台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
無機物でさえも青ざめる溜息をついて、朱衡は己の主に冷たい目を向けた。
「たった一人の大学生も引っ張ってこられないとは、つくづく役に立たない王ですね」
氷のような視線を突き刺された雁国の王は、容赦のない言いぐさにむすりと口の端を下げた。
「しかたなかろう、否と言うのをむりやり引きずってくるわけにもいかん」
榻でふんぞりかえっているところをみると、どうも開き直ったらしい。苦情があるなら本人たちに言え、と言いたいのだろうが、さすがの朱衡も他国にねじこむわけにはいかない。
だからこそ、とられる前になにがなんでも口説き落とせと言ったのに、この呑気者は「まあしかたがないな」の一言であっさりと許可したという。
「だいたい、五百年もこんなことをやっているのだ。有能な官とやらなぞ、うちにはもう掃いて捨てるほどいるだろう」
「五百年も続いているからこそ、このあたりで新しい流れを入れたいのですよ。机の上や書物だけでなく、広く世を見聞し己の糧とできる才覚のある人間を」
「そんなもの、俺がやっているではないか」
「あなたのはただの放浪です」
言下に切り捨てられて、尚隆がへそをまげた童子の顔になる。
「国の整備に役立てるための情報収集ぐらい言えんのか」
「妓楼遊びと博打の合間の聞きかじりを報告しているだけでしょうが。実際働くのはわたしどもですよ」
さんざんな物言いでさらに不機嫌になった尚隆を捨て置いて、朱衡は書卓にのった紙の束をめくった。
それには、今期大学を卒業する予定の者の詳細な記録が載っている。
他国はどうだかしらないが、雁ではかならずこの書類が王の膝元まで上がってくる。雁の要になる国官の、それも高官に就く者たちである。下の方で適当に選ばせるわけにはいかないし、官位欲しさの贈賄や派閥をつくられては目もあてられない。忙しいなか手間を取られるのは事実だが、これも重要な仕事である。
かつてはほかに二人、内密の選考に参加した者がいたが、今では尚隆と朱衡だけの仕事になってしまった。
彼らがいれば、とは、朱衡は言わない。
言ってもせんのないことだ。
だからこそ、たんなる部下ではなくより王に近い立場で、共に先を考えられる人材が欲しかったのだし、ようやく人柄も才覚も申し分ない人間が現れたと思ったのに、結果はこのざまである。
「せっかくいい拾い物をしてきて、すこしは役に立ったかとみなおしましたのに、かえって評価が下がりましたよ」
「あれはもともと陽子の拾い物だぞ。俺はそれをちょっと預かっていただけだ」
「犬でも三日飼えば主と見てくれるものですよ。四年も預かって後ろ髪のひとつも引けずじまいですか」
無駄に平行線の会話に、朱衡が溜息をつく。
「せめてうちの王も景女王のような見目麗しい妙齢の女性であられたら、色仕掛けという手もあったのでしょうけどねえ。こんなのがしなをつくっても気色悪いだけでしょうし」
「おまえ、王に
「やらせたくてもできないと言ってるんですよ。---ああ、こんな女好きで粗野なむさくるしい傍若無人の年寄りが王だから、雁に勤めるのが嫌だったんでしょうかね。それはまあ無理もない」
「よくもそこまで主の悪口が言えるな。だいいち、誰が年寄りだ」
「五百も半分近く越えているくせに、まだ若作りするつもりですか」
「俺が年寄りならおまえは枯れ木だと思うが?」
「わたくしは臣下でございますので、関係ございません」
「そうやって自分だけ棚にあがるな! そんなに悔しければ慶に行ってとりかえしてくればよかろうが」
「それができるならとうにやっております。拙めも麒麟に蹴られるのは遠慮いたしたいですからね」
至極平静に言う朱衡に、尚隆がふふんと笑う。
「景麒が怖いのか」
「慶よりさきにやりそうなのが、うちにおりますでしょう」
「その馬鹿にも説教してやったらどうだ。おまえにくれてやるのでは楽俊が気の毒だと言っていたぞ」
「麒麟は慈悲の具現と申すではありませんか。どんなことにも憐憫をたれるのが宰輔の仕事でありましょう。いちいち気にもしておられません。せいぜい、明日一日太綱の書き取りをして頂くくらいで」
「……それだけやれば充分だ」
むっつりと榻によりかかった尚隆が、無駄口を叩きながらも書類をめくっている朱衡を横目で見遣った。
「で、逃がした張本人の俺だけが説教されているわけか」
こきおろされて機嫌の悪い王に、いえいえと秋官長が涼やかに笑う。
「これはただのやつあたりでございますよ」
朱衡得意のまったく心のこもっていない笑顔を、尚隆がきわめつけの渋面で睨みつけた。
名君と忠臣の会話とも思えないやりとりは、ことのほとぼりが冷めるまで当分続きそうである。
初稿・2005.05.12
臨場感優先のため、会話メインでございます。
御希望に添えたかわかりませんが、こういうお題はみんな小松の若御担当になりそうです・苦笑
楽俊が慶に行って一番悔しがるのは朱衡な気がします。
まあ、最初からわかってはいるんでしょうけどね。
それとこれとは別ということで・