真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『騒がしいS組』

 1―Sの転入生の紹介は、他とは比べ物にならないほど豪勢だった。いや一般人の感覚から言えば、豪勢といった言葉で済ませられないかもしれない。翔一が、目敏く楽器をもった集団を見つけた。

 

「おい、なんか行儀良さそうなのがいっぱいでてきたぞ」

 

「登場のために、わざわざウィー○交響楽団使うなんて、そうそういないっていうか、ある一族しかいないだろうな」

 

「ん? 凛は何か知ってるのか?」

 

「まぁ見てたらわかる。この学校は本当に飽きないな」

 

 大和が凛に問いかける中、翔一は次に校門の方で何かを見つけたようだ。

 

「今度は同じ髪型の奴らばっかだぞ! 何人いるんだ? しかもグラサンしてるから、もはや同じ人間に見えるぞ」

 

「九鬼の従者部隊……ということは」

 

 大和も従者の姿を見て気づいたようだ。いきなり校庭に現れた彼らは、2列に並んで壇上の横まで歩いてくると、次に向かい合って頭を下げながら肩を組み、ただ一人が歩くための道を作っていく。

 そして、できあがった道を悠然と歩く額に×のある少女――紋白。

 

「我顕現である!」

 

「フハハハ何を隠そう。我が妹である!」

 

「わかっとるわー! それ以外に何があるというんじゃ!」

 

「九鬼が2人も揃うとか、カオスすぎる」

 

 英雄が堂々と宣言し、心は叫び、頭痛がするのかマルギッテは頭を押さえている。その少し後ろで、ロリコンが歓喜していた。

 

「見た瞬間、心が震えた! 圧倒的カリスマ! ……自分が恋に落ちる瞬間を認識してしまった」

 

 2-Sのざわめきが、他のクラスにも伝播していった。

 

「我の名は九鬼紋白。紋様と呼ぶがいい。我は飛び級することになってな。――――」

 

 壇上にあがった紋白は、後ろにヒュームを従えて説明をしていく。それによると、武士道プランによって川神学園の護衛が強化されるため、紋白自身もそこに入ることで護衛の分散を防ぐためのようだ。そこに、百代が一つ疑問を投げかける。

 

「おいじじぃ、もう一人の転入生はどこだ?」

 

「さっきから紋ちゃんの横におるじゃろ」

 

 その疑問――1-Sに入る人間は2人に対して、壇上には紋白の1人しかいないからだった。そして、それに対する鉄心の答えに、全生徒が目線を横へずらす。そこにいるのは、微動だにしないヒュームだけ。

 もうなんでもありだ。視線を向けた生徒たちは思う。

 そんな中、1年生からは「話題が合わないのでは?」といった疑問の声があがったが、それに対してはヒュームがそつなく返答する。彼自身も問題なく馴染める自信があるようだった。その後は滞ることなく進み、臨時集会は解散となる。

 騒がしい朝礼を終えて、ファミリーは2-Fの教室に戻ってきた。そして、一子が話の口火をきる。

 

「それにしても大変なことになってきたわね」

 

「偉人のクローンに九鬼に従者のじいさんだもんな。もうダメだ、ワクワクしすぎて座ってられねぇ」

 

 翔一は、そう言うとその場でバク宙を決める。そんな彼に同意を示す凛。

 

「キャップは少し落ち着こう。でも、おもしろくなってきたってのは同感だな」

 

「頼もしいね2人とも。僕はちょっと不安だけど……」

 

 卓也は、大きな騒動になったりするのではないかと心配する。その隣でクリスがファミリーに提案する。

 

「この後、早速義経たちに挨拶に行こう。きっと緊張しているだろうし、自分達が力になってやろう」

 

「そうだな」

 

 大和はそれに同意し、京も即座に反応する。

 

「大和が行くなら私も」

 

 その後に凛たちも賛同し、結局ファミリー全員で、放課後義経たちに会いに行くこととなった。

 そして放課後。ファミリーは2-Sの教室へと向かった。教室前の廊下では、義経らを一目見ようと集まった野次馬が少なからず見かけられる。人数がさほどいないのは、どうやらマルギッテが野次馬を通さないための検問を行っていたので、大半の生徒がそこで引き返していったようだ。クリスを先頭に立たせた彼らは、そこを楽々と通り抜け教室へと入った。

 

「あーリンリンだー。ウェーイ♪」

 

 最初に声をかけてきたのは、凛を見つけた小雪だった。

 

「おー小雪、ウェーイ♪」

 

 ハイタッチの軽い音が教室内に響いた。そして、2人は恒例となりつつあるましゅまろ交換へうつる。小雪は少し黄色みがかったものを、凛がこげ茶のものをそれぞれ差し出した。

 

「珍しいねーリンリンがS組に来るなんて。はい、バナナ味」

 

「ちょっと義経たちに挨拶をしとこうって話になってな。お返しのチョコ味」

 

 口をもごもごさせる2人をよそに、大和たちは義経たちに声をかけ挨拶をかわす。その場所にはちょうど那須与一もいた。凛と同じくすんだ銀髪をセンターでわけ、鷹のように鋭い目つきをした男だった。彼は一子に話しかけられ、それに返答している。しかし、その姿はかっこつけているつもりなのか、体をクネッとさせていた。

 

「もしかして、あのポーズとってるのが那須与一?」

 

「そうだよー。朝からなんかポーズとって遊んでる。でも僕とは遊んでくれないんだ」

 

 それを見た大和が、なぜかのたうちまわりながら叫んでいた。凛のもとにも、与一の言葉も聞こえてくる。

 

「俺は気を許さないぞ。悪魔のナイフがどこから狙っているかわからないからな」

 

「そういうこと言って、あとで恥ずかしくなるのは、お前自身だぞ!」

 

 要するに与一は重度の中二病であり、大和は過去の自分を見ているようで、居た堪れないのだ。

すると、そっけない態度をとる与一を擁護する義経とその行為を嫌がった彼がもめ始める。凛は、小雪ともう一度ましゅまろ交換をしながら、その様子を見守った。

 

「なんか言い合いになったな」

 

 与一が義経を貶したところで、弁慶が出てきて彼に注意しようとするが、彼は迫ってくる彼女の手を避け、素早くその場から逃げ出した。しかし、それにいち早く反応したのは、弁慶ではなく凛の隣にいた小雪だった。

 

「なになにーおいかけっこー? 僕も混ぜて混ぜて」

 

「無邪気な小雪も可愛いねー。にしてもあの加速力……一気に先回りしたな」

 

 教室から出た弁慶は、10秒も経たない内に、与一を捕まえ戻ってきた。小雪の先回りが、不幸にも通せん坊の役割を果たしたのだ。彼女は片手一本で彼を持ち上げている。腕をひねりあげられ、体が浮いている彼は、もはやまな板の上の鯉だった。

 

「ちょっと頭冷やしてこようか」

 

 その一言とともに教室の開け放たれた窓から、弁慶が与一をまるでボールでも投げるかのように、プールへ軽々とぶん投げる。彼の悲鳴が消えるとともに、凛を含めクラスにいた者達には、大きな水音と高く上がった飛沫が確認できた。

 それを見ていた一子が、凛の隣にやってきて話しかける。

 

「腕力だけならお姉様並みね。凛はどう?」

 

「そうだな。確かに大したパワーだ。だからといって負けるつもりもない。ガクトは勝負挑まないのか?」

 

 凛は呆気にとられている岳人に話をふった。その声に我に返った岳人は激しく拒否する。

 

「バカヤロー! いくら俺様でも大の男一人、片腕で持ち上げてプールまで投げ飛ばすことなんかできるか! 俺のかーちゃんを思い出したよ!」

 

「腕相撲なら、合法的に手を握るチャンスだぞ」

 

「…………そ、そんなこと目的で勝負するんじゃねぇ! …………だ、だが、勝負するのも悪くないか。決して下心なんてない。俺様と弁慶の純粋なパワーを競うためだ」

 

 それぞれが盛り上がっていると、義経が一言詫びを入れ教室を飛び出していった。どうやら、ずぶぬれになった与一が心配になったようだ。そんな彼女を見送って、弁慶が一言。

 

「義経は甘いなぁ……まぁそこが魅力的なんだが」

 

「またえらく濃いのがきたなぁ」

 

 卓也の言葉がSクラスに響く。

 しかし、まだまだ騒ぎは収まらない。新たな客人が現れたからだ。

 

「よっしつねちゃーん。たったかおー☆」

 

 とてもご機嫌な百代だった。

 

「姉さん」

 

「お姉様」

 

「おおー妹に弟と愉快な仲間達も一緒か」

 

 軽い足取りで教室に入ってきた百代は、大和と一子の頭を撫で、それを見ていた凛にも声をかける。

 

「なにかなー凛もなでてほしいのかな?」

 

「いや別に」

 

 即答の凛に、百代は少し寂しげに不満そうな顔をする。

 

「なんだよー。せっかく美少女が自ら言ってやってるのに。朝からなんかつれないぞ」

 

「そんなつもりもないけど、それより義経のことで来たんでしょ?」

 

 凛は、眉をハの字にした百代の頭を逆に撫でながら、話を促す。

 

「あう……っとそうだった! 勝負だ、義経ちゃん!」

 

 撫でられたままの百代は、凛の言葉で弁慶たちの方へ向き直った。そんな彼女の様子に、男連中から驚きの声があがる。

 

「おいおい、ついに凛がモモ先輩をやりこめたぞ」

 

「今のは驚いたね」

 

 そこに、今だ百代の頭に手を置いたままの凛が、卓也に携帯を渡しながらお願いする。

 

「自分でも驚いている。モロ、写メでいいから今の俺を撮っといて」

 

 しかし撮られた写メは、調子にのった凛がデコピンされ、うずくまっている姿だった。彼がうめいている間も百代たちの方は話が進んでいく。いつのまにか登場したクラウディオが、弁慶に代わって、彼女に現在の状況の説明と協力を求める。

 その内容は、義経たちは現代に甦った英雄ということもあり、外部の挑戦者が大量に集まってくる。全員と勝負するわけにもいかないため、その挑戦者を限定するために、百代にはその判定をしてもらい、彼女の目にかなった選ばれた者のみが彼らと戦える。そして、その後落ち着いてから決闘を行うということで、彼女との決闘を行うまでの代替案に、大量の挑戦者との戦いを提示したのだった。

 戦闘狂(バトルマニア)の百代がこれを断るはずもなく――。

 

「オッケーです。戦いに不自由しなさそうだ。そういうことだ、凛悪いけど」

 

 話が済んだのか、今朝同様の流れで回復した凛に話を振る百代。

 

「なにがですか?」

 

「だから、当分凛の相手はできないって話だ」

 

「ああ、別に構いませんけど」

 

「むーー朝と同じ台詞で返すなよー!」

 

 そんなじゃれあいの隣で、一子とクリスは義経に決闘を挑むことにしたようだった。そして、じゃれあいに満足した百代が、次に目をつけたのは弁慶。凛は、話の済んだクラウディオの元へと向かった。

 

「んー?」

 

 百代は、おもむろに弁慶の方へ近づき、弁慶もその様子をじっとみつめていた。静かに対峙する2人を見て、京が感想を述べる。

 

「先輩と弁慶、二人はちょっと似ている感じだね」

 

 凛も2人を見比べながら、なるほど二人とも色っぽいと納得する。見詰め合う中、百代が喋りだすのと同時に、弁慶へと手を伸ばした。

 

「というか間近で見ると、ほんとかわいーねーちゃんだ」

 

「ん、先輩も」

 

「んあ、この返し。なかなかやるな武蔵坊弁慶」

 

 2人は胸を互いに触りあい、なぜかサイズを競い合っていた。軍配は、僅かな差をもって百代にあがる。ドヤ顔の彼女に、眼を話さず見ていた岳人と卓也は、「くだらない」と言いながらも前かがみになっており、彼らに大和がツッコミを入れる。その間、凛はクラウディオと少し会話をしていた。

 その後、凛は戻ってきた義経と弁慶に挨拶をする。与一はプールから上がると、またどこかへ行ったらしい。

 

「遅れましたが、義経は昨日ぶり。弁慶さんははじめまして。夏目凛です。気軽に凛と呼んでください。これからよろしくお願いします」

 

「改めて自己紹介する。源義経だ。こちらこそよろしく頼む」

 

「武蔵坊弁慶。弁慶でいいよ。よろしくね凛」

 

 凛が2人と交互に握手を交わしていると、一子が疑問を投げかける。

 

「あれ? 凛はお姉様のときのように、手合わせのお願いとかしないの?」

 

「ん? 今は人が多いみたいだし、余裕ができてからでいいかな」

 

 凛が一子の疑問に答えると、それに百代が少し不思議そうにする。

 

「へぇお前なら、義経に申し込むと思ってたけどな」

 

「いや本当に予約が多いから、控えているだけです……それに」

 

 言葉を続ける凛は一瞬クラウディオに目をやり、「ちょっと大人の事情が」とおどけて答える。何人かはひっかかるものがあったようだが、大半はいつもの冗談かと流してくれた。そこにちょうど興味をもった義経が声をかけてくる。

 

「凛は武道をやっているのか?」

 

「義経ちゃんが勘違いするのも無理はない。私も最初はただの優男にしか見えなかったからな」

 

「モモ先輩、かっこいい男なんて照れます。ましゅまろ食べます?」

 

「いや凛、今のは馬鹿にされてただろ」

 

 凛は百代の言葉に照れ、それに大和がツッコむ。取り出したマシュマロは一子の口へと向かった。彼女が彼の頭をポンポンしながらご機嫌をとる。

 

「まぁこんな奴だがかなり強いぞ。私が今一番本気を出したい相手だからな」

 

「そうなのか! 凛すまない。戦のとき、義経は知らずに失礼なことを言ってしまった。反省する。……ということは助太刀も必要なかったのか!? うぅ少し恥ずかしくなってきた」

 

 義経は机に手をついて反省のポーズをとり、次に顔を赤らめた。しょんぼりする彼女に、罪悪感が湧いてきた凛は慌ててフォローする。

 

「いやあれは俺気にしてないし疲れずにすんだし、義経が何よりかっこよかった。それに、そこまで反省されると……えーっと、マシュマロでも食べて」

 

「……ありがとう。凛は優しい」

 

 義経はマシュマロを受け取り、凛に純粋な眼差しを向ける。彼はその目を見ることができなかった。

 

「うぐっ義経。そんな真っ直ぐな目で俺を見ないでくれ。俺は汚れている」

 

「確かにな。あのとき、後のこと考えて楽しんでたからな」

 

「あとのこと?」

 

 大和の一言に義経は首を傾ける。

 

「義経は知らなくてもいい。知らないほうが幸せなこともある!」

 

「ちょっ! 凛!」

 

 凛は大和の体を脇に抱え、そのままSクラスから飛び出す。クラスに残った者には、「下ろせ。怖い」という彼の叫び声だけが聞こえてきた。

 

「あの人も愉快だねー」

 

 一部始終を傍観していた弁慶は、川神水を飲みながら微笑んだ。

 新たなメンバーを加えた川神学園は、ますます騒がしくなりそうだった。


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