台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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櫨家兄妹◆兄という生き物は、妹には弱いもの……かなあ?


||13|| 嫌みの一つも言えるらしい。 (風来坊としっかり娘)

「あら兄様、どちらへお越しかしら」

 横合いからかかった可愛らしい声に、青年の足が縫い付けられたように止まった。

 みんな寝静まっていると思っていたのに、なんで今日に限って起きているかな。

 内心の舌打ちを綺麗に隠して向き直れば、想像したとおりの顔がそこにある。

「珍しく早起きだね。でもまだもう少し寝ていてもいいと思うけど」

 兄の威厳を持ちつつ愛想良く微笑んだが、通りすがりの町娘ならともかく、かれこれ六百年を共にしている妹には、爪の先ほどの感銘も与えなかったらしい。

兄以上のにこやかさで紅唇が笑む。

「しらばっくれないでよね。どこへ行くの、と聞いたの」

「……お前のそう言うところ、珠晶によく似てるよ」

 遥か北西の国を治める座についた少女を思いやって、利広は溜息をついた。

 わずか十二にして黄海を渡り、王になってしまった少女は、その年の子供とは思えないほど頭が廻り気が強い。

 裏返せば生意気だと言われた妹は、だがしれっとした顔で隠れ家にしていた柱から離れ、兄の傍に歩み寄った。

「まあ、あんな可愛らしい方に似ているだなんて嬉しいわ。それより、また抜け出そうっていうの? 星彩もいないのに」

 まだ開けやらぬ黎明(れいめい)のなか、甲冑に身を固めた兄に、暖かそうな旗袍(うわぎ)をまとった妹が指をつきつける。

深緑の森のような瞳から、利広がやや視線を逸らした。

 まさかその騎獣を狩りに行こうとしただなどと、言えるわけもない。

「兄様?」

 可憐な外見に似合わず気が強いこの妹は、なお恐ろしいことに勘が鋭い。

 数百年の長きに渡り、奏という大国を治めつづける王の一人であるというだけでなく、あの母と怜悧な長兄というそら恐ろしい師を持っているのだから、ある意味当然なのかもしれないが。

 心中溜息をついた利広は、腕を腰にあて、せいぜい重々しく聞こえるような声を出した。

「あのね文姫。この奏がより良くより長く発展するには、他の国との調整がなにより大事なんだ。そのために私ができることはなんでもやるつもりでいるが、その最たるはこまめに他国を歩き、世を広く見聞することにあるんだよ。私の見聞きしたことが父上のお役に立てれば、太子としてこんなに嬉しいことはない」

「という口実の元に、また脱走を企てたわけね」

「……そういう身も蓋もない言いかたはやめようね」

 十八という若年で仙籍入りした妹ではあるが、こういう容赦ないところは実は昔からだった。

 大きな舎館(やどや)をきりもりする両親とそれを手伝う兄が、糸の切れた凧さながらに飛びまわる風来坊の次男に説教を喰わせるのを間近で見ていただけあって、齢十三にして次兄に勝る口巧者に育ったのである。いまさら利広に勝ち目のあろうはずがない。

 これ以上は不利、と悟った兄は、極上の笑みを作って妹の頭を撫でた。

「まあ、母上や兄上に怒られるのはいつものことだし、そろそろ見て廻りたいところもあるからね。ちょっと行ってくるよ」

「黄海に?」

 冷静至極な声に、ひるがえした足がたたらを踏む。

「黄海はべつに見歩く必要はないと思うわよ、兄様」

「……文姫?」

 うろたえる兄に、可愛らしく首を傾げる妹。

「利達兄様が仰ってたの。そろそろ利広兄様の放浪の虫が騒ぎ出す頃だなって。安闔日も近いし、星彩がいなくなって足がない。なら次に行くとしたら黄海だろう、ですって」 

「……あーあ……」

 さしもの櫨家の次男坊も、長兄の洞察力には敵わないというわけだ。

「で、お前は私の足どめ係なわけかい?」

「まさか。あたしが何を言ったところで、やめるような兄様じゃないでしょ。兄様の放浪癖は持病みたいなものなんだから」

 さりげなく酷い言いぐさをした文姫が、だからね、といって旗袍を脱いだ。

「あたしもついていこうと思って」

「はあ?!」

 顎を落した利広に、すでに旅支度を整えていた文姫が得意げに笑った。

「兄様、今騎獣がないでしょ。他の人のを借りるんじゃ気の毒だから、あたしの吉量(きつりょう)を貸してあげる。だから同行させて頂戴ね。あ、ちゃんと兄様と出かけてきますっていう書置きもしてあるから大丈夫よ」

 まさかこうくるとは思っていなかっただけに、利広は痛み出したこめかみを押さえながら、それでも言い返す。

「文姫、私は物見遊山に行くわけじゃないんだよ」

「知ってるわよ、見聞の旅でしょ。私も見聞を広めに行きたいわ」

 厭味で言っているんだけど、という呟きは、完全に無視された。

「兄様はもちろん私も久しぶりに他の国を見られるし、父様たちに報告もできる。それに、あたしがいれば兄様は早く帰らざるを得ないでしょ。ほら、これで丸く収まるわね」

 数え上げる妹に、もはや言い返す気力もない。

「だって、父様は交州に行ったし兄様なんか黄海にまで行ったのに、あたしはどこへも行ってないんですもの。たまには他の国を見歩きたいわ」

 拗ねたように唇を尖らせるようすは、昔とちっとも変わらない。

 そして、そんな妹に甘い自分も、変わらないらしい。

 苦笑した利広は、いつのまにか落していたらしい荷袋を拾い上げた。

「お前を連れて吉量でとなると、遠出はできないな。才か、範になるけど、それでもいいかい?」

「もちろん!」

 やったと飛び跳ねる文姫を制して、(うまや)に足を向ける。これ以上邪魔が入るのはたまらないから、一刻も早く出かけたいところである。

 実際、黄海に騎獣を狩りに行くにしても誰かの騎獣を借りなければならなかったから、文姫の申し出は有り難いほうではあるが、まさか妹連れで旅に出るとは思わなかった。

「やれやれ、私の周りにはどうしてこう元気のいいお嬢さんしかいないかなあ」

 ぼそりと呟けば、耳ざとい少女が傍らから睨めつける。

「兄様、それも厭味でいいのかしら?」

「おや、厭味に聞こえたかい」

「おてんばで悪かったわねえ」

 ぷうとふくれる妹に、利広が笑う。

「いやいや、女性が元気なほうが家は落ちつくものだというからね」

「いまの台詞、帰ってきたら母様にいいつけようかしら」

「……文姫、置いて行ってもいいんだよ?」

「あ、ごめんなさいっ兄様大好き!」

 小声ではしゃぐ妹を連れて、利広は雲海を見下ろす露台を抜ける。

 水面を挟んだ対岸で、一部始終を見ていた長兄が苦笑(わら)っていたことを、もちろん二人は知らない。

 麒麟の鬣の色をした朝日が、泡立つ海原を錦に染めていた。

 




櫨家のお兄ちゃんがたは妹さんにベタ甘な方向で・
でもって妹さんはかっこいいお兄様がたのせいで他の男には目もくれないくらいのブラコンで・笑
なかなか動かなかった陽子ネタから、櫨家の御兄妹に話を変えてしまいました。
ははは。
ここんちの家族好きなので(特にこの二人)書いてて楽しかったです。

リクエストくださったインディさんに捧げます。ありがとうございました♪

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