真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『気になる相手』

 紋白たちと別れて、由紀江と合流したファミリーは帰り道を歩いていた。

 そして、一行が橋に通りかかると、川原にいる百代と倒れた挑戦者たちが目に入ってくる。彼女は土手に座って、満足そうにピーチジュースを飲んでいた。それに気づいた一行が彼女に声をかけ、向こうもファミリーに手を振ってくる。

 

「いやぁ楽しかった。決闘に次ぐ決闘で満足だ」

 

「こりゃまた大勢倒れてるな。何人かはかなりダメージ負ってるし。修行僧のみなさんお疲れ様です」

 

 修行僧をねぎらう凛に、彼らは一礼を返してくれる。

 ときどき川神院の合同稽古に混ざる凛は、修行僧とも顔なじみになっていた。そんな彼らと話をしていると、百代たちのところへヒュームが現れ、その気配に気づいた凛もそちらへ向かう。

 

「遠くから見ていた。嬉しそうに戦うんだな、お前は」

 

「実に満足です。……ヒュームさんとも戦ってみたいな」

 

 そんな百代に対して、ヒュームは笑い声をあげながら答える。その間、凛を一瞥したようにも見えた。

 

「予言しておいてやる。いずれお前は負ける。こちらが用意したある対戦者によってな。冬までに無敗だったなら、喜んでお前の相手してやろう」

 

 その答えに俄然やる気になる百代だが、そんな彼女にヒュームは忠告する。瞬間回復に頼りすぎるな、自分は先祖から受け継ぐ技によって対処ができるのだと。それに、反論する彼女だったが、彼はそれを否定し、颯爽と去っていった。

 ――――俺が倒すつもりでいるのに、別に相手が用意されているのか?……ま、その相手が誰かは知らないが、強い奴なら必然的にぶつかることになるか。

 凛は、ヒュームが去っていったほうを見つめながらつぶやく。

 

「対戦相手ねぇ……」

 

 つぶやきが聞こえた大和は意外そうな顔をする。

 

「あれ? 俺は凛かとも思ったけど、その様子じゃ違うみたいだな。それじゃ義経か弁慶か? それにしては言い方が別にいるようにも聞こえたし」

 

「おもしろい展開じゃないかどんな相手がきても負けん。あのじーさんとも意地でも戦いたくなってきたしな」

 

 そう言うと百代は一子を連れて、さっさと稽古をしに川神院に戻っていった。それと同時に凛もみなと別れて別行動をとる。別れ際に、クリスが大和に向かって何かを叫んでいたが、彼には内容まで聞き取れなかった。

 そして数分歩いたのち、凛は車でリラックスしていたヒュームを見つける。彼が来るのを予期していたのか、ヒュームが先に口を開いた。

 

「で、凛は何が聞きたいんだ?」

 

「モモ先輩を倒す相手が、用意されてたなんて知りませんでした」

 

「当たり前だ。お前には言ってなかったからな。クラウディオにも言われただろうが、義経たちとも正式に戦える場所を近々、九鬼が整えるつもりだ。そこで勝ち続ければ、その相手とも当たるはずだ」

 

「それは聞かされました。そのときは遠慮なくいかせていただきます」

 

「それでいい。楽しみしていろ」

 

 ヒュームは車のエンジンをかけると、そのまま川神院の方角へと向かって走り去っていった。

 

「ま、やることは変わらないか」

 

 凛はその車を見送り、空を見上げる。日は西へと沈み、空には星が輝き始めていた。

 翌日、ファミリーはいつも通りに登校し、これまたいつも通りへんたい橋で、百代が挑戦者の相手をする。あっけなく吹き飛ばされた彼は、空の彼方へと消え、観客の生徒たちの歓声が沸き起こる。

 

「朝から決闘したあとは、べったりからみたくなるなぁ。でも弟と凛どっちにしようかなー?」

 

 そう言いながら、百代は人差し指を大和と凛の間で、リズムよく行ったり来たりさせる。そこにガタイのいい勇者が現れた。

 

「モモ先輩! 俺様もそこに加え……」

 

「だが、断る!」

 

 しかし勇者は、くい気味に発せられた百代の拒否という名の言葉の刃で、バッサリと切り捨てられた。若干涙目の勇者は、その場に立ち尽くしたままだ。そのわずかな間に、凛が思わぬ行動にでる。

 

「では、俺からからみましょう」

 

 そう言いつつ、凛は百代を後ろから抱きしめた――というより、腕の中に閉じ込めた。彼が彼女のお腹の下で手を組むと、それなりに身長差があるため、彼女はすっぽり覆われる形となる。周りからは、「きゃー」「おぉー」といった多くのざわめきが聞こえてきた。

 

「おま!? これは私からやるのがいいんであって、凛からやる意味ないだろ!? どうしたんだ? 今日は昨日と打って変わって……」

 

 その体勢のまま、百代が顔だけ後ろに向けた。そうすると必然的に、彼女は上目遣いになる。

 ――――さすが美少女。可愛い。

 凛はぎゅっとしたくなる衝動にかられるが、あまり調子にのると、あとが怖いため踏みとどまる。周りからすれば、十分危険な行為に見えるわけだが、彼の基準は百代とのスキンシップを経て、だいぶゆるくなっていた。

 

「いや、昨日モモ先輩が反応冷たいとか言うから、今日は熱めのスキンシップをと」

 

「おまえなぁ極端すぎるだろ。……んーでもちょっと安心する。合同稽古のとき思い出すな」

 

「甘えん坊ですね。モモ先輩」

 

「ちょっとちょっと! なんか甘い雰囲気になってるけど、そういう関係なの?」

 

 端からみるとイチャついているようにしか見えない2人に、卓也の突っ込みが入った。

 

「―♪。どう見えるモロロ?」

 

 そう言いながら、百代は体を反転させ凛を正面から抱きしめた。周りからは叫び声――いやそんな生易しいものではない声が、あちこちからあがる。どうやら我慢の限界がきたらしい。その大半は男子生徒のものだった。野太い絶叫の合唱となる。

 

「これはまずい! ほんの出来心で済まなくなる。一旦離脱! ……できない! 離れない!」

 

「離さない。私からもサービスしてやらないとな。ぎゅうっと」

 

 凛の慌てる姿に、百代の笑みはさらに深くなる。彼女の柔らかな肢体が、遠慮なく彼を蹂躙していった。

凛は素早く注意する。

 

「モモ先輩シャレにならないから。当たってるから」

 

「当ててるんだ。それぐらいわかるだろ? っと美少女のサービスタイム終了♪」

 

「ありがとうございます」

 

 百代は満足したのか、凛からヒラリと身を離すと同時に、岳人が胸元をつかんでガクガクと彼を揺らした。

 

「う・ら・や・ま・し・い・な! おい!」

 

 その揺れの中、凛は大和へと要請をかける。

 

「大和! あとで俺が、これから学園の百代ファンにどのような対応をとればいいか、献策を頼みたい」

 

 その大和はどうしているかというと、彼は彼で大変そうだった。

 

「京、別に抱かれたいわけじゃないから。うお」

 

「大丈夫。私は人の目なんか気にしない。さぁ思い切りくるんだッ!」

 

 大和は、京と負けられない戦いを強いられていた。ガッシリと両手で組み合った両者だが、やはり武士娘の有利には変わりはなかった。彼は、徐々に追い詰められ、勝利を悟った彼女は微笑んでいる。

 そんな2人をよそに、凛を解放した岳人が決意を新たにしていた。

 

「畜生! 凛のあの接触が羨ましいぜ。今度は俺様からも……」

 

「やめといたほうが身のためだぜ。あれは凛坊だからこその行動であって、ガクト坊がやるには難易度がウルトラC級だ。失敗が目に見えてる。これで涙を拭きな」

 

 松風が岳人にそっと忠告を行い、由紀江は彼にハンカチを渡す。

 そんな朝から騒ぎの中心にいるファミリーの元にご機嫌な声が聞こえてきた。

 

「りんりんりりーん♪」

 

 自転車を軽やかに進める清楚だ。今まで騒いでいたギャラリーもその姿を見て、荒んだ心を癒しているようだった。

 そして、そんな姿をファミリーの中でも、一番に見つける奴がいる。

 

「おい、見ろ。葉桜先輩だぞモロ!」

 

「ガクトはさすが立ち直りも早いね。って、ほんとだ。自転車から降りる姿も絵になるね」

 

 岳人はもうさっきのことを意識の外へと放り出したらしい。百代の隣で自転車を降りた清楚が挨拶する。

 

「モモちゃん、おはよう」

 

「おはよう、清楚ちゃん。おっぱい揉んでいいかな?」

 

「ええっ!?」

 

 挨拶代わりに、エロ発言を清楚にかますのは、学園広しと言えど百代くらいしかいないだろう。その言葉に、清楚が顔を赤らめる。その反応に、男子生徒が反応するという化学変化が、橋の上では起きていた。

 「冗談だ」と言いながらスキンシップをとる百代。昨日の今日だというのに、彼女はすでに清楚と仲良くなっていた。どうやら、昨日のうちに口説きに行ったらしい。

 心なしかやつれた凛が大和に話しかける。

 

「さすがモモ先輩だな」

 

「あれ? 凛、少し疲れてないか?」

 

「そういうお前もな。モモ先輩のファンクラブ会長と話をつけてきた」

 

「ははは、ご苦労さん」

 

 凛と大和は互いの苦労を労っていると、岳人の思いがこもった咆哮が響いた。

 

「モモ先輩! 紹・介・し・て・く・れ・よ!!」

 

 2人がその声のするほうへ顔を向ける。

 

「なんかガクトが血の涙を流しながら懇願してるな」

 

「葉桜先輩と知り合うチャンスだからね」

 

 視線の先では、なんとか紹介してもらえた岳人が、キメポーズをとりながら清楚に自己紹介を始めていた。

 

「初対面で結婚を前提にってお見合いじゃないんだから」

 

「しかもサラリとあしらわれたな。でも満足そうなガクトがいる」

 

 凛と大和はそんな話をしながら、清楚を交えた会話の中に混じっていく。

 会話が一段落つくと、清楚は自転車(スイスイ号)に乗って、軽やかに学校へ向かっていった。その姿を見送った凛が言葉を発する。

 

「しかし、身のこなしが軽やかだったな」

 

 隣に来た百代も、不思議に思っているのか、腕を組みながら感心していた。

 

「あれで運動神経抜群だからな……ミステリアスだ」

 

「でもそこがいい! 謎の多さも魅力の一つ!」

 

 岳人が拳に力を込めながら力説し、百代もそれに頷きを返す。

 

「だよな。ぶっちゃけ可愛ければなんでもいいよな」

 

 盛り上がる2人にやれやれといった感じで周りは流す。

 そんな中、凛は清楚の向かった先を見つめながら、何かを考え込んでいた。

 

「なんだ凛? 清楚ちゃんにキュンっとこないのか?」

 

 それに気がついた百代が、お返しとばかりに後ろから抱きついて、肩に顎を乗せて尋ねてくる。

 

「もちろんキュンときた。でも、今のモモ先輩にもキュンときてる」

 

 凛は、目を合わせながらささやくように百代に伝える。それを聞いた彼女は上機嫌になるが、その表情には顔が近すぎたためか、わずかな照れがあった。

 そこに、新たな人物が現れる。

 

「みんな、おはよう」

 

「今日も快晴で川神水が美味いっと」

 

 義経と弁慶の主従コンビだった。そのだいぶ後ろを与一が一人だらっと歩いている。自分達と一緒の登校を照れている、というのは弁慶の言だ。

 それを聞いた岳人が大げさに首を横に振る。

 

「可愛い女の子と歩くことを拒むなんて、アホのすることだぜ。同性のやっかみ視線が実に心地いいんですけどねぇ」

 

「俺はそれが一定のラインを超えたとき、死線になることを今日知った」

 

「天国と地獄を味わったみたいだな。よしよし」

 

 岳人の言葉を聞いて、先ほどのことを思い出し、体を震わす凛と彼を慰める百代。

 

「もう本当に大変だったんですよ、モモ先輩」

 

「あとから私もちゃんと言っておくから、気にするな」

 

「頼みますよ。お返しに俺も撫でてあげます。よしよし」

 

 そこにさらに乱入してくるものがいた。

 

「いっただきぃぃぃぃー!!」

 

 バイクに乗った男が、凛と百代から離れた場所――道路に背を向けた義経が、学園で力になると言った岳人と翔一に握手をしようと、カバンを脇にはさんだ瞬間を狙い奪っていく。すぐさま追撃をかける由紀江の斬撃も、バイクの機体に傷をつける程度だった。次に、弁慶が小石を投げつけるが、男は運転しながら飛来する石を裏拳ではじく。その間、一子が走って追いかけていたが、バイクとの距離は離される一方だった。

 

「どうやら見せ場が来たようだな」

 

 凛は一人そう言いながら、どこから持ってきたのか拳大の石ころを持ち、道路に躍り出る。幸い今は車が来ていない。百代が、肩をぐるぐる回す彼の姿に疑問をもつ。

 

「凛のやつどうしたんだ? というか、なぜあんなやる気なんだ?」

 

 やる気満々の凛を見ながら、大和がその疑問に答える。

 

「ああ、昨日俺が借りてた野球漫画読みふけってて――」

 

「それで影響受けてるのか? 単純なやつだな」

 

「正直、犯人のほうが心配だ。凛あれ読んだあと、練習しに外出てったからな」

 

 みなが見守るなか、凛は大きく振りかぶり、流れるような投球モーションに入る。鞭のようにしなる腕から放たれる石ころ。それは、人が投げた物とは思えない轟音をあげながら、バイクに向けて一直線に進んでいく。地面と並行に飛んでいくそれは、レーザービームのようであり、それが通り過ぎると、歩道を歩く生徒たちは風を感じているようだった。だが、ひったくりも負けてはいない。距離を稼いだ分、安心していたのか反応が少し遅れるも、もう一度裏拳を繰り出そうとしている。

 

「俺のストレートはキレが違うぞ」

 

 凛が一言付け加えた。そこで、石の異変に気づいた百代と由紀江。

 

「というか、あの石ころ凛の気がうっすらこもってるぞ」

 

「本当ですね……よく見なければ気がつきませんが。だから、あんな速度でも砕けてないんですね」

 

「本人は全然意識していないみたいだけどな。そんなに披露したかったのか?」

 

 石ころを目で追う百代と由紀江の会話どおり減速することなく、犯人の背中へと吸い込まれるようにして、石ころは見事に命中する。犯人はその威力に体ごと吹き飛ばされ、バイクは主をなくしたため、横転し道路を滑っていった。吹き飛ばされた犯人は、ガードレールにぶつかるも、鍛えられているのかふらつきながらも、再度逃げようとする。しかし、数歩歩いたところで膝から崩れ落ち、前方から現れた九鬼の人間に取り押さえられていた。

 

「ストラーイク!」

 

 ガッツポーズをとって喜ぶ凛。その一部始終を見ていたギャラリーたちは、一瞬の呆然ののち、賞賛の声があがる。そんな中、ファミリーはというと――まず翔一が口を開く。

 

「今度野球して遊ぶ予定だったが、凛にピッチャーさせるのは禁止だな」

 

「それは俺様も同感だ。というか、キャッチャーもとれねえだろ!」

 

 岳人は自分がキャッチャーをやっているところを想像したのか、顔を少し青くさせている。そこに、追撃にでていた一子が戻ってきた。

 

「すごいスピードだったわねー」

 

「犯人もあれをくらって動いてたんだから、地味に凄いけどね」

 

「只者ではなさそうだな」

 

 卓也とクリスは、犯人のしぶとさに驚き、その隣で京と大和、由紀江が呆れていた。

 

「弓矢で狙うならわかるけど、まさか投擲で当てるなんて凛も滅茶苦茶だよね」

 

「確かに言えてるな。……いや深くは考えない。凛だから仕方ない」

 

「モモ先輩なら走って撃墜できたでしょうから……そういう考え方がしっくりきますね」

 

「再度、凛△!」

 

 松風が絶賛する中、九鬼の従者から無事かばんを受け取った義経は、凛と百代が話しているところに近寄ってくる。

 

「凛、ありがとう。義経は感謝する」

 

「どういたしまして。でもどっちにしろ、橋の向こうで待機していた九鬼の人達が、捕まえていたと思う」

 

「それでも凛は行動して、取り戻してくれた。ありがとう」

 

 義経たちを加えた登校は、いつもより賑やかになり、人目をひくものとなった。その視線に気づいた岳人が、得意げにしていたのは言うまでもない。

 


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