真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
学校を出た凛と百代、大和は廃ビルを目指していた。
その途中途中では、燕との行為についてさんざん大和をいじくり、それは百代の気が済むまで続けられた。しかし、凛の言葉もあってか、基地に着く頃にはそれも終わり、彼はほっと一息つくのだった。
「ただいまー」
まるで家についたときように挨拶をする凛。そのまま自分の定位置になっているソファへと向かう。
「おかえりー」
返事をしてくれたのは一子だった。次いで卓也も3人のジュースを注ぎながら、言葉を返してくれる。
それから、少しの間駄弁っていると、旅から帰ってきた翔一が姿を現した。
「おう! みんな久しぶりだなぁ」
「おかえりキャップ。今回はどこ行ってたんだ?」
凛が卓也から借りた単行本をテーブルに置き、翔一へと目を移す。彼の手には土産と思わしき袋が大きく膨らんでいた。
「ちょっと山陰方面に行ってきた」
そう言うと、翔一は袋をテーブルの上にドンと置く。
「なんでまた山陰方面に?」
「まゆっちがこの前、出雲そば食いたいって言ってたじゃん。それ聞いてたら食いたくなって、気がついたら出発してたってわけさ。んでお土産はこれだ」
翔一は、出雲そばのセットを由紀江へと差し出す。彼女はそれを両手で受け取った。
「出雲そばですか? わざわざありがとうございます」
「キャップ△!」
翔一は、それに対して「自分が食べたかっただけだ」とフォローを入れると、次にみんなへの土産を取り出す。
「他の女性陣と凛には和菓子。モロには妖怪グッズで、岳人には体に良さそうなシジミエキスが土産だ」
皆は礼を言うと、テーブルに置かれた和菓子に手を伸ばしていく。岳人もシジミエキスを受け取り、成分表示や効能を見ながら口を開く。
「いいねぇ……これを飲んで体を強くして、水上体育祭で女どもにセックスアピール決めてやるぜ!」
「水上体育祭? 何やら楽しそうな体育祭だな」
聞きなれない単語に、女性陣と楽しく和菓子を食べていた凛が顔をあげた。そんな彼に、岳人が立ち上がり力説する。
「そういや凛は初めてだったな。俺様が説明してやろう! 水上体育祭……それは布一枚の女の子たちと過ごす最高のイベントのことだ!」
「まぁ内容は説明されなかったが、岳人のテンションと布一枚は水着のことだな? それでなんとなく把握できた」
「しょーもない」
京の一言にも、岳人はへこたれなかった。ようするに、体育祭を体操着ではなく水着で、場所も校庭ではなく海で行うということだった。発案者は鉄心。大和からそれを聞いた凛は、長生きの秘訣は性欲なのかなとぼんやり考える。
水上体育祭の話は、そこで一旦打ち切られ、まだ渡されていない大和への土産が、翔一の手によって広げられる。
「大和にはこれだ。ちゃんと許可とってもらってきたぜ」
それは納豆小町のポスターだった。燕がセーラー服姿で、納豆の1パックを持ちポーズをきめている。それを見た凛が声をあげた。
「あー西では結構出回ってるけど、こっちではないのか」
「かわいいよなー。私とタメはる美少女だよな。おっ……この饅頭うまい」
百代もそのポスターを見て感想を述べた。続けて、それを見ていた岳人が喋りだす。
「そら普通の納豆とこの納豆売ってたら、こっち買うわ」
「おまえ仲良さそうだったから、これがいいと思ってな」
大和は翔一に礼を言い、それを受け取る。そこで皆が口々に燕を褒めた。どうやら、彼女は持ち前の陽気さで、早くも川神の生徒の心を掴んだようだった。そこまでは和やかな雰囲気だったのだが、饅頭を置いた百代がポスターを眺める彼に質問したところで空気が変わる。
「で、弟はそのポスターをもらって嬉しいと?」
「う……」
「大和君は図星のようだ」
言葉につまる大和を凛が茶化す。そんな彼をジト目で見つめる百代と京。
微妙な空気の中、凛が大和を擁護する。
「まぁポスターくらい良くない? 大和だって男なんだし、可愛い女の子のなら嬉しくもなるだろ」
「なんだよー。凛も燕の方がいいのか?」
百代は、隣に座っている凛に詰め寄っていく。
「いやそうは言ってない。男は可愛い子の写真とか見るだけで、幸せな気分になれたりするんだって。俺だってモモ先輩の写真、部屋に飾ってあるし……」
「えっ……そ、そうなのか?」
百代もまさか一緒に撮ったとはいえ、自分の写真が凛の部屋に飾られている事実を知って、少しどぎまぎする。自分のものだけが飾られるのは悪い気はしないが、どこか照れくさい感情があった。そして、彼の言葉の続きを待つ。
「うん。みんなと写ったやつも飾ってあるぞ! 俺写真見るの好きだし」
「て、みんなのもあるのかよ!」
その言葉に、百代は即座につっこみをいれた。自分の勘違いだったことに恥ずかしく思ったのか、頬に少し朱がさしている。
「まぁまぁモモ先輩、和菓子でも食べて落ち着いて。でもやっぱ、大和をあんまり雁字搦めにしてやると可哀想だろ? 寛大な心でドンと構えていればいいよ。同年代……しかも自分とは違ったタイプの美少女に、姉の立場をとられるのでは、と焦るモモ先輩も可愛いけどね。ほい」
凛は、一口サイズにちぎった和菓子を百代の口元にさしだしてなだめる。
「……もぐ。そうなのかなぁ? ……うーん。もう一個くれ」
「はいはい。あーん」
「あーん」
百代は、凛の言葉に思い当たるところがあるのか、大人しく餌付けをされる。それを見ていた岳人と大和がこそこそ話す。
「凛のヤツ、とうとう自分のペースに持っていきやがった。なんて羨ましい奴」
「俺ではああはいかないからな。恐れ入る」
そんな内緒話をしているところに、凛の声が再び響く。
「まぁ納豆小町のポスターは、京のポスターと一緒に大和の部屋に飾るとして……」
「ナイスアイディア。水着で女豹のポーズをとればいいかな」
京が俄然やる気を出す。
「カメラマンはヨンパチ……いやダメだな。どこに流通するかわかったもんじゃないし。写真の腕はいいんだが」
「ちょっと待て!」
話しが進む中、大和は立ち上がってストップをかけた。その姿に凛はきょとんとしている。
「どうした大和?」
「そうだよ大和。何か変なところがあった? ……あっ裸体はダメ。部屋に誰が入ってくるかわからないから」
大和は深いため息とともに、額を押さえる。
「変なところありまくりだろ! どっからツッコんだら……えーまず、なんで京のポスターを貼る!?」
「? 俺の話聞いてたろ? 可愛い子の写真を見ると幸せな気分になれると……そうか、わかった。クリス! ご指名だ! やれるか?」
凛は鋭い目つきで、和菓子を食べていたクリスに声をかける。彼女は、急に指名されたことに固まり、さらに彼女にまで飛び火したことに大和も驚く。
「じ、自分か!? 大和……そ、そんなに必要なのか?」
「待てーーーー! 話が変な方向にずれていってるぞ!」
大和の反応に、凛は肩をすくめると、話をどんどん大きくしていく。
「ずれてないだろ? ……ふぅ、仕方ない。出血大サービスだ。ワンコ、まゆっち力を貸してくれ!」
「わふ?」
お菓子に夢中の一子はいまひとつ理解しておらず――。
「え、ええぇぇぇー」
「大和坊は欲張りさんだぜ」
由紀江は恥ずかしいのか顔を赤くする。松風は冷静だった。そこに、面白がった百代も参戦しようとし、さらに場が騒がしくなる。
「それは望めば俺様にもプレゼントされるのか!? 弁慶のやつとかもらえないのか!?」
岳人が鼻息を荒く立ち上がり――。
「おいおい。おまえらだけで盛り上がってずるいぞ! 俺も俺もー」
翔一は場のノリで加わり――。
「話がややこしくなるから、みんな落ち着け。って元凶の凛! なんでおまえ一人和菓子食って落ち着いてんだ!! えっさらに騒ぎ大きくなっていいのかって? ごめんなさい……静かにそれ食べといて」
大和が凛へツッコミをいれ――。
「賑やかだねー」
ジュースを飲む卓也は、そんな様子を見守りながらポツリとつぶやくも、その一言はボケとツッコミの応酬にかき消されていった。金曜集会は今日も通常運行のうちに終わる。
金曜集会が終わって、寮に戻ってきた凛は、携帯で電話をかけていた。
「うん。こっちは元気にやってるよ。この前イベントがあって、そこでたくさん写真撮ったから、何枚か手紙に入れておいた……うん。咲さんの息子の大和も一緒に写ってるから、よかったら見せてあげて――――」
電話の相手は、凛の母親フローラだった。ちなみに母方の祖母の名がアリスである。
そして、2人の話す言語は日本語。イギリス出身のフローラであるが、彼女はクリスと同じく日本大好きであり、日本の文化を知るために日本語もしっかり習得していたのだった。凛のアニメやら漫画好きは、この母の影響も少なからずあったようだ。また、大和の母である咲とは友人であり、どうせなら彼の元気な姿を彼女にも見せてあげようという思いが凛にはあった。
「友達もできてるから心配ないよ。……えっうん。彼女はまだ……余計なお世話だから。いや! ラムちゃんみたいな子って電撃放つ子でも連れて来いってか、そもそも角生えた女の子がいないだろ! ……ああ、明るい子ってことね。なぜアニメキャラで例えた。……はぁとにかく最初からそう言って。父さんは元気? ……そっか、相変わらず飛び回ってるわけね。……夏休みあたりには帰れるかなぁ……まだよくわからん。おばあ様にも元気だって伝えといて。うん。おやすみって、そっちはまだ昼だよね。……はいはい、おやすみー」
フローラが電話を切ったのを確認して、凛も電話を切る。そして机に向かって、教科書を開く。宿題をやるのと同時に、軽い予習としっかりした復習も兼ねる。こう見えてなかなか勤勉なのであった。
その後、キリのいいところで終わり、眠りにつこうとしたが、携帯が光っているのに気づく。どうやらメールがきていたようだ。内容について、少し吟味して返信し、ベッドにもぐる。
そして、次の日の昼前。凛は川神駅の時計台の下で人を待っていた。7月間近ということで、温度もジリジリと上がっており、夏の到来を感じさせる天気だった。土曜日のため、賑わいをみせる駅前では、凛をチラ見してくる女性も多くいる。
綺麗な人が多いなぁと暢気な凛。そこに、爽やかな声が彼にかかる。
「おまたせー。凛ちゃん待った?」
凛の目の前に颯爽と現れる燕。風で揺れる薄い黄色のワンピースの下からショートデニムがちらりと見える。足元はミュールを履き、肩にかけている籠バックが夏らしさを感じさせた。
「ちょっとだけ。まさか、燕姉からお誘い受けるとは思わなかった。夏らしい格好がよく似合うよね。素足が眩しい」
「失礼な。私はこんなに凛ちゃんと仲良くしたいと思っているのに。それと最後の一言は余計でしょ」
カラカラと笑って燕が答える。そして、笑い終えると凛をジロジロと品定めする。彼は黒のポロシャツにベージュのチノパンだった。
「凛ちゃんもいい感じだよ。タンクトップ一枚とかじゃなくてよかった」
「それは、岳人やキャップを暗にけなしていることになるから注意して。あとタンクトップ一枚で会ったことないだろ」
「おっと気をつけます。ではでは、しゅっぱーつ!」
2人は電車へ乗るため、川神駅の中へ向かう。
「そんで今日行く美術館では具体的に何が展示されるの?」
席を確保した凛が、隣に座る燕を見る。
「何を言ってるの! 私が行く展示会と言えば……」
「「陶磁器」」
2人は声を揃える。燕はちゃんと答えがあったことに満足げだった。そんな彼女に凛が自分の予想を話す。
「だよね……それでわざわざ東京の方まで足をのばすってことは、ご先祖様に縁のあるものってこと?」
「付藻茄子が見たいと思ってね」
「えーっと……茶道具の一つで、持ち主が転々としたやつだっけ? その中にご先祖様もいたと……」
「そうそう! こっちに引越したときから見たいと思ってたんだよね。でも一人で行くのもあれだし、陶磁器見るためにわざわざ遠出させるのも気がひけるじゃない? でも、そこに一人だけ適任な人物がいたのよん」
目をキラキラさせていた燕が、いきなりビシッと人差し指を凛に向ける。
「それが俺だと」
「凛ちゃんもいい勉強になると思ってね。見る目を養おう!」
「うぐ! それを言われれば是非もない。というか、もう向かってるし。場所とか大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと調べてきたし、納豆小町の営業で初めての場所とかよく行くから方向感覚も鍛えられてる。だから、安心して姉にまかせなさい」
「了解。……でも、納豆小町もうまくいってよかったよね」
電車を乗り換えるため、ホームに降り立った2人。凛が隣にたつ燕に今だからこそ笑える話題をふる。
「本当によかったよ。その節は、銀子さんにお世話になりました」
「まぁ婆ちゃんも燕姉の熱意と計画の緻密さ、将来性とかを判断した上で、投資すること決めたんだから、燕姉の努力の結果だよ。俺にはできないと本当に感心した」
久信が多額の借金を作ったとき、燕は母親についていかず、それを返すための第一歩として、彼の副業でやっていた納豆を銀子の元へと持ち込み、投資してくれるよう自らプレゼンを行ったのだった。
弟子だからと言ってポンと投資するほど、甘い存在ではない銀子に対して、数度にわたるプレゼンと両手の指では数え切れない話し合いの末、元手となる資金の提供を受けることに成功した燕。それを間近で見ていた当時の凛は、驚きと尊敬の念を抱いたのだった。
そこから、納豆小町のサクセスストーリーが始まる――と言っても、それまでに役所への届けなどの雑務、納豆作りの設備などやることも山積していたが、久信は娘の頑張りに応えるため、東奔西走……馬車馬の如く働き、ようやく今に至るのだった。
「納豆小町として、ポスター載ってるの初めて見たときは驚いたけど」
「私のセーラー服姿に見惚れちゃった?」
燕は意地悪い笑みを浮かべ、凛を見た。
しかし、それなりに付き合いがある凛は平然と答える。
「あれで見惚れない男はそういないんじゃない? 大和もポスターもらって凄い嬉しそうだったし。部屋に飾っとくって」
「そんなに喜んでくれたんなら、小町としても嬉しいね。凛ちゃんも欲しくなった?」
「いえ遠慮しときます」
「なぜだこらー! 欲しいと言え……言いなさい」
燕は凛の頬を両手で軽く引っ張った。
「いや……もらったところで、部屋に飾ったりしたら、なんか監視されてるような気になるんだよ。自分の部屋で落ち着けないなんて勘弁して」
「あーなるほどね。それはわからないでもないかも。だから凛ちゃん、人物のポスターとかなかったんだ。写真は飾るのに」
依然頬を掴んだままの燕に、凛が抗議の声をあげる。
「それより離してくれる? ……いやムニムニするのもやめなさい!」
「このモチモチ感……これが男の肌なんて、ご先祖さまもびっくりだよ」
「このやり取り2度目!! ご先祖様の驚きとかいいから。……赤くなったりしてないだろうな」
「心配しなくても赤くなってないよ」
しかし、凛は手の離れた頬をさすりながら、燕に手を差し出す。それに首をかしげる彼女は、そっと手を重ねる。
「なんでやねん! 鏡くらい持ってるだろ? 鏡貸して。自分で確認しないと信用できないから」
「おおー凛ちゃんのツッコミ。しかも私の言葉が信用できないなんて……ヨヨヨ」
燕は、泣き真似をしながら素直に手鏡を渡した。しかし、それもすぐに笑顔に変わる。不思議に思った凛がたずねる。
「そんなにおもしろかった?」
「いや、こうやって凛ちゃんとさ、たくさんお喋りするのも久しぶりだと思うと嬉しいのよん」
「高校違うとこになってから、会う機会も減ったからなぁ。というより、降りるのここって言ってなかった?」
「おおっとそうだった。忘れ物しないようにね」
「荷物と言えば、燕姉のバックくらいだな。持ちましょうかお姉様?」
それでも一応確認してから、電車をあとにする燕に、先に降りた凛が手を差し出す。燕はその手にバックを乗せず、自らの手を乗せお嬢様のように優雅に電車を降りた。
「フフフ……気持ちだけ受け取っとくよ。これも含めてのコーディネートだから。なにか荷物ができたらお願いね」
「了解」
改札を抜けると、近くにあったタクシー乗り場へと移動し、タクシーに乗り込む。そのタクシーは目的地目指して走っていく。
「というか、タクシー乗るなら方向感覚とか関係なかったよね?」
「細かいことは気にしなーい」
そう言って燕はまた笑った。