台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊・鳴賢◆大学生も大変です。


||19|| 帰れ。 (秀才復活)

 夕餉の卓で、楽俊はあれと周囲を見まわした。

 いつもなら自分より先に来ている友人の姿がない。

暁遠(ぎょうえん)、鳴賢は」

 声をかけられて、楽俊の合い向かいに座った臙脂(えんじ)の髪の友人がはてと首をひねった。

「そういえば見てないな。講義は一緒じゃなかったのか?」

「一緒だったけど、おいらさっきまで豊老師のところに行ってたから」

「そっか」

 珍しいこともあるものだと思っていると、二人のあとからやってきた青年が、盆を手に先刻の楽俊と同じようにあたりを眺める。

「あれ、文張。鳴賢はどうしたのさ?」

「それが、来てねえんだよ。玄章(げんしょう)知らねえか?」

「さあ……あいつが夕飯に遅れるなんて珍しいね」

 灰青の髪をした青年の言葉に、箸を咥えた暁遠が眉を寄せた。

「だよな。いつもなら、真っ先に飛んでくるもんな」

 そうなんだよなあ、と元気な同輩の顔を思い浮かべて楽俊も首を傾げる。

「どこかでかけたんかな」

「なら先に言って行くだろ。堂室(へや)で寝てるってのは?」

「鳴賢が、飯の時間にも起きないでか?」

「ありえないよね」

「講義は忘れても、飯は忘れないだろ」

 減らず口を叩く間にも箸を動かしながら、揃って唸る。

「具合でも悪いのかな」

「鬼の霍乱っても言うしな」

「……そりゃさすがに酷いよ、暁遠。文張、なんならあとで堂室覗いてみたら?」 

 玄章に言われて、楽俊はそうすると頷いた。

 

 結局、食事が終わる頃になっても鳴賢の姿は現れず、楽俊は飯堂を出た足でそのまま鳴賢の堂室に向かった。

 こつこつと扉を叩いても、返事はない。

「鳴賢、いねえのか?」

 軽く押した扉はやんわりと開き、楽俊は目を瞬いた。

「鳴賢?」

「帰れ」

 真っ暗な堂室のなかから、聞いたこともないほど不機嫌な声がした。

「今、人の顔見たい気分じゃないんだ。帰れ」

「帰れって……飯も食わねえで、どっか具合でも悪いのか?」

「そんなんじゃない。いいから行けよ」

「鳴賢」

 唸るような声に、鋭く返す。

 怒鳴り返すかと思った堂室の主は、逆に口篭もったようだった。

 深い嘆息が窓際から聞こえる。  

 堂室に一歩入ったところで扉を閉めて、楽俊は壁によりかかった。

 真っ暗だと思った堂室のなかは、窓から入る星明かりでかすかに薄蒼い。その窓際に、不貞腐れた顔の鳴賢が座り込んでいた。

「どうしたんだ、一体」

 おせっかいな友人の問いに、むすっとした顔の青年が、無言のまま堂室の真ん中あたりでしわくちゃになっている紙切れを指した。

 拾い上げて透かし見ると、どうやら手紙。

「うちからさ。そろそろ学業を切り上げて帰ってこないか、だと」

 薄笑ったような声音に顔を上げれば、笑いの形に口を歪ませた友人が窓の外を眺めていた。

「三年允許が貰えなけりゃ退学。俺はそのうちの一年目だからな。のっぴきならなくなるまえに、稼業を継ぐとかなんとかでしらばっくれちまえってことさ」

 眉をひそめて黙っている楽俊に目も向けず、はは、と戯言めかした声が笑う。

 突然、がしゃん、となにかが砕ける音がした。

「馬鹿にすんな、まだやれるさ!」

「鳴賢!」

 玻璃に叩きつけた左手から、幾筋も赤いものが滴る。

「誰がこのまま引き下がるか。冗談じゃねえ。俺はやめねえからな!!」

 血塗れの拳を握った鳴賢が呻いた。

「……あたりめえだろ」

 椅子にかかっていた手拭を手に、楽俊はそっと鳴賢の腕を取った。

「最初できたもんが、今できねえわけねえ」

 丁寧に傷口を覆って、複雑そうな顔を向ける同輩に笑いかける。

「あとは、お前がやる気になればいいのさ。もうちっと踏ん張ってみろよ」

「文張……」

「つまづいたって、つまづいたところからやりなおしゃいい。止まっちまったからって歩くのやめたら、前に進まなくなっちまうだろ?それじゃあもったいねえよ」

「もったいない……?」

「そうさ。せっかくここまで来たんじゃねえか。ここで諦めたら、今までの頑張りが全部無駄になっちまうだろ」

 軽く肘を叩かれて、鳴賢がちょっと笑った。

「お前の話聞いてると、ものすごい簡単そうに聞こえるんだけど」

「そう聞こえるんなら、簡単にしちまえよ」

 顔を見合わせて、二人同時にふきだす。

「ごめん、面倒かけて」

「おいらはいいけど、暁遠たち心配してたぞ。あとであやまっとけな」

「ん」

 ぺこりと頭を下げた鳴賢に、楽俊が笑った。

「腹減ってるだろ。はやくしねえと飯堂閉まっちまう。あと、手も診てもらえよ」

「うん、行ってくる……ありがとな、文張」

 顔を上げて堂室を出る鳴賢に手を上げて応えながら、楽俊は安堵の息をついた。

 

 

 頑張れと口で言うほど楽でないのは楽俊とてもわかっている。

 それでも、やらないよりやったほうがいいにきまっているから。

「おいらも、頑張らねえとな」

 窓の外、遥か西方を思って背筋を伸ばし、楽俊は静かに扉を閉めた。

 

 

初稿・2005.01.20




【玄章・げんしょう】
【暁遠・ぎょうえん】
必要に迫られてオリジナル名前をちょっと。
実は友人に頼まれて作った中華風名前の流用だったり。

頑張れワカゾー!
てことで、鳴賢復活バナシ。
この題名、フツーに考えれば楽陽なんですけどね・笑
くじけながらも進もうとする若人を応援したくなりますねー。
このあたりから、オリジナルの大学生たちがちょろちょろしますのでご注意ください。
あ、楽俊はお好きな姿でどうぞ・


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