台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「つくづく変わった奴だよな」
「曉遠に言われちゃ気の毒だけど、確かに本人に自覚がないだけ、いっそすがすがしいね」
合い向かいで書籍と帳面を交互に睨みつけていた玄章も賛同する。
その横で、鳴賢は山積みの書籍に顎をのせてふうと溜息をついた。
「いっぺんあいつの頭の中、見てみたいよな」
「きっと今まで勉強してきたことがぎっちり詰まってんだろうぜ」
「少しでいいから分けてくれないかなぁ。そしたら馬術のコツ分けてやるのに」
「どういう奴なんだろうな、文張って」
「半獣姿のときなんて、嘘のつけないお人よしだと思ってたけど」
「なーんか謎も多いしなぁ」
例えば、素性はよくわからないがどうも裕福らしい男とか、その子供らしいのが顔を見せたり、ちょこちょこどこかへ出かけたり。
巧国の出身なのだから雁に知人は少ないはずなのに、あちこちから連絡が入っている様子。
ものすごい美人が訪ねてきたこともあったし、それに劣らぬ男装の美少女と親しげに歩いていたこともある。
だからといって遊び歩くわけではなく、出された課題は完璧に仕上げるうえ、どう時間をやりくりしているのか友人たちの誰よりも勉強家で、がつがつしているわけでもないのに成績はいつも上位。
これを謎と言わんでなんとする。
「要領がいいってわけじゃないけど。勉強の仕方が上手いんだろうな」
「頭がいいからだよ、そりゃ」
「鳴賢みたいに三べん読んでも頭に入らねえ奴と違うからな。お前なんて文張の三倍かけてこの課題やってんだろ?」
「うるさいな、法令だけだ」
教本や彼の父親の書き付けもあるが、大半は彼自身の手によるもので、これが学生の書いたものかというくらいよくまとめてあった。
「
「俺だって欲しいぜ。これさえ覚えときゃ明日にでも法令関係の允許は全部取れそうな気分だ」
「覚えられれば、だろ」
うずたかく積まれた書籍と帳面の量を測って、三人同時に大きな息をついた。
「……これ全部、頭に入ってるんだよな、あいつ」
「だろうね」
「人間じゃねえよな……」
これほどの俊英でありながら至って温和で人当たりよく、最近では気軽に話せる友人も増えた。
未だに他国の半獣がと言う輩もいないではないが、どうみてもひがみでしかないからかえって見苦しいと笑われる始末。
秀才と言われ尊敬を集めつつあるなかで、本人の人柄は入学当時とまったく変わらない。
それがいっそ不思議だった。
「なんかこう、一本芯が通ってるっていうかさ、目標みたいなの。あるみたいじゃないか?」
出涸らしの薄い茶をすすりながら、玄章が濃い灰色の目を上向ける。
「そんなもん、みんなそうじゃないか。誰だって官吏目指して死に物狂いで勉強してんだろ」
「いや、そうじゃなくて」
あたりまえだといいたげな曉遠に、玄章は灰青の頭を抱えて唸った。
「なんて言ったらいいのかな。官吏になるとか、そんなのより重いかんじがする」
「重いって。なんだよそれ」
「いやぁ、俺にも上手く言えないんだけど……なんかすごく大きいものを見てるような、それを芯にして自分を律してるようなとこ、ないか?」
苦心して言いたいことをまとめる玄章に、鳴賢も腕を組んで考え込む。
「肩いからせて机にかじりついてるわけじゃないけど、あいつの集中力って怖くなるときあるよな」
「……だな」
曉遠がぼそりと頷き、その場に沈黙が落ちた。
「一体、なんなんだろうなぁ」
「なんの話しだ?」
突然背後から声をかけられて、鳴賢は飛びあがった。
「文張?!」
がたがたっと賑やかな音がして、三様に飛びのく。それを不審そうにみやって、灰茶の毛皮の鼠が顔を
「課題の資料が足りねえって言うから貸してやったのに、全然すんでねえじゃねえか。間に合わなくなっちまうぞ」
なにやってたんだと聞かれても、まさか課題そっちのけでお前の噂をしていたんだとも言えず、三人揃って首をすくめる。
しようのない学友にやれやれと首を振った半獣の青年が、居住まいを正して本に向かった曉遠の隣に腰掛けた。
友人たちの見張りをかねてか、抱えてきた書籍を開いて読み出したのを目の端に映しながら、鳴賢はさっきまでの会話を思い出す。
玄章の言う「重いもの」がなんだかは、鳴賢にもわからない。
だが、それにあの緋い髪の少女が関わっているような気がしてならないのだ。
なぜとは言えないが、そんなふうに思う。
なあ、と声には出さず、合い向かいの友人に問いかけた。
---お前、あの子のこと話してるとき、すっごい優しい顔するの、気づいてるか?
初稿・2005.02.01
学生さんたち再登場。
彼らの会話も止まらないですね。
この中でも楽俊は苦労人なんだろうなー・
曉遠は別字ですが、玄章は普通の字です。
ちなみに曉遠はちょっと色男系。頭も悪くないですがやや遊び人。31歳。
玄章は取りたてて目立たないけどいい奴。鳴賢よりボンボン。29歳。
なーんて、自家設定でした。