台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「あいたっ!」
高い声に、鈴は苦笑した。
「刺しちゃったの? 大丈夫?」
手にしていた生地を膝に置いて横を伺えば、左手の親指をくわえた陽子が苦笑う。
「うん、平気。一瞬だけだから」
「こういうとき、仙て便利よね」
鈴の左隣から祥瓊が笑った。
まあね、と照れ笑いながら、陽子が針を持ち直す。
「それにしても、ちっともうまくならないな……」
しみじみと溜息をつくのを聞いて、女史と女御が顔を見合わせて肩をすくめた。
二人が針を使っているのはそれぞれの私服用の布。それに対して陽子は練習と称し手拭いの端縫いをしているのである。
「まあ、鈴は長いこと下働きをしていたのだし、わたしも刺繍くらいは
「それにしても、陽子は下手よねぇ……」
陽子の手元を覗き込んで、教師役の鈴がうーんと唸った。
真っ向から下手と言われた陽子が口を尖らせる。
「わたしの頃はもうミシンがあったから、手縫いなんてあんまりしなかったんだ」
「みしん?」
「……縫い物をする機械」
まあ、と祥瓊が眉を上げた。
「蓬莱にはそんなものがあるの? 便利でいいわねえ。陽子には作れないの?」
「作れたらこんなことしてない!」
あんな細かい機械の構造なんて、一介の女子高生が知っているわけがない。
憤然と反論しつつ、それもいいな、と思い直した。
「電動は無理だけど、足踏みミシンだけでも作れないかな……?」
「逃げてないで、ちゃんと練習なさい。数をこなさなきゃうまくなれないんだから」
針仕事などあちらにいた頃からやっていた鈴が、ぴしゃりとあしらい、肩をすくめた陽子が頭を下げた。
「はい……」
くすくすと笑った祥瓊が、鮮やかな手際で刺繍を施した生地を広げた。淡い浅葱の絹に、銀糸の刺繍が美しい。それを陽子が羨望のまなざしで見つめる。
「祥瓊、巧い」
「あら、公主の嗜みですわ」
ほほ、と口元を押さえた元公主に、現役の女王がじとりと目を向ける。
「裁縫なんて、できなくったっていいもん……!」
卓子にあごをのせて憮然とする陽子に、開き直ったか、とは言わず、鈴と祥瓊は目配せしあった。
そう、王である彼女が針を使えるようになる必要はない。だがお針仕事は女性の社交場でもある。できれば三人針仕事の傍らお喋りと、楽しく過ごしたいものだ。
……王に求めるものとは、ちょっと違うかもしれないが。
細かく針を使いながら、鈴がさりげなく微笑んだ。
「そうねえ、まあそれでもいいかもしれないけど」
ちらりと祥瓊を見やり、それを受けた祥瓊も、心得て頷く。
「普通男の人って、お針とかお料理の出来る女の子が好きっていうわよね」
ぴく、と陽子の肩が反応する。その様子を横目で確認しながら、鈴も追い討ちをかけた。
「旦那様のお召し物ぐらい自分で縫い上げられなきゃあ、いいお嫁様にはなれないって、おばあちゃんに散々仕込まれたわねえ」
紅い髪の頭の上にウサギの耳でもあったら、ぴくぴくっと動いていただろう。
ぎぎぎ、と二人を見やった固い顔の陽子に、零れるような笑顔が向けられた。
「まあ、陽子の好きな人がどうだかは知らないけど?」
「そうねえ、お針が出来なくても、王の仕事に差し障りはないでしょうしね」
わざとらしい物言いに、陽子がますますふくれる。
「ひどいよ二人とも」
すっかり拗ねた陽子に、たまりかねた二人が笑い出した。
「大丈夫よ、陽子が不器用なことなんて、楽俊はとっくに承知の上でしょうから」
「そうそう。そんなこと気にしないわよ」
「それも傷つくっ!」
手にした縫いかけの手拭を投げ出して、陽子が叫ぶ。
笑い転げる少女たちの華やかな声が、開け放たれた窓から空に零れた。
初稿・2005.02.13
陽子は手先仕事不器用ってことで。
鈴はもちろんですが、祥瓊もある程度は出来そう。
新道にいた頃に諸々の仕事はさせられていたでしょうけど、
刺繍とかなら公主だったときもやってたようなかんじ。
まあ、王様が針仕事しててもどうかとは思うけどねー・笑