真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
歓迎会も無事に終わり、風間ファミリーは、基地にて二次会を行っていた。立ち上がった翔一の手にはグラスがあり、座っているみんなも同じようにグラスを持っている。
「今日はみんなお疲れさん!」
翔一の声によって、みんながそれぞれを労い、グラスをぶつけ合った。そして買ってきたお菓子などに手をつけ始める。定番のポテチ、カールなどのスナックに始まり、ポッキーなどのチョコレート系、ジュースも1,5ℓのペットボトルで各種取り揃えてあった。
凛のクリスと大和への料理は、歓迎会が長引いたこともあって後日に持ち越しとされたのだった。
「歓迎会はみんなのおかげで無事成功した。ありがとう」
「確かに。みんな本当にお疲れさまでしたッ!」
凛と大和が立ちあがって、みんなに頭を下げた。そんな彼らにも、ファミリーから温かい言葉がかけられる。
ゆっくりとくつろぐ中、岳人が凛に話しかける。
「凛はいろんなとこに顔出して、写真撮ってたよな? ちょっと写真見せてくれよ」
それに興味を示す翔一と卓也。
「おー俺も見たいぞ」
「僕も僕も」
画像を確認しながら、歓迎会の余韻にひたる面々。
しかし、そこで岳人がとんでもない一枚を発見する。
「な・ん・だ・こ・れ!? この写真! 葉桜先輩、納豆小町、モモ先輩と羨ましすぎる包囲網がしかれてるじゃねえか! 凛これはなんだ!?」
「最高の一枚だ!」
岳人の質問に、凛は誰が見てもわかるドヤ顔で答えた。
「見ればわかる! そうじゃねぇ! なんで俺様もそこに呼ばなかった!?」
「ガクトはこの状態で他の男をいれてやるのか?」
「おいおい、わかりきったこと聞くなよ? 乱入してこようものなら、ラリアットお見舞いするぜ」
「だろ?」
凛の返答を聞いた岳人は、部屋を飛び出すと屋上へ上がり、天に向かって吠える。
「神様ぁ―――! 聞こえてるかぁぁ! あんたは、不公平だぞぉぉーーー!」
その声は凛たちのいるところまで聞こえる大音量だった。
その間も画像はどんどんスライドされ、困り顔の義経と義経人形の画像が映し出された。途中から、一緒に覗き込んで楽しんでいた一子がそれを見て声をあげる。
「あっ義経の写真ね。それにしても、この義経人形すごい似てるわ。食べ辛いっていうのもわかる気がする」
「自分もこれには驚いた。しっかり写メに残しておいたぐらいだ」
そう言いながら、みんなに見えるように携帯を突き出すクリス。そこには、3体の人形が綺麗に映っていた。
大和がそれを見て、百代と話す凛に声をかける。
「凛は器用だよな。今度、料理部の子たちが一度部活に来て欲しいって言ってたぞ」
「ケーキもめちゃくちゃ旨かったしな」
翔一が手放しで褒め、由紀江がそれに続く。
「1年生の間でも人気ありました」
「凛坊のスキルが高くて、まゆっちもその地位を脅かされるんじゃねぇかとヒヤヒヤしてるぜ」
松風が由紀江の心配をしているのは、さすが親友といったところだった。気が済んだのか、ようやく部屋に戻ってきた岳人は、卓也に飲み物を頼んでいる。
そしてその話が出尽くした頃、翔一がふと思ったことを口にする。
「それにしても凛が現れてから、立て続けにいろんなことが起こったな」
それをクリスが引き取る。
「特に6月に入ってからだな。東西交流戦があって、義経たちが現れて……」
「松永燕という手練も現れた」
百代がそこに補足を加え、大和もさらに情報を付け足す。
「さらに燕先輩は、凛の兄弟子だしな」
由紀江も輪に加わる。
「モモ先輩と戦えるなんて、すごい先輩ですよね。凛先輩もそうですけど」
2人の話題になったことで、とんがりコーンを指にはめながら、翔一が凛に疑問を投げかける。
「そういや、凛と松永先輩はどっちが強いんだ?」
「どうだろうな? 公式に戦うことはできなかったんだ。何度もお願いしたんだけど、その度断られてな。俺も中学のときだから、何度も断られるとじゃあもういいって感じで、それ以来一度もお願いしなかったし。……思い出したら戦いたくなってきた」
百代がその言葉に反応する。
「私も早くおまえと戦いたいぞ」
「モモ先輩もおもしろそうだから、楽しみですね」
その後、由紀江が紋白と番号交換したこと。卓也が演劇部に入部することなど明るい話題が続く。唯一の悲しい話題は、岳人のモテ120%の香水(笑)の効果がなかったことぐらいだった。
そして、話題は一子が遭遇した変態の話――の続きの九鬼の従者が言っていた台詞へとうつる。それを聞いた大和が首を傾げた。
「ミスマープル……偉大な計画?」
「武士道プランのことか?」
凛がそれらしい答えを返した。
しかし、大和は一人考えこみ、自分が思う答えをみなに伝える。その顔はどことなくキリッとしていた。
「偉大なる計画。葉桜清楚の正体をふせている謎。松永燕の出現。なんだかモヤモヤしている案件は、全てがつながっている気がしてならない」
その答えを聞いた凛を除くファミリー全員が、ニヤニヤと大和を見つめる。彼はそこで己の失態に気づいたが、もう手遅れであった。
岳人の一言が、大和の胸に突き刺さる。
「やっぱりおまえは、那須与一とお似合いだわ」
「おお、そうだ! 大和、与一をどうやって説得したんだ? 俺にもぜひその交渉術を教授してほしい」
与一という単語で説得のことを思い出した凛がお願いするが、それがさらに大和を追い詰める。彼はしどろもどろになりながら、言葉を選んでいった。
「いや凛、べ別に俺は特別なことをしたわけじゃない。……こ、高校生活は一度しかないから、楽しんだほうがいい、とだな」
「そうなのか? そんな言葉を単純に聞くようには、見えなかったけどな。もっとほら、こう何か共通点みたいなものがあったりして、そこから切り崩すみたいな……」
「……そ、そんなことない。話してみると案外大丈夫だったから、俺も安心したんだ」
2人のやりとりを見守るファミリーは、ずっとニヤニヤしたままだった。その後、しっかりといじられる大和に、凛もなんとなく事情を察し理解を示す。笑いの堪えない二次会は続いた。
そのまま休日に突入し、凛は昼から一人で中華街をブラブラしていた。満のグルメ情報によると、ここに極上のショウロンポウを売る店があるらしく、それを食すために出かけたのである。誰とも一緒でないのは、単純に午前の鍛錬を終えて寮に戻ったとき、誰の姿もなかったからだ。
「あー肉まんのいい匂いがする。一つ下さい」
ショウロンポウを食べに来た凛は、肉まんを頼む。ついでに場所の確認をしようとしたとき、彼に声がかかる。
「どっかで見た姿だと思ったら凛じゃねぇか。こんなとこで一人か?」
声の正体はステイシーだった。その隣には李がいる。
「ん? ステイシーさん。それに李さんも。こんにちは。生憎一人です。……あの、可哀想な人を見る目で見ないでください。友達がたまたま……たまたま! みんないなかっただけです。今日はお休みですか?」
凛が言い返すと、ステイシーはクックと笑う。
「冗談だよ! そんな強調しなくたって、わかってるって。んで、アタシらは貴重な休みだ」
それに続いて、李が問いかけてくる。
「それにしても、こんなところで出会うなんて偶然ですね。どうしたんですか?」
「この近くに、極上のショウロンポウを売り出す店があると聞いてやってきたんです。でもなかなか場所がわからなくて、今から確認しようかと」
「ファッーク! おまえもそれかよ。それよりハンバーガーのほうがうまいだろ?」
ステイシーは、凛の一言を聞いてため息をつき、それとは反対に、李の表情が僅かに柔らかくなる。そんな2人の様子に彼は首をひねった。
李がおもむろに口を開く。
「もしや店の名前は、黄楼閣ではないですか?」
「それです! もしかして……」
「はい。私たちもそれを食べるために来たのです」
「アタシはそれに付き合わされてるんだ。せっかくガッツリいこうと思ってたのによー」
ステイシーはブチブチと文句をたれているが、李はそこまで気にしていないようだった。
「なら、俺も一緒に連れて行ってくれませんか? 一人というのも寂しいんで」
「同士ができて嬉しいです。私は構わないのですが……」
李はチラリとステイシーを伺う。
「ああ? アタシも構わないぜ。話もいろいろ聞いてみたいしな」
「ありがとうございます。それにしても……」
礼を述べた凛は、快諾してくれたステイシーと李を交互に見比べる。
ステイシーは、無地のTシャツにジーンズ、薄いベージュのブーティとラフな格好だった。しかし、そのシンプルさが、雰囲気ともマッチしており様になっている。海外モデルの休日スタイルといったところだろうか。一方の李は、こちらもシンプルに白の袖なしシャツに黒のパンツ、ミュールだが、元々の素材の良さと合わさって似合っている。また、肩にクリーム色の小物入れをかけている。
「お二人のメイド姿しか見たことなかったので、私服がすごく新鮮に見えます。そして似合っています」
「ありがとよ。アタシは堅苦しいのは苦手だからな。メイド服も今は慣れたが、最初の頃は首元が気になって仕方なかったぜ」
そう言って、ステイシーは首元をさすった。李が軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。夏目様もよくお似合いです」
凛の服装は、長袖の白シャツを無造作にたくし上げ、それにロールアップした茶色のパンツを合わせていた。肩にはキャンパス地のトートをかけている。
「李さん、俺のことは凛と呼び捨てで構いません。休日ということですし、他人行儀なのはなしで」
「では凛と呼ばせてもらいます」
ステイシーが笑いながら李を横目で見た。
「李は真面目だからなぁ」
「私は、ステイシーがフランクすぎると思いますが」
「まぁまぁ。それじゃあ早速、黄楼閣に向かいましょう!」
そうして、3人は極上のショウロンポウを目指して黄楼閣へと向かう――はずだった。
通りで立ち往生する凛は、目の前の光景に、深いため息をつきたくなる。
「……どうしてこうなった?」
「ねぇねぇ、俺たちと遊ぼうよー。俺ら××県から来たんだけど、この辺り知らなくてさ。よかったら遊びがてら案内してくれない? もちろん、金はこっち持ちでいいからさ」
「そうそう。こっちは2人。そっちも2人。ちょうどいいじゃん。――――」
歩き始めてほんの数分、ステイシーと李にナンパが入ったのだ。彼女らの隣にいる凛は、いないこととして扱われているのか、ナンパコンビはあの手この手で誘おうとしている。
ステイシーは、あまりのしつこさにイライラしてきたのか、中指をたてて吠えた。
「ファック! アタシらに構うんじゃねぇ。目ん玉くりぬくぞ! あぁん」
「ステイシーは少し落ち着いてください。申し訳ありませんが、連れがおりますのでお引取り願えませんでしょうか?」
今にも噛み付きそうなステイシーを落ち着かせながら、李は丁寧に断りをいれる。その言葉に、ようやく凛の存在が認識された。ナンパコンビの片割れであるギャル男が、ジロリと彼を睨むと鼻で笑う。
「ああ? この子が連れ? てか……高校生? 弟かなにかでしょ? こんなのさっさと帰しちゃって、俺らと楽しもうよ。絶対損はさせないからさ」
――――こんなのとか言われた。というか、県外だと二人が九鬼のメイドってわからないのか。それなら声をかけたくなる気持ちもわからんではない。二人とも美人だし。……だが危険すぎる。目の前の男たちの身が!
へらへら笑っている男たちの身を案じる凛。そこに、ステイシーが声をかけてくる。
「おい凛。なんとか言い返してやれよ。それともあれか? こんなクソヤロー相手にするまでもないか?」
「いや何もそこまでは思ってませんけど……」
凛が喋りだすと、それを遮るようにもう一人のタンクトップを着た丸刈りの大男がわざわざ立ちふさがってくる。
「あんだ? ガキは引っ込んでろ。さっきのことは聞かなかったことにしてやるからよ」
加えて、傷んだ金髪をゆらすギャル男が、脅しをいれてくる。もっとも大男の後ろからであったが。
「気をつけたほうがいいぜー高校生。コイツ暴れると手が付けられないからな。今の顔を二度と拝めなくなっちまうかもよ?」
「暴力事件は勘弁なので、なんとかお引取り願いたいですね。これ以上は、ケガするかもしれませんし」
最後にあなたたちが、と凛は心の中で言葉を付け加える。口に出して言えば、挑発しているも同じであったからだ。しかし、事態はどちらにしろ言葉だけでは収まりそうになかった。
凛の態度に気を大きくしたギャル男が、嫌味ったらしい口調で喋りだす。
「あれぇ怖くなっちゃったかなぁ? だったら、しゃしゃりでてくんじゃねぇよ、クソガキが! とっとと失せろ!」
「おら! 早くどっか行け」
大男はドスをきかせて、凛に手を伸ばしてきた。しかし、彼は引くことなく、その手首をしっかりと掴む。
「俺の連れなので手を出さないで下さい」
「うぉー凛ロックな台詞だぜ! もっと言ってやれ」
緊迫している雰囲気の中、ステイシーの陽気な声が響いた。それを見て李はため息をついている。
凛は力を込めながら、再度お願いをする。
「引いてください」
10秒あたりだろうか――沈黙が続き、その間大男の腕はピクリとも動いていない。業を煮やした大男は、その言葉も無視して、もう片方の腕で凛に殴りかかってきた。しかし、彼はその拳も掴みとり相手を睨んだ。大男はこめかみに血管を浮き上がらせたまま、こう着状態に陥る。
「ちょ、ちょっと遊んでないで、さっさと終わらせろよ」
ギャル男が少し焦りだす。さすがに、通りで2人の男がつかみ合っていると、人目を集めだしていた。
凛はここからどうしようか悩んでいたが、それも大男が急に崩れ落ちたことで解決する。まるで糸が切れたように倒れた男は、ピクリとも動かない。
「…………」
一瞬の沈黙が流れ、今だ状況が飲み込めないギャル男は、目の前の3人と倒れふす連れの間で何度も視線を行き来させる。そして、そのまま一言も発することなく、大男を担いで退散していった。
ナンパコンビの姿が完全に見えなくってから、凛は李にお礼を言う。
「ありがとうございました。李さん。正直どうすればいいのか分からなくて」
「なんだよ凛、あのまま殴り飛ばしておけばよかったろ? 負けることなんてねぇんだからよ」
ステイシーは、軽いジャブを凛の目の前で寸止めする。彼はそれに動じることなく、苦笑をもらした。その言動に李が呆れた表情で口を開く。
「ステイシー、相手はただの一般人です。殴り飛ばしたりすれば、面倒な事態なります。まぁあなたが手をだすことがなくて助かりました」
「ははっなかなかおもしろいもん見れたからな。俺の連れに手をだすなってな」
キリッとした顔を作り、凛のセリフを口にするステイシーはご機嫌だった。そっぽを向いて無視を決め込む彼に、肩を組んでまたセリフを少し大げさに言う。
ずっと無視をするわけにもいかない凛は、一度手を叩いて空気を変えようとした。
「はい、俺をいじるの終了―! ご飯行きましょう!」
「延長戦に突入―! まだロックな時間は終わらないぜー」
凛は、いじって楽しむステイシーに何を言っても通じないと思ったのか、隣を静かに歩く李に助けを求める。
「李さーん、この人なんとかしてください」
「もうすぐ黄楼閣に着きます。それまでの辛抱です凛」
「まさか……李さんもこの状況を楽しんでいるだと!?」
四面楚歌の凛に、ステイシーの言葉が届く。
「ロックな台詞もう一回言ってみてくれ凛。なかなか様になってたからよ」
「何も起こってない状況で言ったら、ただの道化じゃないですか!」
賑やかに言い合う2人を横目に、表情をゆるめる李。
「そんなことはありません。私達は笑ったりしません。凛が本心から言ってくれれば……の話ですが」
「やっぱり李さんも楽しんでる」
厄介な出来事ではあったが、結果的に3人の仲を深めるものとなり、より親しくなった3人は、ビルとビルの間の細道へと入っていく。いつの間にか夕日が中華街を照らしており、夜がもうすぐそこまで来ていた。