台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊独白◆鹿北から午寮へ


||28|| 信じてくれなくたって、いい。(楽俊)

 

 郭洛の街、場末の舎館の薄い衾褥(ふとん)のなかで、小柄な鼠はころりと寝返りを打った。

 それまで背を向けていたむこうの衾褥から微かな寝息が聞こえて、すこしほっとする。

 眠れるようならいい。雑居の舎館では落ちつけないかと案じないでもなかったが、とりあえずは

大丈夫そうだ。

 そう思って、闇のなか天井を見上げる。

 今朝家を出てからこれまで、彼女が気を緩めた様子は一度もなかった。

 病み上がりの身体で一日歩いて、そのうえ気を張り詰めどおしでは身がもたないだろうに。

---仕方ねえとは思うけど。

 人と、ことに衛士とすれちがうときの怯えようは、見ているほうが気が揉めた。

 そんなに構えることはないと言ってやりたかったが、ずっと追われてきた彼女にしてみれば無理

もないのだろう。

 だから、せいぜい気づかない顔をして歩いた。自分に向けられている、怯えと猜疑の目にも。

 

 意識を取り戻してからこっち、楽俊は陽子の笑った顔を見たことは一度もない。

 器量はいいのだから笑えば可愛いだろうに、いつもなにかを睨みつけるような目で、物音ひとつにも聞き耳を立てて。

 たった十七かそこらの娘をああまで追いこむほど、巧国の海客への仕打ちは酷い。

 望んで来たわけでもなく、二度と故郷に帰れない者を、なぜそこまで鞭打つような真似をするのだろう。

 自分の身をかえりみて、楽俊はすこし息をついた。

 

 半獣だとて、虐げられるのにかわりはないけれど。

 

 でも、追われるわけでも殺されるわけでもない。職も田も貰えないけれど、命の保障はとりあえずある。

 剣を抱いて壁に向いた少女は、眠っていても安らいだふうはない。それをみやって、なんともいえず気の毒になった。

 彼女が高熱で(うな)されていたとき、おかあさん、と呼んだ涙声を覚えている。

 苦しげに喘ぎながら零した言葉はまるで末期の吐息で、ぞっとするほど弱々しかった。

 蝕になど巻きこまれなければ、あちらの世界でごく普通に暮らしていただろうに、こんな異郷で行き倒れて。

 宙を彷徨う痩せて傷だらけの手を握ってやりながら、頑張れと励ました。必ず助けてやるから、と。

 なんとか持ちなおして目覚めた少女は、案の定酷く警戒したけれど、楽俊は気にしなかった。

---そりゃあ、信用してくれた方が嬉しいけど、それがしんどけりゃ今は信じなくたっていいさ。

 こちらに流されてからこれまで辛いことばかりだったのだろうから、時間をかけて気持ちを落ちつけていけばいい。

この旅のあいだと、雁に着いてのその先で、身の振り方を考えながらゆっくり話そう。

どうせ先は長いのだから。

 

初稿・2005.01.28




なんか夜の描写が多いナーとか・

というか、このへん短編多くて文字数下限ギリなのがツラ(ry

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