台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

3 / 72
慶主従・六太◆麒麟の号とは


||3|| はい、馬鹿決定。 (馬と鹿ってどこかで聞いた)

      

「号?」

「そう。氾麟に、つけてやらないのかって言われたんだ」

 毎度おなじみ金波宮での茶話会。

 色鮮やかな桃饅を持ったまま、王宮の主がすんなりと伸びた指で半身を指す。

 指差された方は、主の行儀の悪さに微かな溜息をつき茶碗でその後の表情を隠した。

「景麒、っていうのは号であって、名前じゃないんだよね。全然意識してなかったけど、六太君はこれ、名前でしょう?」

「まあ、オレは倭の生まれだから、名があるんだもんな」

 倭にはこちらと違い、面倒な名前の呼びわけはない。昔はあちらの名前も複雑だったが、彼自身は六太、としか名を持っていないからそう呼ばれているわけで。

 杏の甘煮をつまみながら、雁の麒麟は頬杖をついた。

「まあ実際、字のついてる麒麟なんてそれほどいないような気もするけどな」

「氾麟が梨雪でしょ、泰麒がこうり、だっけ」

「草冠のついた高に里、だな。あと、采麟が揺籃、って言ったか」

「宗麟殿がたしか、昭彰とか」

茶碗を置いた景麒が、やや自信なさそうに眉根を寄せる。

「そうだな。あとはわかんねーや」

 指折り数えていたのと反対の手で、栗餡の餅をぽいと口に放りこむ。

「供王も、号で呼んでた気がするしな。実際字を貰ってる麒麟は半分いるかどうかってとこだろ。範の御仁のはむしろ遊んでるようなもんだから、無理に考える必要はないと思うぜ」

 第一、と六太が笑った。

「字ったって、どんな名前つけるんだよ」

「・・・それを思いついてたら、とっくにつけてる」

 馥郁たる香りのお茶を口にしながら、陽子の顔は渋い。

「なんかこう、しっくりするのがないんだよね。氾麟の『梨雪』なんて、なるほどって思うじゃない? ああいうの、簡単に思いついたら良いのになあ」

「あー、まあな。ちびのはもとの姓だけど」

「たかさと、の音読みだっけ」

 そうそう、と頷いた六太と、まだ渋面の陽子がそろって同じ方向を向いた。

「名前、ねえ……」

「印象からつけるっつってもなぁ……」

「どうしても、冷たいとかかたいとかそんな文字ばっかり浮かんできちゃって」

「そりゃ無理ねーや」

 二人分の視線を浴びて、今度は景麒が眉間のしわを深くする。

「別に新しく字をいただかなくとも、私は号で呼んでいただければ充分です」

 白皙の顔には、犬猫並みに扱われるくらいなら号のほうがましだ、とでかでかと書いてある。

 それを見て六太がにやりと笑った。

「いやいや景台輔。字は王の御厚情であるぞ。温情涙し伏して拝領つかまつるが、臣たる者のつとめであろう」

 こういう文句がすらすらでてくるあたり、五百年の重みは伊達ではない。あからさまにからかわれて、景麒の薄紫の瞳がむっとしたように細くなる。

「さようでございますか。では延台輔も、賜った字にはさぞや思い入れがおありでしょうね」

 氷の如き切り返しに、六太は口に入れていた茶をおもいさま吹き出した。

「六太君!」

 あやういところでのけぞった陽子の叱責に勝る声音で、隣国の同族に迫る。

「景麒! てめ、どこでそんなことを!」

「以前、延王より伺いましたが」

「あんのやろぉ……!」

 怒り心頭で他のことなど目にも入っていない本人に代わって、まきちらされた茶をふき取っていた陽子が、怪訝そうな顔で景麒を見た。

「六太君にも字があったのか?」

「聞くな陽子!」

 必至の牽制もしかえしとばかり無視して、景麒がきっぱりと言い放つ。

「ええ。馬鹿、と仰るそうです」

「景麒!!」

 張り倒さんばかりに抗議しても、時既に遅し。 

 翠の瞳を瞠った陽子が、ぽかんと口をあけた。

「………………は?」

「ですから、ばか、と」

「だから繰り返すなぁぁ!」

「……ばか?」

「陽子も言うなっ!!」

 しみじみと眺められ憤然とする六太に、さらに景麒が追い討ちをかける。

「延王の仰るには、馬と鹿のあいだのような生き物だから馬鹿でいいだろうと」

「けぇぇい、きぃぃぃぃぃ……っ!」

 玻璃を刃物で引っかくような声が、歯軋りの合間に漏れた。

「それを言うなら、十二国の麒麟全部、同じ字になるんだからな!」

 くるしまぎれの反撃は、みごと功を奏したようで。

「てめえも今日から『馬鹿』だ!!」

 絶叫は部屋を震わせて、あとには硬直した景麒と腹を抱えて笑い転げる景王の姿があった。

 

 その後、慶国の麒麟が号を賜ったという話は、ついぞ聞かない。

 




字どたばたバナシ。

このお題は六太以外にないでしょう。
馬鹿決定だなんてな。(でもありがち)
アニメでは朱衡がバラしてましたが、うちは基本的に原作寄りなので御勘弁を。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。