台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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図南後、ネタバラシ話。


||55|| 当然、下心は存分に満載だよ。(頑丘・利広+珠晶)

 

 壮麗な式典だったねえ、と朗らかに笑ったのは、華美の僅か手前程度に着飾った貴君子である。

「年は幼いが可憐で明晰そうな女王だ、なによりあの年で昇山とはと、下のほうでは珠晶の噂でもちきりだよ」

 若すぎる女王をしきりとほめちぎる青年に、横に立つ男はふんとわざとらしく鼻をならした。

「市井はそれですむかもしれんが、官吏は大騒ぎだろう」

「なに。官僚など、どんな王が来ても嫌な顔をするものさ。年端もいかない少女と侮ってくれれば、かえってやりやすいかもしれない。そのうち珠晶のほうがうわてになるだろうよ」

 まだ喧騒の残る階下を眺めながら、くつくつと笑う。

 黒を基調とした典礼服を着こなす姿は優雅で、さすが南に名高い奏の太子といえよう。

 とても、ついこのあいだ黄海を共に渡った仲間とは思えない。

 にこにこと楽しそうな青年の横で、頑丘は渋面以外の顔を作れなかった。

「……ただものじゃあねえとは思っていたが、まさか太子とはな」

 ことさらに物言いを悪くして睨みつけても、相手は眉の角度一つ変えない。

「ああ、珠晶にも同じようなことを言われたよ」

「ほう。で、殴られたか?」

 いっそ殴ってもらえと横目で見ると、善人顔の策士が満面の笑みをたたえた。

「いやあ、どっちかっていうと、呆れて言葉が出ないって顔してたね」

 それはそうだろう。

 自分の昇山に同行した人のよさそうな青年が、こともあろうに遠く奏から慶賀の使者として現れたのだ。珠晶でなくても驚く。

 しゃあしゃあと、と呟くと、軽快な笑い声がかえってきた。

 思い返せば、行動や言葉の端々に、それと察せる要素はあった。

 滅多に見ることのないような高価な騎獣、どんなことにも動じない胆力と、年のわりに達観したものの見方。そして、不可思議な言動。

 奇妙な男だと思っていたが、なるほど、数百の年を経ていると言われれば納得がいく。

「珠晶にお前が会ったことではなく、お前に珠晶が会ったことが大事、か」

 ふと零した独言に、振りかえった目が一瞬またたき、それから意を得たりと笑った。

「よく覚えていたね」

「……まだそこまで呆けてはおらん」

 むすりと口の端をさげると、青年はまた笑う。

 今なら、あの言葉の意味がわかる。

 王となるかもしれない少女に、彼が会ったのではない。

 彼に、未来の王である珠晶が出会ったことが重要だったのだ。

 おかげで、珠晶にはこれ以上ない後見が出来た。

 この世界に十二ある国のなかで、もっとも寿命が長くもっとも堅固な、奏という後ろ盾が。

 波乱は避けられないだろう朝のなかで、珠晶にとってそれはきっと強い支えになる。

「それにしても、珠晶も頑丘も正体を知っても敬語なんか使わないでいてくれるからありがたいよ。親しくしていた人に掌を返したように頭なんか下げられるのは、悲しくてしょうがない」

 芸細かく泣いたふりをする利広に、頑丘はさらに口を曲げた。

「あたりまえだろうが。まがりなりにも王族相手に不敬はできまい」

「おや、じゃあ珠晶はともかくなんで頑丘は普通に話してくれるのかな?」

「あれだけあごで使っておいて、いまさらそんな真似ができるか、みっともない」

 実際、本当はこうも気軽に話のできる相手ではないのだ。王族に対する非礼を糾されても文句はいえまい。

 なにしろ、正装の使者に相対しても叩頭どころか拱手もしなかった。実際には、驚きすぎて反応が出来なかったせいなのだが。

 だが、あの長い旅を同行した相手に、いまさらしかつめらしく礼なぞ払えるわけもない。まして無頼育ちの自分がそんな真似をしても滑稽なだけだ。

 むっつりと壁によりかかる頑丘に、利広は小首を傾げた。

「黄朱の民は、ではないのかい?」

「……俺はもう黄朱ではない。なんの因果か宮仕えになったからな」

 お仕着せの襟を窮屈そうに引っ張る男を、青年は意外なほど真面目な顔で見つめた。

「まさか、頑丘が本当に珠晶に仕えるとは思わなかったよ」

 うっすらと微笑む顔を見ずに、磨き上げられた石の床を眺める。

 どこもかしこも、これまでの自分とは欠片も縁がないものばかりで、底辺ぎりぎりの生活をしてきた身にはどうにも落ちつかない。

 だが、自分で選んだ道だからしかたがない。

「約束しちまったからな。王になれなかったときは珠晶が俺の徒弟、王になったら俺が杖身になると」

「そんな約束、反故にしてしまったっていいのに、頑丘らしいね」

「それで済ますようなおとなしいやつなら、そもそも昇山しようだなんて無謀なことは考えんだろうが。約束はどうしたとかさんざ喚かれたあげく、襟首掴んで引きずって行かれるくらいなら、おとなしくついて行った方がまだましだ」

 第一、とめいっぱいの渋い顔を作る。

「あんなはねっかえりを放っておけるか。会ったとたんに台輔をぶんなぐるような小娘だぞ」

 あとにもさきにも、あんな真似をした王など珠晶だけに違いない。

 同じ光景を思い出したのか、身をよじって笑った利広が、腹を押さえながら頑丘の肩を叩いた。

「頑丘も苦労するね」

「そう思うなら、いっそかわってくれ」

 さすがにそれはちょっと、とさらりとかわし、秀麗な顔がとってつけたような笑みを浮かべた。

「じゃあこうしよう。羽を伸ばしたいときは私に言ってくれれば、いつでも珠晶にとりなしてあげるよ。黄海でもどこでも、出かけたい放題だ」

 思い返せば、記憶のなかの彼はほとんど笑っている。

 なにも知らない人間が見ればごくふつうの好青年に見える笑顔は、だが頑丘には妖魔よりもたちが悪いものに見えた。

「ほう、お前さんのお供として連れ出してくれるってわけか?」

「え」

 切り返しはみごとに正鵠を射たのか、完全無欠の笑みが一瞬にして固まる。

「珠晶が言ってたぞ。星彩を自分にくれちまったんなら、お前さんの騎獣はどうするんだろう、まさか俺に狩らせるつもりじゃないだろうな、ってな。やっぱりか」

 じろりと見返せば、わざとらしいくらいすがすがしくあっはっはと高笑いされた。

「いやあ、さすが珠晶、読まれてたか」

「俺に案内させると、またこきつかうぞ」

「頑丘?」

「どうせ珠晶も俺がずっと王宮にいられるようなたちじゃないことはわかっているからな。自分の騎獣を狩ってこいとか言ってたし、お前さんの供はいい口実になる」

 目を丸くする青年をにやりと振りかえったとき、背後から軽いが勢いのいい足音が聞こえた。

「頑丘、こんなところでなにを遊んでるのよ! 利広まで!」

 王宮のちいさな主は、華やかな裳裾をひらめかせながら駆け寄り、二人の男の前でつんと顎を上げた。

「もう、ひとがしちめんどうくさい式典をながながとやってるっていうのに、いい御身分よね」

「俺はここの警備が仕事だぞ」

「わたしの役目は終わったからね、苦手なことはさっさとすまして逃げることにしてるんだ」

「頑丘はともかく、利広はなんか言い訳に聞こえるわね」

「やだなあ、珠晶はわたしを疑うのかい?」

「前科があるからな」

「信用できないわよね」

 今は主臣となった二人の絶妙な攻撃に、さしもの利広も声が出ない。

 その様子を満足そうに見た珠晶が、軽く肩をすくめた。

「ま、すんだことはもういいわ。式典は全部終わっちゃったから、供麒の堂室で宴会しましょ」

 紅唇から飛び出した言葉に、頑丘が目をむいた。

「仁重殿でか?!」

「だって、あたしの部屋は駄目だっていうんだもの。供麒も二人に会いたいって言ってたし、昇山成功のお祝いってことで、四人だけで御馳走食べましょうよ」

「お祝いって、おまえな……」

 どこの王が麒麟の堂室で酒盛りをするんだと天を仰ぐ頑丘に、珠晶がついと手を差し上げた。

「疲れちゃったわ。堂室までおぶっていって」

「---ついさっき、全力で走ってきたのは誰だ?」

「だから、式典と二人を探しまわるので疲れたのよ。王を走りまわらせるなんて非礼もいいところだわ。これでかんべんしてあげるから、さっさとおぶりなさい」

「……へいへい」

「へいへいじゃなくて、よろこんで、でしょ」

「よろこんで……なんて言えるか、このじゃじゃ馬」

「あ、言ったわねえ!」

 言いたい放題の二人を眺めていた利広が口元を隠しながら含み笑う。

「---なんだ」

「いやあ、頑丘、いいお父さんだねえ」

「こんなわがまま娘なんぞ要るか!」

「あら、こんな可愛い娘で不満なの?」

「---そのこまっしゃくれた口を閉じないと、階段から落っことすぞ」

「脅し文句に進歩がないわよ、頑丘」

「…………」

 

 供王蔡晶、字を珠晶という若き女王の長き治世は、ここから始まる。

 

 

初稿・2005.04.12

 




さりげなく頑珠ですか。
やー、珠晶好きだなあ。
「図南」の前半では好きじゃなかったんですけどね。
ちなみに頑丘と利広は最初から好き・笑

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