真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『一時の休息』

 強盗が入ったとは思えない落ち着きを見せる梅屋。武人であれば、その場所に同席したいと思っただろうか、あるいはその逆であろうか――ともかく、対人であれば最も安全な場所では、それぞれが梅屋のメニューを堪能していた。

 凛は、ようやくきたカルビ定食Wに箸を入れる。

 

「空腹こそ最高の調味料――」

 

「フハハハ。全く凛の言うとおりだ」

 

 さらに紋白は、自分の牛飯を差し出す。

 

「清楚を助けてくれた褒美だ。我のを一切れ食わせてやろう。ほれ、あーんせい」

 

「あーん。もぐもぐ……美味い。ありがとう紋白」

 

 それに続いて、戸惑っていた由紀江が紋白へ声をかける。

 

「も、紋ちゃん。代わりにわ、私のを一口いかがですか!?」

 

「おお、黛。ありがとうな。……うむ美味である」

 

「まゆっち、頑張った!」

 

 凛が由紀江を褒める。その彼女はスムーズなやり取りができたことに喜び、松風と喜びを分かち合っていた。

 それを見た紋白が由紀江に問いかける。

 

「前から気になっていたのだが、黛は腹話術が上手いのだな。それとも、清楚の自転車につけられたAIみたいなものか?」

 

「い、いえ、これは九十九神が宿っているんです……」

 

 由紀江は控えめに答えを返した。

 

「フハハそうなのか! 霊魂が宿っているのなら、ぜひどうなっているか調べてみたい。プラズマへの応用などに使えるかもしれん……松風よ! 我にその正体を確かめさせてはくれぬか?」

 

 紋白の手にちょこんと乗せられた松風。心なしか、その姿が小さく見える。

 

「こんな返しがくるとは、おいらも予想してなかったぜ……凛坊、笑ってないで助けてくれ」

 

 由紀江からも無言のSOSを送られ、笑いをこらえきれない凛。

 

「自分のペースを崩さない松風をも押し切る紋白……恐ろしい子!」

 

 そんな松風にモルモットの脅威が迫る一方、店内は全員に料理がいきわたり、賑やかになる。

 

「弁慶、義経のマーボーを一口食べるか?」

 

「じゃあ私の豚肉をお返しにあげる」

 

 場所は変われど、仲の良さは変わらない主従。弁慶は川神水を飲むのも忘れない。気持ち良さそうに飲む彼女に、義経はため息をもらす。

 

「これおいしいよ。モモちゃん」

 

「一口食べさせてほしいな」

 

「ふふ、はいあーん」

 

 百代は清楚に食べさせてもらって満足そうにしており――。

 

「紋は本当に凛のことを気に入っているな。良き友ができたようでよかったわ。あやつは将来どうするのか決まっているのか? クラウディオ」

 

「いえ、まだ本人には成し遂げたいことがあり、それが達成できた際に、考えさせて欲しいとのことです。揚羽様」

 

「そうか。では、そのときを待つとしよう。いつか、あやつの力の全てを見てみたいものよ」

 

「この夏の催しでそれも可能かと。予定通りならば、暑い夏になりそうですからな」

 

 揚羽はクラウディオと談笑。

 

「大和君、はいあーん」

 

「燕先輩、俺にはこの場所で食べさせてもらう勇気がありません。和やかな雰囲気なのに、心が落ち着かないというか」

 

「今ここにいる人達の大半はマスタークラスだからね。それぞれの気に当てられてるのを心が自然に感じてるからかも。よしよし」

 

 燕がどうも落ち着かない大和を慰め――。

 

「ワシにも誰かあーんしてくれんかのう」

 

「鉄心も相変わらずだな。その調子なら、あと50年は余裕だろう」

 

「ほっほ。ヒュームに負けるわけにもいかんからのぅ。若い姉ちゃんがおる限り、ワシは元気でおれるわい」

 

「総代は少し自重してくださイ」

 

 そして、いつもどおりの鉄心とヒュームに、嘆息するルー。

 

「おい、辰子! 起きろ」

 

「zzz……ん? あー大和くんがいるー。大和くんやっほー」

 

「起きたと思ったら、俺のこと無視かよ。……おっ凛注文か?」

 

 最後に、大和を見つけテンションあげる辰子としっかり仕事をこなす釈迦堂。

 そして、追加注文を済ませた凛が、次の料理をワクワクしながら待っていると、左肩をチョンチョンとつつかれる。そちらを振り向くと、上機嫌の弁慶。

 

「紋白に対抗して、凛にあーん」

 

「くれるのか?」

 

 弁慶の頷きを確認した凛は、迷わず獲物めがけて口をあけるが――。

 

「ふふっ甘いッ!」

 

 箸は凛の口が閉じられる瞬間に引っ込められ、豚肉は弁慶の口の中に消えていった。

 

「く、くそ。まさかこんな単純な手にひっかかるとは……」

 

「修行が足りないな」

 

 楽しそうに笑う弁慶に、その隣に座る義経が慌てて混ざってくる。

 

「凛すまない。弁慶! 少し飲みすぎだぞ! 店の中なのに気を抜きすぎだ」

 

「知ってる人ばっかりだから大丈夫大丈夫。あーなんか眠くなってきた」

 

「わわ、こっちによたれかかると危ない……」

 

 義経の言葉に、今度は凛の方へよたれかかる弁慶。

 凛は弁慶を支え、その間に義経がお盆を釈迦堂に渡し、テーブルを拭いてくれる。

 

「フラフラしすぎだろ……とりあえず、この飲兵衛はテーブルに突っ伏させて」

 

「テーブルも綺麗に拭いたから、いつでもOKだぞ」

 

 凛がゆっくりと弁慶をテーブルへ誘導し、義経が彼女の腕を引っ張り上げ、それを枕にさせる。

 

「義経も大変だな」

 

「もう少し川神水を控えてくれると嬉しいんだが、義経が言っても中々聞いてくれないんだ」

 

「まぁ信頼してるからこそ、ここまで無防備にもなれるんだろうな」

 

 凛は幸せそうに眠る弁慶を一撫でした。それに反応した彼女は、表情が柔らかくなる。

 

「弁慶は酔っ払うと、そのことを何度も言うんだ。頼られるのは嬉しいけども……」

 

 そう言って義経は、ずり落ちそうになった弁慶の片腕を元に戻す。そこへ、クラウディオが加わってきた。

 

「義経様、弁慶様のお迎えの準備が整いました。一緒にお帰りになりますか?」

 

「本当に申し訳ない。ありがとう。弁慶が心配だし、一緒に帰るとしよう。凛も迷惑をかけた」

 

 義経はそう言うと、ぐずる弁慶をなんとか起こし、一足先に梅屋をあとにした。

 義経たちが去ったあと、紋白が凛に話しかける。

 

「弁慶の川神水(酒)癖には困ったものよ」

 

「あれは生涯直らないかもな」

 

 凛がクックと笑い、店内を見渡し言葉を続ける。

 

「それにしても、偶然というのはおもしろいな。義経たちを含め、こんな場所でこれだけのメンバーが揃うんだから」

 

「この場に居合わせられたことを感謝せねばな。滅多に経験できんことだ」

 

「だな。揚羽さんにも会うことができたし」

 

「どうだ? 素晴らしい姉上であろう?」

 

 紋白の笑顔が輝く。それに凛が力強く頷いた。

 

「ああ。紋白も将来ああなると思うと、ワクワクするな!」

 

「であろう? フハハハ」

 

 姉を褒められ素直に喜ぶ紋白の手元で、解放された松風が言葉を挟む。

 

「凛坊と紋白が言ってる素晴らしいの意味が違う気がするのは、オイラだけ?」

 

「細かいことを気にするな。松風」

 

 松風のつぶやきに凛が釘をさし、続いて揚羽の話題で気になることを紋白に問いかける。

 

「そう言えば、揚羽さんはヒュームさんから武を学んだって聞いたけど?」

 

「その通りよ。姉上の身体能力は桁外れだからな。ヒュームぐらいでないと、鍛錬の相手を務めることができなかったのだ。加えて、姉上は武道四天王の一人でもあったのだ」

 

 紋白は、姉のことを話せて嬉しいのか、饒舌に答えた。そこに本人が現れる。

 

「我のことが気になるなら、直接聞けばいいだろう?」

 

「あ、姉上!?」

 

 揚羽は紋白を軽々と抱えあげ、自分の膝の上に乗せ席につく。不意打ちを食らった彼女の声は上ずっていた。

 

「ん? この座り方は嫌いか?」

 

「い、いえそんなことはありません。お、重くないですか?」

 

「紋は羽のように軽いわ。気にすることはない。我がこうしたかったのだ」

 

 揚羽はそのまま紋白の頭を撫で、彼女も照れくさそうにしながらも、嬉しそうにそれを受け入れた。

 その様子を微笑ましく見ていた凛が、先の話を続ける。

 

「やはり今では、お仕事で鍛錬の時間をとることも難しいのですか?」

 

「そうだな。今日もたまたま時間が空いたので、義経らの様子を見られたぐらいだ。強さを維持していくことで精一杯といった感じだな。もう百代の相手も難しいだろう」

 

「そんなことは!」

 

 紋白がその言葉に反論しようとするが、揚羽は優しく彼女を撫で一つ息を吐いた。

 

「ありがとう紋。だが、こればかりはどうしようもならぬわ」

 

「姉上……理屈ではわかっていても我は悔しいのです」

 

 紋白が眉をひそめながら言葉を搾り出した。それに凛が首をひねる。

 

「悔しい?」

 

「川神百代は一度も負けたことがないのだ。不公平だ。我は姉上が負けたと聞いて、本当にショックだったのだ」

 

「……なるほど。確かに自分の親しい者が負ければ、そう思うのが普通だな」

 

 凛は、清楚と楽しそうにおしゃべりする百代を見る。揚羽はなおも撫でる手を止めることなく、静かに紋白の言葉に耳を傾けていた。雰囲気が少ししんみりとなる。

 直後、それを打ち消すように、凛の明るい声が響く。

 

「でも、一度も負けたことないってのはもうすぐ終わりだ」

 

 紋白が凛へと急ぎ向き直った。

 

「!? どういうことだ?」

 

「我も気になるな。自信があるようだが、どうしてそう言える?」

 

 九鬼姉妹の質問に凛は笑顔で答える。

 

「俺が倒すからです」

 

「……凛」

 

 紋白はじっと凛を見つめた。さも当然といった感じで答える彼は、気負った様子もない。そんな彼を見て、揚羽がカラカラと笑う。

 

「フハハハそうか。それでその自信か。百代は強いぞ。瞬間回復を得て、その強さは天井知らずよ。そんな相手に凛はどう挑むのだ?」

 

「正々堂々の勝負を。俺にも必殺技の1つや2つや3つありますから」

 

「いったいいくつあるのだ!? それとも冗談か?」

 

 凛の言葉に紋白が突っ込むも、それには揚羽が答える。

 

「紋もこやつの瞳を見て、わかっておるのだろう? 本気も本気。真剣(まじ)であろう」

 

 そこに、いつの間にか近くに来ていた百代が、凛にヘッドロックをかけながら会話に混ざってくる。

 

「おーい誰が誰を倒すって?」

 

 特に苦しむ様子もない凛は、微笑みながら親指で自分を指し示した。

 

「俺です。俺。モモ先輩は俺が倒すって、紋白と揚羽さんに宣言してたところ」

 

「生意気なー……とも言えないな。私も早くおまえと戦いたいし。それに、揚羽さんともまた拳を交えたいんですけどね」

 

 百代はそのまま凛の頭に両腕をのせ、揚羽を見た。彼女は苦笑をもらしながら、それに返答する。

 

「我もぜひそうしたいところだがな。無茶をするわけにもいかぬ」

 

「姉上は! …………いえ何でもありません」

 

 紋白は興奮する自分を押さえ込んで俯く。その様子に、事情がわからない百代は戸惑っているようだった。

 揚羽が諭すように、ゆっくりと話し出す。

 

「我とて負けたことを悔しく思っているが、それと同時に百代のことは同じ武人として尊敬し、好いておるのだ。だから、リベンジもいつかしてやりたいと思っていたが、どうやら先に、凛が誰もなしえなかったことをなすやもしれんな」

 

「面と向かって言われると照れますが、それは私も同じです。揚羽さんと戦えたことは私の誇りですから」

 

「そして、俺がモモ先輩を倒すと。完璧だ」

 

 凛が一人納得して、うんうんと頷く。それを聞いた百代が、また首に腕を回した。

 

「何が完璧なんだ。私も簡単に負けるつもりはないぞ。私は今まで戦ってきた奴らの想いを背負ってるんだからな」

 

「えっ!? ただ戦ってたら、今の結果になっただけじゃ……あ、いたいいたい」

 

 凛は首に絡まった腕をペシペシと叩くも、百代は「参ったと言え」といじわるな笑みを浮かべる。

じゃれあう2人を紋白はただ静かに見ていた。それとは反対に、揚羽は顔をほころばせる。

 

「我を倒した百代と底を見せぬ凛か……ぜひとも2人の戦いが見たくなったわ。どのような結果になろうと我が見届けてやるゆえ、勝手に戦ってくれるなよ」

 

「わかりました」

 

「うーん。なんだかまた戦う機会が制限された気がするなー」

 

 素直に返事する凛と少し不満げな百代。

 

「モモ先輩! ここは了解の一言を言うところでしょ!」

 

 そんな百代の様子に、揚羽は笑いがこみ上げる。

 

「百代は変わらんな。しかし、今日この日にお前達と語れたこと嬉しく思うぞ」

 

「もっと時間がとれればいいんですけど、揚羽さんはそうもいかなそうですね」

 

 百代はチラリと時計に目を落とした揚羽を見て、声のトーンを少し落とした。

 2人が話す中、凛が周りを見渡して口を開く。皆は食後の休憩といった様子で、のんびり過ごしていた。

 

「みんなも食べ終わったみたいですし、お店をでましょう。……そう言えば、俺たちが入ってから客が一人も来てませんね」

 

「一般人すら寄せ付けないほどの雰囲気が今の梅屋にあるってことか。まじハンパねぇ」

 

 その疑問に松風が感想を述べた。それに凛が突っ込む。

 

「松風の親友まゆっちもその一人に含まれてるけどな」

 

 皆が席を立ち、梅屋をあとにする。店を出る前に、釈迦堂がルーに梅屋と書かれた袋を手渡した。どうやら、一子に対してのお土産のようだった。

 そして、それぞれ解散となるのだが、和やかな雰囲気がある男の一言で消し飛んだ。

 

「赤子共、精々しっかり鍛錬に励め。足元をすくわれんようにな」

 

「ヒュームさんはどうも戦いたいようですね。やっぱり今からどうですか?」

 

 その言葉に反応した百代が、ヒュームの前に立ち笑顔で言葉を返した。2人がにらみ合うと、空気が一段と重くなる。

 

「……凛は百代様を頼みます。ヒュームは私が連れ帰りますから」

 

「わかりました」

 

 クラウディオに頼まれた凛は、肩をすくめながら2人の元へと歩いていった。

 それを見た揚羽が豪快に笑う。

 

「フハハハ。ヒュームもまだまだ若いのだな」

 

 そこに一人の従者――武田小十郎。揚羽の専属従者で序列は999位。金髪と額に巻かれた赤いハチマキがトレードマークの男――が現れた。

 

「揚羽様――――!!お帰りが遅いのでお迎えに上がりました!」

 

 その声は、通りの全てに聞こえるのではないかというぐらいの大音量だった。しかし、揚羽は全く気にした様子はない。

 

「おお。小十郎か。ご苦労」

 

 その一方、闘気をぶつけ合う2人を見守る鉄心とルー。

 鉄心は立派に伸びた顎鬚を撫でながら、ルーに声を掛ける。

 

「モモはどうやら戦闘衝動がでてきとるのう」

 

「あの場にいれば、そうなるのも仕方がない気もしまス。こんな偶然はそうないと思いますガ」

 

 そう言うと、ルーはいつでも動けるように準備する。とりあえずは、凛たちにまかせることにしたらしい。

 

「はーい。終了。モモ先輩落ち着いてください。ヒュームさんのは、もう口癖みたいなもんですから」

 

 凛はヒュームと百代の間に割って入って、彼女を彼から引き離す。

 一方、クラウディオはヒュームの肩に手を置いた。

 

「揚羽様、紋様がいらっしゃるんですよ。ヒューム、さっさとその闘気を収めてください」

 

 凛の介入で、毒気を抜かれた百代が口を尖らせた。

 

「むーだがなぁ凛。向こうが売ってきたんだぞ? 凛たちが来る前だって……」

 

「だから口癖なんです。さぁ帰りましょう。では、みなさんお先に失礼します。紋白、今日は楽しかったぞ。また明日な」

 

 凛は、まだ反論しようとしている百代の背中を押していった。そんな彼に続いて、同じ方向に帰る者達がついていく。

 凛の背中に紋白が声を掛けてくる。

 

「また明日な凛。そしてありがとう。直江も今日はありがとうな」

 

 大和が紋白に一礼する。

 

「いえ。ではまた次の機会に」

 

「大和くん、せっかく会えたのにもう帰っちゃうの?」

 

 その一瞬の隙に、辰子が大和を捕まえる。彼は彼女をどうにかなだめ、凛たちを追いかけた。

 それぞれが別れの挨拶を交わし、こうして、梅屋での壁を超えた者たちの邂逅は無事終了した。梅屋周辺にもいつもの日常が戻ってくる。

 


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