台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「ありがとう」という言葉。
楽俊は、と指を突きつけられて、青年は瞬いた。
「楽俊は謙虚過ぎる」
口を尖らせた少女が、翠の瞳で青年を見上げる。
「---おいらが?」
「そう。祥瓊や桓魋もそう言ってるよ」
ええと、と困惑して頭をかく楽俊に、陽子が溜息をついた。
「本人に全然自覚がないんだもんね……」
ぽすんと傍らの榻に腰を下ろし、楽俊にも座るように促す。
素直に隣に腰掛けた楽俊に、あのね、と向き直った。
「祥瓊は自分の間違いを正してもらったって感謝してるし、桓魋は視野の狭さに気づかされたって言ってる。わたしは、楽俊に命を救われて、心をも救ってもらったんだ。みんなどれだけ感謝してもしたりなくらいなのに、楽俊は礼を言ってもらうほどのことじゃないって言うでしょう? それって、すごい美徳だとは思うけど、気持ちを受け取ってもらえないみたいで、ちょっと淋しい」
僅か眉を寄せて、陽子は視線をさ迷わせた。
「なんていうのかな。押しつけるのは違うと思うし、受け取ってもらえないのが嫌だとかそういうんじゃないんだけど」
言葉を選びきれない顔で、たとえば、と首を傾げる。
「わたしがどれくらい楽俊にありがとうって言いたいか、わかる?」
真顔で覗きこまれるようにされて、さすがの楽俊もたじろいだ。
「どれくらい、って……」
「楽俊はわたしのおかげで大学に入れたって言うけど、それはたまたまわたしが王で、延王に会うことが出来たからなだけでしょう? そんなの、わたしのおかげなんかじゃないし、もしそうだとしても、それは楽俊に助けてもらったお礼なんだよ? わたしがしてもらったことに比べたら、ぜんぜん足りない」
軽く振った頭に合わせて、緋色の髪がゆるやかに波打つ。
「これってわたしの我侭なのかもしれないけど、ありがとうって言ったら、どういたしましてって言ってもらう方が、嬉しい」
真面目な顔で言われて、楽俊がちょっと笑った。
「……そうだなあ。おいらも、礼を言ったらどういたしましてって言われる方がいいな」
「ホント? そう思う?」
「うん、思う」
無理強いしてはいないかとやや不安そうな陽子に頷いて、楽俊は以前言われたことを思い出す。
相手の好意を受け取るのも、器量のうち。
---なるほど、こういう意味か。
自分ではあれこれ考えているつもりでも、頭の中だけではわかりきれないことなど呆れるほど多い。だからこそ、面白いのではあるが。
「おいらはたいしたことしてるつもりはねえけど、それが相手の役に立ってるんならいいことだ。ありがとうって言葉までいらねえものにしちまうのは、失礼な話だよな」
うん、ともう一度頷いて、改めて自分の考えのつたなさに苦笑する。
その様子を見て、陽子が笑った。
「じゃあ改めて。色々ありがとう、楽俊」
「どういたしまして」
二人しかつめらしくお辞儀をし、顔を上げた拍子にお互いを伺う視線がぶつかって吹き出した。
「なんかへんだな」
「うん、へんなかんじ」
肩をすくめて笑いながら、でもな、と首を傾げる。
「おいらが陽子に感謝してるのも、本当なんだぞ」
少学も出ていない身で大学に入れたのも、延王や延麒が彼を気にかけてくれ、ほっつき歩けない主従のためにという口実で他国を見歩けるのも、元をただせば陽子といっしょにいたからというただそれだけだ。
玄英宮に招かれたとき、楽俊を伴ったのは陽子。
助けたことを彼女が恩に着て楽俊を重んじてくれたから、現在がある。
「最初が何であれ、陽子がおいらにしてくれたことは、おいらにとってはものすごくありがたいことなんだからな?」
じっと話を聞いていた陽子が、こっくりと頷いた。
「でもこれって、おたがいさまってことかな?」
「そうだなぁ、持ちつ持たれつってやつだよな」
さまざまな岐路を経てなお共に在る二人は、相手の顔を見て同時にふんわりと笑った。
初稿・2005.02.09
感謝には笑顔の受領サインを。
称賛にもね。
葉月お説教後。
このお題のために前作を頑張ってみたりしました・笑
あれですね、私のなかで楽陽というのは『おでこがくっつくくらい近くでおしゃべりできるのに、なかなかその先進まない仲良し二人組』というスタンスらしいですね。
頼むからラブラブになってくれっ!!
って、いざそうなったら書けるとは限らないんですが・滅