真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『若獅子タッグマッチトーナメント3』

 準々決勝へ進んだスノーベルは控え室へ向かわず、スタジアム備え付けのシャワールームへと足を運んでいた。

 小雪が顔をしかめながら喋りだす。

 

「うー体がザラザラするよー」

 

 それと同時に、その右手はパンパンと左腕にくっついている砂を払い落とした。

 その隣を凛が歩いており、困った顔で頬をかいていた。逆の手には、替えの制服が入った袋を持っている。

 

「すまん小雪。この暑い中、砂煙に突っ込んだら、こうなる事をすっかり忘れてた。服の替えは用意されてるから、もう少し我慢してくれ」

 

 服は、クラウディオが先に手を回して用意しておいてくれたようだった。出入り口で九鬼家の従者に、この袋をスッと差し出されたのだ。今更、サイズがあっているかどうかの心配はしない。

 

「あうー」

 

 情けない声をだす小雪を連れ、凛は先を急いだ。

 シャワールームは控え室からそう離れていなかったため、時間もさほどかからなかった。小雪が入っていったのを確認した凛は、その扉の横に設置してあったベンチに腰掛ける。

 ――――にしても、こんなときに限って、もう一方のシャワールームが壊れているとは……。ベタベタするし、ザラザラするし、鬱陶しいことこの上ない。

 本来ならば、このシャワールームが設置されている場所の反対側が、予選本選通じて男性用として使用されるはずだったのだが、昨日の予選の終わり頃に不具合が生じ、使えなくなっていた。それは控え室に選手が集まったときに、既に周知されていたため、こうして凛は、小雪があがってくるのを待っていた。

 その間も暑さが和らぐことはない。首筋から汗が流れ落ちるのを感じる。

 ――――控え室に入っておけばよかったかな。

 凛は一瞬そう考えたが、周りに人影がなく、中には小雪が入っている。警備されているとはいえ、おいそれと無責任なことはできなかった。不審者が現れないとも限らない。

 ――――でもよく考えたら俺も男だぞ。小雪は俺がこの中に突撃してくると思わなかったのか? ……育郎なら、喜び勇んで飛び込みそうだ。

 鼻息を荒くした育郎がドアにへばりつき、シャワー音が鳴った瞬間、素っ裸になって突入するというイメージが、ありありと浮かんできて苦笑をもらす。

 ――――まぁ育郎相手にそんなことをさせる女子は、川神学園に存在しなさそうだな。

 どこであってもオープンエロの育郎である。女生徒が警戒しないわけがない。

 ――――信用されているのか……はたまた、無邪気なだけなのか……。

 背もたれにどっかりと体重を預けた凛は、服の裾を掴み、パタパタと風を送り込んだ。同時に、砂粒がベンチに当たって軽い音を立てる。

 そこへ2人の女性――百代と清楚が現れた。

 

「おー凛じゃないか。お前、砂まみれのままで何してるんだ?」

 

「凛ちゃん、お疲れ様。中に入らないの?」

 

「お疲れ様です。今、小雪が使ってるんですよ。だから俺はそれの順番待ちを――」

 

 そこまで言った凛は立ち上がると、清楚の方へ体を向けた。

 

「ところで清楚先輩、与一は大丈夫でしたか?」

 

「うん。直に目を覚ますって言ってたよ。体の方も特に支障はないみたい」

 

 清楚に続いて、百代が話し出す。その顔は大変ご機嫌そうであった。

 

「にしても凛は派手にやったな。まぁそのおかげで、私は清楚ちゃんと一緒にシャワーを浴びれるんだがな!」

 

「いや……モモ先輩が浴びる必要はないでしょ。解説やってるだけなんだから。だいたい解説席は室内じゃないですか」

 

 2人からの視線に、百代が慌てて付け足す。

 

「…………あれだ! 清楚ちゃんが一人で入って、不審者が現れたら大変だろ?」

 

 その言葉を聞いた凛は、チラリと清楚に目をやった。それに気づいた彼女は、「ん?」と可愛らしく小首を傾げる。

 ――――不審者来ても撃退しちゃうと思うんだよな。まぁ俺もそう思いつつ、小雪が入ってる間、ずっと警備の真似事してるわけだから、人の事言えないけど。

 心の中でそう呟きながら、凛は百代へと視線を戻す。

 

「それなら、今小雪が入ってることだし、待つ間に俺が見張って……って、わかりましたよ! 意地悪言ってすいません。だから、そんなに目をウルウルさせないでください!」

 

 さすがの凛も涙をためた百代には敵わないらしい。余程楽しみにしていたのだろう。彼が折れた瞬間、彼女は笑顔を輝かせて清楚の腕をとった。

 

「よーし! それじゃあ清楚ちゃん、凛がここで見張りをしてくれるから、私達は心置きなくシャワーを楽しもう」

 

 しかし、清楚は百代と凛を交互に見比べながら、遠慮がちに口を開く。

 

「あ、でもいいのかな? 凛ちゃんはこれからも試合があるんだし、私ならその後でも……」

 

「それなら気にしないで下さい。まだ時間もありますし、清楚先輩がここに来る原因は元々俺が仕出かしたことですから」

 

 それに百代がうんうんと首を大きく振って同意する。

 

「凛もこう言ってることだし、遠慮することないぞ。ほらほら。お客様1名はいりまーす」

 

「えっあっモモちゃん!? 自分でちゃんと歩くから……そ、それじゃあ凛ちゃんお先に頂くね。ありがとう」

 

 百代に背中を押された清楚は、口早に礼を述べるとシャワールームへと入っていった。「ごゆっくり」凛はそう返し、扉が閉まったのを確認して、またベンチに座る。

 ――――清楚先輩ほどの美少女に「お先に頂くね」とか言われると、なんかグッとくるものがあるな。

 直後にまた扉が開いて、百代がひょっこりと顔を出した。

 

「覗くなよ?」

 

「覗きませんよ」

 

 即答だった。

 ――――俺だって命が惜しい。

 凛はその後にそう付け加えた。仮に命があっても、その先に待つのは、準がヒュームより受けた極道の如きお仕置きのさらに上をいく処置と臭い飯だけであろう。とにかく、冗談では済まされない。ノリでいっていいときとダメなときがある。今はダメなときだと判断した。

 しかし、百代は顔を引っ込めない。

 

「覗かないのか? 壁1枚隔てた向こうに美少女が3人シャワーだぞ!?」

 

「俺にどうしろと!?」

 

 ――――そら、俺も男だから気になるけど!! 

 心で叫んだ。姿は見えないが、百代の言葉が聞こえたのだろう。扉の向こうから、清楚の「モモちゃん!?」という慌てた声が響いた。

 

「私なら放って置かない」

 

 キリッとした顔で答える百代。

 ――――俺、この人好きになってよかったのか……?

 思わず疑問を持ってしまう凛。

 

「アホな事言ってないで、さっさとシャワーを浴びなさい」

 

 ――――もしかして、さっきの仕返しか?

 そう考えると、どこか可愛らしく思えた凛はクックと笑った。しかし、彼の苦労はここで終わらない。

 待つこと15分。シャワーを終えた3人の会話が漏れてきたのだった。

 

「清楚ちゃ……れいな体――」

 

「ひゃん。モ……こ触って……」

 

「モモ先――いと思うけどなぁ」

 

「まぁ……美少女だからな。――もくびれが……」

 

「くすぐったいよー」

 

「――ちゃんにもお返し!」

 

 キャッキャと賑わう理想郷――もといシャワールーム。

 ――――楽しそうなのはいいけど、かなり聞こえてるんだよなぁ。ここは離れるべきか居座るべきか……。

 凛は目を閉じてどうすればいいか考える。一応、彼の名誉のために言っておくが、決して会話に集中するためではない。

 そして答えを出た。

 

「居座る」

 

 だが、そこまでの勇気は――。

 

「俺はヒュームさんを相手にしてきた男。豪傑並の勇気がある」

 

 ドッシリと腰を据えた凛は、まるで巌のようだった。どこからともなく声が聞こえたようだが、彼はそれを無視する。

 それからの数分間はあっという間に過ぎていった。楽しい時間というのは時の流れも早い。一番に扉から出てきた小雪は、十分リフレッシュできたのか、元気を取り戻している。

 

「おまたせリンリン」

 

「小雪は先に戻ってくれてていいからな」

 

「ほーい」

 

 小雪と入れ替わるようにして、凛はシャワールームへと足を踏み入れた。その途中、百代とすれ違うときに、そっと耳打ちされる。

 

「微動だにしなかったのは驚いたぞ。中々楽しかっただろ?」

 

 バレていた。その後の追及がなかったのは、百代なりのサービスだったのか――もしくは、この握った弱みを有効に使うために温存したのか。それは彼女にしかわからなかった。

 

 

 ◇

 

 

 シャワーを終えた凛が控え室に戻ったとき、準々決勝の第1試合目――知性チームvs大江戸シスターズ――が既に始まっていた。

 クリスとマルギッテは対ワイルドタイガー戦を見直した結果、集中的に燕を狙うことに決めたようだ。現在も離れた位置にいる大和は無視し、息のピッタリとあったコンビネーションで、苛烈に彼女を攻め立てている。しかし、その攻撃も長くは続かなかった。

 大和が放り投げた手榴弾にクリスの注意が向いた隙をついて、燕がマルギッテを戦闘不能へと追いやったのだ。

 その様子を見ていた小雪が、凛に話しかける。

 

「それにしてもクリス結構慌ててた?」

 

「大和が両手に何も持っていないのに、油断したのかもな。手榴弾は、当たっても当たらなくてもよかったんだろう。……ああいう物使われると、本人の力は関係ないし。吹っ飛べばラッキー。吹っ飛ばなくても気をそらせれば十分といった感じかな」

 

「僕たちも気を付けないと」

 

「何するかわからないといった点で、かなりやっかいなチームだな――」

 

 続いて第2試合目――ファイヤーストーム vs源氏紅蓮隊――が始まる。

 しかし、これは開始10秒で片がついた。大友の自慢の砲撃も、義経の神速の太刀と京の精確な弓矢の前では手も足も出ず、翔一が一撃をもらって終了。

 結果、準決勝の組み合わせは、知性チームvs源氏紅蓮隊となった。

 

 

 □

 

 

 第3試合目――デス・ミッショネルvsスノーベル――の順番はあっという間にやってきた。太陽は中天に差し掛かる手前で、控え室を出た瞬間にムッとした熱気が凛と小雪の肌を撫でた。

 両者がリング上に立つと、熱のこもった声援が降り注いでくる。小雪はいつ確認したのか、冬馬と準が座っている方に向けて、手を大きく振っていた。それを自分に振ってもらったと勘違いした観客たちが、さらにテンションをあげる。

 一方の凛は、自分の正面の相手――弁慶を観察していた。そこには、いつもの気だるい雰囲気はなく、落ち着きはらった姿があった。気もかなり充実しているようだ。

 

『それでは……いざ尋常に、ファイッ!!』

 

 掛け声ののち、会場を支配したのは、不気味な沈黙だった。両チームともその場から動かない。それは、最初から派手なやり取りを期待していた観客をあっけにとった。

 ――――1戦目で見せてくれたラリアットできてくれないのか。攻撃してくれたら、その隙つこうかとも思ったけど、かなり警戒されてる。これは先制で飛び込ませなくてよかったな。

 凛はチラリと小雪を確認する。彼女には、試合前に無闇に飛び込まないように注意していたのだ。辰子と弁慶共にパワータイプのため、掴まれるかあるいは、カウンターでそのままやられかねない。

 ピリピリとした緊張感が会場に伝播する。高く昇った太陽は、照らすもの全てを焦がそうとしているかのようだ。肌がひりつくように熱を持っている。風でも吹けば、また違ったのだろうが、あいにく今は無風。

 時がゆっくりと過ぎていった。

 開始から何分経ったのか。弁慶は構えをとかずに、凛をじっと見つめていた。しかし、一向に揺らぎを見せない。攻めてくる気配もない。むしろ、相方である辰子の方がウズウズしている。本来こういう待ちの戦いは苦手なのだろう。仕掛けてみるか――そんな考えが頭をよぎるが、すぐさま消した。倒せるイメージが湧いてこない。よって、狙うのは小雪。彼女も近いうちに焦れるか、あるいはダレてくる。普段の生活からして大人しくしていることがないからだ。我慢比べになるかもしれない。

 そう弁慶が気を引き締め直した瞬間だった。緊迫した空間は意外な方法で破られる。

 凛があまりにも自然な様子で歩み出てきたからだ。ゆっくりと、まるで散歩を楽しむかのように――自然、空気が緩む。

 

「辰子!」

 

 弁慶が叫び、緩んだ緊張を引き締めようとした。そして、目を瞬かせる。悠然と歩いていた凛の姿は既になかった。チリリとわき腹辺りに、電流にも似た感覚が走る。直後、彼女は頭で考えるより早く、錫杖を自身の右側に持っていき盾とした。目の端に彼の左足が飛んでくるのを捉える。刹那、錫杖の頭部にある6つの輪形の遊環が激しくぶつかり合い、ジャラジャラと甲高い音を鳴らした。腕に伝わる振動は体を震わせ、次いでその体を吹き飛ばそうとする質量を感じる。それに負けじと踏ん張りをきかした。それでも耐え切れない――。

 

「弁慶!」

 

 その声に反応して、弁慶が後ろへ跳ぶ。そこへ入れ替わるように、右腕を振りかぶった辰子が躍り出た。

 しまった。弁慶はそこで己の失敗に気づいた。凛の相手をさせるには、辰子の攻撃はあまりに大振りすぎたのだ。

 加えて、白い髪をフワリとなびかせた少女が、着地したばかりの弁慶の目の前に迫っていた。視線が交錯する。少女の瞳は、遊ぶことを許された子供のように輝いていた。

 

「ハァッ! ヤァッ!」

 

 ――――まるで暴風雨のようだ。

 凛は、辰子の途切れることのない攻撃を避けながらそう思った。彼の鼻先を通り過ぎる右拳が風を生む。間髪入れず、左拳が顔面に迫ってくる。次は顎、頬、喉、米神、腹。しかし、それも当たらなければ、どうということはない。絶妙なタイミングでのスイッチに、彼は攻撃を与える暇をもらえなかったが、徐々に体勢を立て直していった。

 ――――この人はまだまだ強くなる。

 凛は、体を掴みに来た辰子の右手に対して、体をひねって同じ右手ではじく同時に、右足を力強く踏み込んだ。そして、腰を回転させ、固く握り締めた左拳をがら空きになっている彼女のわき腹へと突き刺す。

 

「ッ!」

 

 空気を吐き出すも倒れない辰子。しかし、僅かに動作が止まる。凛にとっては十分な時間だった。右腕を引き戻しながら拳を作り直し、彼女の顎を綺麗に打ちぬく。

 それは一瞬の出来事だった――。

 

『ここで試合終了!! 準決勝に駒を進めたのはスノーベル! 苛烈な攻撃の僅かな隙をついての強烈な二連撃が決まった模様です! これによって、2連続でクローン組を撃破したスノーベル! いよいよ優勝が見えてきたんじゃないでしょうか!?』

 

「辰子!」

 

 凛とはほぼ反対側で戦っていた弁慶が、駆け寄ってきた。彼がすぐに声をかける。

 

「心配ないよ。眠ってるだけだから」

 

「ZZZ……」

 

 寝息を聞いた弁慶も安心したのか、ほっと息を吐いた。

 ――――かなり手応えあったと思ったけど……。1年、いや2年も鍛錬を積み重ねれば、面白くなりそうだ。このままにしておくのはもったいない。

 凛は眠っている辰子を抱きかかえると、リング脇まで来ていた川神院の僧達が持っている担架にそっと降ろした。

 

「リンリン、お疲れー」

 

 小雪が背後から声をかけてきた。その後ろには弁慶もいる。

 

「小雪もお疲れさん」

 

 そして、ハイタッチを交わす。

 

「私たちに勝ったんだから、優勝してね。じゃないと立場がない」

 

 ただし、主が決勝に上がってきたら話は別、と付け加える弁慶。

 それに小雪が振り返って答える。

 

「弁慶には悪いけど、誰が来ても僕たちが優勝するのだ」

 

「ましゅまろあげるって言っても?」

 

「……り、リンリンからもらうから、いらないもん」

 

「小雪、変な間を空けないでくれ。俺が物凄い不安になる」

 

 餌付けされていた小雪を思い出した凛は顔をひきつらせ、それを見た弁慶が「冗談、冗談」と声をあげて笑った。

 これにより、準決勝はスノーベルvsチャレンジャーズとなった。

 

 

 □

 

 

 2時間の昼休憩をはさんだのち、準決勝の戦いが始まった。まずは知性vs源氏紅蓮隊である。この試合は、大和が迂闊に手を出せないほどハイレベルなものだった。京の矢の援護に信頼をよせる義経は、大胆に一撃一撃を必殺の威力を込めて振り下ろす。その分、隙ができやすいが、その隙を埋めるように矢が燕に飛来した。

 その動向を見守る出場選手も、もう4名だけだ。あとは全て観客になっている。

 

「義経たちがかなり優勢ね」

 

 一子は食い入るように画面を見つめていた。それに忠勝が答える。

 

「だな。試合を重ねる毎に、息も揃ってきやがった。攻め入る隙がなさそうだ」

 

 ――――どうかな? 俯瞰の映像で見てる分には、嫌な位置取りになってきてる。

 そのとき、燕が笑みを深くした。彼女の後ろには大和、その対角線上には京がいる。放った矢を彼女がよければ、必然それは彼に向かうわけで――。

 

『真剣白刃取りから、腹部に強烈な一撃を受けた義経選手! しかし、燕選手は追撃の手をゆるめない!!』

 

 義経は痛みに耐え迎撃するが、燕には拳一つ分届かなかった。

 こうして、準決勝の1試合目は知性チームの勝利となった。

 

 

 ◇

 

 

 すぐに2試合目――スノーベルvsチャレンジャーズ――が始まる。しかし、これは戦力差がありすぎた。

 

「相手が誰であろうと全力でぶつかるだけ!」

 

 一子はその言葉どおり、凛にぶつかっていき敗北する。

 しかし、今大会通じてのその真っ直ぐな姿が、多くの観客を魅了していたようだ。試合終了のアナウンスが流れると同時に、惜しみない拍手と賛辞が会場を包んだのだった。

 そして、遂に決勝の組み合わせが決まった。

 

 スノーベルvs知性。

 

 ザワザワと落ち着かない観客たち。それも仕方がないことだった。何せ次の試合に勝ったほうが優勝なのだ。

 敵を圧倒するほどの力で駆け上ってきた優勝候補のスノーベルチーム。

 一方、着実に勝利を積み重ね、遂には決勝の舞台にまで昇ってきた知性チーム。

 下馬評は圧倒的にスノーベルチームが高かったが、知性チームは準決勝まで確かな実力で勝ってきた源氏紅蓮隊を破った実績もあったため、結果がどちらに転んでもおかしくない。それが余計に観客をワクワクさせた。

 実況者は厳かな様子で喋りだす。

 

『遂に。……遂にこのときがやって参りました! 昨日から始まったこのタッグマッチトーナメント! 当初の予定では1日で予選本選を行うはずでしたが、予想を超える参加数があったため、急遽2日間に分かれて行われることになりました。そして、その激闘の末……現在残っているチームはわずか2チーム! できることなら! 私もこの2チームに褒美を与えてあげたいと思います……がしかぁし! 優勝という名の栄誉を受け取れるのは1チームのみ! 思い起こせば数々の試合がここで行われ、勝者と敗者が生まれてまいりました。それも残すところ1試合!! さぁご紹介致しましょう――』

 

 

 決勝の幕があがる――。

 

 

 

 燕の前に凛が立ち、大和の前に小雪が立つ。中間には、田尻がマイクを持って立っている。

 皆が、田尻の掛け声を今か今かと待ちかねていた。観客席の階段を上る売り子に、声をかける観客もいない。むしろ、その売り子ですら、リング上の様子をじっと見守っている。カメラは全て選手の誰かを映しており、会場の巨大モニターは4人全員の動向が見えるよう俯瞰の状態だった。

 ようやく田尻が口を開いた。

 

『これより、若獅子タッグマッチトーナメント決勝! 知性チーム対スノーベルチームの戦いを執り行います。それでは――』

 

 会場のざわつきが静まり返り、頭上を飛び去る飛行機の音が聞こえた。

 視線が一斉にリング上へと集中する。一瞬たりとも目が離せない。気を抜いていると、その間に勝負が終わってしまう可能性もある。事実、予選本選ともにそういう試合があった。

 

『レディーー』

 

 4人の選手のうち2人が体に力を入れる。大和と小雪だった。

 凛は隣で少し前傾姿勢をとった小雪を盗み見て、決勝開始直前の会話を思い出していた。

 

 

 ◇

 

 

 出口まであと10歩といったところで、凛は小雪に再度問いかける。

 

「小雪、本当にいいのか?」

 

「もちろんだよ。僕に二言はない」

 

 小雪はきっぱりと言い切った。

 優勝者には、景品のほかにも武神と戦う権利がついている。凛にとっては、むしろそのおまけと言っていい権利の方を欲しがっていたため、小雪とペアを組んだときに、あらかじめ1対1で戦いたいということと、その代わり景品は彼女の好きにしてよいということを伝えておいたのだった。

 そして、いよいよ決勝の舞台まで上がってきた。凛は小雪と最後の打ち合わせを行う。そのとき、開口一番に彼女は意外な言葉を発した。

 

「燕先輩の相手は僕がする。リンリンはその間に大和をやって。きっとこれが、一番早く戦いに勝つ方法だから」

 

 凛はその提案に驚いていた。なぜなら、小雪はてっきりこの大会の雰囲気を楽しんでいるだけだと思っていたからだ。

 対知性チームとの戦い方は、正直なところ、かなり迷っていた。戦力を分散させて臨むか、燕のみを集中的に狙うか。前者の方法――大和を狙えば、それだけ試合は早く終わらせることができる。彼の回避が優れているといっても、常時全力で対応すれば、武道をやっていない者の体力などすぐに切れてしまうだろう。凛が燕を抑え、その間に小雪が大和をやるのは、良い方法に思えた。

 しかし、これにも問題があった。小雪は、果たして大和を戦闘不能に追い込むことができるのか、ということだ。少なくとも、気分は良くないだろう。それが彼女の場合、もろに戦闘に影響を及ぼす。その隙を大和が、あるいは燕がつきはしないだろうか。もちろん、凛は彼女を自由にさせるつもりはない。勝算はあったが、同時に嫌な予感もあった。

 その逆も一応考えていた。つまり、小雪に燕を抑えてもらい、凛が大和を仕留めるということだ。時間との勝負――短期決戦になる。

 小雪に燕を相手してもらうのは少々荷が重いが、リスクが高い分リターンも大きい。何せ、凛はほぼ無傷で百代との戦いに臨めるからだ。しかし、彼はこの案に気乗りがしなかった。

 ――――いくら俺がモモ先輩と戦いたいからと言って、小雪に大変な役どころをまかすのはな……。

 そこで考えを打ち切って、後者の方法を検討する。

 その方法は前者の方法より長引くだろうが、小雪との距離も近い分フォローがしやすく、2対1の状況は手数で圧倒でき、十分な勝算があった。この場合、大和が何をしてくるかわからないが、視野を広く持てば対処も可能だろうと踏んだ。

 結局、凛は後者の方法でいくことに決めた。それを話そうとしたところ、小雪が上の提案を出してきたのだ。さらに彼女が言葉を続ける。

 

「リンリンはこのあとモモ先輩と戦うでしょ? ちょっとでも力を温存しとかなきゃ」

 

 小雪の言葉通り、百代との試合をも考慮に入れるのであれば、できる限り体力を温存しておきたいのも事実だった。試合が長引くほど、体力の面でも精神の面でも消耗していく。下手すればケガを負いかねない。加えて、今日は2試合をこなしているのだ。もちろん、凛もそれで試合ができなくなるなどいう柔な鍛え方はしていない。

 しかし、相手はあの武神である。超越者との戦いで、少しの差が大きな差とならないと誰が言えるだろう。凛自身、それは誰よりもよくわかっていた。だからこそ、小雪の心遣いが嬉しかった。

 

「30秒……ううん、60秒くらいなら倒すことはできなくても、僕互角に遣り合えると思うんだ――」

 

 小雪は活き活きとした瞳を凛に向けた。

 

「僕……僕もリンリンの役に立ちたいんだよ。でも、料理じゃリンリンの腕には及ばないし、勉強とかもあまり差がないでしょ? だけど、これなら役に立てる」

 

「十分に役に立ってきてくれたよ」

 

「僕が納得いっていないのだ」

 

 その言葉に、凛は苦笑をもらす。

 

「予測だけど、燕姉は小雪を倒しにくると思う。きつい一撃をもらうかもしれない……」

 

「僕こう見えても我慢強いよ?」

 

 コテンと首を傾ける小雪。その目は覚悟を決めているようだった。

 それを見た凛は軽く息を吐き、ポンポンと頭を撫でる。

 

「なら、小雪の厚意ありがたく受け取らせてもらうよ。ありがとう」

 

「どういたしましてなのだ」

 

 目を細めながら、嬉しそうに笑う小雪に、凛も笑顔をみせる。

 決勝開始の時刻が迫っていた。

 一直線に伸びる通路には、凛と小雪以外に人の気配はない。もう何度も通ったが、これで最後――いや凛の場合は、あともう一度通ることになるかもしれない。出口を通して聞こえるのは賑やかな歓声。先の戦いでの余韻が残っているようである。

 リングへと続く出口は、目を細めなければならない程に眩しいこともない。太陽が西に落ち始めたからであろう。しかし、日が少し翳ったところでムシムシとした暑さが和らぐことはなく、まだ幾分マシといった感じであった。そのおかげで、売り子の売上は更新した動員数も相まって、こちらも歴代の売上を更新するのだが――それはまた別の話。

 小雪は凛の数歩先に進み出ると、振り向いていつものように表情を崩す。

 

「優勝したらさぁ……みんなで旅行とか行きたいな」

 

「みんな?」

 

「そう! みんな! 冬馬でしょー準でしょーリンリンに――」

 

 そう言って、小雪は右手の指を折りながらどんどん人の名前をあげていく。百代、大和、京、一子、翔一、岳人、卓也、クリス、由紀江と、どうやら小雪の家族と風間ファミリーのことのようだった。由紀江とはあまり面識なかったはずだが、そこは家族一緒の方がいいということらしい。

 

「景品とかはぜーんぶ旅行資金にしてもらって、豪勢にするの」

 

 これは、小雪なりの優勝宣言――必ず勝つという思いの表明だった。

 

「それは確かに楽しそうだな」

 

「でしょでしょー。僕ねー今海で遊びたいんだ。それで夜は旅館に泊まって、浴衣を着るのだ」

 

 凛は、鼻歌を歌いだす小雪の隣を歩き出す。

 

「それじゃあまずは勝つか」

 

「おー!」

 

 2人は軽やかな足取りで、リング中央を目指す。

 

 

 □

 

 

 話を掛け声前に戻そう。

 

『レディーー』

 

 正面に視線を戻した凛は燕と目が合い、互いに微笑み合った。思ってみれば、中学以来の対決である。

 ――――燕姉ともキッチリ白黒つけたかったけど、それはまた今度だな。そのときは平蜘蛛も披露してもらわないと。

 

『ゴーー!!』

 

 大和は後ろへ跳び。燕は凛へと突っ込む。その彼女に向かって、小雪が走り出す。凛はワンテンポ遅れて動き出した。

 ――――30秒でケリをつけさせてもらう。

 試合は出だしから、熱く盛り上がりそうだった――。

 

 




先にスノーベル対知性の戦いが中途半端にできあがってしまって、その間をつなげるのが大変でした。
戦闘も残すところあと2回!!
できるだけ濃く描けたらと思います。
長い30秒を表現したいです!!
ではまた次話。

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