台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
先刻からむっつりと押し黙ったきりの王を見て、鈴はそこまででてきた笑みをあわてて噛み殺した。
そのようすに気づいたのか、翠の瞳がちらとこちらをうかがうから、茶の支度を終えたあとはそ知らぬ顔をして一礼し堂室を出てきてしまう。
あたりに人影がないのを確認して、手にした盆を盾にはしたない笑い顔を隠して吹き出した。
「鈴、どうしたの」
壁を向いて肩をふるわせていたせいか、驚いたような同僚の声がして顔を覗きこまれる。その心配そうだった目が、声もなく笑っている鈴をみて呆れた色に変わった。
「……なあに、脅かさないでよ」
「ごめん祥瓊、ちょっとおかしくて」
ねめつける少女にゆるしてと手を合わせたが、それでも湧き出る笑いは止まらない。
「駄目、おかしくておなか痛い……」
「ちょっと、どうしたの? 陽子がなにかした?」
普通の臣下なら王を
こくこくと頷き、鈴は祥瓊を手招いた。
一応あたりをはばかって、というより、万一にでも陽子には聞こえないよう耳元で囁く。
「さっき。陽子ったら台輔と大喧嘩したでしょう。さんざん怒鳴りあったあげくに、もういいから仁重殿に下がれ、って」
ああと首肯した祥瓊が、手元の紙の束に目を下ろす。
「何度やっても懲りない主従よね。おかげでわたしはそのたびに仁重殿とここを行ったり来たりよ」
「女史も大変ね」
苦笑して、それでね、と続ける。
「あたまにきて追い出したのはいいけど、どうにも腹の虫がおさまらないらしいのよ。本人がいないわけだから、直接文句を言えないじゃない? かといって、呼び戻すのも自分からでかけていくのも悔しいらしくて、あれからずっとぶすーっとしてるの」
上目遣いでみやると、祥瓊も吹き出した。
「やあだ、なにそれ」
機嫌を損ねている王を笑い飛ばせるのは、金波宮広しといえども冢宰と太師のほかはこの二人の少女だけである。
少女特有の軽やかな声に笑みを含ませて、鈴が自分の出てきた扉をうかがった。
「原因は宰輔だけど、陽子としても自分は悪くないといいきれるわけじゃないから、きまりがわるいんでしょ。でもあれだけ派手に喧嘩した手前、自分から謝るのも腹が立つみたいで。ほんっと、意地っ張りなんだから、陽子は」
「しようがないわねえ」
なにごとにも直情で生真面目な妹分の性格がおかしくて、二人で肩を寄せて忍び笑う。
その背後の扉から、ぬうと不機嫌極まりない王の顔が覗いた。
「すーぅずーぅ?」
「陽子!」
はじかれたように振りかえると、半眼の陽子が生首さながら頭だけ扉から突き出している。
「なぁにを、やってるのかな?」
「え、なにって」
はりつけた笑顔がひきつる鈴のかわりに、先に開き直った祥瓊が腰に手を当てる。
「なにはこっちの台詞よ。なにをいつまでもそんな顔しているの」
真正面から叱られて、陽子が口を尖らせた。
「この顔はもともとこういうつくりなんだ。……それより、遠甫と浩瀚と、景麒を呼んでくれ」
「あら、仲直りする気になったの?」
「仲直りじゃない。今日こそあの石頭にわからせてやらなきゃあ」
「なるほど、自分じゃ言い負かせないものだから、遠甫と浩瀚様に説得をお願いするのね」
しゃあしゃあと言ってのける祥瓊に、陽子がぐっと詰まる。それでもなけなしの見栄を動員したか、きっと翠の目を上げた。
「そんなのどうでもいい、とにかく説教だ!」
にぎりこぶしで気合を入れる主を、女史の少女がはいはいといなして堂室に押し込める。
それを眺めながら、王宮で数十年を過ごすと言うのはこういうことかと納得する鈴だった。
初稿・2005.04.18
またもやどたばた。
三人娘オンリーって、じつはあんまり書いてないような。
この三人の日常も読んでみたいですねー。
陽子が忙しすぎてお喋りどころじゃないんでしょうか。
でも遠甫の講義は一緒に受けてたり……しないか。
「黄昏」後はもうちょっと側近の人数増えてるのかなぁ?