台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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楽俊&陽子◆「恋人」ってのは無視してください・陳謝




||10|| 諦めろ、恋人。 (王様になっても、できないことはある)

「私には、死活問題なんだ」

翠の瞳と紅の髪をした少女はものすごく真剣な表情で。

そんな彼女に真正面からしがみつかれた青年は、わずかでも口元を緩めないよう、必死だった。

 

 

「舞曲?」

 滅多に聞かない単語に、楽俊はきょとんと首を傾げた。

 榻で隣に腰掛け茶菓子をつまんでいた陽子が、それに重々しく頷く。

「親しい者たちの間で、といっても、この場合は王や麒麟同士なんだけど、ちょっと宴でもひらこうかという事になったんだ。その、余興の話」

 早い話が、泰麒捜索の御苦労さん会なわけ。

 と少女。

 くだけすぎの表現に、楽俊は軽く吹き出した。

 非公式とはいえ国家間の供宴も、彼女にかかると学生の宴会並みの扱いになってしまう。

「べつに、宴を開くのはいいんだ。わたしの無茶なお願いにみんなものすごく尽力してくれたし、おかげで泰麒を探し出すこともできた。だけど」

 ざく、と乱暴な音を立てて、綺麗に切られた無花果の実に菓子楊枝が突き立てられる。

「そこに氾王様という付加価値がつくと、事はおそろしく難しくなるわけ」

「ああ、なるほどな」

 そこまで聞いてようやく、さっきから彼女のまわりに渦巻く気配の発生源がわかった。

 西の大国、範。

 かの国の人々は工芸細工に秀で、技巧の匠として知られている。

 そしてその主は、美あるを好む華麗にして典雅な、男性、である。

 友人知人たちから聞いた話を総合しただけでもなかなか難儀な御仁らしいと彼らが気の毒になるくらいだから、一応主催になるであろう陽子が溜息をつくのも無理はない。

「尭天の老舗宿あたりでやるんだって?なんか祥瓊もえらくぼやいてるみたいだな。青将軍が苦笑いしてたけど」

「祥瓊は、口で言ってるほどいやがってないよ。腕試しだと思ってるみたいだし」

 美貌の女史はかの王と張り合える稀有な人種で、今回の事にしても腕が鳴ると闘志を奮い立たせているから、むしろ押さえるのが一苦労だ。

 ぼやいているのは、それ以外の参加者である。

「延王と六太君なんか、氾王様が来るなら出席しないって最初から言ってよこしてるけど、どうなるやら」

「……いかねえだろうなぁ、あの方々は」

 氾王に対する延主従の反応など、聞かなくてもわかる。

 ははは、と渇いた笑いを口に乗せて、楽俊は陽子が淹れてくれたお茶を受け取った。

「で、その余興に舞曲があるって?」

 話を元に戻したところで、陽子がごつんと卓子に突っ伏した。

「おい、どうした陽子」

「……ひとり一芸、なんだって」

「はあ?」

 黒い目を瞬かせる青年に、陽子がふくれっつらをしてみせる。

「宴なんだから、なんか芸を見せろって言うんだ。わたしにそんなものできると思う?!」

 なるほど、ただ氾王を招いて宴を開くだけなら、準備に奔走はしても不機嫌になるはずがない。陽子が精彩を欠く本当の理由はこれだったわけだ。

 真面目だがそれだけに芸術には疎そうな彼女は、しかしその性格ゆえに無理難題をつきつけられても簡単には放り出せないらしい。

「なんか、あっちの芸とかねえのか?それなら珍しいだろ」

「だからー、そんなのできたら最初から悩まないよ。できたとしても、氾王様のお気に召すとは到底思えない。ニチブとかノウとかなら多分喜ぶだろうけど、わたしは知らないし」

「祥瓊になにか手軽なの教えてもらうってのは?」

「最初に頼んだけど、一朝一夕には覚えられないからって一蹴された。それにどのみち忙しくて全然掴まらない」

 これはどうにも難儀そうだと、青年も眉をしかめた。

 なにしろ自分は彼女に輪をかけて歌舞音曲に縁がないのだから、考えようにも案がないのだ。榻の背もたれに仰向くような恰好で唸る。

「……剣舞は?」

「それも考えたけど、舞うとなると冗祐も無理だって」

 ようやくひねりだした提案に、卓子の上から低い返事がくる。

 最後の手段も潰え、しばしの沈黙。

どうにも考えあぐねた楽俊は、ぽす、と掌を陽子の頭に落とした。

「……諦めろ、陽子」

「ええぇ?!」

 見るも情けない顔で嘆く少女に思わず笑いが零れて、そうしたら心底むっとしたようで、袍の両腕をがしりと掴まれた。

「なんで笑うかなぁ、私には死活問題なんだよ!」 

 そこまで大仰にあつかわなくてもと思ったが、普通に考えれば王には国の面子というやつもあるわけで、彼女がむきになるのもわからないでもない。

 まあ陽子自身は、難儀な課題を課せられたとしか思っていないかもしれないが。

 これ以上機嫌を損ねないよう、というより笑ってしまうにはかわいそうだったので、頑張って口元を引き締める。

「だって、演舞はともかく、陽子はこっちの楽器も駄目だろ?」

「うう……」

楽俊の袖を掴んだまましょぼくれた陽子が、どうせ芸術音痴ですよ、とぼやいた。

 その言葉に、楽俊がふと首を傾げる。

「歌はどうだ?」

「歌?」

「こっちの歌じゃなくて、むこうの歌だ。陽子が覚えてる範囲になっちまうけどな」

 歌、と言われて陽子が考え込む。

「流行りの歌は合わないだろうけど、モンブショウショウカなら、なんとかなるかも」

「モンブ……なんだって?」

 陽子と話していると時々蓬莱の言葉が出てくる。そのたびに楽俊は聞き返すのだが、たまに彼女にも説明できないものがあるらしい。

「ええと、学校で習う歌、としか言い様がないんだけど。子供向けだけじゃなくて、わりといい歌もあるかな。ただし、問題はわたしがどこまで覚えてるかなんだよね」

 真剣に考え始めた陽子は、はたと手を打った。

「六太君にむこうから本を持ってきてもらえばいいのか」

「おいおい、まがりなりにも他の国の台輔を」

 王様業が身についてきたのはいいことだが、だんだんやることが大胆になっているような気がして、楽俊が苦笑う。

「だって、わたしが渡るわけにはいかないし、景麒じゃむこうの様子はわからないもの。なにより自分たちは逃げるわけだから、弱みもある。よし、連絡してみよう」

にぎりこぶしで一人頷いた陽子がくるりと向き直って、面白そうに様子を見守っていた楽俊に抱きついた。

「ありがとう楽俊、すごく助かった!」

 それほど勢いがあったわけではないが、突然のことだから身構えているはずもなく、ちょうど少女を抱きとめる姿勢で、もののみごとに榻に倒れこむ。

「こっ、こら陽子っ!」

 感謝してもらうのはともかく、謝意の表し方に問題があるわけで。

「だからっ、そう気軽に飛びつくなって!」

 慌てて引き剥がせば、勢いで抱きついたらしい少女も赤くなってあわあわと飛び離れた。

「あ、うん、えーと、じゃ、とりあえず六太君に連絡してくるからっ」

「ああ、うん、頑張れよ」

 せわしく堂室を出て行った陽子が、扉の隙間からぴょこりと顔を覗かせた。

「楽俊、ホントにありがとう」

 花が咲いたような顔で笑って赤い髪が翻る。

 それを、安堵やら照れるやら、複雑な気分で見送った青年だった。

 

 

 




自分が実にドリーマーだと知る今日この頃。
うわー、こんなん楽俊じゃねー。陽子じゃねー。
しかしこれで楽陽とか言ったら、楽陽ファンに鉄拳制裁浴びること
まちがいなし。ふはは・
しかし、舞台は一体どこなんだ<多分金波宮。
あ、基本的に原作寄りなんで、祥瓊は歌いません。一応。


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