台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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王というもの。


||51|| 人を裁けるのは事実だけ。(陽子)

 

「主上」

 声をかけられて、陽子は凝視していた自分の指先から視線を上げた。

 卓越しに佇む半身は、常にもまして白い貌で主を見返す。

 その紫の目が揺れているのを見て取って、薄く苦笑した。 

「景麒」

「わかっております」

 かすかに首を垂れた麒麟は、やや憔悴した風情。それは陽子のせいではないが、王として陽子が為さねばならぬもののためではある。

「わたしとて、此度のことは主上の御判断が正しいと思います。彼等がなしたことを考えれば、断罪は当然のこと。ですが……」

「わかっている、気にしないでいい」

 麒麟は仁獣という。

 つきつめれば、慈愛と憐憫を垂れる、ただそれだけの存在。

 相手が誰であれ、どれほどの悪行をかさねたものであれ、裁かれると知って見過ごすことは出来ない。

 それは彼等の本性なのだ。

 だから、陽子も景麒を咎めはしない。

「今日はもう仁重殿にさがるといい」

「主上」

「無理はするな、景麒。……だがわかってくれ。王とは、業を負うものなんだ」

 血の一滴も流れない玉座はありえない。

 王道とは、所詮血塗られた悪路でしかあらぬ。

 絢爛たる居城や御物に溺れ、甚大な権を玩ぶ者は王ではない。

 幾百万の民から滴る有形無形の血を両手に受けて、その熱さに懊悩し涙する者でなくては、玉座には有れないのだから。

 真摯な翠の瞳に、景麒がごく淡く笑んだ。

「心得ております、主上」

 ゆっくりと下げられた金の髪に、陽子も静かに瞑目する。

 罪人を裁くことは、容易ではない。

 人が人を裁く以上、その重みに無感動ではいられない。

 それをすべて呑んだうえで出た答えならば、痛みごと受け入れるのが国を統べる者の役目。

 互いにそれを知っている。

 叩扉の音と共に、冢宰を拝する男が入室を告げた。

「主上、よろしゅうございますか」

 浩瀚の控えめな促しに、景麒が軽く頷いた。

「お言葉に甘えて、わたしは下がらせていただきます。どうぞおいでくださいませ」

「うん。では」

 首肯して、陽子は立ちあがった。暫し視線を合わせた景麒が、もう一度深く頭を下げる。

 託されたものをしっかりと頷くことで受けとめて、毅然と前を向いて足を踏み出した。

 

---刑場へと。

 

 

 すべてのものから目を逸らさずに。

 すべての命を忘れないように。

 迷いながら。

 悩みながら。

 

 そうやって、自分たちは生きていく。

 生きていかなければならない。

 

 たとえそれがどれほどの隘路(あいろ)であろうとも。

 

 

 まことの答えがいずくにあるかは、やがて天が、民が教えてくれようから。

 

 

初稿・2005.03.25




「風の万里~」後。
内容的にあまり長くしたくなかったので、超短編になりました。
結局、あの人たちはどうなったのやら・

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