真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
川神学園は今一つの話題で持ちきりだった。学園内の廊下。ポニーテールの女生徒がたった今仕入れた情報を話す。
「ねぇ、聞いた。朝なんか転入生がモモ先輩に決闘申し込んだらしいよ。身の程知らなすぎじゃない?」
「えっ!? 私は昔やられた親の敵討ちでやってきたって聞いたけど」
自分の聞いた情報と違うことに驚くショートカットの女生徒。そこに、一人の短髪の男子生徒が割り込んできた。周りを見渡すと、似たようなグループがいくつもあり、同じ話題で盛り上がっている。
「いやいやなんか、外部の人間が送り込んだ刺客って話だろ? とある機関で英才教育を施されたらしい」
その話を聞きつけた長身の男子生徒が、自分の聞き込み結果を話し出す。
「ばっか。んなわけないだろ。実際はふられたからっていう単純な理由なんだってよ。まぁモモ先輩美人だからなぁ。付き合いたいって気持ちはわかるけど」
「そうなの? ふられて逆上とかどんだけ自分に自信あったんだ? そいつ」
短髪の男子生徒は、いかにもありそうなネタを信じ笑った。それに対して長身の男がニヤつく。
「おまえも俺ならいけるって言って、玉砕した一人だもんな。同志が増えるぞ。……ともかく見に行こうぜ。モモ先輩の圧勝だろうけど、相手の顔も見てみたいぜ。悪い奴じゃなけりゃ、MMT(モモ先輩を見守り隊)に入れてやろう。そうそう、まだ追加の情報もあってだな――――」
学園内では様々な噂が流れ、それに背びれがつき尾ひれがつき、事実は見えなくなっていった。
そして、2-Sにも噂を聞いた人達がいた。
「準、聞きましたか?」
「ああ、聞いたぜ若。転入生っていったら、俺は一人しか思い浮かばないが、そんな馬鹿やるようなやつにも見えなかったがな」
噂の内容がどれも違っているが、百代に挑むという内容だけは共通していた。第一印象から、そこまでの手練には見えなかった凛を思い、準が渋い顔をする。そんな彼に対して、冬馬も同意見なのか頷きを返した。
「私もそう思います。これだけ広まれば、本人も引くに引けない状態でしょうし。無事を祈るしかないですね」
「りんりん、心配だ」
小雪は、自分に飴をくれた笑顔の凛を思い出していた。
そして、2-Fに向かう廊下でもその噂の張本人が担任に呆れられていた。
「まったく。転校初日からこんな大騒ぎを起こしよって。悪気があったわけではないのはわかったが、相手はあの武神だからな。もう少し穏便に進めることはできんかったのか?」
担任の名は小島梅子。鋭い目つきの妙齢の女性であり、腰には鞭を所持している。この鞭は、教育的指導をするため、振るわれるものであるが、生徒の中にはそれを随分好意的に受け入れる者もいた。
「すいません。手合わせをお願いしたかっただけなのですが、こんなに大騒ぎになるとは。モモ先輩に挑戦される方は多いと聞いていたので、ならば自分もと……」
さすがに学園に入ってから、その手の噂を何度も耳にはさんだ凛は身を縮ませた。そんな彼に、梅子は言葉を続ける。廊下にはHRがもうすぐ始まるため、生徒はほとんどいないが、担任の来ていない教室はまだガヤガヤと騒がしい。
「確かに、海外からもたくさん武道家たちは来る。しかし、おまえはここの生徒だ。しかも1年下のな。学園で川神百代より年下が挑むなど聞いたことがない。それほど珍しいのだ。数分でも善戦できれば上々、無様な姿を見せれば、己の力量も測れぬ未熟者と見られよう」
「はあ……」
「はあって、気の抜けた返事をするな! ……と話はまたあとだ。私が呼んだら入って来い」
梅子は、自分の心配にもいま一つの反応をする凛に、ひとつため息をついて、教室に入っていった。そして、教室内でまだ騒いでいる者たちに渇をいれ、彼の名を呼ぶ。
「今日から2-Fでお世話になります。夏目凛です。みなさんよろしくお願いします」
凛は、壇上から簡単に自己紹介をすませ一礼するが、誰もが黙したままだった。しかし、視線は彼に向けられており、異様な雰囲気が漂っていた。
「何か質問があるやつはいないのか?」
梅子の発言に、羽黒がいつもと変わらぬ態度で凛に質問する。
「おう夏目、おまえ武神系に喧嘩売ったって聞いたけどよ。実際勝ち目とかあんのか?」
「うーん。喧嘩うったわけではないんだけど、どうも噂はそうなってるな。組み手をしてもらおうかと思っただけなんだ。勝ち目はどうだろう? 組み手だし、引き分けで終わりじゃないかな?」
真剣に考えて答える凛だが、百代を知る生徒たちは、冗談を言っているようにしか聞こえない。しかし、彼がいたって真面目に言っているため、笑いが起こるような状態でもない。ほとんどの生徒が反応に困っていた。
「おい、こいつマジで言ってるのか? 大和、昨日の騒ぎでハイになりすぎて、頭おかしくなったんじゃないだろうな」
「そんな馬鹿な」
岳人と大和が会話していると、ちょうど校内放送が入る。執行の時間がやってきたのだ。生徒の多くはそう思った。
「2-Fの夏目凛、3-Fの川神百代は、今から第一グラウンドに来てください。繰り返します。2-F――――」
「ちょうど連絡きたみたいですし、ちょっと行ってきます」
あくまで軽い調子の凛の態度に、みなは釈然としないようだった。しかし、興味がないかと言われれば、全員があると答えるだろう。一番熱い話題になっているのだ。これを見逃す者は、お祭り好きの生徒達の中にはそういまい。観戦の許可がでているため、彼らは教室から出て指定された場所へ集まっていく。
そして、第一グラウンド。2-F、3-Fだけでなく、他のクラス他の学年も集まっており、朝のグラウンドはかなりの熱気に包まれていた。そんな集団から少し離れたところ、凛の周りにはファミリーの男性陣が集まっていた。
「こうなったら、とりあえず骨は拾ってやる」
岳人は凛の胸をドンと叩き活を入れた。それに卓也が続く。
「ケガしないで……ってのは無理か。とにかく頑張って凛」
そんな2人に、凛は力強い頷きを返した。最後に大和が締める。
「しっかりと見届ける」
「ありがとう。それじゃ行ってくる」
左右に分かれた人垣を通る凛に、好奇な視線が向けられる。そして、人垣を抜けると、ぽっかりと円状に空いた大きなスペースができており、そこに百代が1人悠然と仁王立ちしていた。その雰囲気は武神としての貫禄を漂わせ、そんな彼女に黄色い声援がとび、どさくさにまぎれて告白している者もいる。グランドの中央に主役が揃ったところで、生徒達のボルテージはさらに上がっていった。
そんな中、凛はこれほどの熱気に包まれるのが初めてだったため、周りをぐるりと見渡す。彼の耳には、少なからず応援をしてくれる声も聞こえてきた。そんな彼に、百代から声がかかる。
「覚悟はできているな」
「百代、これは組み手なんだかラ。それを忘れないようにネ」
2人の間に現れた緑のジャージを着た先生が、熱気にあてられ闘気を撒き散らす百代を諌めた。独特の構えをした先生の名は、ルー・イー。中国出身で、無名から鍛錬を重ね、今では川神院の師範代を務めるまでになった男である。総代である鉄心からの信頼も厚い。
「夏目クンも、私が危険と判断したらすぐに止めるヨ」
「はい。よろしくお願いします」
「総代。始めてよろしいですカ?」
「うむ」
少し離れた場所で、静かに2人を見守る鉄心にルーが許可をとると、今までガヤガヤと騒がしかった外野も嘘のように静まり、みなが開始の合図をまった。凛は軽く肩を回し、百代は構えをとりながら不敵に笑う。
「それでは」
ルーの声が一段とグラウンドに響く。凛もしっかり構えをとり、静かに百代を見つめた。ピンと張り詰めた空気に、生徒の大半は無意識に唾を飲む。その音さえも周囲に聞こえそうなほどにグラウンドは静まり返っていた。
――――ワクワクするな。俺を一撃で仕留めにくる気だ。
百代はいつも通りに構えているつもりのようだったが、凛は彼女の足、膝の向き、重心等、体からの情報を得て、一直線に向かってくることを悟った。彼は、一度ゆっくりと瞬きをして、落ち着きを取り戻す。
「はじめッ!!」
ルーの合図とともに、百代は凛を仕留めるため一歩目を踏み込んだ。その瞬間、彼女の姿が一瞬霞む。もし並の者ならば、一瞬にして距離を詰められたと感じるその動作に、彼は感心しながら、僅かに遅れて彼女へと向かっていった。
「川神流無双正拳突き!!」
百代は、これまで何人もの挑戦者を破ってきた技を繰り出した。もちろんその一撃によって勝負は決まると思ったまま。周りの者達もそのほとんどが、彼女と同じ考えだったのだろう。だからこそ、凛のとった行動に動揺が走る。
「そっくりそのままお返しします!!」
凛はなんと自分の拳を百代の拳にぶつけにいったのだった。拳が交わると同時に、身をゆるがすような重い音が轟き、闘気と闘気のぶつかりが二人を中心にして風を生み、それが勢いよく弾ける。それは彼らの周辺にとどまらず、観戦していた生徒の肌をうち、あまりの衝撃に目を閉じる者や顔を背ける者もいた。
しかし、鉄心とルーだけはしっかりと力比べの行方を見届けていた。百代が押し負け、彼女の腕が体の外側へと弾き飛ばされたところを。
――――まだ筋力が足りてないな。
冷静に分析する凛ととまどう百代。彼は息つく暇も与えず、そのままもう一歩踏み込み、突きを放った。そんな彼の動きを見て、今朝のことと合わせ判断した鉄心は、ヒュームの言っていた弟子だと確信する。一方、ルーは彼女の一撃が決まれば、すぐに終了をだす準備をしていたが、まるで違う結果がでたことに、自省するとともに目の前の彼がどこまでやれるのか興味を抱いた。
凛の突きを百代は咄嗟にはたきおとすが、予想外の事態に一旦距離をとるため、後ろに大きく跳躍した。彼はそれを追わず一定の距離を保ったまま、二人はまた対峙する。観客が次に目にしたのはそんな光景だった。その光景に小さなざわめきが起き、それが大きなうねりとなって中心に位置する二人に返ってくる。そのうねりは大半が彼に対する賛辞だった。
落ち着きを取り戻した百代は、自分の腕がかすかに痺れているのを感じた。彼女はそのまま凛を観察するが、最初と変わらず構えをとったまま静止している彼に、自然と子供のような笑顔を見せる。
「凛、すまない。私はおまえを見くびっていたようだな。だから…………私をもっと楽しませてくれ!」
「お付き合いしましょう、モモ先輩」
久々に出会えた自分を出せる相手に、さらに闘気を高め、今までの鬱憤を晴らすかのように苛烈な攻めを繰り出す百代に対し、凛はそれを流れるような動きで受け流し、反撃に転じる。そこからは、まさに武の応酬となった。突きをはじき、蹴りをそらし、お返しとばかりに連撃を放つ。片方が距離をとろうとすれば、すぐさま追撃し、彼らはまるで舞っているかのようだった。生徒達を含めた全員が、彼らの舞闘に魅了される観客になった瞬間だった。
どれくらいの時間が経ったのか、それを正確に把握していた者は少ないだろう。それほどに目の前で繰り広げられる戦いは、胸を熱くさせるものだった。しかし始まりがあれば終わりが来る。最初の一撃が響いたのか、百代の腕が少し下がっていたのを凛は見逃さず、防御のゆるくなった部分に最も重い一撃を放った。
「ッ!?」
さすがにしっかりとガードしてみせた百代だったが、威力に押され地面に2本の線を描きだした。彼女は、そこからまた距離を縮めようと足に力をこめる。
「そこまで!!」
しかし、そこにルーから終了の合図が出された。それを聞いた生徒達の歓声が爆発する。まるでスタジアムで起死回生の逆転劇を見たといった感じで、彼らの興奮さめやらぬ様子は、組み手が始まる前よりも盛り上がりをみせた。その様子を見た百代は深く息を吐き、闘気を収め、凛はそんな彼女に近づき手を差し出す。
「ありがとうございました。モモ先輩」
凛のほうもすでに戦闘態勢にはなく、百代はその手をしっかりと握った。2人が健闘を称えあう姿に、生徒たちはさらに盛り上がる。
「ふぅ。こちらこそ楽しかったぞ凛。こんな気分は久々だ。まるで……」
まるで昔に戻ったようだ。百代はふと昔を懐かしむ。
「モモ先輩?」
お互い握手をしたまま言葉を交わすが、急に黙りこくる百代を凛が覗き込むようにして様子を伺う。そんな彼に昔を重ねる彼女はさらに困惑した。
凛が黙りこくったままの百代を心配していると、後ろから誰かが勢いよく肩を組んでくる。
「おいこら凛。なんだよ! さんざん心配かけやがって、おまえどこの達人だよ! モモ先輩とやりあうなんざ、さすがの俺様でもびっくりしたぜ。あと早くその手を離せ」
「ほんとすごいよ。僕も驚いちゃった。まさかこんな結果になるなんて」
「本当よね、お姉様相手にあれだけやれるなんて。それにとても綺麗だったわ。私ともぜひ戦ってよね。凛」
「すまなかった。実力差があるなどと。むしろあったのは自分のほうだったようだ。許してほしい。そして自分とも勝負をお願いしたいな」
どうやらファミリーのみんなが労いにきてくれたようだ。そのまま凛と百代は取り囲まれる。
「お疲れ様、姉さん」
「お疲れ様です、モモ先輩。それにしてもすごい戦いでした」
「さすがのまゆっちもあんな戦い見せられたら、剣士の血が騒ぐってもんだぜ」
「モモ先輩から見て、夏目凛はどうだった?」
京と由紀江はやはり実際に戦った百代の評価が気になったようだ。彼女は岳人に肩組みをされ、手荒い賞賛を受ける凛に目を向けた。彼もなんだかんだで楽しそうに笑っている。
「ああ。正直底が知れない感じだな。まだまだ何か隠してるだろうな」
そんな凛に、百代はつられて笑顔を浮かべ答えた。そこに、後ろから新たな声が加わる。
「いやぁ本当に凄かったな。学校着いた瞬間、校庭が騒がしいと思って来てみたら、モモ先輩がやりあってるし。モモ先輩とガチでやりあって立ってたのもスゲーけど、今もケロッとしてるんだからな。あいつ誰なんだ?」
「あっキャップいたんだ」
大和は今気づいたという対応をとる。それに対して、翔一は少し拗ねながら答えた。
「うわっひでー言い方だなー大和。しかも俺抜きでこんなおもしろいことやってるし。風間ファミリーのリーダーは俺なんだぞ。ちゃんと誘えよ!」
「だって、キャップいなかったじゃん。姉さんとやりあってたのは夏目凛。今日からここの生徒で、同じ寮生だ。あとで紹介するよ」
大和の視線の先には、ファミリーの元を離れて、盛り上がっている観客の声援に答える凛がいた。彼は仰々しくお辞儀をして、自己紹介をしているようだった。テンションの上がった生徒たちから、彼に向かって様々な声が掛けられる。
「凄かったぞ、転入生―!」
「好きになってもいいですかー?」
「俺とも勝負しろー!!」
「夏目先輩ファンになりましたー」
「モモ先輩の手握るなんて羨ましいぞ、コンチクショー」
まだまだグラウンドの熱気は収まりそうになかった。結局、先生たちの一声があるまで賛辞はやまず、凛は初日から一気に知名度をあげることになった。