台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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午寮の街にて。
設定捏造の嵐ですのでご注意を。


||50|| 生きてなきゃ、死ねない。(楽俊)

 

 最初の感覚は、寒さだった。

 手足の先が冷たくて、この季節になんで、と思った。

 次に感じたのは、いいようのないけだるさ。

 それがなんなのか、頭に靄がかかったようで、思考が今一つはっきりしない。自分がうつぶせで寝ているのだとわかったのは、誰かに声をかけられた後だった。

「ぼうず、気がついたか」

 どうにも重い瞼をようようあげてみると、浅黒く日焼けした顔に不精髭をはやした初老の男が、彼を覗きこんでいた。

「おう、目が醒めたようでなによりだな。どうだ、気分は」

「……だるくて、寒いです」

「だろうな。熱が出てるんだ、下がるまでおとなしくしてろ」

 熱、と呟くと、男が頷いた。

「ぼうず、ここがどこだかわかるか?」

「午寮……」

 言ってから、ああ、と思い出した。

 妖魔の襲撃を受けたのだ。

 迫り来る蠱雕の群れ。

 なぎ倒される人々。

 そのなかに煌く、青みを帯びた白刃と、それをふるう華奢な背中。

 そこまで記憶を手繰って、がばと身を起こした。

 瞬間、焼けた火箸を背中に押しつけられたような灼熱感と激痛が脳天まで走って、がくりと肘が折れる。

「なにやってんだ、傷が開くだろうが!」

 首筋を乱暴に押さえつけられて、それでも起きあがろうともがいた。

「おいら、行かねえと……」

「ばっかやろう、こんな傷でどこへも行けるわけねえだろうが! この街には俺しか医者がいねえんだ、この忙しいのに面倒かけさせるんじゃねえ!」

 大きな節だった手に思いきり肩を叩かれて、灰茶の毛並みが逆立った。

「い、ってぇ!」

「あったりめえだ。蠱雕の蹴爪にひっかけられて、命があっただけめっけもんなんだぞ。これが欽原なら死んでるところだ。わかったらおとなしく寝とけ!」

 これが医者のやることか、と思ったが、言えるわけもない。

「それよりな、一応手当てはしたんだが、ちっと毛皮が邪魔になってんだ。転化は傷に触るかもしれんが、いっぺん人の恰好になってくれねえか」

 え、と見上げた先では、男が薬の山を漁っている。視線に気づいたのか、深い皺の刻まれた口元を曲げて笑った。

「なに、腰まで衾褥かぶってるんだし、手当てするのは背中だ。気にするこたあねえだろ」

「はあ」

 別に人身をとるのが嫌なわけではないが、さっきの痛みかたからして背中の傷はそう軽くはなさそうだ。転化するとなると、相当ひびくかもしれない。

 覚悟は決めたものの、考えるのとやってみるのでは相当違ったようで、歯噛みしたくなるような激痛を薄い衾褥にしがみついてやり過ごした。

「わりぃなあ」

 男が改めて傷の様子を見ながら苦笑う。

「おめえ、歳はいくつだ?」

「に、じゅう……いち、です」

「へえ、ちっちぇえねずみだから子供かと思ったがな。名は?」

「楽俊……」

 背中に無造作な手でおもいさま塗られた練り薬が沁みて、目尻に涙が浮かぶ。

「運のいい奴だよ。蠱雕に蹴られた連中は他にもいるが、あとはみんな半死半生だぜ。背丈がちいせえぶん、軽くあたっただけなんだろう」

 だけ、というわりに、傷はけして小さくない。だが、巨大な妖鳥の蹴爪は大人一人を軽く握りこめるほどだ。背中を掻かれただけですんだなら、たしかに幸運なのかもしれない。

 存外丁寧に手当てを終わらせて、医者が笑った。

「そらよ。若いぶん回復も早いだろうが、しばらく安静にしとけ」

「しばらくって?」

「そうさな、四、五日は寝といたほうがいいだろうよ」

 そんなには待てない。

 痛む背中をこらえて、肘で体を起こす。

「おい」

「連れがいるんです。あいつ、旅慣れてねえし、探さねえと」

「莫迦か、てめえは! 動くなって今言ったところだろうが! そんな怪我と熱で出歩ってみろ、一日でてめえが野垂れ死にだ!」

 男の手が首根を掴んで、無理やり衾褥に押し戻される。

 衝撃で朦朧とした頭で、それでも首を振った。

「約束したんだ、連れて行ってやるって……だから」

 呆れたような鼻息が、斜め上のほうから聞こえた。

「若けえのに、いまどき義理がてえ野郎だぜ。それともなにか、好きな娘でも一緒にいたのか?」

 怪我人の中にも死人にも若い娘はいなかったが、と呟く医者に慌てて首を振りながら、楽俊は内心安堵した。

 では、彼女は無事なのだ。

 少なくとも、怪我はしていない。ならば逃げおおせたろうか。

「弟なんです。あいつ旅なんて初めてだから、心配で」

「どんな奴だ、背格好は?」

 答えようとして、それはまずいと思いなおした。

 この医者はともかく、衛士の耳にでも入っては彼女の身にかかわる。

「蠱雕が来たとき、森に走らせたんです。あいつが森に入ったのはわかったんだけど、おいらが人波に巻き込まれて遅れちまって」

 けして巧みでないそらし方に、男はああと頷いた。

「門前はすげえ騒ぎだったみてえだからな。蠱雕にやられたのよりも、突き飛ばされたり踏まれたりしたほうが多いほどだ。おめえなんか、門から遠かったから助かったようなもんだぜ」

「でしょうね」

 あの騒動で、倒れた人間を避けて走れるわけもない。死人の大半は、そうやってできたものだ。

「森に入ったんなら、すくなくとも無事ではいるだろうが……はぐれたんなら心配だな」

 眉間にしわを刻んで、男は顎を撫でた。

「そういや、聞いた話しじゃあ、蠱雕を斬った奴がいるってな」

「蠱雕を?」

 うつぶせていてよかった。

 ぎくりとしながらも、そ知らぬ声で聞き返す。

「ああ。熊みてえな大男が、妖魔相手に怯みもしねえで大刀片手に蠱雕をばっさばっさ斬って落としたんだとさ。衛士の顔見てどっか消えちまったって話だから、お尋ね者の盗賊かなんかじゃねえかってさ」

「へえ、とんでもねえ人がいるもんですね」

「おおかた、熊かなんかの半獣だろ。蠱雕の首を斬り落とすなんぞ、そうそうできることじゃねえ。よほどの豪腕なんだろうさ」

 本当は、傷の癒えたばかりの痩せた少女なのだが。

 笑っている場合ではないが、人の噂というもののおかしさに、かすかに口が歪む。

 だが、そう思われているほうがいい。彼女を疑う因子がひとつでも減るのなら、それにこしたことはないだろう。

「弟のことは心配だろうが、まず自分が先だ。なに、そのうち情けねえ兄貴を探しにくるかもしれねえし、先の街で待ってるかもしれねえ。焦らねえで、少なくとも三日は養生しろ。それまでは転化もするなよ」

「……わかりました」

「それから、銭の心配はするな。これだけの騒動だ、お役人が出してくれるとよ」

 よけいなことかもしれんがな、と笑って、男は立ち上がった。

 礼を言う暇もなく、むこうの衾褥に寝かされた患者の脇にしゃがみこむ。楽俊相手と同じように口悪く叱りつけながら、てきぱきと治療していく。腕は確らしいし、いい人物のようだった。

 ありがたい、と思いながら、深く溜息をつく。

「情けねえ話だ……」

 大見得を切って連れ出したのは自分のくせに、とんだところで彼女のお荷物になってしまった。

 妖魔の襲撃は、予想していたはずだった。

 そもそも、陽子があちらでも蠱雕に襲われたと言っていたのだから、今回のこともそれと同根だろう。それは重々承知の上でいたはずなのに、こんなことになるとは。

 医者の話が本当だとすれば、陽子は少なくとも怪我もせず衛士から逃げおおせられたらしい。

 だが、そこから先はわからない。

 探索の手に落ちていないか、他の妖魔に襲われていないか。

 案じても案じても、今の自分には何もできないのが歯がゆい。

 身じろぎすると、肉をかきむしるような痛みが背中をはしる。

 拳に握った手の甲を噛むようにしてこらえて、ほとほと情けなくなった。

 彼女はもっとひどいありさまだった。

 痩せた全身が怪我だらけで、右手はむこうまで突き通された酷い傷。

 華奢な娘がそれをこらえていたというのに、大の男の自分がたかだがこんな怪我ひとつで身動きできなくなるなど、だらしがないにもほどがある。

 ゆっくりと息を吐いて体から力を抜くと、少しは痛みが和らいだ。

 汗で髪のはりついた額を衾褥に押し当てて目を閉じると、熱のせいか意識が拡散していく。

 起きられるようになったら、すぐに旅立とう。

 できるだけ早く阿岸へ。そこで陽子を待とう。

 このあたりから雁へ行くには、阿岸から青海を渡るしかない。ここまで来る途中に教えた道は、陽子も覚えているはずだ。うまくいけば阿岸への途中で会うこともできるかもしれない。

 自分の至らなさを悔いている時間はない。そんなものは、これから歩く長い道中でやればいい。

 自分がどうするか、陽子をどうするか。考えなければならないことはたくさんある。

 今からでも遅くはない。やれるだけのことをやろう。

 

 まだ、希望はあるはずだから。

 

 

初稿・2005.03.22




ななしのおっちゃんはべらんめえですが、イイ人です。
半獣相手にもちゃんと治療してくれる赤ひげ先生・笑
こういう人好きなんで、つい出してしまいます。ははは。
イシャ、が出なかったので、蓬莱の字になってます。

麒麟が人になるのを転化といいますが、半獣が人になるのはなんていうんでしょうか……。
色々調べたんですがわかんなくて、便宜上、麒麟と同じに転化と呼んでおります。

で、実際楽俊の怪我ってどれくらいだったんだろー。
蠱雕はデカいし蹴爪も大きいから、勢いよく蹴られたら衝撃だけで気絶しそうですよね。
陽子よりだいぶ早く阿岸にたどり着いたところをみると、そんなに大怪我でもなかったのかもしれませんが、ここはやはり、そこそこの怪我の ほうが……って、ホントにお前は楽俊のファンか。
でもあのツメは、ちょっとかすっても結構大きな傷になりそうだ・

玉葉のママさんが楽俊を見つけられなかったのは、ねずみさんを探していたから、ということで、一時人身に戻っていただきました。
だって、そうしないとなんか計算合わないんですよ。
そして、お題はまた連想ゲームで……汗
あー、「迷叉」のほうがお題に近かったかな。


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