台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題 作:まかみつきと
磨き上げられた廊屋を、金の鬣をした青年が足早に歩いている。
常にはやや冷ややかそうな印象を与える
「景台輔」
脇から玲瓏たる声をかけられて、青年は足を止めた。
「祥瓊」
顰めた眉の下から、深い紫の視線が紺青の髪の少女に向けられる。
「主上は」
「積翠台にいらっしゃいます。でも今はそっとしておいてさしあげなさいませ」
「しかし……」
「景台輔」
いいつのった先をたしなめるように止められて、景麒は口の端を下げた。
「台輔には、主上の御不興の理由を御存知ですの?」
「存じている。しかし、王たるはこのような
紫紺の瞳から視線を逸らせて零せば、美しい少女は子供をあやすように笑う。
「わたくしには、景台輔のほうがよほど感情に左右されているように見えますわ」
「祥瓊」
睨めつけても、元公主であった娘は怯みもしない。実際、
「主上はまだお若くていらっしゃいます。王としてよりも市井の娘であった時間のほうが長いのですよ。些事といえど民に難あったは事実。傷心のお心うちをお察しになって、もう少しお優しくはなされませんか」
言外に冷たいと言われ、景麒が不機嫌そうにそっぽをむいた。
「王は傑物でなければ国が成り立たぬ。第一、市井のことに逐一御宸襟を騒がせていては、政に障りがあろう」
「民の苦難に嘆き、御身を責められるを否とされるか」
叱責にも似た声音に、びくりと景麒の肩が震えた。それを見遣って、祥瓊が深く溜息をつく。本当に、主によく似て不器用な僕。
「民に憐憫を垂れるとおなじに、主上にも慈悲をおそそぎあそばせ」
麒麟は民意の具現というが、それ以前に慈悲の神獣であるはず。
なのになぜ王を労わることができないのだろうと、彼を見ていると嘆きたくなる。
やれやれと首を振って、祥瓊は柔らかい苦笑を唇の端にのせた。
「大丈夫、陽子は
やんわりとした微笑みのなかに、王に対する確固たる信頼がある。
それを察して、景麒は瞑目した。
誰よりも王を信じて良いはずの麒麟よりも、ほんの数ヶ月前に知己を得たばかりの少女の方が、王を信頼しているとは。
これで宰輔とは、情けない。
小さく息をついて、俯いた顔を上げた。
「……その通りだ。わたしも王を信じてお待ちすることにする」
ぎこちないながらも小さく笑んで、景麒は踵を返した。
まずは州庁へ。それから冢宰府を訪って浩瀚と打ち合わせて、雑多な仕事は片付けてしまおう。
彼の主が戻ってきたときに、すこしでも執務が軽くできるように。
今の自分にできることといったら、その程度のことだから。
初稿・2005.01.25
景麒が祥瓊や鈴を呼び捨てにするのって、なんだか
ものすごく違和感があるんですが・笑
「女史」とか「女御」って呼んでそう。
立ち直ったあとの祥瓊って、好きなんですよ。
金波宮でもバリバリ働いてそう。