台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「号?」
「そう。氾麟に、つけてやらないのかって言われたんだ」
毎度おなじみ金波宮での茶話会。
色鮮やかな桃饅を持ったまま、王宮の主がすんなりと伸びた指で半身を指す。
指差された方は、主の行儀の悪さに微かな溜息をつき茶碗でその後の表情を隠した。
「景麒、っていうのは号であって、名前じゃないんだよね。全然意識してなかったけど、六太君はこれ、名前でしょう?」
「まあ、オレは倭の生まれだから、名があるんだもんな」
倭にはこちらと違い、面倒な名前の呼びわけはない。昔はあちらの名前も複雑だったが、彼自身は六太、としか名を持っていないからそう呼ばれているわけで。
杏の甘煮をつまみながら、雁の麒麟は頬杖をついた。
「まあ実際、字のついてる麒麟なんてそれほどいないような気もするけどな」
「氾麟が梨雪でしょ、泰麒がこうり、だっけ」
「草冠のついた高に里、だな。あと、采麟が揺籃、って言ったか」
「宗麟殿がたしか、昭彰とか」
茶碗を置いた景麒が、やや自信なさそうに眉根を寄せる。
「そうだな。あとはわかんねーや」
指折り数えていたのと反対の手で、栗餡の餅をぽいと口に放りこむ。
「供王も、号で呼んでた気がするしな。実際字を貰ってる麒麟は半分いるかどうかってとこだろ。範の御仁のはむしろ遊んでるようなもんだから、無理に考える必要はないと思うぜ」
第一、と六太が笑った。
「字ったって、どんな名前つけるんだよ」
「・・・それを思いついてたら、とっくにつけてる」
馥郁たる香りのお茶を口にしながら、陽子の顔は渋い。
「なんかこう、しっくりするのがないんだよね。氾麟の『梨雪』なんて、なるほどって思うじゃない? ああいうの、簡単に思いついたら良いのになあ」
「あー、まあな。ちびのはもとの姓だけど」
「たかさと、の音読みだっけ」
そうそう、と頷いた六太と、まだ渋面の陽子がそろって同じ方向を向いた。
「名前、ねえ……」
「印象からつけるっつってもなぁ……」
「どうしても、冷たいとかかたいとかそんな文字ばっかり浮かんできちゃって」
「そりゃ無理ねーや」
二人分の視線を浴びて、今度は景麒が眉間のしわを深くする。
「別に新しく字をいただかなくとも、私は号で呼んでいただければ充分です」
白皙の顔には、犬猫並みに扱われるくらいなら号のほうがましだ、とでかでかと書いてある。
それを見て六太がにやりと笑った。
「いやいや景台輔。字は王の御厚情であるぞ。温情涙し伏して拝領つかまつるが、臣たる者のつとめであろう」
こういう文句がすらすらでてくるあたり、五百年の重みは伊達ではない。あからさまにからかわれて、景麒の薄紫の瞳がむっとしたように細くなる。
「さようでございますか。では延台輔も、賜った字にはさぞや思い入れがおありでしょうね」
氷の如き切り返しに、六太は口に入れていた茶をおもいさま吹き出した。
「六太君!」
あやういところでのけぞった陽子の叱責に勝る声音で、隣国の同族に迫る。
「景麒! てめ、どこでそんなことを!」
「以前、延王より伺いましたが」
「あんのやろぉ……!」
怒り心頭で他のことなど目にも入っていない本人に代わって、まきちらされた茶をふき取っていた陽子が、怪訝そうな顔で景麒を見た。
「六太君にも字があったのか?」
「聞くな陽子!」
必至の牽制もしかえしとばかり無視して、景麒がきっぱりと言い放つ。
「ええ。馬鹿、と仰るそうです」
「景麒!!」
張り倒さんばかりに抗議しても、時既に遅し。
翠の瞳を瞠った陽子が、ぽかんと口をあけた。
「………………は?」
「ですから、ばか、と」
「だから繰り返すなぁぁ!」
「……ばか?」
「陽子も言うなっ!!」
しみじみと眺められ憤然とする六太に、さらに景麒が追い討ちをかける。
「延王の仰るには、馬と鹿のあいだのような生き物だから馬鹿でいいだろうと」
「けぇぇい、きぃぃぃぃぃ……っ!」
玻璃を刃物で引っかくような声が、歯軋りの合間に漏れた。
「それを言うなら、十二国の麒麟全部、同じ字になるんだからな!」
くるしまぎれの反撃は、みごと功を奏したようで。
「てめえも今日から『馬鹿』だ!!」
絶叫は部屋を震わせて、あとには硬直した景麒と腹を抱えて笑い転げる景王の姿があった。
その後、慶国の麒麟が号を賜ったという話は、ついぞ聞かない。
字どたばたバナシ。
このお題は六太以外にないでしょう。
馬鹿決定だなんてな。(でもありがち)
アニメでは朱衡がバラしてましたが、うちは基本的に原作寄りなので御勘弁を。