真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

57 / 76
『旅行1』

 

「うはーたけぇなー。モロ、見てみろよ。すげぇ景色だぞ!」

 

 岳人は飛行機の窓から見える景色に声をあげた。

 隣に座っていた卓也も、身を乗り出してその景色を見る。上は澄み切った青。下は綿菓子のようなフワフワとした白。その間を悠然と飛んでいる最中だった。時折、雲の隙間から青緑が覗くのは、おそらく山だろう。

 飛行機は羽田を離れ、南へ向けて飛んでいる。その飛行機も今は一部を除いて、ガランとしていた。それもそのはず、この便は九鬼家貸切となっており、葵・風間ファミリーを運ぶ専用機と化しているのだ。

 元々、優勝者の旅行の際に使用されることになっていたため、凛と小雪以外が乗っても支障がない。何とも豪快であった。

 一子は自分のカバンを漁ると、お菓子のモッキーを取り出した。

 

「クリ、一緒に食べる?」

「おっいいのか、犬? もちろん頂くぞ!」

 

 その後ろの席では、翔一が既に眠っていた。彼も乗ったばかりのときは、貸切に興奮していたが、世界を股にかける冒険家の息子にとって、飛行機はそう珍しいものではない。

 小雪は準に自作絵本を見せたり、冬馬や大和のとこへ遊びに行ったり忙しなく動き回っている。この場にいない燕は、急に入った仕事の都合で明日合流することになっていた。

 由紀江が、通路を挟んで座っている百代へ話しかける。百代の隣では凛が静かに寝息をたてていた。

 

「凛先輩も眠っておられるんですか?」

「ああ……何でも昨日の疲れがとれてないらしくてな」

「昨日の疲れ……昨日は確か終日大雨で……」

 

 そこからは松風が引き継ぐ。

 

「家でシッポリやっとったちゅうわけか……まゆっちには聞かせられないな」

「ま、松風! なんてはしたないことを!」

「それはおまえらの勘違いだ! 凛は鍛錬しに出てたんだ。私は家でイチャつきたかったがな……」

「鍛錬ですか? あの大雨の中」

 

 由紀江は、夜のニュースで各地を襲った豪雨の映像を思い出し、首をひねった。

 

「まゆまゆも私との戦いで、凛の技を見たろ? それの鍛錬やってたらしいぞ」

「そういえば、川神市の採掘場跡方面で雷鳴が降り注いでいたと聞きました。あれはデマではなかったわけですか……」

「多分、コイツの仕業だ。一体どんな鍛錬してたんだか、興味が湧いてこないか?」

 

 百代は武闘家としての顔を覗かせる。由紀江もそれに頷いた。

 

「ジジイも夏目の技に興味を示していてな。古い書物とか引っ張り出してきて、色々調べていたよ。そこで面白いことが書いてあった。なんでも……落雷で相手を攻撃するのは、ただのオマケにすぎないらしい」

「あれがオマケ……ですか?」

 

 由紀江が目を見開いた。あれだけの威力を誇る技がオマケと言われれば、その真意はどこにあるのか。驚きとともに、更なる興味が湧いてくる。

 

「それで、その本当の目的は?」

「んーそれがわからないんだ」

 

 その言葉に肩透かしを食らわせられる由紀江。百代も困ったように笑っている。

 その書物も大分古い物であり、残りの文章で書かれていたのは、夏目の名を継ぐ者へ口伝される奥義であるということだけだった。

 直接、凛に聞いてみるという手もあったが、口伝のみのそれを彼が易々と話すわけもなく、百代も無闇に聞こうとは思わなかった。

 

「ということは、それを聞くことができるのは、モモ先輩と凛先輩のお子さんだけ……ということになりますね」

「まぁ……そういうこと、だな。でも川神院も継いでくれないと困る」

 

 将来を想像して、顔を赤らめる百代。そのとき隣で寝ていた凛が、身じろいだ。ゴソゴソと体を動かし、ようやく収まりの良い所――彼女の肩を見つけ、また規則正しい呼吸に戻る。

 百代は凛の頭を撫でた。彼との子に囲まれるのも幸せそうだと思う一方、自分達の幼い頃は、腕白という言葉で収まりきれないほどの子供だとわかっているため、大丈夫かなと少し悩む。教育をしっかりせねば――自分のことは棚に上げて、一人決意を固めた。

 松風が答える。

 

「4人ぐらい産んどきゃ、事足りるんじゃね?」

「……まゆまゆは安産型だから、楽勝かもしれないな」

 

 百代がニヤッと笑った。今度は由紀江が顔を赤くする。

 

「はうっ! そ、そんな……私まだ友達も少ないのに、彼氏なんて――」

「ということは、まゆまゆは彼氏さえできれば、4人ぐらい楽勝だと――」

 

 そこへ一人の男が乱入してきた。今日も頭がツルツルに光っている。

 

「モモ先輩! 女の子が生まれた際は、中学入学まで俺が責任もって育てあげぼおわっ!」

「ハゲ! 乙女の会話を盗み聞きとはいい度胸だな――」

 

 百代は、左手のみを器用に動かし、鳩尾を打ち、倒れこもうとする彼の頭を掴みあげていた。彼女はふと窓の外を見る。澄み切った空は、なんとも爽快な気分させられる。

 

「今日は天気がいい……ハゲ。空中散歩……してみるか?」

「あばばばば――」

 

 楽しい時間はまだまだ続きそうだった。

 

 

 □

 

 

「……本当に心配したぞ、京」

 

 大和は、ホテルの一室で横になる京を見て、大きく安堵の息を吐いた。彼女は、頬を赤くして苦しそうに呼吸を繰り返している――無理をして、風邪が悪化したのであった。

 場所は沖縄。着いたのは夕方で、すぐさま九鬼系列のホテル――こちらの方が都合(豪勢にするなど)がつけやすかったため――にチェックインして、辺りを散策しようとなったときに、京は部屋で倒れた。それを見つけたのが凛と百代で、すぐさまベッドに寝かされ、大和へと連絡がいったのだ。

 

「うぅーごめんね、大和。その内治ると思ってたから……こほっ」

「なんで、こんな無茶を……」

 

 大和はそこで言葉を切った。理由は、なんとなく察しがついているからだ。

 

「せっかくの旅行だもん。それに――」

 

 京は大和をチラリと見た。

 

「大和が、他の女の子と旅行に行くのを黙ってみていられ……あ、頭痛い」

「もうわかったから。ほれ、冷えピタ」

 

 大和は、京の熱くなったおでこにシートを貼った。黙ってされるがままになっている彼女は、少し嬉しそうだ。

 京が口を開く。

 

「あ……凛のことは怒らないであげてね」

「アイツ知ってたのか……」

「私が黙っててほしいって頼んだの。だから――」

 

 そこで大和が言葉をかぶせる。

 

「でも今頃、姉さんが叱ってるだろうから、その頼みは聞けないな」

 

 実際、凛は何度も京に視線を送っていたため、百代がそれに感づいていた。そして、ホテルで彼女が倒れたことから、詰め寄ったのだ。

 

「あぅー凛……ごめん」

「別にひどいことにはならないだろうから、気にするな。それに元を辿れば――」

 

 俺のせいだからな。大和は口をつぐみ、別の話題をふる。

 

「……そういえば、子供の頃、俺もよくこうして看病されたっけ。……お前が必死にタオル絞って、何度も何度も俺の頭においてくれたよな」

「私の恩人が熱出してるんだもん。必死にもなるよ。……思えば、あのときから好きになっていったんだよね」

 

 京は昔を思い出して微笑んだ。

 

「そっか……」

 

 大和は相槌をうつだけで、言葉を続けない。何か考え込んでいる様子だった。

 

「大和……私が勝手に好きでいるだけだから、気にしないでいいんだよ?」

「あれだけずっと告白受けてきたのに、気にせずにいられる程、俺の神経は図太くないんだよ」

 

 告白数は3桁――いや、4桁はいっているのではないだろうか。今では日常会話にまで、平然と組み込んできているのだから。

 今もまた――。

 

「そして、大和は遂に私の告白を受け入れ、私達は晴れて恋人になるのでした。めでたしめでたし」

「そうだな……」

 

 大和の素っ気無い一言が、やけに響いた。

 部屋の外からは、道具を運ぶ台車の音がしている。その音もどんどん遠ざかっていった。

 静まり返る部屋――。

窓の外に目を向けると、夕日が海へ沈もうとしている。海面は赤く彩られ、燃えているようだった。

 さすがの京も目をパチパチと瞬いている。

 

「や……大和?」

「ん? なんだ?」

 

 大和は窓の外から、京へと視線を戻した。やけに落ち着いている。むしろ、風邪を引いている彼女の方が興奮を隠せないといった様子だ。

 

「い、今さっき……え? あれ? ……聞き間違い?」

 

 京は視線を中空に彷徨わせ、オロオロとうろたえる。

 大和はそんな京を見て、クックと喉を鳴らせた。

 

「俺さぁ……他にも気になってる人がいたんだ――」

 

 京はただ頷く。大和の声色が変わったからだ。

 

「燕先輩は可愛いし、気さくだし、話だって合う。マルさんは美人だし、世話好きで案外優しい。そんな人達が寄ってくるんだ。これがモテ期ってやつか……て、一人喜んでた。男からしたら、美少女から言い寄られるのとか夢だからな。正直なところ、楽しんでもいた」

 

 京は昔からそうだったし。大和はそう言って、彼女の髪を撫でる。その手つきは、壊れ物でも扱うかのように、優しいものだった。

 

「それで、だな……俺にとって、京は空気みたいな存在だったんだ」

「……!」

「あ、いや悪い意味じゃないぞ!! そこにあって当然になってたってことだ――」

 

 京はその言葉を聞いて、ようやく息を吐き出した。

 

「でも……最近、凛と姉さんが恋人になって、なんか今までと変わった気がしたんだ。あの2人、凄い幸せそうだろ?」

「そうだね。2人はベタベタしてるつもりないんだろうけど、雰囲気とか甘いし」

「なんか……それ見てると良いなって思ったんだ。凛は姉さんだけを見てて、姉さんは凛だけを見てて、お互いがそれだけで十分満たされてる」

「そんな2人を見てて、羨ましく思ったと?」

 

 大和はズバリ切り込んでくる京の言葉に苦笑する。

 

「あんな風になれたらいいなと……うん。羨ましく思ったよ。そんで、俺は何してるんだろうって思ったんだ」

 

 大和は一度深呼吸した。

 

「色々考えて……本当に思い上がりも甚だしい、お前何様って笑われるだろうけど、一人を選べば、他の人が傷つくだろうなとか思ったりして、今日になった」

「うん……」

「でもな、京が倒れたって聞いて、俺の頭の中真っ白になったんだ。指の先とか感覚なくなって、頭はぼーっとして、足が動かないし、こんなことになったの初めてだった」

 

 そのとき、大和はクリスと一緒にいた。

 

「クリスに引っぱたかれて、ようやく体が動いたんだけど、そのときようやく気づいた――」

 

 開いていた大和の手は、しっかりと握り締められている。京も彼の様子から、体を堅くした。

 姿勢を正した大和は、京を真っ直ぐと見つめる。いつになく真剣なその眼差しが彼女を貫いた。

 

「俺……京のことが好きだ」

「大和……」

「お前がいないと、俺はどうやらダメらしい――」

 

 一瞬、間をとる。

 

「殴ってくれてもいい。罵ってくれてもいい。京からすれば、俺は最低な男に見えるもんな。こんなことにならないと、自分の気持ちもよくわからないんだから……。嫌い……になられるのは嫌だけど、そうなったとしても俺――」

「嫌いになんかならないよ!!」

 

 京は部屋いっぱいに声を響かせた。あまりの音量に、大和は体を仰け反らせる。

 大声のせいで、京はまた咳こんだ。そのあとに聞こえてきたのは、すすり泣きだった。

 

「嫌いになんかならない……たとえ、大和が他の誰かを好きになっても、私の気持ちが変わることなんてないんだよ? 私を救い出してくれたあのときから、私は大和のことが――」

 

 感極まった京は、その綺麗な蒼い瞳から、いよいよ大粒の涙をこぼし始める。涙はこめかみを通り、枕に浸み込んでいった。それを見た大和が慌てて、ティッシュをあてがう。

 「ありがとう」と、京はそれを受け取り、涙を拭いた。

 そして、今度はクスクスと笑い出した――泣きながら笑った。優しさが嬉しかったのか、大和の慌てる姿が面白かったのかはわからない。それとも――。

 そして、大和にも聞こえるように、これまでの全てをありったけ詰め込んで、はっきりと思いを伝える。

 

「大好き……」

 

 この泣き笑顔を一生忘れないだろう。大和は京を見てそう思った。同時に愛しくなる。

 

「随分……待たせたよな。ごめん」

「大丈夫。私、我慢するの得意だし」

 

 事実、10年近くを堪えてきたのだ。言葉に重みがある。

 

「でも、これから体調悪くなったりしたら、すぐに言え」

「……はい」

「それから……早く元気になれ」

 

 京は一度頭まで毛布を被ると、またひょっこり顔を出す。その目は、期待という名の光で爛々と輝いていた。

 

「大和がキスしてくれたら、すぐに元気になる」

「はいはい……」

 

 大和は子供を宥めるように、ゆっくりと京の頭を撫でた。それを受け入れる彼女だが、手が離れると口を尖らせる。

 

「彼氏が焦らしプレイをしてくる」

「今は風邪ひいてるんだから、大人しくしてろ。その……元気になったら、いつでもできるだろ?」

 

 京はその言葉に目を大きく開く。

 

「元気になったら、いつでもできる……ポッ」

「そういう意味じゃねぇ! お前、本当は元気なんじゃないだろうな?」

「元気だったら、大和を服着せたままになんてしておかない」

「とにかく、寝ろ! あとで晩飯も持ってきてくれるだろうから」

 

 京がそっと手を大和の近くに出すと、彼は黙ってその手をとる。彼女はその温もりを感じながら、闇の中へ意識を落としていった。

 

 

 ◇

 

 

「嫌いになんかならない……か」

 

 大和は、安らかな寝息をたてる京を見て呟いた。

 

「ありがとう……俺、頑張るから」

 

 大和が少し力を込めて手を握ると、京もそれに反応するようにして握り返してきた。2人の手はしっかりと繋がれている。

 

「京……」

「大和……」

 

 まるで見計らったかのように、背後から声が聞こえた。大和は、首がとれるのでないかと思えるほどのスピードで、後ろを振り返る。

 

「うおっ! 凛!!」

 

 そして、思わず盛大に叫んでしまった。いつの間に入ってきたのか、ドアが開く音すら聞こえなかった。大和が驚くのも無理はない。

 凛はそんな大和に対して、人差し指を立てて静かにしろと合図を送る。京は深く寝入っているのか、軽くむずがるだけで、目を覚ますことはなかった。

 凛の後ろから、百代も顔を出した。

 

「どうだ? 京の様子は?」

「よく眠ってるよ……どうしたの?」

「様子見に来たに決まってるだろ。あとはご飯のこ……」

 

 そこまで言いかけて、百代は口を閉ざした。その目線は2人のつながれた手に向かっている。凛も早々に気づいていたようだが、何も言わない。

 視線を受けて、ようやく気づいた大和だったがもう遅い。

 百代は、おもしろい玩具を見つけたと言わんばかりに、目を輝かせた。

 

「あれあれー? 大和、どうしたんだ? 京と手なんかつないで」

「別にどうだっていいだろ? こうすると落ち着くからって言われたんだよ」

 

 もちろん、嘘である。

 

「ふーん……へぇー。そうかー」

 

 百代は口元を緩めながら、ただ相槌をうった。その目は依然、獲物を見つめる肉食獣のままだ。大和は決して目を合わせようとしない。

 そこに、凛が割ってはいる。

 

「はいはい。百代もそこまででいいだろ? 大和が京を恋人にしたってだけなんだから」

「なっ!? 聞いてたのか!?」

「いや……カマかけてみただけ」

 

 凛は、しれっと言い放った。大和は顔を赤くしたかと思うと、すぐに脱力する。

 そんな大和を見て、2人が吹き出した。

 笑いを堪えながら、凛が喋り始める。

 

「すまんすまん。でも……おめでとう、大和」

「よかったなぁ弟。私たちみたいに仲良くするんだぞ」

 

 百代は凛の腕をとって、笑みを浮かべた。彼女は彼と付き合い始めてから、本当に幸せそうにしている。美少女に磨きがかかったとの街の噂が、大和の耳にも届いていた。

 大和は少しテレながら答える。

 

「ありがとう……」

 

 室内が、ちょっといい雰囲気になる。温かい、和やかものだ。

 考え事をしていた凛が、うんうんと頷く。

 

「これで、京も俺の義妹か……なんか不思議」

「そのネタまだ続ける気か!」

「いや、京も俺のこと義兄様って呼んでくれたことだし、大和もそこに突っ込まなかったから、オッケーなのかと思って」

「ツッコミ所が多すぎて、漏れただけだよ! あと姉さん! その優しい目線をやめてくれるかな!」

 

 大和は空いている片方の手で、ビシッと百代を指差した。彼女が口を開く。

 

「大和……ファミリーなんだから、細かいことを気にするな」

「このファミリーは、兄弟姉妹とかの家族を指してるんじゃないからね、姉さん!」

「あんまり興奮してると、京が起きるぞ」

 

 百代にたしなめられて、大和も冷静さを取り戻す。

 

「ダメだ……この2人を相手にするには分が悪すぎる」

「で、弟はどうして京を選んだんだ?」

 

 百代自身が、おばちゃんたちにやられたことを大和にやった。他人のこういう話には興味が湧くものらしい。

 

「なんでそんなこと答えなくちゃいけんだよ」

「お姉ちゃんだから?」

「じゃあ……姉さんが凛を選んだ理由を教えてくれたら、俺も教えるよ」

 

 大和が強気に出た。さすが、長年付き合ってきただけあり、どこを攻めればよいのかよくわかっている。

 そして、その効果は絶大だった。

 

「え!? ……それは……その」

 

 百代の勢いが一気に衰え、凛をチラチラと見上げながら顔を赤らめた。

 ――――可愛いけど、こっちまで恥ずかしくなるから、やめて!

 凛は極力、百代を見ないようにする。

 

「大和、俺にまで被害が及ぶから、この辺で矛を納めてくれ」

「ご馳走様。これ以上聞かれないなら、別に構わないよ」

「まだ聞きたがってる人もいるけどな。……まだ夕食まで時間あるし、ちょっとジュースでも買ってくるか。大和、付き合って」

「え? でも俺、京の様子見ておかないと」

 

 大和は、視線を凛と京の間で行ったり来たりさせた。心配で仕方がないのだろう。

 

「じゃあ、私はピーチジュース!」

 

 百代が凛の傍を離れて、大和を強引に立たせた。あっけなく、2人の手は離れる。

 

「百代……ここまで来て、ピーチジュース飲むの? シークァーサーとかさ、色々あるじゃん?」

「じゃあ凛のオススメで!」

「俺のセンスが問われてるな。任せておけ」

 

 大和はその間にも、ベルトコンベアに乗せられた荷物の如く、百代の手から凛の手へと移り、足がつかないまま部屋の外へと運ばれた。「俺の意思は無視か!?」とジタバタするも、無駄な足掻きだった。

 男2人が出て行ったのを確認した百代は、ベッド脇に腰掛け、京に話しかける。

 

「起きているんだろ?」

「バレてた?」

「バレバレだ。大和は誤魔化せても、私と凛は誤魔化せないぞ。もしかして、起こしてしまったか?」

「ううん。勝手に目が覚めただけ」

「そうか。……調子はどうだ?」

 

 百代は、目にかかりそうな京の髪を優しく横へ流した。落ち着きがでてきたせいか、そういう行為も板についている。一つ一つの仕草に変化が表れ、そのため学校では彼氏ができたというのに、支持率は下がるどころか上がることになるのだが、それはまた別の話。

 京はくすぐったそうに目を細めた。

 

「ちょっと眠ったら、だいぶ良くなったよ。みんなには……」

「少し体調が悪くなったから、ベッドで休んでるってことにしてある。京もあんまり心配かけたくないだろうと思ったからな。事実知ってるのは、私たちの他にクリスと九鬼の従者ぐらいだ」

「そっか。ありがとう」

 

 百代が軽く微笑む。

 

「まだ寝れるようなら、寝ておけ。明日からは、思いっきり遊ばないといけないからな」

「うん……モモ先輩」

「ん? なんだ?」

「私、大和の恋人になったんだよね?」

 

 京は先ほどの光景が夢だったのではないかと思ったのだ。

 

「私にはそう見えたけどな。義姉さんでも義姉さまと呼んでくれてもいいぞ」

「義姉さま?」

「なぜ疑問形なんだ。……で、彼女になってみてどうだ?」

「うーん……まだあんまり実感湧かない。でも、安心感みたいなものがある」

「なら、これからいっぱいイチャつかないとな」

「モモ先輩みたいに?」

 

 京はニヤリと笑いながら、先輩の反応を待った。

 

「私たちは別にそんなイチャついてないぞ。人前では……」

「ということは、人のいないところでは……ゴクリ」

「待て、京! お前興奮すると、また熱があがるぞ――」

 

 その後、様子を見に来たクリスを交え、凛たちが帰ってくるのを待った。

 

 

 □

 

 

 病は気からという諺がある。京はまさにその諺通りの回復を見せ、凛たちを驚かせた。夕食はさすがに部屋に運ばせたが、それから程なくして体温を測ると微熱があるくらいで、すっかり元気を取り戻していた。

 いくらなんでも凄すぎないかと凛は思ったが、百代はその疑問を次の言葉で一蹴する。

 

「恋する乙女は強いんだ」

 

 自信満々に言われると凛も納得するしかなかった。

 夕食後に、ファミリーが見舞いに来ても、京は普段通りの振る舞いで、彼らを安心させた。そのとき小雪が、彼女が早く良くなるようにと、いつものマシュマロをあげる姿を見て、凛は人知れず温かい気持ちになった。

 明日からは快晴が続くらしい。沖縄旅行はまだ始まったばかりである――。

 




 やりきった!
 先に述べておきますが、私は大和をハーレムにしようと思っていたわけではありません。しかし、相手を誰にしようか迷っていたのも事実です。その結果、大和がフラフラしてる様子として出てしまい……彼には悪いことをしてしまったなと思います。大和のセリフには、作者である私の気持ちも含まれています。
 この話が唐突だったかなとも思いましたが、今回はいい切っ掛けを頂いたと感謝しています。三つ巴を書くと言って、ダラダラと煮え切らない態度が続いていた可能性もあるので……。加えて、思いのほか凛と百代のイチャイチャを書くのが楽しいので、あまり構っていられない!! もっと書きたいんです!!
 そして、ハーレムを期待して下さっていた方、燕あるいはマルギッテとのイチャイチャを待っていた方には申し訳ありません。
 京を選んだ理由としては、文章中でも表した通り、『大和にとって空気のような存在』だと思ったからです。ベタな展開かもしれませんが、これについては悔いはありません。
 いろいろ書いてしまいましたが、これからも凛と百代のイチャイチャを中心にマジコイを楽しんでほしいです!!
 そして、次は海に入るぞー! イチャイチャするぞー!! よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。