台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
金波宮の奥に位置する正寝。
王にしか許されない房室の豪奢な牀榻で、陽子は吐息をついた。
灯火のない闇の中、床に座り込んで絢爛たる夜具にもたれかかる。
傍らには水禺刀。
慶国秘蔵の宝重は主を侮り、微かな燐光を放ちながら沈黙したきりなんの景色も映さない。
「これで王だなんて、お笑いだ・・・」
災異を鎮め、妖魔を圧し、豊穣をもたらすのが王。
天意あるかぎり治世は続き、一国を束ねる神となる。
そんなものに、自分がなれるとは到底思えなかった。
『王などていのいい下男のようなものだが、それを民に気取られるな』
隣国の王、名君の誉れ高い男の、朗々たる声が甦る。
『自分がいちばん偉いのだという顔をすることだ』
五百年にわたり雁を支えつづけている男は、そう笑った。
まぎれもなく、王の顔で。
冷たい刀身を鞘に収めると、部屋は完全に闇に沈んだ。
あの人は生まれついての支配者だ。
どれほど磊落を気取って見せても、その下にある覇気は隠せない。
自分にはそれがない。
王になれ、と言われて立った。
国を治めよといわれて、意味もわからぬまま進む。
怒涛のように日々は陽子を突き飛ばし、己にかえれるのはこんな夜更けだけ。
災異が鎮まり、妖魔が減ったとて、それは天の条理。
自分の力で何ができたわけでもない。
官は若い女王を軽視し、幼子をあやすような笑顔で取り繕っては陰で嘲笑う。
所詮女王よ、小娘よ、と。
それに異を唱えるだけの力量などないから、ほぞを噛んで俯くしかない。
王らしく毅然としなければと思っても、王たるなんの資質があるわけでなく、よりどころを失ってただぐらぐらと揺れるばかりだ。
半身といい、民意の具現という仁獣は、なにかというと顔をしかめて溜息をつく。思えば最初からそうだった。
「予王はよく六年も保った・・・」
先代舒覚は慶国王史のなかでも格段に短命といわれるが、それでも五年は王であったのだ。自分はたったこれっぱかしで根を上げているというのに。
先王によって倒れた国をたてなおし、その先へと民を連れて行くのが王の使命。
数万の人命がこの背にあると思うと、恐怖で吐き気がする。
己の命を放りだし、恩人を斬ろうとさえした自分に、そんなものが背負えようか。
「らく、しゅん・・・」
友、と呼べる、たった一人の姿。
灰茶の毛並みと長い尻尾の彼は、逃げることに疲れ怯えて浅ましい獣のようだったときでも、一度も陽子を責めなかった。
好意を信じず、裏切って見捨てても、陽子を案じて待っていてくれた。
「楽俊」
なぜあんなふうにいられるのだろう。
半獣に厳しい巧にありながら、それでも彼は拗ねるところのないまっすぐな優しさを持っていた。
「楽俊は、すごい・・・」
『それはちがう』
懐かしい声がする。
それは、あの烏号の港で聞いた言葉だ。
『おいらはべつに見ず知らずの土地に流されて、追い掛け回されたわけじゃねえ』
すまない気持ちでいっぱいの自分に、楽俊はそう言って首を振った。
帰れないと零した涙を拭いてくれた、暖かい手。
お前のつくる国を見てみたいと彼が言ってくれたから、王になろうと思った。
陽子の気持ちをわかったうえで、お前のものだと与えられた場所ならやってみろと背中を押してくれたから、わかったと頷くことができた。
優しいけれど、意味もなく甘やかしはしない手に、支えられて。
「頑張らなきゃあ、楽俊に顔向けができない」
ほんのすこし震える喉で息をつき、睫のはしに滲んだものを乱暴にこする。
難関といわれる雁の大学で懸命に学ぶ彼に、少しでもましな姿を見せられるように。
あいつは自分の親友なんだと、彼に誇ってもらえるように。
頑張っている友人に恥じない自分でありたいと思う。
それが、幾度も救ってもらった自分にできる、ささやかな恩返しであるだろうから。
王様を友人呼ばわりできるのって、十二国広しといえども楽俊くらいだろー。
お題のイメージ通りの話にしようかと思っていたんですが、こっちのほうが
話が動いたので。
登極直後のへとへと陽子。
しかし、この頃の景麒て陽子の役に立ってなさそう・・・
王と麒麟て似てませんか。載&恭は別として。