真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
会場の設営も終わったあと、凛と百代、大和、一子の4人は、小腹がすいたということで梅屋へ向かった。金柳街に入ると、夕飯の買い物に来ているのか、主婦などの姿が多く目に入る。
その途中で、百代が凛に話しかける。
「凛―。金貸してくれ。なんなら貢いでくれてもいい」
「っく。手伝ってもらったお礼がある分、どこまでお願いを聞けばいいか難しい」
「貸してもらって、返せなかったら体で返してやるぞ」
そう言いながら、百代は凛の腕を優しく抱いた。彼は上を見上げて一考し、彼女を見つめる。
「家でも買いましょうか?」
「体で返すことが前提になってるな。その場合」
それに呆れる大和。その視線に気づいた凛は苦笑をもらす。
「冗談。でも梅屋で一杯ならいいですよ」
「仕方ない。今日はそれで我慢するか」
漂ういい匂いに我慢できなくなったのか、一子が我先にと梅屋へ入っていった。
店内に入った彼らに、店員の掛け声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませー。4名様、空いてる席にどうぞ」
百代はその声に聞き覚えがあったようで、ひどく驚いていた。一子も店員をまじまじと見つめて、感想をもらす。
「わぁ釈迦堂さんにそっくりの店員さんね」
――――というか、本人ではないか?あのときと同じ気を感じるし。
凛はあれほどの気を放つ釈迦堂が、店員をしていることに少なからず驚いていた。彼は、百代と一子とすぐ分かったようで、普段どおりに声をかけてくる。
「おい、知り合いだからってマケないからな」
そして、本当に釈迦堂本人だとわかり、びっくりする一子。そんな彼に百代が疑問を呈す。これも立派な仕事ではあるが、もっと稼げる仕事があるのではないか、と。それに対する彼の答えは至極単純なものだった。
「ダメダメ。俺、自分が楽しくないと続かないもん」
笑いながら話す釈迦堂に、それぞれが食券を渡していく。そして凛がそれを手渡すと、彼もようやく気づく。
「あん? おまえ……あのとき一緒にいた」
「初対面では挨拶できずにすいません。夏目凛と言います。百代先輩と一子さんにはお世話になっています」
立ち上がって一礼する凛に、釈迦堂は席につけと手振りした。
「わざわざ堅苦しい挨拶なんていらねぇよ。俺は元師範代だからな。それにしても、やっぱ不思議だわ。なんでおまえのような奴が弟子なのか」
「よく言われます……」
そんな二人の会話に百代が、一番端の席から加わってくる。
「釈迦堂さん、こう見えて凛は強いですよ。私と互角に打ち合いますから。というか、知ってるんですか?」
「へぇ見かけにはよらんってやつか……。まぁ知り合いではあるな。っと豚丼大盛り2丁お待ち。それから一子には豚皿つけてやる」
釈迦堂からのサービスに一子は喜ぶが、それに百代が抗議の声をあげる。
「でたよ、ひいきだよー。愛弟子は私でしょうに」
「お前はそこのボーイフレンドにでもおごってもらえ」
席順は百代、大和、一子、凛となっている。そうなると、ボーイフレンドは隣にいる者――つまり大和ということになる。彼女が甘えるように抱きついて、猫なで声で喋りだした。
「あはっ。ボーイフレンドだって、照れるなぁ弟」
「おごらんぞ」
大和はきっぱりと断ると、運ばれてきた牛飯を食べ始めた。百代はその返しに駄々をこねるが、彼は断固として譲らない。いつもならここで長期戦になったりするのだが、彼女はあっけなく引き下がった。どうやら燕の登場で機嫌がいいようだった。
燕の話題が出たところで、大和がそれ関連の話題を提供する。
「そういや燕先輩って凛の兄弟子らしいよ」
百代はテーブルから身を乗り出す。
「やっぱりか? 身のこなしを見て、もしやと思ってたんだ。凛は、久々に会えて嬉しいんじゃないか?」
「まぁね。燕姉も元気そうでよかったと思ったよ」
「! なんで凛が燕を姉と呼ぶんだ?」
「いや呼びなさいって言われたから?」
凛の言葉を聞いた百代は、満面の笑顔を浮かべる。凛は彼女の顔を見て、これから言うことがわかったようで、茶碗の上に箸をおいた。
「じゃあ私のこと……」
「なんですか? モモ先輩」
「だから……」
「モモ先輩」
「い……」
「モモ先輩」
「…………」
「モモ先輩? どうしたんですか? モモ先輩?」
その後も凛は、百代が言葉を発しようとすると、それを阻止するかのように、モモ先輩という単語を連呼する。
「弟―! 凛が言うこと聞いてくれない。そしていじめてくる」
そう言って大和に泣きつく百代。しかしその弟も彼女をはがしにかかる。一子はこの間もおいしそうに料理を食べていた。
「嘘泣きはいいから。あと食べ辛い」
凛が体を後ろに倒しながら、背中越しに百代に声をかける。
「というか、もう大和とワンコに姉さんと呼ばれてるんだから、今更俺が呼ぶ必要ないでしょ?」
「それとこれとは別なんだ。おまえに呼んで欲しいんだ!」
「なんか情熱的な言葉言われてるのに、その内容がショボすぎる」
「もういいもーん。燕に凛の弱点聞いてやるからな。覚悟してろ」
「ちょっ!?」
百代は慌てる凛を眺め、鼻で笑う。
「ふふーん。おまえはあとから、この私に逆らったことを後悔すればいいんだ」
そんな両端から言い合う2人の会話に、釈迦堂が入ってくる。店の中には、凛たち以外に客がおらず、退屈しているようだ。
「ははは、なんかおもろいことになってるな。おまえ、凛って言ったか? 百代をいじるのは、もっと効果的な部分があるんだよ」
凛はその言葉に席を立ち上がらんばかりに反応する。
「どこですか! 師匠!」
そこに百代も割り込んでくる。
「釈迦堂さん! 何、凛の味方してるんですか!? 何度も言いますけど、弟子はこっちでしょ? あと、凛はなんで師匠って呼んでるんだ!」
百代の質問に、凛は包拳礼――右の拳を左の掌で覆いながら答える。
「モモ先輩……人生の先達は全てが、我が師なのです。師よ、私にどうか百代の弱点を」
「笑いながら言われても説得力0だぞ! 釈迦堂さん言わないでください」
「はは、ノリのいいやつだな。コイツの弱点はな、この前髪のペケになってるとこをストレートにされることよ。昔から、それやろうとすると嫌がってな」
百代のお願いもなんのその、釈迦堂は彼女の弱点をばらしながら、自分の前髪をワサワサっとかき乱し実践してみせた。それを見て聞いた凛は、すぐに席をたった。
百代は額に手をあて、深くため息をつく。
「あーあ、言っちゃったよ。釈迦堂さん! 凛は遠慮なくやってくるんですから。ってもう近づいてきたし。寄るな。近づくな。触るな。叫ぶぞ凛!」
「うわ。こんな弱気な先輩初めて見る。無性にいじりたくなる」
「もーーー頼むから、やめてくれー! ごめんなさい。許してください」
百代は前髪をガードし、後ずさりながら懇願した。それに対して、凛は両手をわきわきと動かし、徐々に距離をつめていく。その顔は何とも楽しそうだった。そして、彼女はとうとう店の奥へと追い詰められる。軽く涙目になっているのは、演技なのか素なのかわからない。喋らずにうーっとうなる彼女に、彼は片腕を伸ばす。
しかし、その手は百代を脅かすことはしなかった。
「すいません、モモ先輩。あまりにも可愛かったんで調子のりました。やりませんから落ち着いてください」
「本当か? 誓うか? 破ったら一生私の子分にするからな?」
百代の頭を撫でながら、凛は謝罪を行う。それでも前髪から手を離さないのだから、彼女がどれほど大切にしているかがよくわかる。
「物騒な罰を追加してきますね。夏目の名に誓いましょう」
「…………ふぅ。これは美少女のアイデンティティーなんだからな」
「それがなくても美少女であることに変わりないと思いますけどね」
2人が席に戻ると、食べ終わった大和と一子は雑談しており、釈迦堂もそこで暇をつぶしていた。彼は、百代の前髪が今だ綺麗にペケを保ったままなのを確認して、凛に問いかける。
「おい、なんだよ凛? ストレートにしなかったのか? せっかく教えてやったのによ」
「すいません。釈迦堂さん。あれほど嫌がれると、さすがに気が引けてしまいます」
「凛は釈迦堂さんと違って優しいんですよ。残念でしたね」
百代がなぜか得意気に語るも、その態度が釈迦堂の気に障ったらしい。彼の眉がピクリと動く。
「俺がそのペケをストレー……と客だ。いらっしゃいませ。2名様ですね。――――」
それでも、客が入るとしっかりと対応をこなす。梅屋の店員が板についていた。
全員が食べ終わったのを確認した凛が口を開く。
「そろそろ出よう。今から混みそうだし」
百代も釈迦堂の態度に気づいたらしく、一番にカウンターから離れる。
「凛に賛成だ。ちょっかいかけられたら、たまらないからな」
それに続いて、一子、大和も席をたった。
「釈迦堂さん、豚皿ありがとー。また食べに来るわね」
「結構長居したな」
店をでると、外は帰り道を行く人達で賑わっていた。
そして日付は変わり12日――つまり歓迎会の日である。昼休み。廊下を歩いていた凛の背中に、柔らかいものがあたり、続いて陽気な声が聞こえてきた。
「凛はっけーん!」
柔らかいものの正体は百代。もうお馴染みというべきか、彼女はそのまま凛の背中にへばりついた。彼も気にせず会話を続ける。
「どうしたんですか。モモ先輩?」
「燕のやつ、気を消して移動してて捕まんないんだよ。それで退屈だから2-Fの教室行ったけど、大和も凛もいないから、気を探って追っかけてきちゃったにゃん」
「このにゃんこは甘えたがりだな。んじゃあ俺と一緒にツバメ探しと行きますか」
「おお、さすが凛。わかってるな。まずはどこに行くにゃん?」
大和にはあまり評判のよろしくない語尾のニャン付けだが、凛に受け入れられたことを百代は密かに喜んだ。そんなじゃれあいの中、一人の男がお経を唱えながら乱入してくる。
「般若波羅蜜多――――」
「なんだ、準? なぜお経?」
べったりくっつかれたままの凛は、軽く首をかしげた。それに準が険しい顔をして答える。
「お前が年上の亡霊にとり憑かれてるのが見えた。俺と共にロリコニアへ行く同士を見捨てるわけにはいかん。少し待て。今除霊を完了させる。――――」
「いつ俺がそれに同行することが決まったんだ?」
凛の肩越しに、百代が顔を出し威嚇を始める。
「というかハゲ! 私の癒しの時間を邪魔するな! 星殺しぶち込まれたくなかったら、早々に消えることをおすすめするぞ」
百代は、手のひらをハゲもといロリコンいや準へと向け、照準を合わせる。しかし、それは凛のチョップで阻まれてしまう。
「こら。なんでもかんでも武力で脅さない」
「いたい。なにするんだよー凛」
「こんなとこで放たれたら、校舎が壊れるでしょう。外で打ちなさい」
「最初の言葉に期待した俺が馬鹿だった。なにボール蹴るならお外でやりなさい的な雰囲気で言ってんだ! ……ああ、俺の頭がボールに見えたって? やかましいわ!!」
準は、凛の言葉に見事な顔芸を披露しながら一人ツッコミを入れる。百代は、そんな彼にジト目を送っていた。
凛は興奮する準をなだめようとするが、自然と視界に入った友の名を反射的に口にする。
「そこまでは別に言ってない。っと、あれは紋白?」
その瞬間、準はもう駆け出していた。
「紋様ぁ――――――!! 今、あなたの忠実なる僕がはせ参じます!」
姿が見えなくなってからも、紋白を呼ぶ声が響いている。彼女が学園に入ってから、生徒たちは1日1回その声を聞き、今ではそれが普通になっていた。
気持ちを切り替えた2人は、また燕探しを再開する。
「あいつ結局なにしたかったんだ? というか、凛はモンプチと知り合いか?」
「まぁ準にもいろいろあるんでしょ。紋白は友達だよ。それより、モンプチって」
「ん? モンプチ変か? 可愛くないか?」
「いや可愛いけど、それ勝手に呼んでるんですよね」
「細かいことは気にするなよー。って清楚ちゃん♪ ……と京極もいる」
ズリズリと百代を背に乗せたまま歩く凛は、偶然通りかかった清楚と彦一に出会う。彼女が、爽やかな笑顔で近寄ってきた。
「こんにちは。ももちゃん、夏目くん」
「こんにちは。清楚ちゃん。ついでに京極も」
京極が、くっついたままの百代を見てから凛へと同情の視線を向ける。
「ついでとはひどい言い草だな。夏目は昼間から大変そうだな。何をしているんだ?」
「こんにちは。清楚先輩、京極先輩。今、一緒にツバメ探しをしてる最中なんです。これはまぁ……役得ですね」
素直な凛に、百代はさらに上機嫌となる。
「凛は正直だな。もっとぎゅっとしてやる」
「いやこれ以上は、ファンクラブの目が怖いので遠慮します」
「ふふっ。2人とも仲いいね」
そんな2人を見て、清楚が感想を述べた。それに対して、凛が彼女と彦一を見比べる。
「清楚先輩も京極先輩と仲いいですよね」
「おい京極。清楚ちゃんに手をだすなよー。私のだぞ」
凛の肩に顎をのせた百代が、彦一をけん制する。彼はため息をもらした。
「いつ葉桜君が武神の所有物になったのか知らんが、まだわからないことが多いからな。私が案内しているだけだ」
「本当にありがとう京極君」
「気にする必要はない。こちらも好きでやっていることだ」
微笑みかけてくる清楚に、彦一はお返しとばかりに、穏やかな笑みを浮かべ答える。それだけで、2人の清らかな空間ができあがった。そこに、凛が特に気にする様子もなく、話題を持ちかける。
「あ、そうだ。昨日話してた京極先輩の家で清楚先輩の歓迎パーティ開きます、の件ですけど……」
それを聞いた百代が思い切り食いついてくる。
「なんだその素敵イベントは!? 凛! 私にはそんな話きてないぞ」
「だから今話してるでしょ? いつやりますか?」
話をふられる彦一。
「お前の中ではもう決定事項になってるようだな。加えて川神がいる前で言うとは」
「そうかー清楚ちゃんの歓迎会かぁ。ぜひやってあげないとな。義経ちゃんたちだけなのは可哀想だもんな。できるよな、京極?」
百代はパーティの話を聞いて、すでにやる気満々になっていた。そんな彼女の視線には、有無を言わさぬ圧力が秘められている。
強引さを感じたのか、清楚が少し慌てて喋りだす。
「無理言っちゃ悪いよ。夏目くん、ももちゃん」
彦一は今日何度目かのため息をつく。
「ふぅ……いや葉桜君が気を使う必要はない。元は夏目が言い出したことだ。少し待て。こちらにも予定というものがあるからな」
「京極先輩は優しいから、そう言ってくれると思ってました」
「夏目はわざとこんな状態を作り出したように見えるがな」
そう言いながら彦一は、いい笑顔を作っている凛の頭を扇子で軽く叩く。それが弟を面倒見る兄のように見えた清楚が、優しく微笑んでいた。
会話の途中だったが、時計を見た凛が話を切り上げる。
「っとそろそろ昼が終わりますね。モモ先輩、結局ツバメ探しは大してできなかったですね。すいません」
「構わないさ。なかなか楽しい時間だったぞ」
そう言うや背中から離れる百代。そのまま、磁石でも入っているのかと思うくらい自然に、今度は清楚の腕をとる。
「清楚ちゃんの歓迎会とか楽しみだなー♪ 清楚ちゃん、いっぱい仲良くしような」
「ありがとう。モモちゃん」
「それじゃあ先輩方、夏目凛はこの辺で失礼させていただきます」
凛はそういい残すと、廊下を角へと姿を消していった。残された3人は、去っていった後輩について述べる。
「全く困った奴だ夏目は」
「そう言いながら京極君は、ちゃんと面倒みてあげてるね」
「ほっとけない奴ではあるからな。それに興味深いやつだ」
百代がその言葉に頷く。
「その言葉には同感だな。年下で、私ら3人に囲まれて平然としてる奴も珍しいだろ」
もちろんそんな会話がされていると知らない本人は、教室の自分の席に座って授業の準備をしていた。
「凛ギリギリだったな。どこ行ってたんだ?」
「モモ先輩とツバメ探し」
凛は、昼休みの出来事を大和に話しながら、授業開始を待った。
歓迎会まであと数時間。