真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『マープルの反乱4』

 

 燕と林沖との戦いは、平蜘蛛の真の力を見せることなく、燕が勝利を収めた。

 しかし、これは林沖が弱かったわけでない。もし、これが他の相手であれば、彼女は何人もの手勢を跳ね返してなお、健在であったろう。もしくは、正面からぶつかりあう者であれば、彼女の調子もあがっていたかもしれない。だが、燕は間違ってもそんなことはしなかった。

林沖を調子づかせず、それどころかテンポを狂わせ、常に戦いの主導権を握る。

 これが自身の戦い方。燕は、倒れ行く林沖を最後まで油断なく見ていた。

 

「さぁて、私のほうは片付いたけど、これからどうしようかねん?」

 

 川神城へと目を向けたあと、燕は顎の下に人差し指を持っていく。本人はまだまだ余裕があるらしい。壁越えを果たしている者の中にあって、戦闘巧者とでも言えばよいのだろうか。武神討伐の依頼を受けるだけの実力は、確かに備えていた。

 

「とりあえず、城内の様子を教えてもらおうかな?」

 

 携帯を取り出した燕は、しっかりとした足取りで歩きだした。

 

 

 ◇

 

 

 一方、他の場所でも徐々に形勢に変化がでてきていた。百代と項羽である。

 画戟の暴風を掻い潜った百代が、項羽に一撃を叩きこんだ。その衝撃が、項羽の体を通り抜け、のち大気を揺らす。それだけで、相当な威力を秘めていたことがわかる。

 項羽の体が飛ぶ。辺り一帯は既に平地へと化しているため、何かにぶつかるということもない。

その項羽も二転三転し、また態勢を立て直した。

 

「この馬鹿力め……」

 

 思わずと言った感じで、項羽が苦い顔をした。どうやら、自身のことは棚にあげているらしい。

 

「そらそらぁ!」

 

 百代はそこへ追撃をかける。ここで初めて、項羽は防戦一方となった。

 これまでの戦闘で受けたダメージが、先の一撃を切っ掛けとして、一気に体へと圧し掛かってきたようだ。百代もそれが感じられたのか、勝負を決めるつもりで手数を増やす。

 

「こんの……調子にのりおって……」

 

 かろうじて、絞り出した言葉がそれであった。しかし、強気な言葉とは裏腹に、項羽はそこから逃れることができずにいる。百代の猛攻の前に、また一歩また一歩と後退していった。その事実が気に食わないのか、項羽はイラだった表情を露わにする。

 百代がわざとガードを緩めると、すぐに誘いに乗ってきた。

 大振りの一撃も決まればこそであり、今の百代にとっては、さばきやすい攻撃でしかない。それをいなし、隙のできた項羽に連続して突きをねじ込んだ。

 

「ぐ、俺は……負けん!」

 

 距離をとった項羽は、闘気を爆発させたかと思うと、それを一振りの画戟にのせる。無数に放った衝撃波とは比べ物にならないそれは、必殺技と言っても過言ではなかった。

 一瞬にして大地を切断し、走り出していた百代へと一直線に向かう。

 回避することは不可能。項羽は大技を放ったため、一瞬動きが鈍る。そして、そこへ向かってくるのは――。

 

「んなっ……!?」

 

 なんと項羽自身が放ったはずの技だった。

 声をあげる暇さえなく、項羽はそれを諸に食らった。体が鈍っている今、当然、受身などとれるはずもなく、地面を転がる。画戟はその際の衝撃で、手放してしまった。本人には、何が起こったのか、全くわからなかった。

 さらに、体を起こした項羽の前には、既に百代が立っていた。

 川神流・万物流転――百代が対遠距離攻撃用に自ら生み出した技のひとつ。防御するだけではつまらないので、反射させるようにした結果、これに落ち着いたらしい。ただ、彼女はこの技を使いたがらず、今までほとんど使っていなかった。しかし、あの敗北から、技の開発に加え、見直しを行っている最中、相手の意表がつけるという新たな側面を見出し、今回の戦いで使用したのだった。

 勝負はついた――かのように思われたが、そこへ乱入者が現れた。いや、この場合、人ではないため者というのは不適切であるが。

 

「おいおい……気持ちはわからなくないが、戦いに割って入った以上、それ相応の覚悟はできているんだろうな?」

 

 百代は、側面から突っ込んできた騅を片手で止めながら、口を開いた。騅のエンジンはフルバーストしているのだろう。文字通り、青い炎を吹いている。

 しかし、百代の体はびくともしない。

 

「騅! よせ! これは俺と百代の戦いぞ!」

 

 項羽は動かない体に鞭うち立ち上がるが、足元はおぼつかない。

 

『心得ています。しかし、私は騅。あなたと共に天下をかける相棒……なればこそ、あなたの窮地に動かないわけには参りません』

 

 それだけ述べると、騅の後部が開き、ミサイルが発射される。それは一度上空高くに舞い上がると、百代目掛けて、一斉に襲いかかってきた。

 百代はそれを見上げると、深いため息をつく。ミサイル程度で傷つくはずもなく、かといって、勝負の邪魔をこれ以上されるわけにもいかない。最初の突撃で収まるならばと思って声をかけたが、無駄で終わりそうだった。

 というよりも、このまま百代で着弾すれば、騅自身もどうなるかわからない。いや、九鬼製であることを考えれば、こちらも案外無傷で済むのかもしれない。

 しかし、それらは意外な人物によって、全て撃ち落とされた。項羽である。彼女は武器を持っていない今、右手を空へと掲げ、そこから放たれる気弾でミサイルを破壊してみせた。空は一面紅蓮に染まる。

 

「はぁ……はぁ……騅! 二度は言わん。退け」

 

 疲労が溜まっているところでのさらなる気の消費。肩で息をしながらではあったが、項羽は鋭い目つきで騅に命じた。そこでようやく、騅は後ろへ引き下がる。

 百代はほっと安堵の吐息をもらした。意思ある機械を機能停止――あるいは壊すのは、さすがにためらわれた。それは、身近にクッキーという存在があったのも無関係ではないだろう。

 

「意外だったな……わざわざ自分の気を使って、私を守ってくれるなんて」

「勘違いするなよ。あのまま放っておけば、お前は騅を捨て置かんだろう。それに、こうなったのは…………こうなったのは――」

 

 項羽はその事実を非常に認めたくないようで、体を震わせる。それに加え、拳も固く握りしめていた。

 

「……追いつめられたのは全て……俺のせいなのだから。うぐぐ……認めたくないはないが、ここまで無様を晒したのだ。認めざるをえん。そして、俺は……ここまで追い詰めたお前を好敵手と認めよう」

「それは嬉しいな。で……素直に負けを認めるのか?」

「ハッ! 俺はまだ自分の足で立っている! それに、俺は王だぞ! 自分から負けを宣言するなどありえん!」

 

 それを聞いた百代は、転がっていた方天画戟を項羽へと放り投げた。

 項羽はそれを無言でそれを受け取ると、辺り一帯に響き渡る大声で百代に命じる。

 

「我が名は項羽。西楚の覇王にして、クローンを束ねる王である! 今一度、貴様の名を聞かせよ!」

 

 百代は右手を握りしめ、いつもの構えをとり、それに応える。

 

「武神、川神百代! 楽しい戦いだったよ……項羽」

「ゆくぞっ!!」

 

 2人は真正面から激突した。最後に立っていたのは1人であった。

 

 

 □

 

 

 百代と項羽が激突していた頃、凛はヒュームとのにらみ合いの真っ最中であった。

 凛は乱れた息を整えるため、大きく息を吸い込んだ。その間も気を抜くことはない。

 壁を越えた者同士が容易にぶつかってはならない――そのいい例が、大地の惨状によって証明されていた。鬱蒼と茂っていた密林は痛々しいほどになぎ倒され、あちこちでパチパチと炎がくすぶっている。もし、雨がなければ、この辺り一帯が火の海になっていた可能性もあった。

 そして、2人が立っている場所である。直径1㎞に及ぼうかというクレーターの中にあった。しとしとと降り続ける雨が地表を叩き、傾斜によって、底に向かって水の通り道を作っている。

 雨に濡れた凛の髪から、滴が流れ落ちた。その頬には鋭い何かで切られたような切り傷があった。

 ピシャリと雷鳴が轟き、両者の影を色濃く作りだす。それを合図にして、凛が動き出した。いつか見た光景がそこに広がる。彼のあとに続く紫電がむき出しになった大地を彩った。多少のぬかるみなど、今の2人には関係ない。

 ヒュームの瞳が左に向かう。その瞬間、凛は上空から蹴りを落としていた。その足には、より一層気が満ちている証拠となる青白い光が纏わりついている。

 ヒュームが片腕で凛の蹴りを受け止めるやいなや、凛はまるで重力を感じさせない動きで身を翻し、ヒュームの傍へと降り立った。同時に、何度目かとなる龍吼を放つ。

 凛の気に反応して、雷雲の中から一匹の龍――一筋の稲妻が向かってくる。しかし、ヒュームがそれを大人しく食らうはずがない。凛の背後へと瞬時に回り込み、攻撃に移った。

 それを知っていたかのように、凛は見向きもしないまま、体だけを右へ移動させる。そして、振り向きざまに反撃。

 重苦しい音が響く――が、それはヒュームの腕で完全にガードされていた。

 

「ふッ!」

 

 凛はそこで留まることなく、左の突きを繰り出した。なんの変哲もないただの突き。

 しかし、それがヒュームの胴を捉えた。彼の動きが一瞬止まり、凛がさらに動く。連続で2発の突きを入れ、最後に左側頭部への蹴りをお見舞いした。それに伴い、激しい明滅を繰り返す。

 吹き飛ぶヒューム。そこへ追撃をかける凛であったが――。

 

「蹴りというのは……こうするんだ。ジェノサイド・チェーンソー!!」

 

 ヒュームを見失ったと同時に、首に走る衝撃。次は凛が吹き飛ばされた。泥が大きく跳ねる。

 

「ぐっ…………がはっ」

 

 凛は仰向けの状態からすぐさま横になり、両腕に力を入れた。ガクガクと震える腕が、ヒュームの技の恐ろしさを物語っている。視界が揺れ、すぐに立ち上がることができなかった。

 そんな凛に、ヒュームが声をかける。

 

「先の攻撃は中々きいたぞ。というよりも、俺の技で倒れんことを褒めてやろう」

 

 同時に、とヒュームはさらに続ける。

 

「お前の……夏目の技が少し知れた。お前は俺に攻撃を受けるとわかった瞬間、分厚く気を纏ったな。以前のお前なら、そこまでやることはできなかったはず……なぜなら、気が底をついてしまうからだ。だが、今のお前はそれを実行してなお、余力がある」

 

 凛はようやく立ち上がり、体が動くかどうか確かめる。気で威力を軽減させたとは言え、かなりきつい。

 ――――やっぱ凄いな、ヒュームさんは。そんなことまでわかっちゃうなんて……。

 初代当主であった夏目竜胆は気の扱いに長けていたが、その反面、気の絶対量がそれほど多くなかった。彼女はそれを克服するため、あらゆる方面でその可能性を探り、行き着いたのが雷だった。しかし、彼女がこれに行き着いたのは、偶然としか言えない出来事が起こったからである。すなわち、落雷であった。これによって、彼女の顔半分は火傷の跡が残ったものの、それと引きかえるように、ほんのわずかであったが、彼女の気の量が増えていた。

 竜胆はそこに賭けた。長い年月をかけ、それを操れるよう苦心し、それを技――龍吼として完成させる。そして考えをさらに進め、龍吼で増やせる気の量などたかが知れているが、それは一筋の雷光であったから――ならば、それを束ね、一点に集中させることができるなら。

 そういう考えから生み出されたのが、凛が採掘場跡地で行っていた儀式である。

 龍吼には他にも役割があり、それは自身の気によって雷が操れることと、それに対する親和性が備わっていることを確かめるのである。さらなる効果としては、気脈を太くするというものがあり――放出させる量が増やせるというわけであった。ただし、微量である。

 身体能力の向上は、この気脈の増強に関連があるらしいが、詳しいことはわかっていない。

 とにかく、夏目を継ぐ者は、その最終形を目指すわけであるが、そこまで到達できる人間は皆無であった。まず、龍吼を会得できた者が少なく、それを会得できた者でも儀式に耐えるのが困難ということが多かった。凛の祖母である銀子も後者であった。

 だが、何世代にも渡って、継がれてきた意味があった。夏目凛が生まれ、その境地に足を踏み入れたからだ。

 ――――竜胆様は最終的に、膨大な気を獲得するに至り、その名を広く知られることになった。

 

「これで終わりではないんだろう。見せてみろ、凛」

 

 ヒュームが手招いてみせた。彼の背中越しで雷鳴が轟いた。

 

「その、余裕な態度……崩してみたくなりますねッ!!」

 

 荒い息遣いのまま、凛はその場から一直線にヒュームへと向かっていった。

 

 

 ◇

 

 

「ふぅ……川神城にとうーちゃーく!」

 

 百代は騅から飛び降りると、両手を大空に高々と掲げ、伸びをした。戦いが終わったのち、騅の厚意から乗せてもらい、この川神城に帰ってきたのだ。当然、意識を失った項羽も一緒である。

 その項羽は、騅の座席にてスヤスヤと眠っていた。あれだけの激闘を繰り広げたにも関わらず、眠りだけで済む――壁を越えた者に常識は通じないらしい。ちなみに、同乗していたときは、百代が自身の体にもたれさせた彼女を片手で支えていた。やけにご機嫌だったのは言うまでもない。

 その百代であるが、戦闘による傷は既にない。瞬間回復の賜物だった。

 

「およ? ももちゃんじゃん。覇王様との戦いは終わったの?」

 

 そこへ現れたのは燕。その傍らには、城へ舞い戻ってきた梁山泊の手勢。その全員が伸びている。

 百代は騅に乗ったままの項羽を指さす。

 

「まぁな。しっかり勝ってきた。燕のほうも……勝ったみたいだな」

 

 そうこうしていると、城の最上階から歓声が聞こえてきた。どうやら、マープルの身柄確保に成功したようだ。

 百代と燕は顔を見合わせると、軽く笑った。何はともあれ、日本全体を巻き込んだ騒動に発展する危険性は解消されたのだ。

 その後、姿を現した攻略メンバーたちと合流し、喜ぶのも束の間、各地で戦い負傷した生徒たちへの救護を話し合う。その中には紋白の他に、英雄、そして揚羽の姿もあった。

 そのため、彼らについては、すぐさま九鬼の残りの従者部隊を投入してくれることで決着がついた。

 百代の勝利を聞いた揚羽は、うんうんと頷き、何やら嬉しそうだったのも印象的であった。

 幾分、和らいだ雰囲気が流れる川神城――しかし、突如響き渡った笑い声に、多くの者が緊張を強いられる。

 

「石田か……」

 

 百代が城門に目をやりながら、そう呟いた。そこには、彼女の言った通り、石田をはじめとした過去の亡霊たちが立っていた。

 

「マープルは失敗に終わったか……まぁそちらの方が都合が良い。さぁさぁ! 未だ戦は終わっておらんぞ! ここからは、この石田三成がお相手しよう!」

 

 両手を大きく広げた石田が宣言すると同時に、地面から紫の光が漏れだしてきた。

 その光は明らかに異様な気配を含んでおり、多くの者が足元を通り過ぎようとするそれを避けた。掴みどころのない、おぼろげな光と人を不安にさせる色合いが、より一層不気味である。

 他と同様、それを避けた翔一が口を開く。

 

「おいおい……これでめでたし、めでたしって流れじゃねぇのかよ……」

 

 皆が石田らに注目する中、燕が倒した梁山泊の指が微かに動いた。彼女が打ちもらすようなヘマをするはずがなく、確かに意識を失っているはずである。さらに、その隣の者の体がビクリと震えた。その異変に気付いたものは、まだいない。

 




ようやく終わりが近づいてきた。
もうすぐだ。日常がもうすぐ帰って来る!
日常のネタはもう頭の中にあるんだよ!!


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