台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
雁の王宮は玄英宮。王の私室である正寝の一室には、重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
王宮の主である延王とその宰輔、そして隣国慶の景女王が、眉根を寄せて腕組みをしている。
それを、小柄な灰茶の鼠が小首をかしげて見守っていた。
「……そもそも、なぜあんなに目を吊り上げて文句言われなければならないのか、そこが問題なんです」
押し殺した低い声が、少女の口から漏れた。
「さもありなん」
重々しく延王が頷く。
それに真剣に頷き返し、景女王がこぶしを握る。
「わたしがこちらのことに疎いのは確かです。物を覚えるのも遅いのかもしれないし、優柔不断で、延王のようには国政を捌けないかもしれない」
「なに、こいつのは下手な兵士が大根を切るようなもんだ。陽子が目標にするほどのもんじゃない」
「なんだと」
まぜっかえす延麒を延王が睨みつけた。
「だけど」
どん、と塗りも美しい卓子が細い手で叩かれる。
「なにもあんなにがみがみ言わなくたっていいじゃありませんか!」
「まさにそのとおり!」
幾度も深く頷いた延麒が、自身も握りこぶしを振り上げた。
「こんなイタイケな子供を朝っぱらからたたき起こして朝議にひっぱりだしたり、ちょっと友人に会いに行きたいと抜け出しただけで三倍の政務を押し付けたり!」
「各国の動向を知るための見聞の旅を、難癖をつけてやめさせようともしおるな」
精悍な面に苦渋をにじませて、延王が同調する。
「陽子はともかく、延王と延台輔に関しては、ちょっと自業自得な気がするんですが……」
小柄な鼠が、遠慮もせずに半ば呆れたような声をかけた。
それに雁の主従が過敏に反応する。
「なんだと?!」
「お前、陽子のことは庇うくせに、オレたちはどうでもいいのかよ!」
「どうでもいいとは思ってませんけど……」
「けど、なんだよ? 現に自業自得だなんていってるじゃねーか!」
「だって、その通りでしょう」
言葉遣いこそ丁寧だが、鼠の姿をした青年は悪びれない。
「玉座についてまだ日が浅く、政に詳しくない陽子を景台輔が責めるのはお門違いだとは思いますが、お二方はもう五百年の間おんなじようなことをやってなさるわけでしょう? 今更雁の皆さんが見逃してくださるはずがねえじゃねえですか」
雁主従を相手にこれだけ理路整然と、それも畏れ入ることなく言ってのけられる人物は、十二国広しと言えども数えるほどしかいないだろう。
いつものように穏やかで濡れたような黒い瞳に真っ向から見つめられて、雁の主従はたじろいだ。
「それは……っ……」
「いや、だがな……」
きょとんとそれを眺めている景女王の視線を感じながら、それでも言い訳をしようと言葉を探す二人に、鼠が溜息をつく。
「……陽子、お前はこうなるなよ?」
「楽俊?」
しみじみと言われて、少女が首をかしげた。その近所で、金の髪がかきむしられる。
「うわぁ、なんてひでえことを!」
「お前、それでも友人か?!」
「おいらは思ったとおりのことを言っただけです!」
二人がかりで掴みかかられて、半獣の青年が慌てて体をかわす。
「そんなこと言うならな、お前があの毒舌説教攻撃の矢面に立ってみろ!」
指を突きつけられて、銀の髭がぴんと立った。
「はあ?!」
「すっっげー怖いんだぞ! すっっげーねちねち言われるんだぞ! あんなもん五百年も聞いてみろ、いいかげん逃げ出したくもなるってもんだろ?!」
「政務放り出して遊んでるから怒られるんじゃあ……」
「遊んでるんじゃねえ! ちょっとした息抜きだ!」
「息抜きの合間に仕事してるように見えますが」
「なんだとおっ?!」
「六太くんやめてって!」
背丈が同じくらいの鼠の首もとを掴んで乱暴にゆすぶる延麒を、景女王が慌てて止める。
「そんなことしたら、楽俊が死んじゃうよ! それに今のは……」
小さな手から無理矢理友人を剥ぎ取って救出した景女王の視線が、延麒の後ろに向けられた。
ぴき、と、空間が音を立てたような気が、した。
「し、秋官長様……」
心配する友人の肩に
「ご無理をなさらないでください。わたくしが用があるのは、こちらの二人ですので」
ゆるりとめぐらされた目線の先で、延麒の顔から音を立てて血の気が引いた。
「よい機会です。仰りたいことがあるのなら、謹んで拝聴いたしましょう」
にっこり、としか表現ができないくせに、こんなに怖い顔などみたことがないような気がする。
正面きって視線を合わせた延麒だけでなく、固唾を呑んで見守っていた景女王と青年もぞっと背筋を縮めた。
「もちろん」
涼やかな声は、今しも逃げ出そうとしていたもう一人の人物の動きをも止める。
「拙めは宰輔だけでなく、主上のご意見も伺いたいと存じますが、いかがでございましょうや?」
返答は、重い重い沈黙。
それを勝手に肯定と取って、男は二人の襟首をむんずと掴んだ。
「では、参りましょうかね」
「……おい朱衡!」
「ちょ、それはやめろって!」
左右で引きずられる主従の抵抗に、朱衡がやんわりと視線をおろした。
「お二人の前で、見苦しい抵抗をなさるんですか?」
ぐっと黙った延王の反対側で、延麒が両手をあげた。
「わかった、わかりました! 自分で歩くから襟を離せ!」
わかればよろしい、と手を離した男にぶちぶちと文句をたれながら、二人が立ち上がる。
「景女王、楽俊殿。お騒がせいたしましたこと、幾重にもお詫び申し上げます。主二人は中座させていただきますが、お二人はどうかお構いなく、おくつろぎくださいませ」
けちのつけようがない微笑と一礼を残し退出する秋官長の後に、渋面の延王と残される二人に片手拝みで謝罪する延麒が続いた。
嵐が去ったような堂室のなか。
事の成り行きを呆然と見守っていた少女と鼠の青年は、閉じられた扉を前にぽかんとした顔を見合わせた。
「……やっぱりさ」
「うん」
翠の瞳と黒い瞳がしばし見つめあい、それから肺を空にするような深い溜息が二人の口からこぼれた。
「逆らっちゃいけない人って、いるよね」
「……だろうな」
しみじみと己が身を振り返る景女王と、慰めるようにその肩を叩く友人だった。
初稿・2005.02.13
イマイチうまくいかなかった・
こっそり楽陽。