真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束-   作:chemi

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『縮まる距離』

「ハァハァ……そろそろ倒れてくれないでしょうか、モモ先輩?」

 

「ハァ、ハァ……おまえも、もうかなり辛いだろう。別に誰も責めやしない。倒れていいぞ凛」

 

「全く2人とも負けず嫌いというかなんというカ。しかしさすがの体力だネ。夏目もよく鍛えていル」

 

「お姉様が息を切らしてるとこなんて初めて見たわ」

 

「2人とも若いのぅ」

 

「でも凛もお姉様もとても楽しそう」

 

 どれだけ打ち合ったのか、したたる汗の粒が地面にシミを作り、当人たちは肩で息をしている。されど構えをとかず、生き生きした瞳で睨み合っている状況だった。2人は軽口を叩きながらも、ジリジリと互いの距離を詰める。自らの鍛錬をこなした一子は、そんな彼らの様子を見に来ていた。

 

「これで!」

 

「まだまだ!」

 

 凛が先に動き出した。フェイントを交えながら百代に対して左の突きを放つ。もう最初のころに比べるとスピードもパワーも格段に落ちていたが、それは彼女にも言えることだった。彼女はなんとか右腕でそれを防ぎ、そのまま腰をひねり彼の顔をめがけて左の拳を繰り出す。彼が横目でそれを捉えたときには、拳が目前まで迫っていた。

 

「顔に傷ついたら、どうするんですか!?」

 

「より男前になるだろうッ!!」

 

 凛は、すんでのところで上半身を左にずらし避ける。直後、彼の耳に風を切る音が届くとともに、百代の拳が通り抜けた。しかし軽く耳に接触したのか、先端部分がチリチリとした熱をもつ。

 ――――このままじゃラチがあかないな。右のボディも入らないだろうし。

 百代は、自分の腕の下でフリーになっている凛の右手を警戒しているのか、一旦距離をとろうとしているようだった。それが感じられた彼は最終手段にでる。

 

「とぉりゃあ!」

 

「なッ!?」

 

 百代が距離をとる前に、さらに左足に力を込め、ほぼ零距離からタックルを仕掛ける凛。彼女も普段ならばかわせただろうが、長時間同等の相手を前にした今回はそうならず、加えて重心が後方へ移動したあとだったため、綺麗にタックルを浴び自身の体を浮かされてしまう。彼は彼女の体を地面に押さえ込むように体重をかけた。そしてそのまま彼らは倒れる。

 

「おまえ、こんなところでフェミニスト気取る必要ないんだぞ? 散々戦ってるのに」

 

「……まぁそれでも気になるんです。それと、今日はこの辺で手打ちにしませんか?」

 

 倒れた2人は上下が逆になっていた。凛にむけられた百代の顔は少し呆れているようだった。そんな彼女に彼は提案する。

 ――――まだまだいくぞと言われれば、ぶっ倒れるのを覚悟するしかない。

 百代は上にいるため、マウントをとってまだ有利に戦うこともできる。そうなれば、何発かもらうのは必然だったが、凛はどこかで彼女が満足しているような気がしていた。だからこそ、自然とこの言葉がでたのかもしれない。そして、それはその通りになる。

 

「勝負はついてない……と普段は言うところだが、体もあいにく動かないからな。仕方ない。……あぁこんな疲れたの久しぶりだー」

 

 そう言いながら、百代はくてっと力を抜き、凛の体に自分をゆだねた。彼はその言葉を聞いて緊張が緩むと、途端に意識が体の方へと向く。体が疲れているのは彼も同じだったが、それよりも密着している部分が気になってしまう。自分と張り合う実力をもつ相手なのに、その体はマシュマロのように柔らかく、さらに鼻腔をくすぐる甘い香りに驚く。それと同時に、彼はこれ以上くっつくのは危険と判断した。

 

「ちょっ!? モモ先輩! どくんじゃないんですか!?」

 

「もう動けなぁい。それに付き合ってくれた特典にゃん」

 

 凛の思いを知ってか知らずか、百代は彼から離れるどころか腕を彼の背に回してくる。そのとき、彼は彼女の顔が笑っているのを見逃さなかった。

 ――――わかってやってる!

 凛は心の中で叫んだ。それでも冷静に諭すように話しかける。

 

「組み手は終わったんだから、瞬間回復とか使えばいいでしょ?」

 

「馬鹿だなぁ、あれは戦闘で使うものであって、稽古で使うような真似はしないんだ。それに内心嬉しいだろ?」

 

 百代は、まるで心臓の音を聴くかのように、凛の胸にピッタリとくっつけていた顔をあげ、問いかける。その顔は非常に楽しそうだった。

 

「っく、否定することができないのが悔しい」

 

 凛はワタワタとどうにかしようとするが、百代はそれをおもしろがるように逃がさない。

 

「なんかすごく仲良くじゃれあってるわ」

 

「百代も組み手で動けなくなるなんて、久しく経験してなかっただろうシ、嬉しいんだろウ」

 

「おもしろい男が現れたもんじゃわい」

 

 そのやり取りは、端から見ればとても仲良く見え、それを微笑ましく見守る3人だった。

 その後しばらくして、ようやく解放された凛は開き直っていた。

 

「ふぅ幸せな時間を過ごしてしまった」

 

「正直な男め。だが、そういうとこ嫌いじゃないぞ」

 

「お疲れ様。お姉様、凛」

 

 あぐらをかいて座る凛とその頭をワシャワシャと撫でる百代。そこに一子がタオルと飲み物を持ってきた。彼らは、それを受け取り一息つく。

 

「ありがとうワンコ」

 

「ありがとな、妹」

 

 もう一度、深く呼吸を繰り返す凛に、一子が声をかける。

 

「凛は今日晩御飯どうするの? よかったら食べていかない?」

 

「ん? いいのかな? 晩御飯までお世話になってしまって」

 

「構わないぞ。むしろ、お前の料理も食べてみたい」

 

「えっあれ? 作らされる側?」

 

「違う違う。こっちがちゃんとおもてなしするわよ」

 

 百代が茶々をいれ、一子がそれを急いで身振り手振りで否定する。

 

「んじゃあお言葉に甘えていただこうかな」

 

「うんうん。食べていって食べていって」

 

「凛も私たちのあとに汗を流すといい。ただし、覗くなよ」

 

「それは覗けという前フリ……いえなんでもありませんモモ先輩。ありがたく使わせてもらいます! 少し学長とルー先生にも挨拶してきます。それでは」

 

 調子にのった瞬間、百代からなんとも言えないオーラを感じ取った凛は、早口で全てを伝えると、その場を急ぎ退散するのだった。彼の後ろ姿を見据えながら、彼女はつぶやく。

 

「逃げられたか」

 

「お姉様、ご機嫌ね」

 

 一子は姉が嬉しそうにしているので、自分も嬉しくなってきたようだった。百代はそんな彼女に優しく微笑みながら、頭を優しく撫でる。

 

「ん? まぁな。飽きさせない相手が来たからな。ワンコ汗流しに行こうか」

 

「うん」

 

 そんな微笑ましいシーンがあったとも知らず、川神姉妹が家の中に姿を消したのを遠目で確認した凛は、鉄心とルーの元を訪れる。

 

「学長、ルー先生、今日はありがとうございました。とてもいい経験をさせて頂きました」

 

 凛は深々と頭をさげた。

 

「そんなにかしこまらんでもええぞい。わしのほうもお前さんにモモの相手をしてもらっとるからのぅ」

 

「百代、一子も夏目の動きに思うところがあったようだし、修行僧たちもあのあとさらに鍛錬に励んでいタ。いい刺激を与えてもらったのは、こちらも同じだヨ」

 

「あのお二方から見て、私の動きはどうだったでしょう?」

 

「そうじゃのぅ。あのモモとやりあったとき、左のー―――」

 

 もう夕日は山に隠れようとしており、川神院を一際赤く照らすのだった。鉄心とルーから指摘をもらった凛は、僧の案内で家の中に入っていく。その後、彼は風呂も借りたが、その前に百代たちが上がったのをしっかり確認することを怠らなかった。

 そして川神院の門前。夕飯をごちそうになった凛は、川神姉妹に見送られていた。

 

「モモ先輩、ワンコ、ご馳走様でした」

 

「凛、修行僧のこと悪かったな。戦いのことになると、熱の入る連中だから」

 

 そう言って少しバツの悪そうな顔をする百代。それに凛は笑って首を横にふった。

 

「いえいえ、俺もなんだかんだで楽しかったですよ」

 

 夕飯時、修行僧たちが凛に対していろいろ質問を繰り返し、見かねた百代が一喝したのだった。そのとき、凛と一子も一緒にビクッとなったのは二人の内緒である。

 百代の隣に立つ一子が口を開く。

 

「これからも来るってわかったら、おとなしくなったものね。というか明日来るものね」

 

「そうだな。今更だが体のほう大丈夫か?」

 

「あー確かにだるいですけど、一晩休めばなんとか」

 

「そうか。ルー先生との組み手も楽しみしていたから、少し気になったんだが、それならよかった」

 

 百代は凛の言葉を聞いて、胸をなでおろす。

 

「それじゃあ、そろそろ」

 

「また明日な」

 

「ばいばーい。また明日ねー」

 

 一子は、川神院をあとにする凛に手をブンブンふった。彼もそれに対して、しっかりと振り返す。

 川神院が見えなくなってから、凛は一人思い返す。

 

「あー今日も今日とて、濃い一日だったなぁ」

 

 ――――100人組み手をして、モモ先輩の相手をして……。

 

「モモ先輩もやっぱ女の子だなぁ」

 

 ――――あんなに柔らかいのに、あのパワーとかどうなってるんだ?それに甘い香りがなんとも……。

 そこで凛はふと我に返る。

 

「!? っといかんいかん! しっかりしろ俺!」

 

 だが、高校生の煩悩は生易しいものではない。一部の隙をつき、そこから膨れ上がる想像は致し方ないものがある。

 

「だぁっ! 色即是空空即是色。俺は無だ。無へとなるんだ」

 

 凛は頬をピシャリと叩き、一度気持ちをリセットし、鉄心に指摘されたところを思い出しながら必死に抗う。そこに声がかかる。彼が振り向いた先にいた声の主は、コンビニの買い物袋を持った大和だった。

 

「おい、凛。寮の前でブツブツ言うな。不審者に見えるぞ。というか、寮を通り過ぎてどこ行くつもりだ?」

 

 凛は、自分の立ち位置を確認する。確かに、門から5歩程度通り過ぎていた。改めて彼は思う。

 

「下に恐ろしき高校生の煩悩」

 

「いやだから、なんの話だ。それより、今日はどうだったんだ?」

 

「がっつりやってきたぞ。それこそ足がたたなくなるほどに」

 

 そして、凛はまた百代とのじゃれあいを思い出した。このままではだめだと思った彼は、体を動かす。ステップを軽く踏み、ジャブを繰り出す、それを何度も繰り返した。彼の突然の行動に、大和が疑問をもつ。

 

「そうかって、なぜここでシャドーボクシング?」

 

「少し強敵がいた。自分だ」

 

「おお、最大の敵は自分自身ってやつか? 武道家らしい言葉だな」

 

「まぁな」

 

 実際は違うが、本当のこと言うわけにいかない凛は、話を合わせて寮へと入る。玄関での2人の話し声が聞こえたのか、リビングの扉が開き、忠勝が顔をだした。

 

「お前ら、もらってきたケーキ食うか?」

 

 大和がその提案にいち早く答える。

 

「食べるー! 源さんありがとう」

 

「別にお前のためじゃねぇ。凛も食うか?」

 

「ああ一緒にもらう。お茶は俺が入れるよ……せめてものお礼」

 

「そうか? 悪いな」

 

 リビングに入ると、凛はそのまま台所に向かい、忠勝はケーキの箱をテーブルの上で開いた。

 その間、大和は忠勝の後ろに移動する。

 

「じゃあ凛がお茶を入れてくれるまで、俺は源さんの肩もみを」

 

「別にいらんわ! 凝ってねぇし」

 

「あれ? 凛にはデレたのに、おかしいな?」

 

 大和の一言に、忠勝がすぐさま反論する。紅茶を入れる凛は軽くため息をもらした。

 

「誰がデレただと? お前ケーキなしだな。っと、そういえば、一子は元気だったか?」

 

「? 元気だったよ。稽古もすごい頑張ってた」

 

「そうか。って大和、わかったから俺にくっついてくるな。ボケ」

 

 ――――源さんって、よくワンコのこと気に掛けてるな。

 凛は人数分の紅茶をテーブルに並べ、忠勝と大和がじゃれあう様子を見ながら、イチゴのケーキを口に運ぶ。クリームの甘みにイチゴの酸味がよくあっていた。そして、ようやく落ち着いた2人とともに、雑談をしながら夜の時間を過ごした。

 その後、部屋に戻った凛は、まず入念なストレッチを始める。

 

「明日はルー先生か」

 

 足をほぼ180度に開き、体を前へと倒す。べったり床にくっついた状態で、数を数えて体を起こした。そして次のストレッチにとりかかる。

 

「ン~~ンン~」

 

 鼻歌を歌いながら続ける凛。そのとき、ふとあることを思い出す。

 

「そういや紋様とか元気にしてるだろうか?」

 

 上に立つ者として振舞う姿と凛の手をとって、はしゃいでいた姿にギャップがあり、それが彼にとってとても印象的だった。初めて会う人物なのだから普通だとも思えるが、彼としてはあのはしゃいでいる彼女をもっと見たいと思えたのだ。

 ――――あれから連絡してなかったな。でも連絡していいものか……紋様のスケジュールを聞いたけど、なかなかハードな日々を過ごしているからな。

 時計の針を見るともう11時を過ぎていた。考えている間も時間は刻々と過ぎていく。

 

「うーむ。いやかけておこう。友達が元気でやってるか知りたいしな」

 

 ――――もうこの時間なら、ゆっくりしてるだろう。

 携帯からは呼び出し音が鳴り、4回目の途中にそれが途切れる。出てもらえたことにほっとしながら、凛は紋白の元気な声を期待した。

 

『はい、もしもし』

 

 しかし、そこから聞こえてきたのは、エンジェルボイスとは程遠いものだった。加えて聞いたことのある男特有の低い声。

 

「ブハッ、ひゅヒュームさん!? あ、あれ!? 俺確かに紋様の携帯にかけましたよね?」

 

 完全に意表をつかれた凛は、慌てて名刺の番号とかけた携帯番号を見比べる。

 

『その通りだ。これは……はい、驚いております。少し待て、紋様に代わる』

 

「…………」

 

 どうやら紋白の悪戯だったようだ。しかし、可愛い悪戯のはずが、心臓に悪すぎるものへ変化していた。凛とヒュームが知り合いだからこそできる荒業で、効果的なのは間違いなかった。バクバクなる心臓を沈めるため、彼は何度も深呼吸を繰り返す。そこに、陽気な声が携帯を通じて聞こえてきた。

 

『フッハハ、驚いたか夏目。ちょっとイタズラをしてみたぞ』

 

「いやもうびっくりですよ。飲み物飲んでなくてよかったです」

 

 凛はテーブルに置かれたお茶を見ながら、紋白に答える。

 

『夏目が声を聞きたくなったら、掛けてくると言っていたからな。今か今かと待ち受けていたのに、全然かけてこんから待ちくたびれたぞ』

 

「それは悪いことをしてしまいました。すぐにかけると寂しがりやに思われるかと」

 

 ――――思っていた以上に、気に入ってくれたんだな。もっと早くかけてあげればよかった。

 カラカラと笑う紋白の声を聞きながら、凛は心の中で謝った。

 

『夏目も男ゆえプライドがあるのだな?』

 

「そういうことです。それより、よく俺からの電話ってわかりましたね」

 

『内容を伝えて、クラウ爺から番号を入手しておいたのだ。クラウ爺も楽しそうに驚かす方法をいくつか提案してくれたりもしたぞ』

 

 どうやらクラウディオの手引きにより、ヒュームを使う案が採用されたらしい。何気にお茶目なところがある完璧執事であった。しかし、凛もやられっぱなしで済ます性格ではない。

 

「これは俺からも何かお返しするしかありませんね」

 

『なんだ夏目、堂々と犯行声明か? よかろう。我は九鬼紋白。支配者たる我は、そのような声明ごときに怯えはせんぞ。軽く乗り越えてくれるわ』

 

 紋白は、凛の言葉にもノリノリで答えた。そんな電話の向こう――凛は、ヒュームに串刺しにされる可能性があることに気づき、焦っていたりする。それでも、売り言葉に買い言葉で勢いのまま会話は続いていった。

 

「ふっふっふ、その言葉俺に対する挑戦と見ました」

 

『フハハハ、待っておるぞ夏目』

 

「楽しみしておいてください。それより紋様、俺のことは凛とお呼びください。友の多くはみなそう呼んでいるので、よければ紋様にも」

 

 自分は様付けではあるが名前を呼んでいるのに、相手は苗字を呼ぶというのは、凛にとって少し距離がとられているように感じられたのだ。しかし、お願いしたあとに無理やりだったかもしれないと不安になるのだった。

 

『……ふむ、我々は友か?』

 

「少なくとも俺はそう思い、紋様に接しているつもりです」

 

 電話越しでは、できるだけ平静を保つよう心がけているが、実際は部屋をウロウロしながら少し落ち着かない様子の凛。その間、穏やかな微笑みを浮かべたハゲの男が、ロリコニアと書かれた門の下で手招きしているのを幻視する。どうやら緊張しているようだと頭を振って、紋白の言葉を待った。

 

『そうか…………うむ。ならば、凛! その堅苦しい言葉遣いをやめよ。それは友に対してのものではないだろう?』

 

 紋白の声を聞いて、凛はようやくベッドに腰をおろす。

 

「そうです、んん、そうだな。紋様これから何でも言ってくれ。俺が力になるから」

 

 九鬼は、今や世界のトップ企業であり、規模が大きい分だけ、いろんなところで気を使わなければいけないだろう。だから、せめて自分との時間は気張らずに楽しんでほしい。それが凛の偽らざる本音だった。

 

『紋白』

 

「ん?」

 

『紋白だ。友である我の名は紋様ではない』

 

「そうだな、紋白。改めてよろしくな」

 

『うむ。よろしく頼むぞ凛! フハハハ』

 

 凛には、紋白の声が心なしかはずんでいるように思えた。事実彼女はベッドに腰掛けて足をパタパタしながら喜んでいたのだが、それを知る者はいない。彼女の部屋には誰もいないため、誰かに遠慮する必要もない。彼女が言葉を続ける。

 

『ところで凛。電話をかけてきたということは、九鬼で働きたいということでいいのだな!』

 

「えっちょっとまだそこまでは考えてなかった! まだ待って! ただ紋白が元気にしてるかなと思って電話をかけたんだ」

 

 嬉しい誘いではあったが、まだやるべきことがある凛は少し焦る。その焦りを感じたのか、携帯の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 

『ふふっ冗談だ。わかっておる。少し嬉しくてな、調子に乗ってしまった』

 

「さすがは俺を負かした相手だ。完全に手玉にとられてる」

 

『おお、そうだ。今度は何か競ってみるのもおもしろいな。凛とはまだ正式に勝負をしていなかったしな。我は姉上のように格闘はできんが、それ以外ならなんでも相手になるぞ』

 

「ほほう、それはぜひ勝負せねばなるまい。それじゃあ――――」

 

 凛と紋白は勝負をすることを約束したあと、たわいない雑談に興じ、電話を終える頃には日付が変わろうとしていた。切った直後にハゲの男がいい笑顔で、サムズアップしていた幻影を見たのは、彼の気のせいだろうか。彼はすっかりぬるくなってしまった残りのお茶を飲んで、明日に備えベッドに潜る。

 翌日の日曜日の午前、ルーと凛の組み手は問題なく執り行われ、充実した時間をおくれた凛は、満足そうに川神院を後にするのだった。6月は目前、これから物語はさらに動いていく。


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