台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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王の役目、麒麟の役目。
真実、麒麟にふさわしい性質とは?


||46|| 論理の飛躍どころかワープだって、ソレ。(陽子・祥瓊)

 

 書卓の上に厚い紙の束を置いて、陽子は両のこめかみをぐりぐりと押した。

 そうするとすこしは目許の緊張がおさまって、ようやっと重石が取れた気分になる。

 陽子、と笑み含みの声をかけられて振りかえると、祥瓊が盆を片手に立っていた。

「その様子だと、一区切りついたんでしょう、お茶にしない?」

「賛成。ちょっと息抜きしたいところだったんだ」

 だるさの残る両腕を上げて応える陽子に、おおげさねえと祥瓊が笑う。

「だって、朝からずっとこれとにらめっこなんだよ? いいかげん肩も凝る」

「はいはい。主上のお加減に気を配るのも、傍仕えの務めですからね」

 すました返事に陽子が吹き出した。

「祥瓊には感謝してるよ。景麒じゃ休ませてもくれない。あれが慈悲の具現なんてとても思えないよなあ」

 民や官の断罪には、なにを考えるそぶりもなくまずは慈悲を求めるくせに、自分にだけがみがみうるさい半身を思い出して、陽子が眉を顰める。

 手際よく茶を淹れていた祥瓊も、苦笑気味に頷いた。

「どうも麒麟にはそういうところがあるみたいねえ……」

 かつてわずかながら働いた恭の王宮でも、見当違いの温情を垂れるなと王がしばしば麒麟を叱ると聞いた。

 まあ、他の国はあれほど派手な騒ぎはないのだろうが、慶へ来てここの麒麟を見て、どうしてこうも彼らは融通がきかないのだろうと悩んだものである。

 そのへんをいくと、隣国や範の麒麟はやや規格外になるのかもしれない。

「慈悲、というのも、難しいわよね」

 なにをもって慈悲と言うのか。ただ憐れんで許すことだけが慈悲なのか。

 茶碗を二つ卓子に置きながら、祥瓊が考え込む。

 うん、と頷いた陽子も、あらぬ方を眺め頬杖をついた。

「これは以前、人に言われたことなんだけど。たとえばここに罪人がいたとする。彼は人を殺めたのだが、これには飢えた妻子があって、彼らを養うため罪人になった。麒麟はそれを見て助けろという。だが、それでは国が立ち行かぬ。罪は罪として、裁かねばならない、と。この場合、麒麟が望んだのは、慈悲なのか、ただ民を死なせたくないという憐れみなのか?」

 翠の目線に、祥瓊が軽く柳眉を寄せた。陽子は小さな茶碗を両手に挟んでくるくる廻す。

「ただ憐れむだけなら、誰にだってできる。言い方は悪いけど、かわいそうに、って思うのは、自分がかわいそうじゃないと思っているからじゃないのかな」

「……そうね」

「だけど、憐れむのと同情するのは違う。本当に重要なのは、なにに対して憐れむのかってことだ。妻子のために罪を働き、それを裁かれる。だからかわいそう? 同じ境遇でも罪を犯さない者がいるのなら、罪を犯した者だけが哀れなのか?」

 そうじゃないんだ、と首を振る。 

「罪は罪。そのうえで、罪を犯さねばならなかった境遇を(かんが)みて、政策に過ちがあったのならそれを反省し、改善して行くのが、国を守る者の務めなのじゃないかな。そのために王がいて、その王が走りすぎないよう押さえるために、慈悲を知る麒麟がいる」

 黙って聞いていた祥瓊の耳に、あの雪に包まれた里で叩きつけられた怒声が甦った。

---歩役を休んでも死刑、老いた親の世話に一時畑を離れても死刑。

 ああ、と胸のうちに氷のようなものが滑る。

---なんて非道。

 辛い記憶を掘り起こして初めてわかる、その酷薄さ。

 王とは、民を守るものでなければならないはず。

 それをなしえないときのために、麒麟がいるのではないのか。 

 民のために憐憫を垂れる神獣。それができなければ、罪はその身で(あがな)うしかない。

---二代にわたり暗君を選んだ、あなたに対する民の絶望を御理解いただきたい。

 白刃を手に膝をつく男に頷いた芳の麒麟は、その責を果たしえなかったがゆえに、己の首を差し出した。

 昏い記憶を、小さくかぶりを振って追い払う。その向かいで、陽子が深々と溜息をついた。

「ときどき、景麒なんかより楽俊の方がよっぽど麒麟に向いてるって気がするよ」

「楽俊が?」

 目を瞬いた祥瓊が、ぷっと笑った。

「なあに、それ」

「だって、頭はいいし、ものはよく知ってるし。それに、すごく人に優しいけど、絶対に甘やかさないもの」

「そうね、それは確かだわ」

 笑いながら、二人の少女は共通の友人を想う。

 名高い雁の大学で学ぶ、半獣の青年。

 二人とも、彼に会ったから、今がある。

 半獣を差別する国に生まれながら、それでも拗ねるところのない彼は、その生い立ちからか窮地にある人を見捨ててはおけない性分らしい。

 その一方で、必ずしも頼りきりにはさせてくれない。

 負いきれないものを課しはしないし、親身になって助けてもくれるが、まずは自分の足で立って前を見るよう、促すのだ。

「きつく叱るわけではないけど、言う事がいちいちもっともだから、甘ったれてる人間にはものすごく厳しく聞こえるのよね」

 実際、こっぴどくやりこめられた(と、当時は思っていた)祥瓊が苦笑う。

「でも、麒麟だなんてとんだ発想よね。本人が聞いたらなんて言うかしら」

 くすくす笑う祥瓊に、陽子が肩をすくめた。

「呆れられる、かな? またしょうがないこと言って、とか」

「今度、鸞で伝えてみたら?うちの麒麟になってくれませんか、って」

「やだよ、そんなことしたら、盛大にお小言貰っちゃう」

 他愛ないお喋りを、落ちついた叩扉の音が遮った。

「おや、お休み中でしたか」

「ちょっと息抜き。もう仕事に戻るよ」

 にこやかに入室してきた冢宰に苦笑して、分厚い書類の束を受け取る。

 書卓について筆をとりながら、さっきまでの戯言が頭を掠めた。

 楽俊が、慶の麒麟?

 ……ちょっと、いいかも。

 あるわけのない想像とわかっていても、つい笑ってしまう。

「どうかなさいましたか」

 怪訝そうな浩瀚にちろりと舌を出して見せる。

「いや、麒麟の人選」

 は?と瞬く浩瀚の横で、意味を知っている祥瓊が小さく吹き出した。

 

 

 後日。

「麒麟は無理だけど、大公の席なら空いてるわよ?」と、祥瓊が言ったとか言わないとか。

 

 

初稿・2005.03.07




途中、危うく脱線しそうでした。
十二国記でワープとかって単語は、ちょっと違和感あるのです(^^;)

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