真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
「え……?」
百代は、目の前にいる人物からの言葉に耳を疑った。
場所は約束を交わした河川敷。日はとうに暮れ、闇があたりを包んでいる。空には星が散りばめられ、一際輝くベガ、デネブ、アルタイル――夏の大三角形――が南東の方角に見えていた。
暑さもだいぶ和らぎ、夜の散歩にはうってつけの日和であったが、今の百代にそんなことを気にしている余裕はない。彼女がここにいる理由は、もしかしたら凛がここに来るかもしれないと思ってのことだった。果たして、その通りになった。
しかし、そんな百代を待っていたのは驚きの事実だった。走りよる彼女に凛が声をかける。
「だ、誰ですか!?」
いつもと違う固い声色だった。明らかに警戒している。
百代はゆっくりとスピードをおとし、やがて足をとめた。
「凛? 私だ……ところで、それは何の冗談だ?」
「えっと……川神先輩ですよね?」
「川神先輩って、気持ち悪い呼び方するな。いつもモモ先輩って呼んでるだろ」
百代は凛に歩み寄った。彼の挙動不審な態度が、どうにも彼女を苛立たせる。
「あ、すいません。いやでも、その――」
凛は口ごもりながら、やがてはっきりと言葉を吐き出した。
「あなたのこと、覚えていないんです」
これが冒頭での理由だった。
その一言に、百代の血の気がサッとひいた。凛が、念のため病院に運ばれた事実を聞いていたからだ。もしかして――そこまで考えたが、彼女はそれを捨てた。それと同時に、今度はカッとなる。それに合わせて声が大きくなった。
「いつもの冗談なんだろ!? そんな手にひっかからないからな! 記憶喪失なんて、あの凛がそんな簡単になってたまるか! テレビでもあるまいし。私に勝った男がそんなことに……なるはず、ない……だろ?」
しかし、声は次第に小さくなり、最後には疑問系になっていた。百代は念を押すように「ないよな?」と問う。
凛は沈痛な面持ちで、百代を見詰める。それはまるで、彼女の期待に応えられないことが、ひどく辛いといった様子だった。口を開きかけては閉じる。それを数度繰り返したのち、彼女の疑問に答える。
「医者が言うには、心配いらないそうです。これは一時的なものらしいので」
「らしいって……」
「そんな顔しないで下さい、その……モモ先輩。すぐに元に戻りますから」
場を明るくしようとする凛の声が、虚しく川原に響いた。その声は普段と変わりがないのに、言葉には距離を感じさせる。
運動をしたわけでもないのに、百代の鼓動が激しくなった。手足は重く、まるで鉛をつけられているようだった。喉の渇きが酷くなり、上手く言葉が出てこない。
「で、でも……ここに来たってことは覚えてるんだよな?」
百代はさらに凛に詰め寄った。何をとは言わない。自分に、当時の事をより詳しく語ってくれたのは、他でもない彼だった。その彼なら、これだけは覚えていると思ったからだ。しかし、彼の言動に、今度こそ血の気がひいた。
凛は辺りを懐かしむように、ぐるりと見渡す。風景は2人が再会したときと変わらない。
「ここで……何か大事なことがあった気がするんです。医者が言うには、強く思いが残っている場所に行くのが一番良いそうです。だから、車で送ってもらっていたんですが、ここで降ろしてもらいました」
「なんだよ……それ」
百代は俯きながら呟き、ギュッと握りこぶしを作った。その手は震えている。
「モモ先――」
凛の言葉を百代は遮る。
「信じないぞ! さっきまで戦ってたじゃないか!? お前は私に勝ったんだぞ! 一緒に――」
百代が言葉に詰まったのは、凛と目があったからだった。彼女の瞳が潤み、やがて目尻から一筋の雫が流れる。そこからは堰がきれたように、涙が次から次へと勝手に溢れてきた。今までの思い出が鮮明に甦り、そのせいで胸がいっぱいなる。楽しい思い出が――凛の屈託のない笑顔が、どうしようもないほど彼女の胸を締め付けた。痛くはない。ただ苦しかった。
百代の頬を伝う涙が地面を濡らす。それでも彼女は笑顔を作りながら、少しでも思い出せるようにと、2人の思い出を語る。
「……ここで私たち初めて会ったんだぞ。私が10歳で、お前が9歳――」
昔のことを話す。
「な、なら……一緒にアイス食べただろ? ほら、ここから見えるあの橋で――」
日常のことを話す。
「歓迎会のことはどうだ? 年上の先輩に囲まれて――」
行事のことを話す。
「花火……見に……行っただろ? お前が……私の手、引っ張って」
百代の言葉はそこで途切れる。もうこれ以上、喋り続けることができず、彼女のすすり泣きだけが止まらなかった。一体どこからこれほどの涙が出るのかと不思議に思えるぐらいに、どれだけ拭おうとも一向に収まらない。
その姿は鷹揚な武神などではなく、一人取り残された迷子の少女のようだ。あまりに儚げで、寂しそうだった。
「私……お前が好きだったんだぞ。それなのに、どうして……こんなのあんまりだ」
そのとき、百代の体がフワリと包まれた。しかし、その感触は柔らかいものではない。
凛が百代を抱きしめていた。彼女はそれに抵抗することもなく、むしろ彼の胸に顔をうずめると、いよいよ肩を大きく震わせ始める。
百代にとっては、こんな形で抱きしめられるのが悲しい反面、凛の優しさに触れているようで嬉しかった。
「捕まえましたー」
そんな百代を無視するかのごとく、聞こえてくる凛のあっけらかんとした声。これには彼女も埋めていた顔を上げ、彼を見つめ返した。そして、目を何度も瞬かせる。
「り……凛?」
状況が飲み込めない百代は、鼻をすすりながら呼び慣れた名を呼んだ。目元は赤くなっているが、涙は驚きで止まっている。
凛は、涙の跡をハンカチで優しく丁寧に拭ってやった。
「俺ですよ。びっくりしました?」
この涙を見て、びっくりしたかと問えるこの男の神経は普通ではない。いや、彼も驚きすぎたため、対応がこのようになったのかもしれない。
いつもの――思い出の中の凛の笑顔が、百代の目の前にあった。彼女は両手でペタペタと彼の顔を触る。
それに対して、凛はくすぐったそうに表情を崩した。
「ちょ、ちょっとくすぐったいです、モモ先輩」
しかし、凛はそれをやめさせることなく、好きにさせていた。力を入れれば簡単に折れてしまいそうな白い指が、顔の輪郭をゆっくりと確かめる。
「嘘じゃ、ない?」
「嘘じゃないで……って痛い。抓らないでください!」
百代は凛の頬をぎゅっと握っていた。
「い、いや……じゃあ何か私と凛だけが知ってることを話せ」
どうやら、百代は慎重になっているらしい。記憶喪失を最初に装うことで、それを冗談にしてしまえば、あとになって疑われることがない。周りの人に、凛という人物の話を聞いて、その人物像を作り上げている可能性を消しにかかる。
凛は一度、空を仰ぎ見た。
「そうですね……あ、いいのを思い出しました。モモ先輩が秘密基地で俺に膝枕をしてくれました――」
凛の一瞬の間すら怖がった百代の気持ちが、バカらしく思えるほど、彼は楽しそうに話した。さらに、言葉を続ける。
「それから、花火大会の日は、屋上でこんな風にしてキ――」
ドスッ。
百代は強制的に黙らせた。
ドスッ。ドスッ――。
さらに続けて、凛の鳩尾目掛けて拳を放つ。2人は抱き合ったままのため、彼にそれを防ぐ術はない。
「痛い! モモ先輩、ちょっ! 痛ッ」
「うぅー」
唸る百代。しかし、決して凛から離れることはしない。右手は拳を作りながらも、左手は彼の背にしっかりと回されている。彼女の気持ちは、怒りや嬉しさ、恥ずかしさなどがゴチャ混ぜになり、行き場のないそれが唸りとなっていた。
凛はそれを微笑みながら受けるばかりで、楽しそうだ。
結局、百代は凛にしてやられたのだった。彼は彼でドッキリを仕掛けたはいいが、どこで切っていいのやらわからなくなり、ようやくバラしに入ったタイミングがあれだった。何ともお粗末なものである。
しかし、バラした以上、ドッキリは終了。先ほどまでの悲愴な雰囲気は消し飛んでいた。あとに残ったのは、凛のひたすら謝る声だけだった。
――――やりすぎた……。
後悔先に立たず――凛が初めて女の子を泣かした日となった。
◇
「あの、そろそろ……機嫌を直して頂けないでしょうか?」
それからしばらくして、百代の鉄拳が収まった。しかし、彼女は依然、ムスッとしたままで、凛の言葉にも反応してくれない。当然である。ボコボコにされないだけでもマシだった。一応補足しておくと、2人はあれから姿勢を変えていない――つまり、抱き合ったまま。
凛は、もう何度目になるかわからない謝罪を口にする。これ以外にとれる方法がなかった。
「俺が悪かったです。ごめんなさい。もう二度とこんなことやりません」
「当たり前だ」
ようやく百代が喋った。しかし、顔は決して上にはあげない。
「一つ言い訳をしてもよろしいでしょうか?」
「本当に言い訳だな」
「うぅ。本当にすいませんでした。でも、俺が記憶喪失になってたのは本当です――」
凛の言葉に、百代は素早く顔をあげた。苦笑しながら、彼は言葉を続ける。
「ただ……起きて、ほんの短い間でしたけど」
「大丈夫なのか?」
百代の瞳が不安で揺れる。凛は安心させるかのように、穏やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。すぐに元に戻りました。それにもし、俺の記憶が戻らなかったら、今頃葵紋病院が、テンヤワンヤの大騒ぎになっててもおかしくないでしょう?」
「そうだな。……それに今思えば、そうなったとしても、川神院の力でなんとでもできただろうし」
やはり、百代はかなり動転していたらしい。付け加えるならば、九鬼家もこの事態に最善を尽くしてくれたであろう。
「えっ……川神院ってそんなこともできるんですか?」
「できたんじゃないか?」
「さすが世界のKAWAKAMI。……ところで、モモ先輩」
「なんだ?」
ぶっきらぼうに答える百代。
「さっき言ってたこと本当ですか?」
「さっき……」
「ほらさっき、私は――」
百代はそこで自分が口走っていた内容を思い出した。呟いたことを凛がしっかりと聞いていたらしい。別の意味でかぁっと血がのぼってくる。慌てて、彼の言葉を遮る。
「うるさい! うるさい! それ以上喋るな! 大体、凛が悪いんだろ!?」
最後の一言は、もはや認めていることになるということに気づいていない。
その後も凛が喋ろうとすると、百代が遮るという繰り返し。これに困ったのは彼の方だった。なんせ、別の話題にしようにも、彼女がそれを許してくれないからだ。
それから数分。
「わかりました。オッケーです。その話はしません。代わりに、俺の相談に乗ってくれませんか?」
「……相談?」
荒ぶっていた武神もさすがに落ち着いたようだ。
「はい。実は、俺好きな人がいるんですけど――」
話の内容が一気に変わった。
もし、百代がその好きな人に心当たりがなかったら、この時点で多馬川に殴り飛ばされていてもおかしくない。
最も、違う人物の名前が出た瞬間、そこは鬼も逃げ出す壮絶な修羅場になるだろう。2人の思い出の河川敷が、跡形もなく消え去るかもしれない。
百代はただ黙って、先を待っている。
「それで、その人にドッキリ仕掛けたら怒っちゃいまして、何か機嫌が直る方法とかないですか?」
「100%お前が悪い」
百代は釘を刺した。
「はい。反省しています」
「本当だろうな……」
本人を目の前にして、相談も何もない。百代が凛を見上げると、彼と視線がぶつかった。
「モモ先輩なら、何か良い方法を教えてくれるんじゃないかと思いまして」
ようやく顔を見せてくれた百代に、凛は安堵からくる笑みを浮かべた。
一方、惚れた弱みというものなのか、それを見るだけで百代は、先のドッキリもどうでもよくなってくる。
これから、この男に振り回されそうな気がする。百代は少し弱気になった。従順なように見えて、その実、全然そんなことはない。自分の予想もつかないことを平然とやってくるのだ。名を怖れず、ましてへつらうでもなく、武においても対等――区分けがあるとすれば、性別と先輩後輩ぐらいである。
凛の前では――私は一人の女の子だな。そんな事を思いながら、百代はしばらく彼の顔をじっと見つめた。彼はそんな彼女の思いも知らず、小首を傾げる。
でも――。
それも悪くない――。
自分だって凛に負けないくらいに、振り回してやる――。
百代はまた凛の胸元に頬をよせると、小さく呟いた。
「もっと……強く抱きしめ――」
言葉が終わるまでもなく、百代は強く抱きしめられる。彼女もそれに合わせて、凛の背に回した手でキュッと服をつかんだ。それには、どこにも行かないでという意味が含まれていた。
真正面から抱き合うのは初めてだった。受け入れられているという感じが、より一層強く、凛の存在――ここにいるということが、百代の心を満たしていく。
2人は、少し体を離すと顔を見合わせ、僅かに微笑みあい、おでこを合わせる。その後、また互いを強く抱きしめあった。
そして、もう一度見つめあったとき、凛が口を開く。それは、自然と気持ちがあふれ出してきたといった感じだった。
「好きです、モモ先輩。世界中の誰よりも」
「……うん」
百代はそこでクスリと笑う。
「凛の心臓……凄く早くなってるぞ」
「し、仕方ないでしょ。実際、ドキドキしてるんだから」
「なら……私と一緒だ……」
一度、意識してしまうと、まるでその音が全身に響いているかのようだった。
凛は一度深呼吸するも、それは全然収まりそうにない。彼は何度か視線を辺りに彷徨わせてから、また百代を見る。
「全然収まらない」
「全然収まらないな」
百代はそんな凛が可笑しいのか、クスクスと笑った。あるいは、自分自身のことが可笑しかったのかもしれない。
「えーっと……話を戻します」
「うん」
凛は咳払いを一つして、最後の確認を口にする。
「俺の……俺の彼女になってくれませんか?」
凛の真剣な瞳が、百代を真っ直ぐに射抜いた。それに対して、彼女は少し間をとった。まるで、その言葉をゆっくりと時間をかけて、かみ締めるように。
そして、瞬きを一つして、凛に見せた百代の笑顔は、これまで見せてきたどの笑顔よりも幸せそうだった。
「……はい」
百代も、数多くの人間から言われてきた言葉であっても、意中の人に言われるとやはり全く違うらしい。彼女は笑みがこぼれるのを抑えきれないといった様子であった。無論、彼も同じ有様だ。
「あ、そうだ。モモ先輩、目を閉じて」
「また何かするつもりか?」
百代はまたイタズラをされるのではないかと感じたらしい。こればかりは凛の自業自得であるため、苦笑をもらすばかりだった。
「違……いや、何かするのは何かするんですけど」
「やっぱりそうじゃない――」
百代の言葉はそこで途切れた。柔らかい感触が唇に残る――ただし、それは一瞬。彼女はまたしても目を瞬いた。
油断したらこれだ。百代は、いたずらっぽい笑みを浮かべる凛を呆然と見た。彼はいかにも楽しげである。
「この前は途中で終わっちゃいましたから」
百代は我に帰ると、上目遣いで抗議する。
「そ、そういうのは早く言え! せっかくのファーストキスだったのに」
「だからちゃんと目を閉じてって言ったでしょ?」
凛は笑みを崩さない。わかってやったのだ。
「もう1回だ」
「はいはい」
凛の軽い返事に、百代はジト目を返す。
「……ちゃんとするんだぞ」
「もちろんです」
「じゃあ……ん」
百代は先に目を閉じると、顎を軽く上に向ける。そこに、凛が顔を寄せた。
今度は長めに時間をとる。
そして顔を離す――と言っても、せいぜい10cm程度だ。
百代が囁くようにお願いする。それでも十分凛の耳に届いた。
「もう一回……」
互いの背に回された腕を感じる。
「もう一回」
互いの吐息を感じる。
「もう――」
そして互いの鼓動が聞こえそうなほど、ドキドキしていた――。
新しい思い出がここに刻まれた。
□
それから、しばらく経ったあと、2人は芝生に腰を下ろした。座り方も隣同士ではない。凛が百代の背後から抱きすくむ――あすなろ抱き――形で座っていた。
その百代は凛の体を背もたれにして悩んでいた。その手は、彼女の前に回された彼の手の上に重ねてある。
「どうしたんですか?」
「……呼び方、どうしようかなと思ってな」
百代の言葉に凛は首をひねる。
「凛でいいじゃないですか。まさか!? ……モモ先輩もリンリンがいいとか言わないですよね!?」
「私が呼んだら、さすがにバカップルすぎるだろ! 凛じゃなくて私のだ」
「モモ先輩の?」
「それだ。モモ先輩って、なんか微妙じゃないか? 人前はそれでいいとしても、なんか恋人っぽくない」
百代は、凛の指先をイジイジといじりながら問いかけた。この座り方が案外気に入ったらしい。
「でも俺はもう何ヶ月もこの呼び方ですからね。……色々試してみます?」
「そうだな」
「では――」
凛は喉を整え――。
「百代」
百代の耳元で囁いた。それはもう、渾身の一撃を放つように気持ちを込めて。
「ゃん……」
百代は目にもわかるほど体を震わせ、今までに聞いたこともない声をあげた。そして、耳を真っ赤に染める。
――――録音できなかったのが惜しい!
凛はクックと喉を鳴らす。彼女は彼の手を抓った。
「真面目にやれ!」
「真面目にやったのに! 気に入らなかったですか?」
ぐぬぬと言い返せない様子の百代。反応は上々。
「じゃあ、どんどんいきます。まずは……姉さん」
「いきなり大和の真似か!? 前はそれも憧れたが……却下だ」
「モモ」
「んー悪くはないかな」
「モモちゃん」
「お前には呼ばれたくない」
「モモリン」
「センスを疑う」
「MOMOYO」
「なんか危険な香りがする」
「桃子?」
「誰か知らない女がでてきたぞ!」
その後、20通りほど試した2人。
「どうですか、百代?」
「いや、お前もう途中から、普通に百代とか呼んでたじゃないか!? 百代のあとに、モモチとか言ってわけわからんことになってたぞ」
「百代、ずっと呼んでると慣れてくるかと思って」
「お前が気に入ったんだろ? しかも何気にタメ語を織り交ぜてくるとは」
「2人きりのときは距離を縮めたいから……なんて、ちょっと百代の所有権をアピールしてみたり」
「可愛いトコあるじゃないか。まぁ心配しなくても、私は凛の物だ。反対に、凛は私の物だがな」
そこで、百代は凛の指と自分の指を絡め始め、異変に気がついた。それは注意深く見ないと気づかない僅かなものである。彼の気の流れが変調を起こしていた。
「なぁ凛……お前、右手どうしたんだ?」
「気づいちゃいました? 実は最後に放った技の後遺症らしいです。慣れていなかったっていうのが一番の原因で、実家にも話をしたんですが、心配はいらないそうです。これも一つの通過儀礼みたいで」
「ふーん。でも、確かに最後の一撃は効いたぞ。あれは夏目の技か?」
「ええ。初代当主の竜胆様がよく好んで使っていた技だそうです。その姿を見た人たちは、龍が吼えていると言い始め、そこから名がとられて、龍吼と名づけられました」
「石田の使う光龍覚醒とはまた違うんだな」
百代は何とかその変調を治そうとしているが、今まで破壊以外に用いたことのないため、どうすることもできなかった。凛にわかったのは、その優しい気がジンワリと右手に感じられたことだけだった。
「そうですね。あれは自分の気を使ってるから」
「にしても、私って凛に負けたんだよなー。さっきのドッキリのせいで、すっかり忘れてたけど」
百代は何気なく話に持ち出していたが、凛は胸をグサリと刺された気分だった。
「まだ1勝10敗ですけどね」
「む? 子供のときのは、さすがにもうノーカンだろ。今度は私が凛との差を埋める番だ」
「やる気満々ですね。ヒュームさんが喜びそうだ」
「うちのジジィも喜んでたよ。とりあえずは基礎のやり直しだ。あとは……あのとき、私の入った境地をいつでも引き出せるようにしたいな」
百代はそこで右手を夜空に伸ばす。そして、指の隙間から星を見上げた。それらはどこまでも遠くで煌々と輝いている。
「あの百代は、背筋が震えるくらいに綺麗でしたよ」
「今は違うのか?」
百代が後頭部を凛の胸にコツンと当てた。彼はそんな彼女の頭をサラリと撫でる。
「今はどっちかというと……可愛いかな」
「ふふん。まぁ美少女だからな。キレカワの両方をとっていっちゃうぞ」
そこで、2人は夜空を見上げ、しばしの沈黙が流れた。
「なぁ……凛?」
「はい?」
「えっと、その……ありがと、な」
百代は少し途切れ途切れに礼を言った。
「何がですか?」
「いろいろだ」
約束を果たしに来てくれたこと。目標を作ってくれたこと。自分の傍にいてくれること。他にも細かいものも合わせると、とてもじゃないが1つずつあげることができなかった。
百代の体が小刻みに揺れる。どうやら、凛が笑ってるようだった。
「いろいろですか。また漠然としたお礼ですね」
「仕方ないだろ! 本当にいろいろあるんだから」
「そうですか……どういたしまして。そして、俺の方こそありがとう」
凛はぎゅっと百代を抱きしめた。
「私は何かしたか?」
百代は凛とのことを思い返すも、彼の視点から考えれば、迷惑ばかりをかけている気がして、若干凹んだ。
「俺も……いろいろですかね」
――――大本は、出会えたことに感謝したいですけど……あまりに気障すぎて言えない。
「お前、私には漠然とか言っておきながら、結局一緒じゃないか!」
「すいません。……じゃあ、彼女になってくれたことに対して」
「じゃあとか、今考えただろ! 軽いぞ! それに美少女を彼女にできたんだから、もっと有難がれ」
「あざーす」
「余計軽くなったぞ!?」
「冗談です。とりあえず……これからよろしく、彼女様」
凛は百代の目の前に右手を差し出した。
「ふふ。こちらこそよろしくな、彼氏様」
百代は迷いなくその手をとると、しっかりと握り締めた。
恋人として、2人の新しい生活が始まる。
◇
一方、とある場所――。
「おーい! わっちらに次の依頼が入ってるぞ」
「次は、来月から日本か。……て、こら! やめろ!」
「パンツ見せろー!」
ある計画がひっそりと進んでいた。
なんか凛が俳優顔負けの演技をしているような感じに……。
ということで、ようやく恋人に!!
長かった……本当に長かったよ。
とりあえず、ここで一区切りといったところでしょうか?
もちろん、2人の関係はガンガン書きます。
次話からは一応、反乱編ということで、ラブを交えつつ、日常楽しみつつ、バトルの構成を練りたいと思います。
京極と清楚をくっつけたい衝動に駆られる!