台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題   作:まかみつきと

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六太目線・楽俊、陽子ほか◆あてられるとはこのことだ


||1|| いやはや、参った。 (楽陽ベース六太)

 慶の王宮には、しばしば貴人の客が訪れる。

 

 慶賀の折以外には滅多に交流のない各国にあって、これは実に珍しいことである。

 もっとも、訪なうほとんどは雁の王宮関係者だから、この二国の友好関係を知る者にはさほど違和感はないかもしれない。

 来訪の頻度は別として。

 

 

 夜の夜中。

 これからちょっと慶に行くんだけど、と大学寮の窓から顔を出したのは、またしても延麒だった。

 月に何回王宮を飛び出しているやら、見当もつかない仁獣である。

「明日明後日、講義は休みだろ。とんぼがえりになっちまうけど、お前も行かないか」

 屈託のない少年に、部屋の主は笑って首を振った。

「ちょっと課題が立て込んでて、手が離せそうにないんです。折角お誘いいただいて申し訳ねえですけど、今回は」

「そっかぁ」

 残念そうに口を尖らせた六太が、じゃあさ、と使令に乗ったまま器用に窓枠に頬杖をつく。

「陽子に伝言、なんかあるか?」

 気安い宰輔の物言いに、銀の髭と灰茶の尻尾がへろりと垂れた。

「……台輔を文のかわりに使えと?」

「いいじゃんか、どうせお前のことも話すんだし。まあ日頃鸞でやりとりはしてるんだろうけど、これもついでだろ」

 なんかないのかよ、と急かされて小首を傾げた楽俊は、ああと思い当たったような顔で引き出しをあけた。

「伝言じゃないですが、こいつを陽子に届けてもらえませんか」

 ほたほたと窓際に歩み寄った楽俊が手渡したのは、油紙に包まれ、細紐でとめられた、ごく薄い箱のようなもの。

「なんだこれ、贈り物か?」

 洒落たことをしやがるとからかうと、灰茶の鼠が手を振った。

「違いますよ。以前陽子に、なにか読み書きの足しになるようなものが欲しいと言われてたんです。そのうちやろうと用意はしてたんですが、まさか金波宮宛てに送りつけるわけにもいかねえし」

 つまり、この中身は、手習い用の本というわけだ。

 微笑ましいがどうにも歯痒い二人のやり取りがいやでも想像できて、干物よろしく窓にぶらさがった六太である。

「……お前らってホント、色気のイの字もないのな」

「なにか?」

「なんでもねーよ!」

 らしいといえば確かに彼ららしいが、年頃の男女として少しは進展しないのか!と叫びたいのをぐっと我慢する。

「わかった。確かに預かったよ」

「お手数をおかけします」

 律儀に頭を下げる楽俊に手を振って、六太は使令を走らせた。

 

 

「よう、頑張ってるな」

 くだけた挨拶を受けて、書卓から顔を上げた景王が笑う。

「いらっしゃい、六太君」

 片手を上げて応えた六太に、傍らに控えていた冢宰がゆったりと頭を下げた。

「ようこそおいでなさいませ。ときに延台輔には、秋官長殿の御免状はありましょうや?」

 にこやかに微笑まれて、首をすくめた延麒である。

「ハイハイ、朱衡からな」

 懐から一通の書状を出して、浩瀚に渡す。浩瀚がそれを丁寧な所作で押し頂いた。

 六太もしくは尚隆が慶を訪なうときには、必ず秋官長楊の書状を持参のこと、と決まったのは、少し前のことである。

 つまり「慶に行きたければ朱衡の許可を取って行け」ということで、これはどうあっても脱走のやまない主従に説教の匙を投げた雁諸官苦肉の策だった。

 なぜ冢宰の院でなく秋官長の了解なのかは雁の内情を知っている者には明白で、むろん、仕事を万事片付けてからでなければ許可がおりないのは言うまでもない。

 ちなみに、もしもこの書状が二人の偽造だった場合「貴人にあるまじき振舞い」をした罪で理由如何を問わず慶から放り出せ、という厳命も付け加えられているが、これはどうやら供王の見事な下知を真似たものらしい。

慶から叩き出され、挙句厳罰の待つ玄英宮に連行されることを思えば、事前に許可の一つや二つ取ろうという気にもなるわけで、今のところこの作戦は成功しているようである。

 書状の中身を確かめた男が、再度にこりと笑った。

「確かにお預かり致しました。たいしたおもてなしもできませんが、どうぞおくつろぎくださいませ」 

 やんちゃな賓客に椅子を勧めると、浩瀚は自分の主を振り返った。

「主上もお疲れでしょう。祥瓊に茶菓の用意をさせますから、すこしお休み下さい」

「ありがとう、そうさせてもらう」

 手回よく書類を片付けて退出する冢宰に礼を言って、陽子が大きく伸びをする。その様子をみやって、六太が苦笑した。

「また根を詰めてやってんのか?」

「いや、それほどでもないんだけど。やっぱり朝から机にかじりついてると肩がこるね」

「ま、無理しないでほどほどにやれよ。・・・あ、そうだ」

 これ、と渡された掌二つ分くらいの大きさの包みに、陽子が目を瞬かせた。

「楽俊からだ。一緒に来ないかって誘ったんだけど、今ちょっと忙しいみたいでな。これだけ預かってきた」

 気軽な口調に陽子の口元が微妙に引きつった。

「台輔に宅配便させたんですか」

「……おまえらな、同じこと言うなよ」

 送り主と受け取り主に同じ反応をされたのでは、運び屋としては立場がない。

「いーんだよ、オレがなにか言伝はないかって聞いたんだから。それより、中身なんなんだ?オレが見ちゃまずけりゃやめとくけど」

「なに言ってんですか!」

 からかう六太に薄く頬を染めた陽子が、そっと包みを開く。

 厳重に包まれていたのは、薄い手綴じの本が数冊と、簡単な手紙だった。

 草色の表紙の本は丁寧に綴じてあってとても素人の手によるものには見えないが、開いた中の文字は確かに楽俊のもので。

「うわ、すげえ」

 横から覗きこんでいた六太が思わず溜息をついた。

「手蹟が見事だってのは知ってたけど、これほどとはな・・・。オレなんか五百年書いてたってここまでできないぜ」

「そうなんだ?」

 言った陽子の声音には、微かだが誇らしげな響きがあった。

 その気配に、六太はあれ、と傍らの少女を見やる。

 本を置き、書簡を開いた陽子は、なにやら楽しそうに口元を緩ませている。

 悪いとは思いつつも覗きこんだ書面には、元気にやっているか、という簡単な挨拶から始まって、同梱した本の内容がわかりやすい言葉で綴られていた。

 役に立つかわからないけれど、父親の書き付けを簡単にまとめてみた、暇なときにでも読んでくれ、こんなもんでも勉強の足しになったら嬉しい。

 朗らかで飾らない彼らしい文面に、六太もちらと笑う。

 改めて本を見なおした陽子が、その明るい色の表紙にそっと手を置いた。

「こんなにたくさん、作ってくれたんだ・・・楽俊だって忙しいだろうに」

 持ち歩いて読むのに邪魔でないよう小さめに、それを重くならないように数冊にわけて。

 ただ見ただけではなにげない書籍でも、彼の細やかな心遣いが伝わってくるようだった。

「失礼致します」

 叩扉と共に鈴を振るような声がして、茶器を捧げ持った祥瓊が堂室に入ってきた。

「よ、祥瓊」

「おいでなさいませ、延台輔」

 六太の礼節の欠片もない挨拶に芙蓉の微笑を返すと、窓際の卓子で茶器を広げる。流れるような手つきで茶を淹れながら、祥瓊が首を傾げた。

「あら、その書籍は?」

 目聡い女史に、陽子が笑う。

「読み書きの勉強にって、楽俊がつくってくれたんだ。お父さんの書き付けをまとめたんだって」

「まあ」

 群青の髪をしゃらりと揺らして、美貌の女史が微笑んだ。

「これは、勉強しないわけにいかないわね」

「うん」

 嬉しげに答えた陽子は、書簡を挟みこんだ書籍を大事そうに抱えて満面の笑みを浮かべた。

「次に会うときに、すこしでも成果が見せられれば良いな」

 ええと。

 誰と誰が、色気のイの字もないんですって?

 会話の弾む慶の君臣を見ながら、六太は祥瓊の淹れてくれた茶をすすり、自問自答する。

 楽俊は気安くていい奴だ。些細な頼まれごとでも疎かにしない義理堅い奴でもある。

 だからって、自分の勉強時間を割いてまでなんでもかんでも引きうける奴じゃ、ないよな。

 陽子だって、もとから他人の好意は素直に喜ぶ奴だけど、あんな嬉しそうな顔って、そうそう見るもんじゃねえだろ。いつもはオレたちといたって少しは王様然としてるのが、まるっきり素になってるもんな。

 ……つーことは、だ。

本人たちに自覚はない。

 それは見てりゃわかる。

 でも、なんつーかこう、醸し出す雰囲気ってーの?

 なんか、あるじゃねーか。

「あー……」

 突然ずるずると椅子から崩れ落ち始めた麒麟に、陽子と祥瓊が飛びあがった。

「六太君?!」

「いかがなさいました延台輔?!」

「なんでもねー。自業自得だから」

「ええ?」

 もしかして、自分は、トテツモナク鈍いんですか。

 訝しげに眉をひそめる二人を尻目に、ふかぶかと溜息をつく六太だった。

 帰国して一部始終を語った六太が、だからお前は底が浅いと言うんだ、と自分の王に笑われることになったのは、ごく一部の間しか知らないことである。

 




いかん、初っ端から長すぎた・・・。

六太君受難の巻。
本人たちは至って普通の友人のつもりですが。
色いでにけり、というやつか。

読み書きは難しいですね。
辞書がない(だろう)十二国は大変だろうなぁ。
壁先生に辞書作ってもらったらどうでしょう、陽子さん。
せっかく雁には海客受け入れ窓口があるんだし、先生もいい商売になりそうだが。
どうでしょうか延王様。

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