台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊・陽子◆オーソドックスにいきましょう。



||7|| そんな事言うと…ふさぐよ? (楽陽……です……?)

「なあ陽子、機嫌直せって」

「や」

 一言未満の返答に、青年は深々と溜息をついた。

 そろそろ両手に余るくらいの回数こんなやり取りを繰り返していれば、溜息も出ようというものだ。

 がらんとした広い堂室には、彼女と自分しかいない。あとの連中は巻き添えを避け、難役を彼に押し付けて遁走中である。

 さすがは官吏、逃げ足も速い。

 べつにこの程度で腹が立つわけではないが、自分に責のないことでこんな苦労をしなければならないというのも、因果な話である。

「楽俊だけが頼りなの、お願い!」

 紺青の髪の女史と顔を合わせるなり大仰に拝まれて、なにがなんだかわからないうちに堂室(へや)に押し込まれ、稲妻閃く雷雲を従えて突っ立つ友人に出くわしたのが、かれこれ小半時前のこと。

 常ならば官や護衛に囲まれているはずの彼女の傍には誰もおらず、あまつさえ背後で扉の閉まる音がしたとなれば、事は明白で。

 生贄にされた、と結論が出たときには、すでに彼女を説得しない限りはここを出ることができなくなっていた。

 どうも自分はこういう場面によく出くわす。

 彼女も含め、過去にいきあたった面々を思い返して、そのほとんどがこの宮に関わりのある連中だったと気がついた。

 (ながいす)の上に胡座をかいてむこうをむいたきりの少女は、さっきからちらともこっちを見ない。

「陽子」

「や」

 問答は繰り返し、これまで見事に平行線。

 自分が堂室に一歩踏みこんだときに振りかえった彼女は猛獣さながらの眼光で、とりまく気配は王気というよりも殺気。

 相手が誰だかわかったとたん、ひどくばつが悪そうにそっぽをむいた頬が微かに赤かったのは、多分自分しか見ていないだろう。

「台輔だって悪気があるわけじゃねえだろう。ここは陽子が折れてやっちゃどうだ」

「やだ」

「やだってなぁ……」

 なだめすかしてようやく聞き出してみれば、事の起こりはまたもや彼女の半身との悶着だそうで、官が逃げ出すのも致し方ないかもしれない。

 ここの主従の頑固なことといったら、かの名高き延王ですら説得にてこずると評判なのだ。その石頭同士が角突き合わせたら、周りの者はたまったものではない。

 勘よく立ちまわりのうまい連中をうらやましいと思う反面、つい自分をかえりみてしまう。

---おいら、あんまり気がまわらねえのかな。

 おさまり悪い黒灰色の髪をかきまわして、肘置きがわりに使っていた椅子の背もたれから体を起こした。

 生真面目で何事も一本槍な彼女のこと、口の足りない宰輔に一時は怒っても、すぐに自分の言動を悔いているだろう。拗ねているのはいまさら引っ込みがつかないだけだ。

 あと必要なのは、機嫌を直すための口実で、それを引っ張り出すのが自分の役目なわけだが。

 でもこれが結構、難しいんだよな、と胸の中でごちながら、榻の向こうへ廻りこんだ。

「陽子」

 少女の足元に膝をついて見上げれば、案の定照れたような困ったような顔で。

「わかってんだろ?」

「…………」

「陽子が機嫌直さなきゃ、みんなが困るんだぞ」

「…………」

「台輔だって今頃祥瓊や鈴に怒られてるだろうから、これでおあいこだ」

 口を尖らせて目を合わせずにいた少女が、微妙に翠の視線を泳がせた。

「だろ?」

 彼女の膝元、錦張りの座面に肘を置いて顔を覗きこむと、なおうろうろと余所見をしながら、それでも微かに頷く。

 ここの女史と女御は、自国の台輔に遠慮がない。遠慮というかそもそも敬っているのかどうか謎なところもあるが、とにかく厳しいのが定評である。

 特に王に関わることには容赦ないから、今回もきっと渋面の台輔の左右からさんざんに説教しているに違いない。

 彼女もそれに思い至ったのだろう。紅唇の端にちらと微笑めいた物が浮かぶ。

 あとひと押し。

「陽子」

 繰り返して呼ぶと、観念したように少女が両手を上げた。

「ああもう!」

 盛大に喚きながら、榻の背もたれに寄りかかる。

「楽俊、ずるい。私が楽俊に勝てないって知ってるくせに」

 翠の瞳に恨めしげに睨まれて、床に座り込んだままの青年が苦笑した。

「ずるいもなにも、おいらだってなんにも説明されずにここに押し込まれたんだぞ。ずるいのはおいらに説得役任せて逃げ出した他の連中だ」

「わかった。あとで叱っとく」

「あのな」

 真顔で頷いた少女に顔をしかめ、あらためて彼女の横に座りなおした。

「だいたい、景台輔の口のたらなさなんて、今に始まったことじゃねえだろ。そんなこと一番わかってるお前が癇癪(かんしゃく)おこしてどうする。そこはもう諦めるか、百年でも二百年でもかけてなおすか、どっちかしかねえじゃねえか」

 懇々と説教されて、少女の眉根がむうと寄せられる。

「楽俊てば、景麒みたいだ」

「なに言ってる。景台輔がこんなもんですむかい。あの御仁は説教なさるときだけは饒舌だろ」

「そりゃあそうだけど」

 まだしかめっ面の少女が、青年の襟元に指をつきつけた。

「あんまり煩いと、口ふさいでやるから」

 彼女にしては珍しい物言いに、言われた方はへえと黒い瞳を瞠った。

「さるぐつわでもかますか?」

 面白がって聞いた襟を繊手(せんしゅ)にくいと引かれ、体が前にのめる。

 なに、と思う間もなく、頬に絹糸のような緋の髪が触れた。

「……おかえし!」 

 唐突に近づいて唐突に離れた少女が、頬どころか耳まで髪と同じ色に染めて立ちあがる。

 微かに暖かみの残る口元を押さえた自分の顔も、たぶん一緒で。

「陽子……っ!」

「お説教はナシ!」

「なしって」

「もう、それ以上言ったらまたするからね!」

「お、まえなぁ!」

 説教するにも睨み返すにも、お互い照れまくりの真っ赤な顔では迫力に欠けることはなはだしく。

「仕事に戻るから、ついてきちゃダメ!」

 この場を切り抜けるにはこれしかないと、伝家の宝刀を持ち出して緋い髪を翻し部屋を飛び出して行った少女を見送って、青年はずるずると榻に寝転がった。

「あー、ったく……」 

 とんだところで行動力のある彼女にはこれまでも色々驚かされてきたけれど、今度のは極めつけだ。

 微かな甘い香りと、唇に触れた柔らかな感触。

 まだ熱の残る額をおさえて、誰にともなく溜息をつく。

「……不意打ちなんて、卑怯だぞ」

 彼女は執務にかこつけて逃げたけれど、どうせまたあとで顔を合わせることになる。自分はもとより彼女も他言する気はないだろうが、衆目のあるところでお互い平静を装っていられるかは、たいそうあやしいもので。

 勘のいい人の多いここで、いつまで隠しおおせられるやら。

 明晰な彼にも、答えの出せないことはあるのだった。

 

 

 




大胆陽子ちゃんとややヘタレ(?)楽俊。

うわーおまっとうさまでした。
ようやく楽陽です。甘味料薄かったらごめんなさい。
これでも全力なんだ~~っ!!
書いてる奴が一番ヘタレだってのが・
さりげに楽俊がキツかったり(対景麒オプ・笑)
楽俊に陽子の名前呼ばせるのが好きです。へっへっへ・変態
無意識に至近距離に寄るのは好意がある証拠。

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