真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
河川敷をあとにした2人は、帰り道の途中にある自販機の前にいた。いつかのように、凛が百代を送っているのだ。
百代がくるりと後ろを振り返る。
「凛はどれにするんだ?」
「そうですね……じゃあ、俺はこれ」
凛は百代の後ろから手を伸ばすと、微炭酸ジュースのボタンを押した。間を置かずして、ジュースが取り出し口に落ちてくる。それに遅れず、別のジュースが落ちてきた。
百代が2つとも取り出し、片方を凛に渡した。
「モモ先輩はそれ好きですね」
凛の目に映ったのは、百代がいつも飲んでいるピーチジュースだった。
しかし、凛の問いかけに対して、百代からの返答はない。
「モモ先輩?」
凛は百代の方を見て、もう一度名を呼んだ。しかし、彼女はあからさまに顔を背ける。そして、何もなかったようにジュースに口をつけた。彼女の白い喉が上下する。
――――これはなんかの遊びか……?
しばしの沈黙がおりたのち、今度はじっと凛を見つめる百代。彼はその不可解な行動に首を傾げたが、そこでようやく思い立った。
「……百代」
「なんだ?」
百代は名を呼ばれただけにも関らず、表情を崩した。それにつられて、凛も笑顔になる。
それから、どちらともなく手を握り合うと、ゆっくりと街頭が灯る帰り道を歩いていく。
「百代はそれ好きだよね。よく飲んでるし」
「そんなに飲んでるか?」
「うん。見かける度に、それな気がする」
「まぁ好きだからな。……凛はあまりこだわってないみたいだな」
そう言って、百代はまたジュースを飲んだ。
「そのときの気分が多いからな。でも、好きなやつもあるよ」
「なんだ?」
「白バ○コーヒー」
「あーあのコンビニに売ってるやつか」
「そうそう。時々、無性に飲みたくなる。……というか、あー思い出したら、飲みたくなってきた」
そのまま呻く凛に、百代は苦笑をもらす。
「なら、寄っていくか?」
「いやでも、ここからだと結構遠回りになるし……」
「それだけ長く一緒にいられるだろ?」
百代は、下から覗き込むようにして凛を見た。それに合わせて、彼女の長い髪がサラリと流れる。
――――可愛いなぁ……。
凛はそんな百代に見蕩れる。肩書きが先輩から恋人に変わっただけだが、もうすっかり彼女の魅力の虜だった――いや、気づかないだけで、ずっと前からそうだったのかもしれない。彼は我に帰ると、大きく息を吐き出す。
「…………すっっごい魅力的な提案だけど、今日はやめとこう」
「どうしてだ?」
「あまり遅くなると、学長たちも心配するだろ? 今日は特に」
時刻は、既に10時を大きく過ぎていた。
他の日ならばいざ知らず、今日は百代が初めて敗北を味わった日である。遅くなればなるほど、色々不安を与えかねない。
「気にしすぎじゃないか?」
「まぁね。でも、今日は帰ろう。ワンコとかが騒ぎ出して、ファミリー総出の捜索とかされたくないだろ?」
「大和がいるから、そこまでの騒ぎにはならないと思うけどな」
そう言いつつも、百代は凛の提案に乗ってくれたようだ。それ以上、この話題を続けなかった。
2人は住宅街に入る。時折、住人と顔を合わせることもあり、彼らは軽い会釈ですましていたが、住人の何か驚くべきものを見てしまったという態度に、照れ笑いを浮かべるのだった。
百代は少し頬を染めている。
「ちょっと……恥ずかしいな」
「ですね。そのうち慣れるんでしょうけど」
凛は照れを隠すようにして、残りのジュースを一気に飲み干した。冷えたそれが、今の彼にはちょうど良かった。
――――これは……一気に噂が広まりそうだ。まぁ構わないんだけど。
百代が生まれ育った街であり、よって住人の多くが彼女の顔見知りである。今まで大和に構っているか、女の子と一緒にいるかで、彼女の浮いた話題の一つもなかった。それが、春から転校してきた男と一緒に仲良さげな雰囲気で歩いているのだ。彼女を幼い頃より知っている住人が、この事態に食いつかないはずがない。
加えて言うならば、エキシビジョンの始まる直前、凛が百代に対して言った「約束を果たす」という言葉も、彼らが2人の仲を怪しむ要因になっていた。
そして、その住人の中には中年のおばさんもいた。この情報は、住人ネットワークを光の速さで駆け抜けることになる。
それはさておき、2人がとりとめもない会話を続けていると、すぐに川神院の門前にたどり着いた。彼らはその少し陰になっているところで、別れを惜しむ。
「離れたくない……」
百代は急に凛に抱きついた。彼はそれに驚くことなく、優しく迎え入れる。
「俺もです」
絹のように滑らかな黒髪が揺れるのに伴い、百代の甘い香りが、凛の鼻をくすぐった。そして、武神と呼ばれるところからは、想像もできないほど柔らかい肢体。彼が力を込めると容易く壊れてしまいそうだった。
「凛は……いい匂いがするな」
百代はそう言うと、彼の首元あたりで鼻をスンスンと鳴らした。その仕草は、興味津々の猫のようである。
凛はくすぐったそうに笑う。
「それはこっちのセリフ――」
まるで、それは麻薬のように凛をクラクラさせる。しかし、男である自分の匂いがいい匂いだとは思えない。彼は言葉を続ける。
「でも、あんまり嗅がないで。なんか凄い恥ずかしいから」
「んー? いやだ。私が気に入ったんだ……それに――」
百代は本当に心地良さそうに、猫なで声で答える。
「凛が恥ずかしがってるトコも見たい」
「彼女がSだ」
「私ばかりやられっぱなしだからな」
そこで、お互いに黙った。会話が続かなくなったというわけではない。ただ、互いを感じるのにそれが必要ではなかっただけだ。
しばしのち、凛を十分堪能したのか、百代が口を開く。
「……なんか不思議だ」
「何がですか?」
「また明日会えるのに……凛が傍にいないってだけで、心に穴が空いているような気になる」
「こういうのを寂しいっていうのかも。わかんないけど……」
凛はそこで軽く笑った。
「きっとそうなんじゃないか? 凛でもわかんないことがあるんだな」
「わかんないことの方がありすぎます。好きだって気持ちすら、百代に会ってから気づいたんだから」
「それは嬉しいな……凛」
百代はそこで顔を上げた。その目は閉じられ、何かを待っているようだった。
凛もそれが何を待っているかわからない男ではない。
「……百代」
もう何度も繰り返した行為のため、ぎこちなさはどこにも見当たらない。2人が顔を寄せ合い――。
「うぉっほん!」
門のところから聞こえる、わざとらしい咳払いに中断される。2人は、そこでようやく誰かがいることに気がついた。
――――全然気がつかなかった!
2人はばっと顔を離すと、そちらを注視する。
「ジ……ジジイ!」
百代も焦っているのか、その声が辺りによく響いた。顔は朱がさしている。さすがに身内に見られたのが恥ずかしいらしい。抱き合っていた体は離れ、隣同士に立った。
一方、凛は困ったようにこめかみを掻いていた。
門の下にいたのは鉄心。どうやら百代の気を感じて、様子を見に来たようだ。
「おや……どうしたモモ? そんなに焦ってからに」
「ジジイ、わかって言っているだろ?」
赤くなった百代は、すっとぼける鉄心に吼えた。しかし、彼はそんな孫の態度どこ吹く風といった様子である。むしろ、楽しんでいるようでもあった。
凛がその会話に割ってはいる。
「学長……夜分遅くにすいません。百代……先輩を送りに来ました」
「うむ。わざわざすまんの」
「いえ……それから――」
凛はそこで一度深呼吸をした。またもや、心臓が早く脈打つ。
――――報告するだけなのに、なぜか緊張する。
もし交際を許してもらえなかったら――などとネガティブな思考が脳裏をかすめる。そこから、交際を許して欲しければ、ワシを倒してみせろという超展開が繰り広げられた。
そのせいなのか、凛の手は戦闘中でも滅多にかかない汗をかいていた。唾を飲み込み、言葉を続ける。
「モモ先輩と正式にお付き合いすることになりました。こ……今後ともよろしくお願いします!」
凛はそう言い切ると、直角に体を曲げ、鉄心に頭を下げた。突然のことに、百代はその隣で彼の名を呼び、そしてまた黙った。
凛が門前の石畳を見ている時間は、彼にとって長く感じられたことだろう。
やがて、鉄心の穏やかな笑い声が、凛の耳に届く。
「そうか……凛、頭を上げよ――」
凛はそれに従い、体を起こした。鉄心は彼に向かって一つ頷くと、隣にいる百代に目を向ける。その視線は、どこかほっとしているように見えたのは、彼の気のせいだろうか。
「モモ……よかったの」
百代はそれに言葉に答えることはなかったが、鉄心にもわかるようにしっかりと頷いて見せた。照れているらしい。彼はそんな孫を見て、また機嫌良さそうに笑う。
「こんな孫じゃが……仲良くしてやっとくれ」
「私にはもったいない彼女だと思っています」
「そ、そんなこと言ったら、私の方こそ……!」
凛の言葉に、百代が即座に反応した。鉄心の微笑ましいものを見る視線が、2人には感じられた。
「ほっほっほ。ワシはお邪魔のようじゃから、そろそろ退散しようかの」
「ジジイ……本当に、何しに出てきたんだ!?」
鉄心は百代の声を背に受けながら、2人の傍を離れていった。
気配がなくなったのを入念に確認した2人は、隣同士で門に背を預けて笑う。
「びっくりした。久々に驚いた」
「だな。私は凛が言ったことにも驚いたけど」
「やっぱり報告しといた方がいいでしょ? 許してもらえてよかったぁ」
凛はそのままズルズルと腰を落とし、遂には地面に座り込んだ。彼の頭上から、百代の声が降ってくる。
「ダメだとか言われると思ったのか?」
「万が一ってことがあるでしょ」
「どちらかと言うと、ルー師範代のほうが言うかもな『修行において、恋愛は妨げになる』って」
「なら……証明しないといけませんね。それは関係ないって」
そこで百代がふいに彼の頬にキスをした。そして、凛の瞳をじっと見つめる。
「私たちならできるさ」
「もちろん。まだまだ上を目指さないといけませんから」
「お前のそういう静かに燃えている姿、結構好きだぞ」
「おかしいな……メラメラ燃えているつもりなのに」
凛は言葉をきると、百代の頬に先ほどのお返しをする。彼女から笑みがこぼれた。
「普段の雰囲気のせいだろ。気にするな」
百代はより唇に近いところにキスを返した。
「俺が冷静クールな男だからですね。なるほど」
百代にならって、凛もまたキスを返す。
「自分で言うか――」
結局、2人が別れたのは日付が変わる30分前だった。彼らの時間は、他の人よりも早く進むらしい。
そして、遅い帰りに凛の方が心配されることになるのだが、それはまた別のお話。
◇
場所は打って変わって、秘密基地。
タッグマッチのあった翌日。ファミリーは打ち上げと称して、集会を開いていた。その場で、凛と百代は自分達の関係を皆に報告する。
「な……なんだと!? り、りりり凛、俺様よく聞こえなかったから、も……もう1回言ってくれないか?」
岳人は50回を優に超えていたダンベル上げを止め、目を見開いた。他のファミリーが一様に祝福の言葉をかける中、彼だけが違った。しかし、その反応も予想通りといえば、予想通りだった。
「ああ。俺とモモ先輩、付き合うことになった。ね?」
凛は隣に座った百代に顔を向け、同意を求めた。2人の距離はほとんど空いていない。つまり、それだけくっついても互いが違和感を感じないということだった。
百代はコテンと凛の肩に頭をのっける。
「そういうことだ。岳人……いい加減現実を見ろ」
「あーあー聞こえなーい。俺様……何にも聞こえない――」
岳人は涙を目に貯めながら、その事実から逃げ出そうとしていたが、彼の目には仲睦まじい様子の2人が嫌でも映る。彼は一度鼻をすすると、その一室を飛び出して屋上へ駆け上がった。
「神様ぁ――!! 聞こえてるかぁ!! あんたは不・公・平だぞおおぉおぉーーー!」
岳人の天を呪う雄たけびが、廃ビルを中心とした一帯に轟いた。
それを聞いた卓也が苦笑をもらす。
「そういえば、前にもこんな風に岳人が吼えたことあったね」
「歓迎会の打ち上げのときじゃなかったか? あいつあのときと同じことを叫んでるぞ」
大和はポテチをつまみながら、それに答えた。翔一が百代に質問する。
「でもさぁ……モモ先輩は凛に負けたわけじゃん? そこらへん何も思わなかったのか?」
「確かに悔しいって気持ちはあったが、そのときも色々あってな……いつの間にか吹き飛んでた。今は、ただ感謝してる。おかげで凛を倒すっていう目標もできたしな」
「凛……お前、姉さんに何したんだ?」
大和は恐る恐る凛に聞いたが、彼は笑って誤魔化すだけだった。彼も一晩経って、よく反省したらしい。
一子が会話に混じってくる。くりくりとした大きな瞳が、凛と百代を映した。
「……ってことは、凛は私のお兄ちゃんになるの?」
「そういうことだな」
「お兄ちゃん……なんか新鮮な響きだわ!」
一子の目がキラリと光った。
「大和もお兄さんと呼んでくれてもいいんだよ?」
「絶対呼ばん!」
「モモ先輩、義弟が俺を嫌っている。どうしましょう?」
「今、義弟って言った!? 弟に絶対、義つけてたよな!?」
そこへ京が乱入してくる。
「義兄様……大和は単に照れ隠しをしているだけです」
「さすが京。大和のことはお見通しか」
「おいおい! いよいよカオスなことになってきたからやめろ! 大体、俺が姉さんと呼んでるのは舎弟だからであってだな――」
大和が声を荒げるも、それを百代が遮る。
「ごめんな、凛。コイツお姉ちゃん子でさ。そのうち、姉離れもすると思うから我慢してくれ」
「なん……だと!? いつの間にか、俺が姉離れできていないことにされてる……」
大和は混沌とする会話に飲み込まれていった。
□
岳人も帰ってきたところで、話はタッグマッチのことになった。
それは松風の一言から始まる。
「これは最凶カップルの誕生だな……」
直後、百代に奪い取られた松風は、お仕置きを受けることになった。「強」なのか「凶」なのか、凛には判別がつかなかったが、彼女にはわかったらしい。律儀にも、由紀江はお仕置きに声を合わせていたが、ファミリーはそのまま会話を続ける。
「だが、2人の戦いは本当に凄かったぞ。自分はあの場で感じたことを一生忘れないと思う」
話題を引き継いだのはクリス。彼女は話しながら、興奮しているようだった。
そして、松風を取り戻した由紀江が続く。
「私もクリスさんと同様です。私を含め、若い世代の人達には良い刺激になったのではないでしょうか」
「おっ……まゆまゆ、いい感じに闘気が満ちてるな」
それに反応する百代。しかし、依然のようにギラついた目をしていない。
その様子に大和が疑問をもつ。
「あれ? 姉さん、いつもみたいに勝負って言わないんだ?」
「ああ。私はしばらく基礎のやり直しだ。それが楽しいしな。もちろん、まゆまゆがやる気なら、私も応えるが……まだそうでもないんだろ?」
今日も集会が行われるまで、百代はみっちり鍛錬をしてきた。切り替えはしっかりできているようだった。その分、打ち上げでは、まるで凛成分を補給するかのように、ずっとベッタリしている。
ちなみに、凛は自宅で勉強していた。瞬間回復などないため、休養も必要なのだ。
「はい……しかし、モモ先輩そして、凛先輩と戦ってみたいという気持ちが芽生えているのも確かです。それほどに、お2人の戦いが目に焼き付いています」
洗練された清い闘気とでも言えばよいのか、由紀江の体から沸き立った。普段は大人しい彼女すら、こうなのだ。他の若い武闘家も似たような気持ちだろう。
京がそれに続く。
「今のモモ先輩って、前みたいギラついてないよね。落ち着きがでてきたというか……引き寄せられるような雰囲気がある」
「私は、そんな目で見られてたのか!?」
百代は初めて知ったのか、ゴフッと血反吐を吐く真似をして、また凛の肩にもたれる。彼はそれにクスクスと笑うだけだったが、その右手はしっかりと彼女の左手に重ねられている。
岳人が筋トレを再開させつつ、口を開く。
「ぐぬぬ。確かに……モモ先輩はこうしてても、静けさみたいなモンが感じられるよな。目が離せないっていうか……え? 恋してるからだってか? チクショオオオ!」
「岳人うるさいぞ。ワンコはどう思う? お姉ちゃん、変わったか?」
百代は愛しい妹の意見が聞きたがった。
「うーん……雰囲気は変わったかも。ちょっと凛に似てるなーって思う。でも、今も昔もすっごく素敵!」
「ありがとな、ワンコ。こっちにおいで。可愛がってやる」
「わーい」
一子はファミリーの間をスイスイと通り抜けると、百代の隣――凛と反対側――に座った。
凛がそこで少し疑問に思っていたことを尋ねる。
「というか、みんな俺とモモ先輩が付き合うっていっても、あんまり驚かないんだな?」
「自分は十分驚いたぞ!!」
クリスが即答した。「そうだね。クリス」と、京が優しく相手する。
その間に、卓也がその疑問に答える。
「そりゃ、岳人がモモ先輩と付き合うとか言い出したら、僕たちも思いっきり驚いたと思うけど――」
「掲示板とか炎上してな」
大和が茶々を入れる。卓也はそれが容易に想像できたのか、堪えきれず笑った。
「凛だと、全然普通なんだよ。なるようになったというか……」
「卓也くーん! それは、俺様だったら、モモ先輩と釣合わないと言いたいのかな?」
「想像できないんだよ。例えば、今の凛の位置に岳人を置き換えてみてよ」
卓也の一言に、ファミリーの視線が凛と百代へと集まる。
2人はピッタリと寄り添うように座り、百代は相変わらず軽く凛の肩に頭を預け、膝には一子を寝かせている。加えて、その手はいつの間にか、指が軽く絡められていた。
しばしの沈黙ののち、舌鋒鋭くしたのは松風。
「違和感ハンパねぇーー!!」
「こら、松風。そんなことを言ってはいけません」
次に大和。そして京、クリス、翔一と続く。
「モロの言ってることは正しい。どうあっても岳人を凛の位置に置けない」
「というか、岳人だと平静を保っていられない気がする。鼻息とか荒くして」
「おお! 京の言ってる岳人が自分にも見えるぞ……目を血走らせている。むむ、やらしい顔をしているな」
「そう気にすんなって、岳人! 女なんて、他にも星の数ほどいるんだから。な!」
岳人はそれでも諦めない。ダンベルを床に置いて、肩をグルグル回した。まるで、これから戦闘にでもいくようだった。
「それは想像だからだろ! 実際に並んでみたら、案外しっくりきちゃうもんだぜ――」
そこで立ち上がりながら、百代に声をかける。
「だからモモs」
「断る!」
岳人は中腰のまま固まった。何とも情けない格好だ。
「いやまd」
「断る!」
くい気味――いや岳人の発言をほぼ喰っている百代の返答。彼は静かに席に座りなおした。
「世の中ってのは、うまくいk」
「断る!」
「もうわかったよ!!」
一部始終を見届けた卓也が総括に入る。
「まぁこんな感じで、岳人がイジられるところしか想像できないんだよね」
「しっかし、学内でも人気のモモ先輩と凛がくっついたとなると、大騒ぎになりそうだよなぁ」
そう言うと、翔一は勢いよくジュースを飲んだ。その声色は皆の反応が楽しみだといった感じで弾んでいた。
「大丈夫かしら? お姉様のファンは学内でも一番多いし」
口にしたのは一子。体を起こして、百代の隣に座りなおすと、凛を見た。
「俺はこれまでと変わらないよ。別に疚しいところもないしな」
「ファンには私からちゃんと言い含めておくさ。凛に手を出したりした奴がいれば、私が許さない」
「と、まぁ彼女も仰ってくれてるし、そう心配することもないだろ」
むしろ、あの戦闘を繰り広げた凛に、手を出そうと考える輩がいるだろうか。大和は、開いていた携帯の動画サイトで流れている決着のシーンを見ながらふと思った。武神を下し、今朝の発表により、今や武道四天王――凛、百代、燕、由紀江――の座に君臨。久々に男が選ばれたこともあり、注目度も高い。挑戦者は確実に増えるだろう。
ネット上では、最後のシーンがよほど印象に残っているらしく、凛にも二つ名を与えるべきではと盛り上がっていたりする。もちろん、本人はそのことを知らない。大和も二つ名という単語を見て、いくつかの候補を考えてしまい、一人悶えたのは内緒である。
「あ、そうそう。キャップ……俺から旅行の提案があるんだけど――」
凛は、小雪から連絡があったのを思い出し、皆に話しかけた。
暑い夏はまだまだ続く。
やっぱりファミリーの掛け合いを書くのは楽しい。