真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
「あそこまで追い詰められるとは思わなかった。羽黒恐るべし」
「おまえもいろいろ大変だな」
羽黒の猛攻を凌いでいた凛の元に、百代が登場しその場はなんとか収まる。その去り際に、彼女から熱い投げキッスを送られたが。
「そういえば、次3年生の水上借り物競争じゃなかった?」
「うちはユーミンがでるからな。私は燕といちゃつくんだ」
「岳人が喜びそうな絵ができるな。それじゃ俺は一旦クラスに戻るから、燕姉にはよろしく言っといてください」
「おまえも来いよ」
凛がその場を去ろうとすると、百代が片手を掴んで引き止めた。
「いや嬉しいお誘いだけど、俺がそんなとこで応援してるって知られたら、血祭りにあげられかねないから。もうすぐ昼だし、そのときお邪魔させてもらう」
「……仕方ないなー。まぁそれでいいか。じゃまた後でな」
百代の後姿を見送って、ようやく一息つけた凛だった。そのまま2-Fの生徒が集まっている場所を目指す。太陽は空高く上がり、まるでもっと盛り上がれと言わんばかりに、ギラギラと輝いていた。
「凛、無事だったんだね。羽黒に追い回されたって聞いたから心配してたんだ」
「途中でモモ先輩が現れて、なんとか収まった。なんか飲み物ある? 喉渇いた」
卓也がクーラーボックスから飲料水を取り出し凛に渡す。彼はそれを受け取ると勢いよく飲み干した。
午前の最終競技となる水上借り物競争の準備が進む中、3-Sの方から突如どよめきがあがる。2人がそれに首をかしげていると、血相を変えた岳人が彼らの前を走っていった。
まるで気づく様子がない岳人に、ただ事ではないと思った凛は、卓也に一言礼を言ってそのあとを追っていった。
そして、現場で盛大なため息をつくことになる。
――――心配して損した……。
岳人を含めた男子が遠巻きに見つめる先には、手配されたスクール水着に着替えた清楚がいた。彼女は視線が気になるのか、少し恥ずかしげにしている。堂々としている女生徒が多い中、その様子が男たちには新鮮なようで熱心に見つめていたが、彼らは遠巻きに見つめるだけで、誰も近寄ろうとはしない。
理由は単純――。
「うーん清楚ちゃんの水着いい! かわゆい!」
「モモちゃんも可愛いよ」
百代が清楚にべったりだったからだ。そんな中に飛び込める勇者など――。
「葉桜先輩とても似合っています! 俺様に見えるよう、モモ先輩そこを少しどい……」
――現れた。
勇者岳人は、鍛え上げられた鋼の肉体にブーメランパンツを装備して、ラスボスに果敢に挑む。しかし、その顔はこれ以上ないほどだらしなくゆるんでいた。
「おまえは海にでも入ってろ」
しかし、百代に腕を掴まれ、勇者はそのままブイが浮いていた所まで投げ飛ばされ、海の藻屑となる。それを見た男たちが近づくはずもなく、結局そのまま昼に突入することになった。
その間、凛は何をしていたかというと、一旦2-Fの陣地に戻り、借り物競争で弓子と大和が走っているところを見届け、昼に向けての弁当を用意していたのだった。
そして、凛は再び百代を探す。同じ場所に姿がなかったからだ。
「モモ先輩、3-Fのとこに戻ってたんですね。それにしても……」
百代を見つけたのは、3-Fの陣地になっている隅っこの木陰のある場所だった。そこには、思ったよりも人が多く集まっていた。
燕と弓子が労いの言葉をかけてくる。
「凛ちゃんお疲れさまー。大遠投見てたよ。相変わらずのハチャメチャっぷりだったね」
「夏目、お疲れで候(うわぁ凛くんと一緒にお昼ご飯。燕について行ってよかったぁ。髪とか乱れてないかな?)」
燕の横には、大和があぐらをかいて座っていた。どうやら、近くで観戦していた彼女に連れてこられたらしい。
「俺の爆走を見ていたか? 見事1位を矢場先輩ととってきたぞ」
そして最後の一人は、女の子座りをする笑顔の清楚だった。こちらは百代が連れてきたようだ。
「凛ちゃん、お邪魔してるね」
てっきり九鬼絡みの方で食事をとると思っていた凛は、いい働きをした百代に向けてサムズアップ。すると、彼女も何が言いたいのかわかったようで、黙ってグッと親指をたててくる。
「それより直接座るのも辛いだろうから、俺の魔法のシートを広げます」
「準備万端じゃないかー。さすが凛。なでてやる」
百代にワシャワシャされた凛は、ビニールシートを木陰に広げると、皆が礼を言いながらそこに座っていく。
座ったところで、今度はヘリの音が浜辺に響き渡った。その音を追って、皆が目線を空に向ける。ヘリからは、水着に着替えたメイドたちが次々に降下してくる最中だった。その中には、なぜかスクール水着着用のメイドもいる。
凛が思わずつぶやいた。
「おいおい。空から水着のメイドが降ってきている」
百代も手で太陽の光を遮りながら、その光景に目を細める。
「今日は晴れときどき水着のねーちゃんか。……最高だな」
料理部の開催する海の家の方では、メイドの何人かがそのまま手伝いに入り、男たちの歓喜の声が聞こえてくる。
「まぁ今この場の光景も見劣りしませんけどね」
歓声のするほうから視線を戻した凛は、軽口を叩いた。その姿を見て、百代が笑みをこぼす。
「ちょっと調子でてきたみたいだな」
「いやこの光景にドキドキしっぱなし。俺明日死ぬんじゃないかと思ったりする」
「確かに眼福だよなー。クラスに帰ったら自慢できるぞ。お姉様たちとお昼食べましたって」
「それ言ったときが、俺の生命が終わる瞬間なんですね。わかります。それより、大和は弁当もってきてなかったよな? 先輩方は弁当持ってるし」
凛は、何も持っていない大和と弁当袋を手にした3年生たちを見渡した。
「俺はクマチャンの料理食べるつもりだったからな……」
「お弁当持ってきてないんだ。じゃあちょうどよかった。私のお弁当をわけてあげるねん」
大和の言葉に、燕が弁当箱を開ける。そこにあったのは、納豆を使ったおかずのオンパレード――しかし、それは見た目も鮮やかで匂いも気になることなく、彼女が料理に手馴れていることがわかるものだった。
それに続いて、凛も包んであった弁当を広げる。
「俺のも食べていいぞ。結構大目に作ってきたからな。先輩らもどうぞ。あ、モモ先輩おにぎりください」
「みんなで分けっこするのもいいねー。って凛ちゃん二段の重箱!?」
ツッコミを入れながらも箸を伸ばす燕。弓子も驚いている。
「料理ができるとは聞いていたが、ここまでとは……(料理上手な旦那様かぁいいなぁ)」
そこに、百代がおにぎりの詰まった重箱を出し、凛に一つ渡す。
「ふふん。見て驚け! たくさん作ってきたからな!」
「こうやって皆で食べるの楽しくていいね」
清楚も笑顔で弁当を広げ、重箱の近くに置いた。
そして、凛は百代から受け取ったおにぎりを見て感想を述べる。
「おお、ソフトボールをイメージしてたけど、三角形に近いし案外ちゃんとしてる。しかも具入り!? 意外だ……そして美味しい」
「おまえ私をなんだと思ってるんだ! 自炊くらいできるんだぞ」
拗ねながらも満足げな百代。決しておにぎり作りを頑張ったとは言わない。
その隣で、重箱を見つめていた大和が口を開いた。
「いやいやいくらなんでも、重箱2つにおにぎりだけって……姉さん」
「なんだぁ弟―。なんか文句あるみたいだな。おまえ、午後の水上格闘戦参加しろ。海を空から眺めさせてやる。今日はよ~く晴れてるから、眺めはサイコーだ」
百代は優しい笑顔を浮かべ、大和に命令する。その言葉に彼は体を震わせた。
水上格闘戦とは、今回の目玉の一つとなっている競技であり、予選と決勝の計2回行われる。舞台は海上に設置され、現在の申し込み人数からいくと、予選は16組、1組20名程度のバトルロワイヤルで最後まで舞台に残る者が決勝行きとなる。そして、決勝も同じ仕組みで優勝者が決まる。また、海に落とされた以外でも脱落となるルールも開催直前に発表されることになっている。ちなみに、申し込みは開始30分前までOKであった。
燕がカラカラと笑う。
「まぁまぁ。でもモモちゃんの自炊ってのは、確かにイメージ湧きにくいね」
「燕の言うとおりで候(あっこの豚肉巻きおいしい)」
同期2人にからかわれる百代は、笑顔を絶やさない清楚に泣きつく。
「燕もユーミンもひどいぞ! 清楚ちゃーん、友達がいじめる」
「よしよし。はい、これでも食べて元気だして」
百代をあやして、清楚は自分の弁当から野菜入りのオムレツを食べさせる。その間、凛が震える大和に声をかけていた。
「大和、大丈夫だ。何でもありの川神院がついている。大抵のものは完治する」
「それケガするの前提になってるだろ! 凛知ってたか? あんまり高いところから海に落下すると、そこが水だろうとコンクリートだろうと関係ないらしい。そして、姉さんの力だぞ……ダメだろ!!」
「そうだ! 俺も一応なんとかなりそうな物を持ってる」
凛はゴソゴソとポケットを漁ると、一本のチューブを取り出し、大和の手のひらに置いた。チューブにはSUPERと書かれており、その下に『即効!すぐくっつく超強力粘着!!』と補足されている。
大和は首をかしげた。
「なんだこれ?」
凛は自らの頭を指差し――。
「頭――」
次に、手をパッと大きく開き――。
「割れたら――」
最後に、勢いよくガッツポーズをとった。
「セメダ○ン!!」
その瞬間、大和の手から勢いよく投げ放たれたそれは、見事な放物線を描きながらゴミ箱へと姿を消した。
「ああ! アモゾンで640円したのに! 中古じゃなく新品だぞ!」
「知らんわ! なんであんなもん今持ってる!? ……いや、それはどうでもいい。あれでくっつける暇があったら、川神院に救急搬送してくれ」
大和は凛の両肩に手を置くと、真剣な表情で頼んだ。
「わかったわかった……というか、あれは冗談だろ? 少なくとも、『空から海を眺めさせる』の部分はな。俺もそこは止めよう。まぁ格闘戦には出ないとダメだろうが」
「助かる。正直やれる実力があるから恐ろしい。競技のほうは出てすぐ負ければ……」
大和がつぶやいた瞬間、とっくに元気を取り戻していた百代が、2人の会話に割ってはいる。
「決勝に来なかったら、黒歴史が詰まったお前の日記をみんなにばら撒くぞ」
決勝――つまり、予選は生き残る必要がある。大和は「Nooo!」と言いながら、頭を抱えて倒れこんだ。
悶える大和を放置して、何か閃いた凛が笑顔で提案する。
「そうだ。どうせなら、この中で一番になった人の願いをみんなで叶えてあげるってのはどうですか?」
「えっ! それってみんな格闘戦にでるってことだよね?」
凛の提案に、清楚が箸で掴んでいたハンバーグを落としそうになる。彼は一つ頷いて、言葉を続けた。
「ここにいる人は、俺から見てもそう簡単に負けそうにはないから、おもしろいと思うんですよね」
「あはは。確かにそれは楽しそうかも。1日みんなに執事&メイドになってもらう、とかでもいいんだよね?」
燕がニコニコしながら、凛に聞き返した。彼は納豆オムレツをとって、他の例も示す。
「もちろんOK。1日ずっと語尾に『にゃん』『わん』をつけてもらうとかでもいいし」
「にゃ、にゃん!? コホン……ここにいる者が一番にならなかったら、どうするで候?(凛くんと大和くんに猫言葉で執事やってもらうとか楽しそう)」
弓子も案外乗り気のようで、眼鏡がキラリと光る。
「そのときは、1番最後まで残ってた人とかですかね?」
エビフライを食べる百代が、楽しそうに喋りだす。
「もぐもぐ……この5人を侍らすのも贅沢だな。私は乗った!」
「ちょっと待って!! この中で一番戦闘力のない人間の意見を聞きましょう」
そこに、倒れていた大和が手を挙げた。それに納得した凛が頷きを返す。
「それは確かに……では清楚先輩、どうですか?」
「なんか楽しそうだね。私もいいよ。みんな負けないから!」
「そっちにいったか……凛! 俺もだよ。俺も戦闘力のない人」
清楚が胸の前で両手に力を込め宣言する中、その正面に座る大和が手をピンと伸ばして主張した。そんな彼を横目に、凛はしょうが焼きとイカフライとおにぎりを皿にとる。
「でも大和は参加して、決勝に行かないと黒歴史の扉が開かれるんだろ? 秘められた力……今こそ解放してやれ!」
「なるほど、今こそこの邪おぅ……って、ないから! そんな力ないからな! おまえ、ここにいるメンバーの身体能力の高さを見縊ってるぞ」
「その中で大和が逆転勝利を飾れば……ここのメンバーを好きにできるって寸法だ」
ぱくぱくと全くペースを落とさず食べる凛。
「このメンバーを…………って騙されん! そのパーセンテージ、ゲイツ先生に出してもらってみろ。1%あるかないかだぞ」
「そこに気づくとは……やはり天才か?」
「おまえはどうやら、俺を怒らせたいらしいな」
凛の隣で、大和が拳を握り締めプルプルと震わせた。それを見た彼は謝罪を口にして、からかいをやめる。
「冗談はここまでにして……大和の回避はかなりのものだからな。優勝は難しいかもしれないが、決勝でも最後の2人までは残れる可能性が高い。なぜなら、攻撃をしかける瞬間は一番隙ができるからな。大和に向かって仕掛けた奴は、もう一人の残った奴に狙われやすい。なら、大和は時間をかけて料理することにして、油断できない方を先に潰すほうがいいだろ?」
「まぁ回避は姉さんに鍛えられたからな……」
「最も大和が狙われる間、第三者が動かず、体力の消耗を狙うってのも考えられるが、それでも舞台は海の上。波で揺れ、水で濡れた足場だから、何が起こってもおかしくない。まだ開示されていないルールもあるようだし。モモ先輩もさすがに、光線ぶっ放すようなことはしないだろう……」
凛の視線に気づいた百代は、食べる手を止める。
「光線って……ああ、川神波のことか? そんなもの使ったら、じじぃから何言われるか。それに使わなくても私の優位性は変わらない。この拳があるからな」
そこに、ニヤリと笑った燕が百代に一つ質問する。
「じゃあ最後の相手が清楚でも海に突き落とすんだ」
「ん? うーん……いやこれは勝負だ。例え清楚ちゃんでもお、落とす」
「モモちゃん……」
潤んだ瞳で百代を見つめる清楚に、彼女はあれやこれや理由を述べる。燕はそれを面白がるように茶々をいれ、弓子は少し呆れながらもその空気を楽しんでいた。
賑やかに会話するお姉様方を視界に収め、凛が大和と先の続きを話す。
「いろいろ理屈をこねたが、まぁ行事の一つを思い切り楽しもうってことだ。俺も優勝を狙うつもりではあるが、簡単には勝てるとも思ってない」
「…………んーまぁ、そうだな。……やってみるか」
目をつむり、しばし黙考した大和がニヤリと笑う。
「おっ? やる気になったか。とりあえずは決勝あがってからだが、おもしろくなりそうだ」
それから6人は、和気藹々と弁当を食べ進めるのだった。
◇
そして、食休め。ジャンケンで負けた男2人――凛が最下位だったが、1人では持てないため、大和が付き添った――が、料理部主催の海の家でカキ氷を買って戻ると、燕らの会話が耳に入ってくる。
「モモちゃんは凄すぎだけど、ユーミンもスタイルいいよね……85のDはありそう。やるねぇ」
「い、いきなりなんで候?」
「なーんか眺めててふと思った。清楚は私と同じくらい?」
いきなり話を振られて、赤くなって口ごもる清楚。
「えっ……そう、だと思う」
それに百代が反応する。
「その反応が可愛いなー清楚ちゃんは。それより、最初水着じゃなかったのは成長してサイズが合わなかったって聞いたけど、本当なのか!?」
「モモちゃん、なんでそのこと知ってるの!? う~恥ずかしい」
そう言うと、清楚はさらに赤くなる顔を冷ますため、手でパタパタと扇ぎ始める。
それを聞いた燕が口を尖らせた。
「えぇ清楚成長中かぁ……それより、男の子たち盗み聞きはよくないよ?」
そこには、どもる大和と動じる様子のない凛。
「え!? い、いいいや偶然聞こえただけですがな」
「そうそう。それに聞こえたのは、モモちゃんは凄すぎ~ってとこからだけだから。それより、早くこれとって! 手が冷たい!」
「そこらへんが一番聞かれたくないとこだよねっと」
燕が一番にブルーハワイをとっていく。
「ちなみに私は91だ」
次に百代が自慢げに告げ、イチゴをとる。
「さっきの話は……わ、忘れること!」
まだ火照りがさめない清楚が、抹茶をとってすぐに口に運ぶ。
「清楚の言うとおりで候(恥ずかしいー。男の子ってやっぱり大きいのが好き……って弓子! はしたないわ)」
弓子は目線を合わせず、レモンをとる。
ようやく手が空いた凛は、日光に両手をかざしてから、大和に持ってもらったかき氷を受け取った。
「夏といえばこれだな。これ食べて、午後は優勝狙う!」
6人は甘いものをとり、午後の競技に備えるのだった。