ち上げた。腕を持ち上げるのも億劫なほどにだるかった。

 そこへ、一際大きな稲妻が凛の腕に纏わりつく。それを合図に、曇天が騒がしくなっていき、雷光が四方八方に走っていく。さらに、それに飽き足らず、2人の周辺へと2,3落ちてきた。それでも、空は激しさを増すばかり、雲はさらに黒く染まっていき、今にもそれごと落ちてきそうである。

 一度、凛を中心に大きな風が発生し、ヒュームの髪を乱暴に後方へと流す。さらに閃光が瞬いた。

 凛の髪はフワリと漂い、ありとあらゆる場所からパチリと白銀の光が発生している。

 

「……雷極陣」

 

 凛は持ち上げた右手をぐっと握る。空から万雷が降り注ぐ。それはヒュームを中心とした直径40メートルほどの円状に落ち、まるで空と大地に電極が仕込んであるかのように、途切れることがない。

 光ならぬ雷のカーテン――そう言うにふさわしい光景であった。激しく、美しい。その中にあったヒュームにしてみれば、さぞ壮観であったろう。

 雷極陣。夏目流の奥義のひとつであり、その範囲にいるものの魂を拘束するという。このとき、どれほど体を鍛えていようと、技を究めていようと関係ない。その者の根源を縛る。

 ――――今の俺ではせいぜい5秒程度……でも、十分!

 凛がさらに動く。握りしめた拳を天高く持ち上げた。

 

「これが……俺の、全力です!!」

 

 その拳を地へと落とす。それに呼応したのは、雷雲から顕現した巨大な闘気の塊。

 雷神拳・天尊。雷極陣を標とし、そこに縛った者へ必殺の一撃を加える。

 やがて、一条の光が大地に突き刺さった。凝縮された力は無駄な破壊がない――それを示すような一撃であった。凛の目の前に大穴が出来上がる。膝をつき、拳をついた状態でそれを見ていた。

 凛にはもう立ち上がる余力すらない。体の中の気という気を放出したのだ。黒雲は姿を消し、雲の合間から太陽の光が漏れだしてきた。

 凛の視界が急にぶれ、地面に視線を落とした。意識がすぅっと遠のいていくようである。

 

「無防備だな、凛」

 

 凛が頭をうなだれていると、上から声がした。余力のない彼に気配を読むこともできず、そもそもこれ以上対処のしようがない。よって、彼は笑うしかない。

 

「いや、無防備にもなりますよ……もう力が残ってないんですから」

 

 ――――やっぱり遠いわ。

 凛は目の前に現れたヒュームの姿を見ながらそう思った。悔しさはあるものの、それより全力を出し切った清々しさのほうが勝っている。

 決着がついた。

 




ヒュームはまだまだ世界最強!
天衣さん、全然見せ場書けませんでした、申し訳ない。
ということで、反乱編ついに終了!!
次回は日常へ。凛と百代のイチャラブに加え、清楚&項羽の恋、文化祭やらなんやら書いて行くぜ!!

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