台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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望む先、進む(しるべ)、戻れぬ隘路(あいろ)


||30|| 素人が無謀なんだよ。(雁国主従・楽俊)

 石畳の走廊を、一人の子供が全力で走っていた。

 物凄い形相で息を切らし、よろめきながらもその勢いのまま自分の正面に見えた巨大な扉に体当たりする。

「楽俊!」

 叫びながら、勢い余って堂室のなかに倒れこむ。重い扉にあたった拍子に痛めたのか、左肩を押さえながら乱れた金の髪を振り払って顔を上げた。

「延台輔?!どうなすったんです!」

 子供---延麒六太の横に跪いた青年が、慌てて手を差し出す。

「……楽俊?」

「はい?」

 息を整え、紫の大きな目をぱちくりさせて見上げれば、相手も年に似合わぬ可愛げな仕草できょとんと首を傾げた。

「どうした、なんの騒ぎだ」

 青年の背後に現れた偉丈夫を見て、二度瞬く。

「……尚隆?」

「そうだが。自分の主を見忘れるほど()けたか」

 憎たらしいことを悪童の顔で言ってのける雁国の王に、六太はまだ事態が呑みこめない。

「……オレは、お前と楽俊が決闘してるって聞かされて、飛んできたんだけど……?」

「は?」

「なんだそれは?」

 見かけは年の近い二人の青年が、そろって頓狂な声を上げた。

「俺と楽俊が、何故決闘なんぞせねばならんのだ」

「延王が本気だったら、おいらなんて一瞬で首が飛んでますよ」

 それぞれに呆れたように首を振る。

 まだぽかんと口をあけたままの六太に、尚隆が口の端でふふんと笑った。

「おおかた朱衡あたりに担がれたのだろうよ。日頃迷惑をかけられているはらいせに」

「迷惑かけてんのはオレより尚隆じゃねーか!」

 噛みつくように一声上げて、六太は深々と息をついた。

「まったく、言うにことかいてとんでもねえこと吹き込んでくれるぜ……」

 ざらりとした感触の床にあぐらをかいて座り込む少年に、楽俊が苦笑する。

「で、ホントのところはなんだったんだよ?」

 睨み上げられて、延王と半獣である青年が顔を見合わせた。

「鍛錬、に、入るんでしょうかね?」

「まあ、護身の修練ではあるだろうな」

 はあ?と言ったのは六太である。

「護身で鍛錬? なんだそりゃ」

「身を守る訓練だ。そんなこともわからんか」

「だぁから、そうじゃなくて! なんでそんなことしてんだって聞いてんの!」

 麒麟のわりに短気な少年が噛みつく。その勢いにか、楽俊がやや視線を逸らした。かわりに答えたのは尚隆である。

「大学では、弓は教えても剣は教えないからな。かといって軍式の技術までは要らんし、ならば俺が護身術だけでも教えてやろうと言ったのだ」

「尚隆が?」

「そうだ。とりあえず身を守れればいいのだからな。攻撃はするな、とにかく防げと」

 なるほど、二人の手元にあるのは刃を潰した模擬刀。これで決闘であるはずがない。

 簡単な防具をつけている楽俊と違い、まったくの普段着で立っている男が笑った。

「俺の打ちこみに耐えられれば、まあそのへんのなまくらに打ち負けることはないだろう」

 紫の視線を転じられて、ええ、と楽俊が頷く。

「おいらはあんまり力がねえし、受け流す剣の使い方くらいしか覚えられませんから。なにぶん基礎がないもんで、打ち身だらけですけど」

 はは、といつもどおりのおっとり風情で笑う頭を、六太は腕を伸ばして一発ひっぱたいた。

「あいて」

「あったりまえだ! ドのつく素人のくせに尚隆なんぞ相手にしやがって、無謀なんだよ! こいつの剣は刃引きしてあったって重みだけで人殺せるんだぞ!」

 打たれたところを押さえて顔を顰める楽俊に、小柄な麒麟が吼える。

 いやまあ、と口篭もった青年が、ほかに表情の選びようがないという顔で苦笑した。

 むっとしたのは尚隆である。

「阿呆、誰がそんな下手な真似をするか」

「万が一ってことがあるじゃねえか! 楽俊にもしものことがあってみろ、オレたち揃って陽子に殺されるぞ!」

「……楽俊が心配なのか、自分の首が心配なのか、どっちなのだ?」

「両方に決まってるだろうが!」

 さんざんに喚き散らして、六太はがっくりと肩を落した。

「あーもー、なんでオレがこんなに疲れなけりゃならないんだよ……」 

「申し訳ありません」

 律儀に頭を下げた楽俊に手を振って、目の前の主を指差す。

「楽俊のせいじゃねーよ。悪いのは全部こいつ」

「いや……」

 いいさした楽俊を制して、不穏な顔の尚隆が剣環を鳴らした。

「ほお、お前も俺に剣を習いたいか」

「冗談じゃねえや! 尚隆なんぞに打たれたら、かよわいオレなんかふっとんじまわあ!」

 べえと舌を出す半身に、尚隆が拳骨を落す。それをすんでのところでかわした襟首を、大きな掌が掴んで引き戻した。

「じょうりゅ、ぐるじ……っ!」

「お前は、どこの麒麟が王にそんな非礼を取るというのだ!」

「どごのおーが、ぎりんのぐびじべるんだよ!」

「ああもう、やめてくださいって!」

 取っ組み合って目つきも悪く睨み合う主従に、楽俊が天を仰いだ。

 

 

 夕刻。

 主従からの心づくしという名目で軟膏やら酒やらを押しつけられた楽俊が王宮を辞したあと、六太は尚隆の堂室に顔を出した。

 既に酒肴を運ばせていた主に手招かれ、露台に出る。

 ちょうど半分の月が中天にかかって、凪いだ雲海を炯炯(けいけい)と照らしていた。

「ったく、尚隆の剣を真っ向から受ける奴がいるとは思わなかったぜ。下手したら大怪我だぞ」

「そんなへまはせん。第一、俺も陽子に首を刎ねられるのは御免だ」

 ふんと鼻先であしらわれて、欄干に腰掛けた六太が溜息をついた。

「言い訳も聞かずに一瞬で終わらせてくれそうだよな。覿面(てきめん)がどうとかなんて、絶対思い出しもしないぜ」

 ほの蒼く光を放つ剣を下げた、鬼気迫る隣国の女王。

 二人でおなじ光景を想像して、うそ寒げに肩を竦める。

「しかし、なんだって急に剣を教えるだなんて言い出したんだ? 第一、楽俊はどう考えたって文官じゃんか。剣を持つ必要なんてねーだろ」

 首を傾げられ、尚隆はさりげなく盃に酒を注いだ。

「護身を教えてやろうと提案したのは俺だが、剣を覚えたいと言ったのは楽俊だぞ」

「ええ?」

 危うく覗きこんでいた水面に落ちこみそうになって、欄干にしがみつく。

「楽俊が? なんでまた」

「あの利口者が本音など言うか。寛容で温厚で嘘がつけないくせに、肝心なところはなにひとつ見せん。実に官吏向きの男だからな」

 だが、と脇の皿から桃の実を一つとって、六太に投げ渡した。

「私欲のないあの男が己で動くとしたら、陽子絡みしかあるまい」

 受け取った桃にかじりつこうとした六太の手が止まる。

「陽子」

「天官の乱、楽俊に話したのだろう? やつはなにも言わんが、(こた)えなかったはずはない」

 手にした杯を置いて、尚隆は眼前に広がる雲海を眺めた。

「陽子を玉座につけたのは、景麒ではない。無論、俺たちでもない。景麒が選び、俺たちが道をならしはしたが、陽子の背を押して玉座を選ばせたのは楽俊だ。そしてその意味を、やつは誰よりもわかっている」

 みはるかす海は地上の明かりを透かして淡く輝く。

 それはこの世のなによりも夢幻的な光景だった。

「王でも麒麟でもないものが玉座を薦め、逃れようのないさだめのなかに陽子を送り出した。その責を、陽子一人に背負わせるような男ではないだろう。たとえ最後には陽子自身が選び取るとはいえ、先を示したのは楽俊なのだからな」

 だからこそ、今度のことは堪えたに違いない、と思う。

 臣でも官でもなく、一人の友として彼女を案じ、その苦心と努力を知っているから、元とはいえ天官として王の傍に仕えた者が王を否として剣をつきつけたと聞いて、平静ではいられないだろう。

 でなければ、茶飲み話と言えど剣を覚えたいなどと言うわけがない。

「あいつが望んでいるのは、陽子を支えることだけではない。意識無意識は別として、男なら誰でも、惚れた女を守りたいと思うだろうさ」

「……人の気持ちを勝手に代弁するなよ」

 顔を顰めた六太に、あくまで俺の推測だ、と軽く言って、尚隆は杯を干した。

 武力で守るのではない。彼がその智恵と情でもって友を支えるつもりであるのは承知の上だ。

 だが、もしもの時はその身を盾にしてでも彼女を守る覚悟であることも、尚隆は知っていた。そんなものは、言われなくてもわかる。

 いま慶の中枢にある者たちは、みな王を信じ慕っている。彼等とて陽子を支えるに懸命だろうが、彼女の背を守らんと自らに任じているのは、おそらくは楽俊だけではないだろうか。

 まだ己のさだめを知らず、迷い喘いだ少女を知っている、唯一の人間。

 逡巡するその背を押した責任を、楽俊は永劫自分に課すのだろう。

---王の気に取り込まれるような馬鹿が、麒麟のほかにもあったとはな。

 王を王としてではなく一人の人間として扱い、その身を支え守ることは、相手とおなじ重さを負うということだ。

 それがどれほど重いものか、尚隆は身をもって知っている。

 だがたとえそれがどんなものでも、彼は投げ出すことなど夢にも思うまい。

「……愚かな男だ。只人の身で、王とおなじものを背負うと言うか」

 ぽつりと漏らした言葉に、六太が酷く辛そうな顔で目を逸らした。

 なんと愚かで一途な。

 それはきっと、恋だの愛だのというような中途半端な恋情ではないのだろう。それはそれで別のものだ。

 無上の、無償の親愛。

 そしてそれは、たぶん陽子も同じ。

 ふむ、と唸り、顎を撫でる。

「つまりあれだ。情が深すぎて、男女の仲にまで発展しないのだろうな」

「結局そこにおとすのかよ!」

 小さな拳骨が飛んできて、尚隆は苦笑った。

 どうせ己の道は己で切り開かねばならないのだ。ならば自分たちはここで見守っていてやればいい。雁が倒れる頃には持ちなおしておくと言われたからには、慶が安定するまでは倒れるわけにもゆかぬ。

 まだまだ当分やることはありそうだと、雁の主は月に笑った。 

 

 

初稿・2005.01.31




ネタ練りしている当初は、ホントに仕合いしてました。
でも意味とおらないので二転三転した模様・模様って
尚隆の推察は正鵠を射てますが、ここまで書く気ではなかったです・苦笑
しかし、どうにも説明くさくてやだなあ。


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