台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
アニメ設定継続中。
※アニメ設定とは。
・楽俊は慶の大学に留学中。
・あわせて、バイトと実務をかねて金波宮に内豎(ないじゅ・女史の男性版)として出仕。
・あくまで身分は学生なので昇仙はしていない。
というアニメ版独自の設定を拝借しております。
原作至上主義の方はご理解のうえご覧ください。
雲海の上は、下界に比べ季節に天候が左右されることが少ない。
年季が入ってはいるが簡素な牀に腰掛けながら、楽俊は窓の外を眺めた。
野趣と雑然の境目程度に整えられた園林は、この邸宅の主の手によるものだ。
宮廷生活の長かった女史からすると「もうちょっと趣が欲しい」らしいが、楽俊にしてみればこれくらいが丁度いい気がする。
もっとも、貧しい巧の片田舎で育った自分に、趣とやらの何がわかるわけでもないが。
夜目にもあえかに開く白の芍薬が、月光を浴びて薄ぼんやりと明かりを灯したように見える。燐光を放つ、蒼い蛍にも。
比喩でなく雲上の光景に、我知らず苦笑がこぼれた。
本来なら、こんなところに縁があるような身分ではないのだ。
十二国東端、慶国の要である金波宮。
留学というかたちで雁大学から慶大学に転籍して数ヶ月。誰の案によるものやら、現在研修を兼ね楽俊は内豎として景王の執務を補佐している。
「大学生も実務の経験があったほうが後々のためになる」とは冢宰が言ったのだったか、それとも太師であったか。
いずれにせよ筋は通っているが、仮にも天官の職であるだけに最初は躊躇があった。
転籍しているとはいえもとは他国の大学の、しかも生まれは更に違う国の半獣である。そんな者が王の傍に仕えるなど、どこの国にも前例はあるまい。
天官、それも内豎と言えば王の近侍も同然で、公に顔を出さないぶんだけ私事の色が強い。さすがに口には出さなかったが、同性である女史ならばともかく、公的身分を持たぬ男が女王の膝元に侍るのはきこえが悪いのではと思ったのも事実である。
だが、わずか眉をひそめた楽俊の向かいで、話をもちかけた冢宰はいかにも鷹揚な顔でにこりと笑ったものだった。
「邪推する者もあるだろうが、その程度は国官として着任しても同じだと思うのでね。まあ予行練習くらいの気持ちでやってみてはくれまいかな」
「浩瀚様……」
苦言の種がありすぎてどこからなにを言っていいのか詰まってしまった楽俊に、浩瀚が苦笑する。
「正直、手がたらなすぎるのだよ。まして主上を任せられるほど信頼がおけて、尚且つ執務の手伝いができる者など皆無に等しい。今は祥瓊が女史をつとめてくれているが、彼女ひとりではいかにしても手に余ろう。どうかな」
不愉快な思いをするかもしれないが、とは、浩瀚は言わなかった。
無論、そんなものを気にかける楽俊でもない。
案じていたのは王である少女へ非難が向けられることだけだったが、百官をまとめる者達がそれと承知の上でおこなうことなら、いまさら否やはない。
「---若輩、非才の身ではございますが、わたしでお役に立てるのでしたら喜んで拝命致したく存じます」
深く一礼した楽俊に、浩瀚が安堵の顔で頷いた。
「いや、こちらこそ無理を言って申し訳ない。人手不足もさることながら、主上にはすこしでもよい環境で政務にあたっていただきたいのでね」
なにしろ、と端正な顔にちらりと悪戯な笑みが浮かぶ。
「慶国には王に慈悲をかける者がいないものだから」
目を丸くした青年に、男がくつくつと笑った。
「主上はこちらを御存知ないゆえ、皆が己に教師役を任じているのはよいのだが、そのためか宰輔を筆頭にとかく厳しく接する癖がついているらしい。時折桓魋が鬱憤晴らしに剣の相手をさせられると嘆いているのだよ」
どこの女王にも聞かれない評判に、楽俊はただ苦笑するしかない。
「つまり、わたしは景王の宥め役ということですか」
「仲介役、といってもいいだろうね」
しれっと返され先行きに暗雲を見た気分になったが、いまさらあとには引けまい。むしろ、昇仙こそしていないとはいえ、正式に陽子の手伝いができるのなら願ってもないことだった。
あとから事の次第を聞かされた陽子はもちろん、彼女を取り巻く友人たちもこの人事を飛び上がって喜んだ。
なかでも、祥瓊の喜びようは楽俊どころか陽子までもを引かせるに充分だった。
「楽俊がいてくれれば、わたしの負担も大幅に減るってものだわ!」
「陽子もあなたの言うことならおとなしく聞くでしょうしね」
握りこぶしで目を輝かせる祥瓊の横で、鈴がおとなしやかに笑いながらひどいことを言う。
さんざんな言われように眉間にしわを刻んだ陽子と彼女たちの応酬から危うく逃げだした楽俊に、同じ半獣の青年が気の毒そうな目を向けた。
「考え直すなら今のうち、と言いたいところだが、話を持っていったのが浩瀚様じゃあなあ。まあ俺としてもお前が来てくれるのはありがたいからな。せいぜい頑張ろうや」
そのほか各所でこもごもな反応はあったものの、万事はいまのところ滞りなく流れている。冢宰と太師のお声がかりというだけでなく、祥瓊の前例も有効だったのだろう。またあくまでも正寝に限って動くこともあって、限られた官以外には顔を合わせることもない。よしあしは別として、軋轢がないに越したことはないはずだ。
騒がせたくないのだ。本当は。
毅然と顔を上げて王道を進む彼女の妨げになるようなことはしたくない。
その反面、どれほどわずかでも力になりたいとも思う。
傲慢な、とひとり嗤った。
一国の主である彼女だ。国に屈指の優秀な人材を何人でも傍に召し上げることができる。たかが一介の大学生のちからなど、なにほどのものだというのだろう。
それでもと望み、望まれることは、きっと生涯ただひとつの僥倖なのだと胸に刻む。
この感情がなんなのか、明確な答えは出ていない。
否、おそらく答えはもうそこにある。
ただそれを直視するのが怖くて、自分で目をそらしているだけなのだろう。
けれど、そんなものはどうでもいい。
ただ彼女が笑ってさえいてくれれば。
辛い道をたどってきた彼女が、この先も果てなく続く
そのためになら、どんなことでもしようと誓った。
たとえ、なにを失うことになっても。
初稿・2005.06.19
うちの楽陽は、なんだか楽俊視点が基本な気がします。
陽子ちゃんは王様業に必死なうえ、なにごとにも直進型だからでしょうか。
逆・内助の巧?・笑