真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
騒がしい昼食を終えたあと、翔一の提案でビーチバレーをすることとなった。その際に必要な道具(ネットなど)は、クルーザーの中にしっかり準備してあったようだ。
メンバーは特に決めず、やりたいものが参加――その結果、最初ということもあってか、男(凛、岳人、翔一)vs女(百代、小雪、一子)に分かれた。審判はステイシー。皆、火照った体を海で冷やしたため、水が滴っている。
そして、軽い取り決め――飛びすぎない、消えない、人を吹き飛ばすアタック禁止などが決められた。この両方に当てはまるのは壁を越えた者ぐらいであるが、何も決めずに始めると、下手したらビーチバレーがまったく別物の競技になりかねない。
他のメンバーは食休めを兼ねて、パラソルの下でその様子を見守っている。
サーブは百代からで、ラインの外側でボールを構えていた。
「おっしゃー! さっさと始めようぜ!」
前衛についた翔一の声が、砂浜に響いた。まだ海でひと泳ぎしたのみであり、その元気は有り余っている。無駄に左右にステップを踏んだりしていた。
それに一子が反応する。
「コテンパンにしてあげるから、覚悟することね!」
「覚悟覚悟―!」
小雪もそれに続いて、声をあげた。
「んじゃあ、両者とも準備はいいか?」
ステイシーが両陣営に目配せし、それに皆が頷いた。
凛はボールに備えて、軽く腰を落とし、両手を前で組む。
――――ああ……何が悲しくて、岳人のブーメランパンツを後ろから見なきゃならんのだ。
凛は後衛を守っていたので、翔一と岳人の後ろ姿が自然と目に入る。同時に、ため息が出そうになった。
その岳人は威嚇のつもりなのか、女性陣に向かってマッスルポーズをとっていたからだ。ブーメランパンツが、引き締まった尻に若干食い込んでいる。生憎、凛にはその姿を見て喜ぶ趣味はない。
――――それとは対照的に……。
凛はボールを構えた百代も見た。今にもボールをあげようとする彼女と目が合う。
――――目の保養、目の保養。
この砂浜に負けないほどの白い肌。それと対をなす艶めいた黒髪。腕を寄せているため、強調された胸元。スラリと伸びた脚線美。そして、キリリとした瞳――が、パチリと一瞬閉じられた。
思わず凛はそれに反応した。他の誰も気づいていない――彼だけに送られたウィンク。自然と彼の頬がゆるんだ。咄嗟にそれを隠すようにして、鼻先を軽く撫でる。たった一つの行動――ただそれだけで、彼は百代から目が離せなくなっていた。もっとも、一緒にいるときに目を離すときの方が、圧倒的に少ないのだが。
――――くそっ! 可愛いな。
お預けを食らっているだけに、一層魅力的に感じられる。そして、見計らったように百代が飛んだ。
「凛、頼んだぜ!!」
翔一の声で、凛は我に帰る。
ネットにかすれたボールは勢いを失うことなく、コーナーギリギリへと飛んでいく。外れるかと思われたが、ライン手前で急激な落差をみせた。
しかし、凛にとれない球ではない。最後の一歩を強く踏み込んで、自身の体を投げ出し、右手を落下地点に持っていく。そして、ボールが触れる瞬間に、手首を軽くひねり味方の方へ飛ばした。「ナイス!」背後から声がかかった。
凛は倒れた態勢から、2人の方へと振り向く。既に攻勢へ転じていた。
「岳人、いくぜ!」
「おうともよ!」
翔一がトスをフワリとあげ、それに合わせて岳人が助走をとって飛んだ。
「うおおおぉぉーーー!!」
ラスト数秒で決めるダンクシュートのように、最初から全力全開である。その気迫が、凛に幻想――赤髪のバスケットマン――を見せるほどだった。
対する一子と小雪が、ブロックのために両手を差し出す。岳人の188㎝の巨体がより大きく見えた。背の筋肉がこれでもかと盛り上がっている。
「させないわ!」
「ブローック!」
一子が正面、小雪が空いた左をカバーしている。彼女らはブロックの成功を確信していた。しかし、岳人はそれを物ともしない。
「食らいやがれぇーー!」
岳人はより一層気合を入れながら、腕をしならせ――ボールを軽く小突いた。フワッとした軌道を描きながら、それは彼女らの手のさらに上を優雅に乗り越えていく。
岳人は2人の呆気にとられた様子を見ながら、したり顔である。
「俺様もパワープレイばかりじゃないんだよ!」
両足でしっかりと着地した岳人は、チラリと凛を見て、グッと親指をたてた。
しかし、勝負はまだついていない。翔一が叫ぶ。
「岳人! まだだ!」
「私を忘れてもらっちゃ困るな」
百代が寸でのところでボールをすくい上げた。それを一子が素早く拾い、小雪へとつなげる。
小雪は既に外へ広がるように走っており――。
「お返しなのだ!」
羽毛が風に揺られ、舞い上がるかのような跳躍――そして、アタックを放つ。
翔一がいち早く反応し、僅かにボールに触れる。岳人も負けっぱなしでは終われないと、懸命にそれを追った。
「うおおりゃあ!」
顔を砂浜に埋めるほどの豪快なダイビングレシーブで、なんとかボールを跳ね上げる。
「ナイスガッツ!」凛は岳人に声をかけ、態勢を崩しながら翔一へとつなげた。
それに応える翔一は、小雪にも負けず劣らずのジャンプを見せる。躍動する彼の姿は、非常に活き活きとしている。そして、彼は彼女のブロックの外側を抉るようなアタックを放った。
「風は俺に味方する!」
翔一が発言したとおり、ラインを割ると思われたボールは、突如吹き付けた風の影響でコートに入っていた。際どいところだったが、ステイシーも見誤ることがない。彼女のコールを聞きながら、男3人がハイタッチを交わす。
「次は取り返すわ!」
その光景を見ながら、一子が吠えた。
サーブ権が男へと回る。凛はボールを受け取ると、左手でそれを高々と空に向かって放り投げた。青空に、黄色のボールがよく映えている。
□
しばらく経つと、メンバーも入れ替わり立ち替わりする。
卓也が叫ぶ。
「岳人! ちゃんとアタック打ってよ!」
「仕方ねえだろ! ステイシーさんがジャンプしたら、思いっきり揺れるんだよ! んな状態でボールなんか見てられねえだろ!!」
岳人が大声で言い訳したり――。
◇
「ユキ! おまえ、俺を踏み台にするとか何考えてんだ!」
準は倒れた体を起こしながら、小雪に抗議した。彼女が小首を傾げる。
「ダメだった? キャプテン椿の橘姉妹もやってたよ?」
「それはサッカー漫画の話だからな……しかも、なんで頭なんだよ! あれの場合は足の裏を合わせてただろ!?」
「んー……そこにハゲがあったから?」
準は大きくため息を吐いたり――。
□
「こら! 京、早く離れろ!」
「そんなこと言って、大和本当は嬉しいくせに……」
ラインギリギリのボールを追いかけた大和に絡まるようにして、京が密着。一度捕まると、彼は容易にそこから抜け出すことができない。
それをコートから見ていた百代が、こける振りをして、苦笑している凛にわざとらしくくっついた。
「おーっと、倒れるところだった。あぶないあぶない」
見事な棒読みつきである。
そんな百代に気づいていた凛は、体全体で彼女を支えるとともに、左腕を彼女の腰へとまわした。ぎこちなさを一切感じさせない見事な手並み。幼少時代にしばらく習った社交ダンスのせいであろう――体が覚えていたらしい。
一方、後ろから抱きすくめるつもりが、逆に抱かれてしまう百代。加えて、腰に回された凛の手の感触が、先ほどのマッサージを思い出させ、体がピクリと反応してしまう。それが少し恥ずかしかった。
落ち着け自分。百代は、赤くなりそうになる顔を気合で押しとどめた。
凛は顔だけを百代のほうへ向ける。幸い、彼は気づいていないようだった。
「対抗心?」
「ダメか?」
「全然! むしろ大歓迎! でも程々にして……」
「なんでだ?」
凛はそれに黙って、右手で大和の方を指さした。
そこには立ち上がろうとして、中途半端に前かがみになったまま固まった大和。情けない格好ではあるが、男なら一度はこういう態勢をとらなければいけない場面にも出くわしたことがあるのでなかろうか。京は傍でニヤリとしており、岳人からは「おらー!大和しっかり立てー!」とヤジが飛んでいる。クリスは傍に座っている由紀江に質問し、彼女を慌てさせている。冬馬の視線が一層熱を帯びていた。
数度深呼吸を繰り返した大和は、やがてしっかりと態勢を立て直した。
その様子を見届けた凛が言葉を付け加える。
「俺も男の子だから」
百代はその言葉で察しがついたが、それでもくっつくのを止めない。どうも、凛にくっついていると安心するらしい。少し意地悪い顔を見せながら、彼に問う。
「……さっきのときもそうなってた?」
「……黙秘権を行使します」
百代はその答えを聞いて、嬉しそうに凛の顔を見た。彼は視線を合わせようとしない。その代わりに――。
「……んっ」
百代は脇あたりをゆっくりと撫でられて、思わず声をもらした。凛はそれを聞いて満足そうにしており、彼女はイタズラを働く彼の手を軽く抓る。
そんな彼らに、相手コートから声がかかる。
「そろそろ再開してもいいか、凛?」
大和だった。百代は京からボールを受け取って、ライン外へと歩いていく。
「……おう。いつでもいいぞ。大和たちがイチャイチャしていたのを待ってただけだしな」
「京が勝手にくっついてきただけだ。それにイチャイチャしてるのは凛たちだろ!」
「ごめんな……俺の彼女、甘えん坊だからさ」
親指でくいっと百代を指す凛。彼女が離れたことをいいことに、やりたい放題である。
「コイツ……本来なら、姉さんが言いそうなセリフをさらっと言いやがる。しかも、違和感を感じないのが、なんか悔しい!」
「あっ……でもモモ先輩には内緒にしといて。調子乗ってると、ムキになるかもしれないし」
「どうしようかなぁ?」
その言葉に大和は考えるそぶりを見せた。凛がどう出てくるか、チラチラと横目で窺っている。その彼はというと、何やら考え込んでいた。
――――上目遣いで俺に言い募る百代……これはこれで捨てがたいな!
「……ムキになるモモ先輩も可愛いだろうな。やっぱ、どっちでもいいや」
「お前ノロケたいだけじゃん!!」
大和の叫びが砂浜に木霊したり――。
その後も、由紀江が松風のセリフで百代を軽く挑発したり、それに乗っかってクリスと一子が参加し、本格的な試合が繰り広げられたりと終始賑やかにビーチバレーは続いた。
◇
そして、次に始まったのはスイカ割り。用意されたスイカは2つ。割りたいと挙手したのは翔一、一子、クリス、小雪。4人はジャンケンでそれを決めようと集まった。
そこに凛が声をかける。
「おーい。もう一人そこに追加だ。ほら、まゆっち」
「えっ! あの……凛先輩?」
「手挙げようとしてたろ? みんなガツガツ行くほうだしな。まゆっちもやりたかったら、積極的にいかないと! ということで、いってらっしゃい」
「あ、はい……ありがとうございます」
『ヒエラルキートップのお墨付きだぜ! まゆっち、いったれー!』
松風の順位付けでは、そうなっているらしい。そして、押し出されるまま由紀江もその4人の中へ混ざった。
結果、由紀江とクリスがスイカを割る権利を手に入れた。
やはり、壁を越えた者である由紀江の動体視力は半端ではないらしい。彼女は勝つべくして勝っていた。よって、隣で大喜びしているクリスとは対照的に、戸惑っている。
「い、いいんでしょうか?」
「勝ったんだから、胸張ってガツーンと割ってやればいいのよ!」
岳人が、手に持った木刀を思い切り振り下ろしながら答えた。もう一本の木刀はクリスが持っており、気分はサムライといった感じである。大和丸で行われた殺陣を再現するように、ブンブンと木刀を振り回していた。
ちなみに、この木刀の素材は黒檀であり、黒光りするそれは重厚感があった。後の話だが、値段を聞いたメンバーの大半は驚くことになる――由紀江は実家の道場でもよく目にしていたため、すぐに見抜いていたようだが、凛も当然驚いていた。
翔一が由紀江に話しかける。
「そうそう! 岳人の言うとおり……派手なスイカ割り期待してるぜ!」
「でも、まゆっちなら割る……というか切りそうだよね」
京がそう呟くと、それを聞いていたメンバー全員が納得した。
「皆さんのご期待に沿えるよう精一杯頑張ります!」
「自分もズバッと一刀両断してくれる!」
かくして、スイカ割りの準備が整った。
□
「クリスー! もっと右だ右!」
「そのまま真っ直ぐよ!」
「違う違う! もう通り過ぎてるぞ!」
「周りの声に惑わされるな! 心の眼で見るんだ!」
「クリスーうしろー!!」
「後ろに3歩下がって、左斜め後ろを思い切り叩けば割れるぞ!」
『クリ吉はアホの子じゃねぇ! できる子ってとこ見せてやれー!』
「あぁ! もうちょい左左!」
「早く割らないと冷たいスイカが食えないぞー!」
外野から飛んでくる指示やら嘘やら声援を聞きながら、目隠ししたクリスはあっちへフラフラ、こっちへフラフラとスイカの周りを歩き回る。
「スイカ割りとは思った以上に難しいな……あと松風!! お前あとで覚えていろよ!」
このときだけは、木刀を真っ直ぐビシッと由紀江のいる方向へと向けるクリス。
その後、なんとかスイカの前までたどり着いたクリスは、周りに何度も確認をとったのち、思い切り木刀を振り下ろした。
そこはやはり武士娘。スイカを中途半端に割るなどという結果にならず、見事に両断して見せた。そして、ドヤ顔。百代を筆頭に、凛、京、大和に愛でられるクリスだった。
その間、割られたスイカは即座に回収される。メイドたちが切ってくれるようであった。
続いて、由紀江の番となる。皆がクリスのときと同様、指示を出していく。
そして、ちょうどスイカが射程範囲に入ったところで、由紀江は迷わず木刀を振り下ろした。
「はあっ!」
刀身がブレるが、それに突っ込む者などここにはいない。スイカを中心として、砂が波紋をつくった。
「5回?」
京が隣に立つ凛に問いかけた。大和は一瞬何のことかわからず、首をひねった。
「6回だな……本気でないにしても、さすがだ。うーん、いつか神速の斬撃ってのを見せてもらいたいなぁ。きっと凄いんだろうなぁ」
「……凛は、意外と戦闘大好きっ子」
「それは間違いないな」
「そして、モモ先輩大好きっ子」
「うむ。異論はない!」
胸を張って答える凛。
そこでちょうど、スイカがパカリと12等分になった。その切断面は刃物で切られたように真っ平らであり、途中にあった種すらも綺麗に両断されている。しかし、下にひかれたシートには傷一つついていない。
一子が凛に向かって叫ぶ。その手には既にスイカ。
「凛! なんか李さんが呼んでるわ!」
「了解!」
凛は余ったスイカでデザートを作るために、クルーザーへと向かった。
◇
凛は手始めにスイカのスムージーを作る。凍った牛乳と四角く切られたスイカをフードプロセッサーにかけ、ハチミツと砂糖で味を調え、白のストローと黄色のハイビスカスを添えた。
――――中々いい感じ。
その出来栄えに満足しながら、それらをトレイに載せていると、タイミングよく李が現れ、手際良くそれを運んでくれる。
そこへ百代がやってきた。凛の対面――キッチンに肘をついて、彼を観察する。その顔は終始笑顔であり、何やら楽しそうであった。彼も気になってチラチラと彼女に視線を送るが、一向に口を開こうとしない。
ようやく喋り出したのは、全員の飲み物が完成したときであった。
「姿が見えないと思ったら、調理してたんだな」
「せっかくだから、最高の場所でデザートを食べてもらいたいと思ってね」
凛は百代に受け答えしながら、もう一つのデザートに取りかかる。本来なら時間がかかるものだったが、下準備をあらかじめ済ましておいたため、あとはフルーツを切って盛り付けるぐらいだった。
フルーツを冷蔵庫から取り出すと、その香りが一気にクルーザー内に行き渡る。
「お前は料理人にでもなるつもりか?」
「いや、将来は百代の旦那になるつもりだけど?」
「なんかサラッとプロポーズされた!?」
頬杖をついていた百代が、背筋をシャンと伸ばした。
凛は、そんな彼女を一瞥すると穏やかに笑う。続けて、カスタードクリームに、マンゴーピュレ――マンゴーを調理し、滑らかな半液状にしたもの――を混ぜ合わせ、それを小ぶりのガラスの器へ入れ、その上に生クリーム、カットしたマンゴー、メロン、ドラゴンフルーツ、パインなどを盛り付けていく。よく見ると、クリームの間にはスポンジケーキもはさまれている凝りようであった。最後にミントの葉を飾る。
続々と出来上がるデザートは、色合い豊かであり、目を楽しませてくれる。
「まぁそのときは、もっとちゃんとするけどね……それまでお楽しみに。はい、あーん」
デザートを完成させた凛はそう言って、瑞々しいアップルマンゴーの果肉を百代の口元に差し出した。彼女も迷わず、それを口に入れる。
「はむ……うん、おいひぃ」
「俺の指まで食べないで……そして吸わないで」
――――なんかエロい!
百代は凛の指を渋々離した。離れる瞬間、ちゅっと水音が鳴った。
凛もカットしたそれを一つ掴み、口へと運ぶ。噛みしめると、甘みたっぷりの果汁が口一杯に広がった。
「そのスムージーどう?」
「ん? ああ、旨いぞ。ありがとな」
「そっか、よかった。俺にもそれ飲ませてくれない?」
百代はそれに頷くと、自身のスムージーを凛に渡そうとする。しかし、彼はそれを受け取らない。
「飲むんだろ?」
「うん、飲むよ。……だから、飲ませてくれない?」
何言ってるんだコイツ。百代の顔には、はっきりと困惑の色が見て取れた。
今度は、凛が楽しそうである。
「口元に持っていったらいいのか?」
「いやいや、だからさ――」
凛は他に誰もいないにも関わらず、百代の耳元でコショコショとその内容を伝えた。
「ダメ?」
「い、いやダメじゃないけど……李さんとか来るかもしれないだろ?」
百代はクルーザーの出入り口を見た。いつ人が入ってくるかわからないのが気がかりらしい。
そこへちょうど李が現れ、凛は出来上がったデザートを手渡す。出ていくところで、「しばらくはクルーザーに近づきませんので、ごゆっくり」と2人に声をかけていった。
「よっし! これで問題解決」
「李さんになんか誤解されてないか? それに私と凛の身長じゃ多分こぼれるぞ」
「確かに。……んじゃあ、そっちのソファに移動して」
凛はそのまま深くソファに腰掛けると、自分の膝をポンポンと叩いた。百代はそれに導かれるように、ゆっくりと乗っかっていき、やがて彼の太ももの上に女の子座りをした。彼女の両腕は、彼の首の後ろにまわされている。スムージーは窓際の桟の上に置いた。
2人の今の姿を見たものがあれば、それこそ誤解されそうである。
百代が少し上から凛を見下ろす形となった。
「これ……なんか新鮮だな。いつも見上げてばっかりだったから。この格好、私結構好きだぞ」
「おお、俺はなんか攻められてる感じになるな……」
――――真剣妖艶! モモ姐さん!
バスト91は伊達ではなく、至近距離においては圧倒的な質量を感じさせ、下から眺める百代の顔は大人びて見える。
Sっ気が刺激されたのか、百代はご機嫌そうに笑った。そして、スムージーを少し多め口に含み、そのまま凛の唇へと持っていく。
「ん……ちゅ、れろ……れちゅる――」
百代は、ゆっくりとスムージーを凛へと流し込んだ。確かに飲ませてもらっていた。喉を通る冷たさが心地よい。波音などとうに2人の耳から消え失せ、ただただ自分たちの立てる水音だけが聞こえてくる。
しかし、口に含まれる量などたかが知れている。すぐに百代の口の中は空っぽとなった。それを見計らったかのように、彼女の唇が凛の舌によってなぞられた。そして、そのまま口内へ――。
ある程度予想がついていたのか、百代もあまり驚くことなく、おずおずと舌を伸ばしていく。凛が彼女の舌裏をサラリと撫でた。背筋が震えるような快感が走り抜ける。彼女もお返しをしようと舌を伸ばすが、彼は舌を引っ込めてしまった。当然、彼女は追いかける。しかし、彼は中々舌を絡めてこない。
痺れを切らした百代は、一旦顔を離す。
「うー……凛、意地悪するな」
それだけ口にすると、百代はまたキスを再開させた。
――――そういう反応するから、意地悪したくなるんだよな。
凛は黒髪を撫でながら、すぐに舌を絡ませにいく。
「ん……はぁ、んちゅ……れろれちゅ、れる――」
もうすっかりスムージーの味を消え去り、互いの唾液を交換しあうのみになっていた。しかし、それに飽きがくることはなく、むしろずっと続けていたいほどに気持ち良い。甘く蕩けるような――2人はまさにそう感じていた。
百代が凛を見つめる。
「ん……はぁはぁ。キス気持ちいいな」
「ちゅ……正直、病みつきなりそう」
凛はそう言うと、また百代の中へ舌を滑り込ませた。彼女はそれを優しく迎え入れると、軽く吸うようにして弄ぶ。
「百代……」
「なんだ?」
「大好きだよ」
「私も大好きだ」
凛が百代の唇を甘噛みすると、彼女もお返しとばかりに軽いタッチのキスを繰り返してきた。
「ところで……凛」
「何?」
「さっきから、私の下で固いものが、当たってるような気がするんだが」
「いやもう、正直これはどうしようもない」
凛はそこで、背中に回していた右手をそっと百代の股へと伸ばした。
「あっ! おい、凛んっ!」
百代の体がビクンと跳ねた。彼女も、自分の体がどうなっているか分かっているようだ。
凛は指先を確認して、百代をじっと見つめる。たちまちに、彼女の顔が赤らんでいった。
「興奮してるのは、俺だけじゃないみたいだけど?」
「あっ、当たり前だろ! ん……だからっ、弄るなぁ」
「だって、百代。可愛い声出すんだもん。余計に弄りたくなる」
「そんなこと……んんっ、言ったって、声が勝手に出るんだ」
百代はこれ以上声を出すまいと、凛の口で自らの口を塞いだ。
――――俺も理性が振り切れそう。
しかし、百代のくぐもった喘ぎを聞いていると、興奮が収まりそうにない。瀬戸際に追い込まれた理性は、本能に追い落とされそうになっている。だが、それも長くは続かなかった。クルーザーに近づく気配を感じ取ったからだ。それだけで、理性が舞い戻ってくる。
――――百代のこの姿もこの声も誰にも見せんし、聞かせん!
「百代、誰か来る……」
「えっ……」
その言葉に、百代は体を固くし、トロンとしていた瞳も夢が覚めたように、元に戻っていた。しかし、動くのが億劫なのか、凛に身を委ねたままだった。2人とも一応口元を綺麗に拭っておく。
やってくるのが誰か、すぐに判明した。
「ふむ、クリスだな。ワンコやまゆっちも一緒みたいだ」
「なんか前にも似たようなことなかったか?」
「花火大会のときも、そういえばクリスが来たんだっけ? でもまぁ……ちょうどよかった。これ以上はさすがに耐えきることができなかったから」
「……なぁ、凛」
百代は体を起して、首の後ろに腕を回したまま凛と向かい合った。その顔は、これから自分が言おうとしている内容のせいで、熟れた林檎のように紅潮している。
はしたなく思われないか。不安がないわけではない――しかし、それ以上に百代は、凛とのより強い繋がりが欲しかった。
また、2人きりの旅行――というわけにはいかなかったが、それでも初旅行には違いない。記念に残る思い出も一つは欲しくなる。タイミングとしては絶好であった。
「ん?」
「その、な……私、凛と――したい」
消えるようなか細い声で紡がれる言葉は、一部聞き取れないほどであったが、内容は十分に理解できるものだった。
凛はそのセリフを聞いて、百代が乗っているにも関わらず、思わず立ち上がりそうになった。自分から誘おうと思っていたのに、まさかの彼女からお誘いがかかったからだ。
――――これはかなりそそられる……。
凛は体が熱くなるのを感じながらも、百代に優しくキスをする。
「じゃあ、今日の夜は2人で過ごそう」
そう言って、百代を強く抱きしめた。「うん」彼女の声が、凛の耳に届く。
しかし、百代はそこで一つの疑問を抱く。凛の肩に手を置いて、また彼を見つめ返した。
「でも……部屋はどうするんだ?」
「大丈夫! こんなこともあろうかと、いつでも手配できる準備だけはしておいたから」
無駄にキリッとした顔で答える凛。
「手際いいな……って、もしかして私から切り出さなくても、凛から言うつもりだったのか?」
「そりゃもちろん。せっかく沖縄来たんだから、百代との思い出も欲しいしね」
「だ、だったら、早く言えよ! うぅ……すっごく恥ずかしかったんだからな!!」
百代が、ガーッと吠えたてた。頬がまた赤く染まっている。その顔を見られまいと、凛に抱きついた。
凛が今どんな顔をしているのかわからないが、その声はいつもと変わらず、穏やかなもので、百代の髪をまるで猫をあやかすかのように何度も撫でる。
「ごめんごめん。でも、凄く嬉しかったよ」
「……キス、してくれたら許してやる」
「可愛いなぁ百代は。そんなの俺からお願いしたいくらいだ」
拗ねた表情の百代と微笑む凛は、また顔を寄せ合った。窓際にあったスムージーは、すっかりぬるくなってしまっているが、それに気づいたのはクリスが飲みたがったときであった。
その後、百代は一子や由紀江、京、大和と会う度に、「機嫌良さそうだけど、なんかあった?」といった内容のことを聞かれることになる。その答えも「別に」と素っ気ないものだったが、声は明らかに弾んでいた。
百代が、もはや完全なる乙女に覚醒してるんですが、大丈夫でしょうか?
それはさておき、次回は遂にR-18に挑戦します!!
話としては、きみとぼくとの約束(R-18版)として、別小説で投稿しようと思っています。
投稿した際は、活動報告にて一報入れるので、ご覧になられる方は、そちらを確認してください。別に気にならない方は、朝チュンをお待ちください。
あー朝チュン書くのも楽しみで仕方がないです!
R-18はエロく! そして、幸せな感じを目指して頑張ります!!