台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
逢いたい気持ちは、こちらでもあちらでもかわらないものです。
「らーく、しゅん」
唐突に聞こえた笑み含みの声に、青年はせわしく瞬いた。
のめりこむように読んでいた帙から顔を上げ、自分を我に返らせた原因を探す。
堂室のなかには自分一人。
扉からは誰も入って来ていない。
とすると、あとは一箇所だけ。
あえてゆっくり振りかえった窓の外、闇のなかにちらりと緋色の頭が覗いていた。
「……陽子?」
その声音に不穏なものを感じたのか、そおっと上がってきた翠の瞳がごまかすように笑う。
「……えっへっへ」
少女の照れ笑いにやれやれと溜息をつきながら、楽俊は立ちあがった。
「お前といい雁の方々といい、王様ってのはどうしてこうお忍びが好きなんだろうなあ……」
ついでに言うなら、そこは窓であって出入り口ではないのだが。
正面から遊びに来られるような立場ではない面々だから仕方ないとは言え、おかげで留守のときにも窓に鍵がかけられない。
この窓は凌雲山の絶壁に穿たれているから、彼等のように空を駆ける騎獣でもないかぎり侵入することはできないが、まあ気分的な問題である。
苦笑しながら窓を開き、少女に手を貸して堂室に入れてやる。
「ごめん、邪魔しちゃって」
「なに、気にすんな」
すまなそうな声に笑い、堂室の隅に置いた火鉢に湯をかけながら、物珍しそうに書卓の上を眺める陽子を振りかえった。
「そんで、今日はどうしたんだ?」
え、と動きの止まった少女に小首を傾げる。
てっきり雁の王宮に来たついでに顔を見せたのかと思ったのだが、違うのだろうか。
「上に用があって来たんじゃねえのか?」
怪訝そうな顔をされて、陽子があーとかうーとか煮え切らない返事をする。
「陽子?」
「えーと、その。玄英宮に用があったわけじゃないんだけど……」
うろうろと視線をさ迷わせながら、てへへと笑う。
その様子に、楽俊も気がついた。
「ちょっと待て。お前、ちゃんとこっちに来るって言ってきたのか?」
「あ、うん、そりゃもちろん」
陽子はさも当然という顔で即座に頷いたが、それでごまかせるほど付き合いの浅い相手ではない。
「……おい」
楽俊が一歩進むと陽子が一歩半下がった。
「えーと……」
中途半端な笑顔を貼りつけたまま、劣勢を悟った少女がじりじりと逃げる。
遁走したければ窓際に行くべきだったのだが、うっかり壁側に進路を取ったがために自分で退路を断ってしまった。
たいして広くもない堂室のこと、すぐに背中が壁にあたる。
「あのな、陽子」
情けない恰好の景王に、楽俊が眉を顰めた。
それを見た陽子のほうも危機感をつのらせる。
---まずい。すごく、まずい。
これは絶対にお説教がくると察し、剣呑な雰囲気の青年から逃げようと背中で壁をつたっていったものの、たちまち追いつかれ両側を腕で遮られる。
「こら」
至近距離でやたら冷静な声がして、狭い檻のなかで半身よじった恰好の陽子が首をすくめた。
厳格な家庭と女子校育ちが災いしてか、異性に接近されると落ちつかない。
まして、相手が相手だ。平静でいられるわけがない。
「陽子」
その声に弱いとわかっているのかどうか。妙に落ちついた口調にあっけなく陥落した陽子が、観念して両手を上げた。
「嘘ですごめんなさい、抜け出してきました!」
「……やっぱりか。それは駄目だって言っただろ?」
溜息混じりにこつんと額に小さく拳骨を貰って、もういちどごめんなさいと両手を合わせる。
「---でも、あのね?」
「ん?」
「すごく、楽俊に会いたかったんだ」
この距離で、この状況で。
上目遣いに見上げる仕草と殺し文句に落ちない男がいたら、お目にかかりたいもんだ。
胸中派手に嘆息して、楽俊は額を押さえた。
それを言うなら自分のやったことも同じようなものなのだが、本人に自覚はない。どちらも意図的でないだけに、始末におえない二人である。
「……怒った?」
「怒ったわけじゃねえけど……もうちょっと自重しろ」
「ハイ、ごめんなさい。今度はちゃんと許可とります」
「それだけじゃなくて」
言われたことがわからずきょとんと首を傾げた陽子は、自分が妙齢の、それもかなり器量のいい娘だということを忘れているらしい。
---忘れてるっていうより、気づいてねえんだろうな。
良し悪しは別として、いかにも彼女らしいことだ。
「楽俊?」
文張、と呼ばれることの多い最近にあって、少女の声はどこか甘く懐かしい。
まったくな、と笑って、陽子の前髪をくしゃりと撫でた。
「ま、いいか。おいらも会えて嬉しいし」
「ホント?」
「陽子に嘘なんかつくか」
顔を見合わせて、さっきの攻防の反動かくすくすと笑いあう。
「だけど、あんまり遅くならないうちに戻れよ? 景台輔に怒鳴り込まれんのはやだぞ」
「はぁい」
茶を入れながら一応釘をさす楽俊に、陽子はおどけて肩をすくめた。
慶と雁は隣だけれど、尭天と関弓は遠いから、滅多に逢えなくて。
鸞は声を伝えても、直接顔を見ることはできない。
---迷惑かけるのわかってたけど、飛んできちゃったんだ。
甘えちゃってごめんね、と謝りながら、想像通り許してくれたことが嬉しくて、笑みが零れた。
「なんだ?」
「なんでもない」
会いたかったと。
会えて嬉しいと。
その言葉だけで、今は充分。
初稿・2005.02.01
遠恋もいいですけど、逢わせる方法考えるのが大変でス☆
って言う楽陽字書きさん多いですよね(苦笑)
一応順を追って書くタチなもので、楽俊を一足飛びに慶の官吏とかにできないんですよねー。
やってもいいんだけど、あとから修正きかないから~・倒
でもそろそろ面会方法に限界がw