台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊・陽子◆夢を語るのは、未来を望むこと


||8|| 話して、その尊い未来の事を。 (烏号から関弓へ)

 季節は初夏。

 

 水も風も温み、木々の若葉が甘く薫る。

 街道沿いの草原で足を休めながら蒼穹を見上げ、襟元に風を入れた。

 南の巧からきたのだから気候的には逆行しているはずだが、肌に感じる色彩はどれも眩しいほどに鮮やかだった。

 巧でも同じ季節はあっただろうに、まったく覚えていない。

 青草の上に寝転んで、目をつぶる。

 そうしていても、日差しは瞼の上で輝いて、まるで踊るようだった。

「どうした、陽子」

 傍らに座っている連れが、怪訝そうな声をかけてよこす。

「歩きどおしで疲れたか?」 

「いや、そうじゃない」

 屈託ない子供の声に、口元が綻んだ。

 その軽やかな声は、薫風と陽光によく似合う。

 さながら、彼自身のように。

「あったかくて、気持ちがいいんだ、こうしてると」

「ああ、一番いい季節だもんなあ」

 嬉しそうな返事が動いて、彼も同じく陽子の横に転がったようだった。

「雁は巧より北にあるから、もっと寒いかと思ってた」

「この時期じゃもう寒くはねえけど、そうだなあ、巧の晩春くらいか」

「そっか」

 春、という言葉に、胸のどこかが疼いた。

 季節は巡っている。

 こちらでも、そしてあちらでも。

---あれは冬のことだった。

 突如現れた、異界からの来訪者。

 悲鳴と破壊音。

 異形の獣と、恐ろしいまでに神々しい、月の影。

 嵐のような日々の向こうにおいてきてしまった懐かしい景色を思って、鼻の奥がじわりと熱くなった。

 それとも、おいていかれたのは自分のほうだろうか。

「陽子、道端で寝るなよ?」

 笑いぶくみの声に、滲み出した感傷が消えてくれる。

「まさか」

「わからねえぞ、こんな天気じゃ」

 まあね、と答えて、頭を横に向けた。

 灰茶の鼠姿をした友人は、銀にきらめく髭をそよがせて、のんびりと空を見上げている。

「楽俊に会う前のことを、思い出していたんだ」

 自分でも意図せず零れた言葉に、楽俊がこちらに顔を向けた。

「おいらに?」

 怪訝そうな顔をしたのは一瞬のこと。言葉の裏にあるものを察して、黒い瞳は思慮深げな穏やかさで瞬く。

「そう」

 髪を撫でる若草を指先に絡めて、陽子は上を向いた。

「私がこちらにきたのは冬だった。巧は雁より南なんだから、いまのここと同じような季節を巧でも過ごしてるはずなのに、全然覚えてないんだ」

「陽子は、それどころじゃなかったろう」

「うん……。でもね」

 指を離せば、瑞々しい葉はしなやかにはねて元のように空を抱く。

 その美しさを、自分は知らなかった。

 巧でも、あちらでも。

 それを美しいと思えることの、暖かささえ。

「受け取る気持ちがなければ、何を見ても自分の中には入ってこなくなってしまうんだなって」

 横で楽俊がくすりと笑った。

「処世の先生みたいだな、陽子は」

「そんなことない。ただそう思っただけだ」

 柄にもないことを言った気がして眉を寄せれば、穏やかな声が返ってくる。

「いいんだよ。毎日見てたって気付かないことはあるさ。それをあるときふっと気付けることが、大事なんだろ」

 小さな手で同じように草をもてあそびながら、楽俊もなにかを考えているようだった。

「陽子はそれに気付けた。それでいいじゃねえか。昨日気付かなかったことに今日気付けたならめっけもんだ。今日知らなかったことは、明日わかるかもしれねえ。そんなもんだろ」

 ひとつひとつかみしめるような言いかたに、頬が緩む。

「楽俊の方が先生みたいだ」

「茶化すんじゃねえよ。そんな柄じゃねえってわかってら」

 楽俊が照れたように耳の後ろを掻いた。

「そうかな、楽俊て先生に向いてる気がするけど」

「先生?おいらが?」

「そうだよ。頭はいいし、物も知っているし、教え方もうまい」

「誉めてくれるのはありがてえけど、先生になれるほど頭いいわけじゃねえぞ」

 くすぐったそうな声に苦笑が混じる。

 柔らかな午後の日差しは心地よく、うっかりしていると楽俊の言うとおり眠ってしまいそうだった。

「じゃあ、楽俊は何になりたい?」

 ねこじゃらしによく似た草を引き抜いて、指先で振ってみる。

 軽く泳がせると、長い穂がぽよんぽよんとはずむように動くのが、誰かの尻尾のようで可愛かった。

 なにそこで遊んでんだ、と笑った楽俊も、その長い尾で草と遊んでいる。

「なりたいもの、か。仕事が欲しいと思ったことはあるけど、なににとなるとなぁ……陽子は、なんかあるのか?」

「私? そうだなぁ」

 そういえば、そろそろ進路の話もちらほら聞き始めていた頃だ。いまどきは皆大学や短大に進むから、実際に就職となるとまだ先の話だった。

「小さい頃は、保母さんとか、看護婦さんとか、そんなこと考えていたかな」

「ホボとカンゴフ、ってなんだ?」

「あー……ええと」

 聞かれて陽子はきゅうと眉を寄せた。

 こういうとき、いちから説明しないといけないから、別世界というのは困る。うかつにプログラマーとかカタカナ用語を使わなくて良かったと、変なところでほっとした。

「保母は、例えば働いている親から小さい子供を昼間預かって、面倒を見る人のこと。そういう施設があるんだ。学校に上がるより小さい子が対象かな。看護婦は、お医者の手伝いをする女性。今は男性もやるから看護師って言うけど」

「へえ、そんなんがあるのか」

 青空のした、二人で寝転がりながら、とりとめもなく喋る。

 この異界でこんなふうに誰かと、それも『将来の夢』を話すだなんて、少し前には想像もできなかった。

 なんでもないような穏やかな時間が、なんともいえず嬉しい。そう思える自分が嬉しかった。

「こっちじゃあ、ほとんどの人間は田や畑を耕すからなぁ。国によっては林業が盛んだったり、鉱業だったり、街中に行けば商家もけっこうあるけど、先生なんて少学や大学出のほんの一握りだ」

「少学を出れば、就ける職種も広がる?」

「と、いうより、学歴の高い奴はほとんど官吏になるな。少学や大学ってのは、そのための学校みたいなもんだから」

「そうか、公務員みたいなものか」

「コウムイン?」

「こちらでいう、官吏かな。国から報酬を得て役所や警備なんかをする人のこと」

「ふうん」

 官というと陽子にはいまひとつぴんとこないが、王が国を統治しているならそういうことだろう。中世以前は日本だって専制君主制だった。

 仕事か、と楽俊が呟いた。

「役人になるのが一番いいけど、それには学校出ないとなあ」

「楽俊なら楽勝だと思うけど」

 陽子の言葉に、楽俊がくすぐったそうに笑う。

「おいらを買ってくれるのは嬉しいけどなあ、陽子はちょっとおいらを買いかぶってるぞ。雁の学力は、奏と並んで十二国最高だ。それほど甘いもんじゃねえだろうさ」

「そうなの?」

「そうさ」

 答えながら起きあがった楽俊が、灰茶の毛並みについた草を払い落として立ちあがる。

「将来もいいけど、まずは関弓へ行かねえとな。先の話はそのあとだ」

「そうだね」

 促されて陽子も立ちあがる。

 関弓。

 王のいる都。

 道のりはまだまだ遠いけれど、そこへ行けばなにがしかの答えは手に入るはずだ。

 少し傾きかけた陽光の下、二人は肩を並べて歩き出した。

 




もっと詳しく知りたい場面No.1の『烏号から関弓を目指す旅』バナシです。
この時期の陽子が蓬莱の話をしたかっつーと、いささか疑問なんですが。
まあ二次創作ということでね。勘弁勘弁。
そして話の方向がずんずんずれていくのはいつものこと。
こんな短い場面なのに放置したカップ麺の如く話がのびていくのもいつものこと・嗚呼
ちなみに翻訳機能は陽子側でお願いします。

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