台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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説教祥瓊(?)◆待つことも大切。


||24|| さぁ戻っておいで。 (祥瓊・景麒)

 磨き上げられた廊屋を、金の鬣をした青年が足早に歩いている。

 常にはやや冷ややかそうな印象を与える(かお)に頼りなげな陰が落ちて、どことなく親とはぐれた迷い子のようだった。

「景台輔」

 脇から玲瓏たる声をかけられて、青年は足を止めた。

「祥瓊」

 顰めた眉の下から、深い紫の視線が紺青の髪の少女に向けられる。

「主上は」

「積翠台にいらっしゃいます。でも今はそっとしておいてさしあげなさいませ」

「しかし……」

「景台輔」

 いいつのった先をたしなめるように止められて、景麒は口の端を下げた。

「台輔には、主上の御不興の理由を御存知ですの?」

「存じている。しかし、王たるはこのような些事(さじ)でみだりに感情を露わにするなど」

 紫紺の瞳から視線を逸らせて零せば、美しい少女は子供をあやすように笑う。

「わたくしには、景台輔のほうがよほど感情に左右されているように見えますわ」

「祥瓊」

 睨めつけても、元公主であった娘は怯みもしない。実際、(けみ)した年を数えれば彼女は景麒よりも年上なのだ。

「主上はまだお若くていらっしゃいます。王としてよりも市井の娘であった時間のほうが長いのですよ。些事といえど民に難あったは事実。傷心のお心うちをお察しになって、もう少しお優しくはなされませんか」

 言外に冷たいと言われ、景麒が不機嫌そうにそっぽをむいた。

「王は傑物でなければ国が成り立たぬ。第一、市井のことに逐一御宸襟を騒がせていては、政に障りがあろう」

「民の苦難に嘆き、御身を責められるを否とされるか」

 叱責にも似た声音に、びくりと景麒の肩が震えた。それを見遣って、祥瓊が深く溜息をつく。本当に、主によく似て不器用な僕。

「民に憐憫を垂れるとおなじに、主上にも慈悲をおそそぎあそばせ」

 麒麟は民意の具現というが、それ以前に慈悲の神獣であるはず。

 なのになぜ王を労わることができないのだろうと、彼を見ていると嘆きたくなる。

 やれやれと首を振って、祥瓊は柔らかい苦笑を唇の端にのせた。

「大丈夫、陽子は(つよ)い。それは、あの拓峰の乱を共に戦ったわたくしたちが、一番存じております。今は苦しんでも、きっと顔をお上げなさいますよ。信じて待ち、お戻りになったときには笑ってお迎えするのが、わたくしたちの役目ではござませんか、景台輔」

 やんわりとした微笑みのなかに、王に対する確固たる信頼がある。

 それを察して、景麒は瞑目した。

 誰よりも王を信じて良いはずの麒麟よりも、ほんの数ヶ月前に知己を得たばかりの少女の方が、王を信頼しているとは。

 これで宰輔とは、情けない。

 小さく息をついて、俯いた顔を上げた。

「……その通りだ。わたしも王を信じてお待ちすることにする」

 ぎこちないながらも小さく笑んで、景麒は踵を返した。

 まずは州庁へ。それから冢宰府を訪って浩瀚と打ち合わせて、雑多な仕事は片付けてしまおう。

 彼の主が戻ってきたときに、すこしでも執務が軽くできるように。

 今の自分にできることといったら、その程度のことだから。

 

 

初稿・2005.01.25




景麒が祥瓊や鈴を呼び捨てにするのって、なんだか
ものすごく違和感があるんですが・笑
「女史」とか「女御」って呼んでそう。
立ち直ったあとの祥瓊って、好きなんですよ。
金波宮でもバリバリ働いてそう。

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