台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
正月の長い休みを控え、大学内にめずらしくうわついた気配がながれている。
帰省する者、しない者、家族と正月を迎える者、常と変わらず書物に埋もれる予定の者とさまざまだが、それでも緊張続きの学期内からすれば気分が違う。
今年は帰る気のない鳴賢は、朋友の堂室を覗いてまたたいた。
「あれ、でかけるのか?」
声をかけられた堂室の主が、長い尻尾をくるりと振ってこらこらなんだと叱る。
「扉くらい叩けよ。自分の堂室じゃねえんだから」
「悪い悪い、ついな」
ついと言いながら、お互いそれほど気にしているわけではない。兄弟の堂室に邪魔する程度の気軽さで行き来しているのだから当然だろうが。
「今度は慶と、できれば巧の様子も見て来ようと思ってるけど、まわりきるかな」
使うものだけ最低限を小さな行李に詰めている灰茶の後姿に、鳴賢は感心の溜息をついた。
「さすが文張、勉強熱心だなあ」
「そうじゃねえ。頼まれついでって奴だ」
肩越しに振り返った楽俊が軽く尻尾を上げる。
「苦学生が、そんな優雅なご身分なもんかい。おいらがあっちこっち見歩きてえって性分なのを御存知の人が、ちいせえ用事なんかを頼んでくれなさるんだ。そのご厚意に甘えてるだけさ」
「にしたって、それだけの信頼を得てるってのは充分すごいと思うぞ」
「そんなんじゃねえんだけどなあ……」
小柄なねずみの姿をした同輩は、謙遜するわけでなく尻尾を揺らしている。
楽俊は世情を自分で見て歩くことが好きらしいが、鳴賢など机の上の勉強が精一杯で、頼まれても出歩く余裕などない。折角の正月休くらいのんびりしたいというのが正直なところだ。
あれだけ勉強していながら、このうえよくもと思うけれど、そういうあたりでも視野の違いというのが出るのかもしれない。
だいいち、故郷の巧で拾った海客をはるばる雁まで案内してくるくらいだから、元々行動力はあるのだろう。
「そういや、あの子には会うのか? 彼女慶にいるんだろ」
「陽子か? まあ、顔見られればいいなあとは思ってるんだが、どうかなあ」
小首を傾げる楽俊に、鳴賢の方が呆れてしまう。
「折角慶に行くのに、彼女に会わないのかよ」
「そんなんじゃねって……お互い予定があわねえことにはしょうがねえだろ」
そんなんじゃないと言うわりに尻尾はひよひよと動いているのだが、このさいそれには触れないでおいてやる。
聞かなくても充分わかっていることだ。
「友達でもなんでもいいけどさ、雁と慶じゃそうそう会えないじゃないか。いい機会なんだし、会いに行ってやれよ」
「そうは言ったって、あいつも忙しいだろうし」
「忙しいって、彼女働いてるのか?」
思いもよらない言葉に目を丸くすると、楽俊は耳の後ろをちょっとかいた。
「慶に行くのに連絡もしなかったら怒られるぞ」
「あいつは怒りゃしねえと思うけど……」
まあなあ、とか考えあぐねるふうの友人を見て、鳴賢はほとほと呆れ果てた。
「……おまえ、俺が言わなきゃ本当に顔出さなかったろ」
「いやそんなことはねえけども」
口篭もった楽俊が、まあ都合ってもんがあるんだ、と笑ってごまかす。それに肩をすくめ、溜息をついた。
「それにしても、あの子海客なんだろ? 文張と雁に来たのに、なんで慶にいるんだ? 一緒にこっちにいればよかったのに」
なにげない質問だったのだが、楽俊は困ったように髯をそよがせた。
「仕事のつてが向こうにできたんでな。それに、おいらは大学に入ることになったし」
ふうん、と言ったものの、考えれば考えるほどこの二人には奇妙な点がある。だがまあ、話したがることでもなさそうだし、あまり首を突っ込むのも野暮というものだろう。
「海客かあ」
最近ではすっかり来客用の椅子になっている踏み台に腰を下ろしながら呟くと、楽俊はきょとんと振り返った。
「なんだ?」
黒い目と灰茶の毛皮の小柄な友は、年廻りから言えば鳴賢の弟のようなものだ。兄より賢くて気立てもいいが、まあそんな兄弟はどこにでもいるだろう。
世慣れていないせいか、すれたところがなくてひとあたりもいい。まして鼠姿のときは十やそこらの子供のようで、頭のひとつも撫で回してかまいたくなる。本人には失礼な話だ。
そんなことを考えながら、膝の上に頬杖を突いた。
「つまりさ。彼女は触で向こうから流されてきたわけだろ?」
「そりゃそうだが……」
鳴賢の言いたいことを察せない楽俊が、なにを今更と首を傾げる。
「てことは、触がなけりゃおまえら一生会うことはなかったってことだ。これってものすごい確率じゃないか?」
黒い目をしばたたく楽俊に、鳴賢はにやりと笑った。
「これぞ運命、ってやつだな」
「よせやい、柄じゃねえや」
顔をしかめてはみせたものの、照れ隠しなのか慌てているのか、うしろでにぎやかに動くものがある。
「文張、尻尾」
こういうところに否応なく心情が出てしまうあたり、嘘のつけない素直さが彼らしい。
にやにやと指摘されて本気の渋面になった楽俊が、鳴賢を横目で睨みながら自分の尻尾を撫でつけた。
「だからいつも人の格好でいろって言うのに」
「鳴賢がしょうのねえことを言わなけりゃいいんだろ」
拗ねたように背を向けて荷造りの続きをする楽俊の背中あたりで、灰茶の長い尻尾がゆらゆらと揺れる。
あれで遊んだら面白いだろうなと思っても、口には出せないことである。もし楽俊が本当の弟だったら、きっと恰好の玩具になっていただろうが。
まあ、人の姿を取ったところで、照れ屋の彼ならすぐ顔に出るから同じことだろう。
そっちも見てみたかったな、などと考えるから、品の悪い笑いは止まらない。
「あーあ、運命の出会いなんてもの、してみたいよなあ」
「だからそんなんじゃねえって」
「なんだよ、虚海の向こうとこっちの人間が会うこと自体、充分運命的じゃないか」
わざと知らぬふりをして言ってやれば、振りかえった顔は実に見ものだった。
「なーにを、考えてたのかな? 文張君」
「……言ってろ!」
すっかり機嫌の悪くなった返事に、鳴賢は遠慮なく腹を抱えて笑った。
初稿・2005.05.26
同世代の友人などなかっただろう楽俊ですが、大学に行って鳴賢と知り合ったあとは年相応のやりとりなんかもあるんじゃないかと。
だって、ほぼ最初の友人が鳴賢じゃあねえ・笑
(あんた鳴賢にどんな印象を……)