真剣で私に恋しなさい!-きみとぼくとの約束- 作:chemi
一人のけだるそうな男性教師――宇佐美巨人が第二茶道教室に入っていった。彼は、人間学――行儀作法から日常的な豆知識に至るまで幅広い分野を教える――の授業を受け持ち、ゆるい授業内容と親しみやすい雰囲気からヒゲ先生と呼ばれている。しかし、2-Sという学年で最も優秀な、そして2-Fにも劣らない個性的な生徒が集まる担任を任されている苦労人でもあった。副業として、代行業いわゆる何でも屋も営んでいる。
「あれ? 今話題の有名人また来てるの?」
「あーなんか俺が来たときには、ここで眠ってて俺が起こそうとしても」
大和がそう言いながら、畳の上で寝ている凛に手を伸ばすと、乾いた音とともに彼の手が赤みを帯びた。その手を見て彼は苦笑をもらす。そんな2人に呆れ顔を見せながら、巨人はいつもの定位置にあぐらをかいた。
「まぁこうゆう具合で。10回くらい試したんだけどね」
「一体どんな体の構造してんだろうな」
「ヒゲ先生。一局やる?」
大和は将棋盤を2人の間に持ってくる。彼らはいつもここに来ると、将棋を指し駄弁っているのだった。この場所は人通りも滅多になく、静かに過ごせるため、ダラダラすることが大好きな彼らの聖域と化していた。
「そうね。もう起きないなら放置だ。めんどくせえからな」
そう言いながら、巨人はゆっくりと駒を並べていく。それに大和もならった。
「教師とは思えぬその言動。今ここでは素晴らしいと思います」
「褒めんなよ。というより、おじさんと直江の聖域がついに崩れたな」
「聖域っていうほど、美しいものでもないでしょ。猫かなにかだと思えばいいんじゃない?」
「またでかい猫が入り込んだもんだな」
「まぁ部屋自体は広いんだし。だらけの空間を乱さないだろ。礼儀正しいけど、冗談もよく言うやつだから、起きても何も言わないと思う」
「むしろ一番のだらけを今の夏目が体現していると言っていいな」
2人は取りとめもない会話を続けながら、駒を進めていった。
「しかし、転入初日の騒ぎは凄かったな。しかも川神百代とタイマンはっちゃうんだから、もうびっくり。小島先生なんか会って早々説教してたよ」
「心配してくれたんじゃない? 初日であの騒ぎだから。小島先生案外優しいし」
「そうなんだよね。そうゆうところも魅力の一つだからな。あぁ小島先生と飲みに行きてぇ。んで、相談とかのってやりてぇな」
いつもの調子で巨人は梅子への思いを大和にぐちる。生徒の大半が知っていることだが、彼は彼女へ好意をもっており、数々のアプローチをかけていた。しかし、未だそれが実ったことはない。ちなみに、彼らがため口で喋っているのは、巨人自身が許しているからである。
「ヒゲ先生、やっぱり進展なし?」
「やっぱりってなんだよ。小島先生ほんとガード固いんだよ。んで、ガードが緩いと思ったら、余計な邪魔が入ったりするんだよ」
「もったいないよね。美人なのに」
「直江の方はどうなのよ? 周りは可愛い女の子ばかりじゃない」
巨人自身、代行業の仕事で人手が足りないとき、ファミリーに依頼をしたりするため、他の生徒に比べ覚えがよい。話を向けられた大和は顎に手をあてる。
「俺? どうだろうな。仲間って意識が強いせいか、彼女にって感じは今のところないなぁ」
「んなこと言ってると、そこの野良猫に誰か掻っ攫われていくかもよ」
親指をくいっと気持ちよさそうに眠る野良猫に向ける巨人。それに対して、大和は仕入れた情報を思い出し表情を崩した。
「ありうるね。ファンクラブとかも早々にできたし。まぁそんときはそんときじゃない?凛の行動を見てる限り、ひどい扱いなんてないと思うし」
「バカヤロー。男はみんな狼なんだよ。夏目にしたって、それは変わらねえ」
「そんなこと言ったら俺達もだよね」
「それ言っちゃおしまいだ。あー小島先生いつになったら心を開いてくれるんだ?」
「王手!」
「えっちょっと待った」
そうして、だらけきった昼休みは過ぎていった。
それから午後の授業を消化し、放課後。凛は、決闘の申し込みを順調にこなしていき、今日最後の予約者だった1人と対峙する。その子は体操服を来た一年の女の子――武蔵小杉だった。彼女の活発そうな雰囲気がそう見せるのか、体操服がよく似合っている。しかし、1-Sに所属できるほど優秀であるがゆえ、その自尊心は天井知らずで、今回の決闘も自らの評価を高めるためにふっかけたものであった。
「それでは決闘を開始するネ。準備はいいかい? 二人とモ」
「はい!(ここで私がプレ~ミアムに勝利を飾り、学園の話題を独り占めよ。どんな手を使ってきたかは知らないけど、この武蔵小杉が暴いてやるわ。そう言えば黛さんが何か言ってたような?)」
2人は向かい合い構えをとった。凛も決闘ということで、油断なく相手を見据える。
――――様子見とかはなく、最初から仕掛けてくるな。あまりにもバレバレで罠かとも思えるが、何か張ってるわけでもなさそうだ。
「よろしくな一年生」
「よろしくお願いします。夏目先輩(ふん! 今のうちにせいぜい上から見ているといいわ。次の瞬間には立場は逆転よ。開始の合図までが、あなたの立っていられる時間だと思いなさい!)」
「では……始めッ!」
「先手必勝、プレミアムあうっ!?」
開始の合図とともに凛に突っ込んでいく小杉。しかし、彼女の予想をはるかに超えた速度によって、瞬時に距離を詰め放たれた彼のそれに、彼女はなす術もなくモロにくらう。そして、そのまま地面に倒れてゆく彼女を彼はゆっくりと寝かせた。観客の中には、何が起こったのか理解できないものも多く、今日一番のざわめきが起こる。
「そこまでッ! 勝者、夏目凛」
「ああぁ、だからあれほど突っ込んではダメだと教えておいたのに」
「ムサコッスもホント人の話聞かねぇな」
由紀江と松風がため息をもらした。それを一緒に見ていた百代がつぶやく。その隣にいた大和は他の生徒と同様に呆然としている。
「実力差がありすぎるな。あれまともに食らえば、すぐには立てないんじゃないか? まぁ加減はしてあるんだろうが」
「いったい何が起きたんだ? 急に相手が倒れたようにしか見えなかった」
「戦ってる本人にもよくわからなかったんじゃないか? こういうふうに顎をかすらせるようにして、脳をゆさぶったんだよ。それを狙ってやったみたいだし……くぅぅ戦いたい!」
百代は、大和にゆっくりとした動作で実演してみせる。小杉はすぐに保健室へと運ばれていった。その間、意識はあったようだが、一言も発することなく校内へと姿を消す。
「これで夏目の決闘も終了だネ。素晴らしい決闘の数々だったヨ。私も年甲斐もなく、君との組み手が楽しみになってきタ」
ルーは、ポンポンと凛の肩を叩きながら賞賛を送る。それを組み手の許可が下りたと理解した凛は、嬉しそうに礼を述べた。
「!? ということはルー師範代、凛は合同稽古に来れるんですか?」
許可がでたことに百代の声がはずむ。座っていた階段からぴょんっと飛び降りると、2人のもとへと駆け寄った。
「そうゆうことだネ。とりあえず、今週の土日に来てもらえるかナ」
「わかりました。ありがとうございます。僕もルー先生との組み手を楽しみにしています」
「おいー私ともやるんだぞー。私にはなんかないのかー?」
百代はそう言いながら、軽いジャブを凛の胸のあたりに放った。彼は、それを手のひらでしっかり受け止める。
「もちろんモモ先輩との方も楽しみしています」
「ふふーん、そうだろうそうだろう。今度は私がお前を弾き飛ばしてやるからな」
百代は、答えに満足がいったのか拳を引っ込めた。そのやりとりを見て、松風と大和が話し合う。
「基本あの人かまってちゃんなんだよな。大和坊もなにかと苦労してるな」
「これからは凛と分担作業になりそうだから、感謝感謝だな。それよりコミュニケーションのとり方が過激すぎる。拳が見えなかったぞ」
「空いた時間分、私との愛を育んでいこうね」
いつの間にか、京が大和の腕を抱きながら、その会話に参加する。彼もこうなったら離れないことを知っているため、話をそのまま続けた。
「あれ? 部活の方はもういいのか?」
「大丈夫。ちゃんと役目はこなしてきたから」
「そうか。じゃあ帰るか」
「はい、旦那様」
「姉さん! 凛もそろそろ帰ろう」
「的確にスルーしていくね。でも平気、慣れてますから」
帰り仕度を済ませた5人は揃って学園をあとにする。5月は中旬を過ぎ、少しずつ暑い季節へと移り変わろうとしていた。
そしてあっという間に金曜日。学校が終わった凛は、ファミリーの男連中と一緒に秘密基地を訪れていた。基地の前で、彼は両手を広げ声高に叫ぶ。
「こんな廃ビルに秘密基地を作るなんて……しかもビルまるごとひとつ! マーベラス!」
「わかるぜー凛。俺もここを探し出した昔の自分を褒めてやりたいくらいだぜ」
そんな凛に翔一は、肩を組みながら賛同する。そして、互いにがっちりと握手を交わす。それを見ていた卓也が驚いていた。その隣にいた大和は、携帯でメールを送るのに忙しそうである。
「まさか凛がこんなにはしゃぐなんてね」
「凛もまだまだお子様ということか」
岳人は凛のはしゃぎっぷりに、肩をすくめオーバーリアクションをとる。
「でも喜んでもらえると嬉しいよね」
「キャップいやリーダー、俺を早く中に案内してくれ」
「気の早い凛隊員だぜ。仕方ねぇ俺についてきな。秘密基地に突入だーっ!」
「了解!」
そう言うと翔一と凛は、秘密基地内へと姿を消していった。取り残される3人。卓也が彼らを見送りながら口を開く。
「って行っちゃったね」
「ここで立ってても仕方ないし、俺たちも入ろう」
大和の言葉に卓也と岳人は頷くと、2人を追ってゆっくりといつもの場所を目指す。
そして、しばらく時間が過ぎて、基地の一室。凛は全てを見終わって満足したのか、落ち着きを取り戻していた。
「コホン、素晴らしい場所だな」
「ずいぶん時間かかってたけど、本当にすみずみまで見てきたんだね」
「いやモロ、秘密基地が廃ビル丸々ひとつだぞ? テンションあがるだろう」
そこにクッキーがお盆に人数分の湯のみをのせ現れる。彼は、皆が学校に行っている昼間や金曜集会のとき、ここにいることが多く、貴重な電力源としても活躍していた。
「はい凛、玉露っぽいなにかだよ」
「ありがとう、クッキー」
「えー俺今コーヒーの気分だったのに」
素直に受け取る凛とは違って、それにケチをつける翔一。彼はクッキーのマスターとして登録されていた。クッキーがその言葉に腹をたてる。
「どうしてそういう事言うんだよ! せっかく入れてやったのに」
そんな賑やかな時間の中、男たちは他のメンバーが全員集まるのを待つ。たわいない会話をしている内に女性メンバーも基地を訪れ、全員の出席を確認した翔一は、凛を隣に立たせた。
「改めて、凛を俺達風間ファミリーに迎え入れたいと思う」
「2度目になるけど、こちらでもよろしく」
凛を温かく迎えてくれるファミリー。そして、皆が定位置に座る中、肝心の彼の座る位置だったのだが。
「どうした? もっと楽にしていいんだぞ。となりにいるのは美少女なんだ。喜べよ」
なぜか百代の隣に座らせられた凛だった。
「なぜかしら凛が小動物のように見えるわ」
「自分もそんな感じに見えるな。いつもと違って見える」
「どうしたんだ? 便所なら向こうだぞ」
一子とクリスは、凛の様子が落ち着かないのを心配し、生理現象を我慢していると思った翔一が声をかけた。彼は百代をチラチラと視界に入れながら口を開く。
「いや、この場所があまり落ち着かないっていうかなんというか。モモ先輩、いきなり顔面に本気の突きとか入れてこないよね?」
「おまえ失礼な奴だな。そんな卑怯な事、一度もしたことないだろ?」
「いやそうなんだけど、気が高ぶってるというか。それを間近で感じる……」
凛はそう言うと誰か同意してくれる人がいないか、周りを見渡す。大半のメンバーは首をかしげるが、その中でも反応する者はいた。
「そうなの、姉さん?」
「私でも少し感じるくらいだからね」
「なんつーの、もれだしちゃってる感じだな。しっかりしろ姉!」
大和の疑問に、京と松風が答える。クリスは一子にこっそりと聞くが、一子も首をかしげており、男連中は全員わかっていないようだった。そんな中、百代は嬉々として凛に話しかける。
「ちゃんと抑えてるつもりだったがダメか? だって明日だぞ凛!」
「ああ、そうゆうことか」
大和は、明日と凛絡みでピンときた。そこに、クリスが疑問を投げかける。
「明日は何かあるのか? 土日だぞ。自分はマルさんと少しおでかけだ」
「凛が川神院で合同稽古に混ざるんだよ。それを姉さんは楽しみにしているってこと」
「川神院の稽古はすごいけど、凛ならなんとかしてしまいそうだよね」
「ホントお前もよくやるなぁ。川神院の稽古とか基礎訓練だけでも相当だって聞いてるのによ。まぁ俺様も筋肉育てるために、ジムに行くんだがな。」
大和に相槌をうつ卓也。そして、ムキッとポーズをとりながら喋る岳人の隣で、一子が懐かしむように言葉を発する。
「確かに最初のころは、私もついていくのも精一杯で、バケツのお世話によくなったわぁ」
「でも、今ではそのあとに新聞配達できるくらい余裕になってるだろ?」
百代の発言を聞き、大和が一子を見直す。
「ワンコの体力も凄まじいものがあるな。まゆっちは休日どうするんだ?」
「あっはい。クラスメイトの伊予ちゃんと出かける予定です」
「友達とお出かけやでー。憧れだった友達とのお・出・か・け! まゆっち! しっかり楽しんでくるんやでー。イェーーーイ☆」
「はい。松風」
「俺達とも出かけてるけど、やっぱ同年代の友達はかかせないもんな。よかったな。まゆっち」
「はい。これもみなさんのおかげです」
「大和はどうするの? 私は大和の部屋に入り浸る予定だけど」
「それじゃいつもと変わらんだろ。俺はどうしようかなー―――」
金曜集会は、新たな仲間を加えより賑やかになっていく。