台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
「主上、お待ちください、主上!」
慌てたと言うより半泣きの下僕の声に、珠晶は鞍の上から振り返った。
「ちょっと行ってくるだけよ。あとよろしくね!」
「主上!」
追いかけてくる声を無視して、騎獣の腹をとんと蹴る。利口な獣は珠晶の意を汲んでぐんと高く飛翔した。
みるみるうちに視界が開け、風に乗るその速度も上がる。
あれは絶対べそかいてるわね、と一人笑って、珠晶は手元のややかたい毛皮を撫でた。
「これでもう追っかけて来ないわ。いくらあいつの足が速くたって、留守を放っては来られないはずもの」
融通が利かなくておとなしい半身は、ことに珠晶の勘気に弱い。
ついてくるなと厳命され、留守を任せたと言われれば、弱りはてながらも従って、置いてきぼりを食った犬のように項垂れてひきさがるしかないだろう。
珠晶によく慣れた巨大な虎の騎獣が、賢げな瞳でちらりと背を見返る。
そのたしなめるような苦笑うような気配に、十二国で一番幼い女王はつんと唇を尖らせた。
「だって、あんなやつつれてお忍び歩きなんて、できるわけないじゃない。目立っちゃってしょうがないわ」
言って、先日
それはひさかたぶりのお忍びのこと。めずらしく供麒が譲らずどうあってもついていくと言うから、さすがの珠晶も折れたのだ。
たまには主従でもいいかと、珠晶はおとなしめの襦裙に着替え、供麒にも『お嬢様と随従』という体裁でそれらしい恰好をさせたものの、見込みは全く甘かった。
供麒は麒麟のくせにそこいらの杖身よりもがっしりした体格をしている。たとえ金の髪がなくとも、あの図体で目立たないわけがない。
おまけにちょっと目を離したすきにはぐれてしまい、挙句にあろうことか街の中で半泣きの顔で主上などと叫ばれた日には、二、三発張り倒してもまだおつりがくるというものだ。
おかげでしばらくは下界に降りられそうもない。
まったく、ちょっと甘い顔をするとこれだから、とぼやいて、優雅に宙を踏んでいる騎獣に微笑みかける。
「それに、あたしだって星彩に乗りたいもの。あんたもたまには遠出したいでしょ?」
小さな手に頭を撫でられて、騶虞は嬉しそうに喉を鳴らした。
そうよねえ、と満面の笑みを浮かべ、珠晶は心底楽しげにもう一つ腹を蹴る。
「ちょっと遠いけど、頑張ってね、星彩」
小柄な主の励ましに、くおん、と高らかな声が応える。
「いざ、清漢宮へ!」
弾むような声とともに、蒼穹に長い尾がひるがえった。
初稿・2005.01.27
ひっじょーに難しかったお題。
最初はダークな陽子ちゃんの予定でした。
(でもそれしか決まってなかった)
これが全然練れなかったので、珠晶にバトンタッチ。
そしたら早い早い。さすが珠晶。
視点を変えると視野が広くなりますね。
いくつかこういう難しいのあるんだよなぁ・・・。