台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
コメディです。
石造りの堂室を覗きこんだ二人の第一声は、狭いな、だった。
「それにこの壁。切り出しの岩壁じゃあ、冬なんか寒いだろうに。学生はみんなこんなところに住んでんのか?」
「大半はそうみたいですね。家が近いやつは通っているようですけど」
答えながら、楽俊は床の隅に積み上げてあった書籍をどかして道をつくった。なにしろ、この来訪者たちは窓から入ってきたので、そうしないと通れないのだ。
「なにもそんなところからいらっしゃらなくても」
「だっておまえ、正面から入るわけにはいかねーじゃん」
ぺろりと舌をだした延麒の頭を小突いて、延王が笑った。
「いつこられるか、俺たちにもわからんのでな、連絡しようにもできんのだ。驚かせたか」
「……心臓が止まるかと思いました」
窓を叩く音で振りかえったら、暗闇の中に生首が二つ浮かんでいた。
悲鳴を上げなかったのは、たんに声が出なかっただけの話である。
さもあろう、といかにもすまなそうに頷く二人の顔には、しかししてやったりという笑いが浮かんでいる。
わざとやったな、と直感したが、まさか王と宰輔に諫言するわけにもいかず、楽俊はやれやれと髭を垂れた。
窓枠を乗り越えた延王に一つしかない椅子を譲り、楽俊は踏み台に腰掛けた。
延麒はさっさと帳を開け放った牀榻に座っている。
「さすがっつーか、すごい本の山だな」
さして広くもない堂室に積まれた書籍を見まわして、延麒が感心した声を上げた。だが堂室の主は、謙遜したふうもなく首を振る。
「おいらの持ち物なんて少ないもんです。なかには書籍に堂室を占拠されて、書卓で寝てるってのもいるようですから」
「げ」
おおげさに仰向いた延麒が、傍らの王をねめつけた。
「お前、学生をみならえよな。尚隆の部屋なんて、すっからかんじゃん」
「なに、書籍なら朱衡のところにごまんとあろうが。それに、俺がやるべきは書物を読むことではなく書籍に残されるような偉業だからな」
「本に残されるような悪行かもしれねーよな」
揚げ足を取る半身に言っていろ、と鼻を鳴らして、延王が楽俊に笑った。
「そんなことならなおさらだ。楽俊、王宮に住まんか?」
「……は?」
唐突な提案に、黒い目が瞬いた。
それにかまわず、延王がたいして広くない堂室を見まわす。
「お前のことだ、この堂室などすぐに手狭になろう。どうせ俺の所など空いた堂室がごろごろあるのだし、ここよりは広い。今からでもこっちに越してこんか」
「や、あの、そういうわけには……」
「ばっか、王宮じゃ遠いじゃねーか。どうせなら家の方がいいよな? 大学の傍にあれば、通うにもここと大差ねーし、そのほうが気兼ねもしないですむだろ」
「いやあの、延台輔?」
「そうかもしれんが、王宮の方が資料の書籍もあって便利だと思わんか?」
「そんで朱衡にこきつかわれんのかよ? あいつならぜってーやるぜ。首席入学の楽俊を放っとくわけねーもん」
「むう、それはいかんな。勉学の邪魔だ」
「あの、おふたりとも……」
「じゃあやっぱ家だな。どーだ楽俊」
「や、ですから・・・」
「ん? やはり王宮のほうがいいか?」
「そうじゃなくてですね!」
勝手に暴走している話に、楽俊はあわあわと尻尾を立てた。
「あの、おいらはここで充分なんです。家だとか、まして王宮なんてとんでもない」
ぶんぶんと首を振る楽俊に、延麒が顔をしかめる。
「だってお前、うちもボロ屋だけど、ここよりはましだぜ?」
「せっかく優秀な成績で大学に入ったのだからな。より快適な環境で、思う存分勉強してもらいたいのだ」
「お気持ちはとてもありがたいことですけども、そういうわけには参りません」
ふたりがかりの説得に、さすがの楽俊もどう言ったものか頭を抱えたい気分だった。
王相手に
だからと言って、一介の大学生、それも他国からの新入生が王宮住まいだの家持ちだのと言えるわけもない。まして、学費にも困るような身分だというのにだ。
「本当に、もう充分していただいてますから。これ以上の御厚意になんて甘えられませんて」
「なんだよ、別に気にしなくたっていいんだぜ?」
「なに、俺たちが好きでやっていることだ。遠慮などするな」
遠慮しているわけではない。まったくない。
本音を言えば、これ以上ない迷惑なのだ。
だがそれはさすがに口に出来ず、なんと言えば彼等が納得してくれるのか、大学の試験よりも難しい問題を前に、楽俊は頭を抱えるのだった。
初稿・2005.03.28
題名見た瞬間に話が決まったものの一つ。
「書簡」で珍しくぼやいてたのをネタに拝借しました。
困っている楽俊て滅多にないので、ちょっと面白かったり。
雁主従は単に好意でだけでなく、自分たちが遊びに行きやすいように下宿を勧めたとしか考えられないのですが・
本格的にどうでもいいことですが、「書簡」で学費だの勉強だのの事で悩んでいる楽俊にメタ萌えしたのはこの馬鹿野郎です。
22の男が、机に「ぽてり」なんてあごを乗せるな~!
なんか、すごく普通のお兄ちゃんなところが楽俊の魅力なんでしょうか。