風雲の如く   作:楠乃

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戦場の上

 

 

 

 どうやらもうすぐ平安時代が終わりそうだ。

 幾ら私が歴史に疎いとしても、好きな武将やら人物やらについて、少しばかりはかじって知っているつもりだ。

 

 もうすぐ壇ノ浦の戦いが始まろうとしている。ヨシツネ大活躍である。HASSO-BEATである。

 まぁ、これは私の知っている史実通りだったらの話なんだけどね。

 これまでも色々と歴史がぶっ飛んでる事があったし、完璧に予想通りに行く訳がないと予想はしている。

 予想通りではないと予想する。それすらも予想の範囲内。うむ。我ながら何を言っているのやら。

 

 仮にヨシツネが女の子だったとしても私は驚かんぞ。もう女の子だと言える歳ではないかもしれんけどな。

 私の覚えている生誕日から数えても、もう若くはないと言えるだろう。現代換算だしこれまた歴史と違って生まれた日が変わっていてもおかしくはない。

 

 

 

 

 

 

「……で、どうするんだ?」

「どうもしないよ。見守るだけ」

「……文に見付かって物凄く怒られる未来がありありと見えるんだが」

 

 私達が『鼬塚』の武具を売りまくり、気が付いたらもうこんな時代。

 そんなこんなで時は壇ノ浦。私と彩目はありえない高さから、それを見守っている図である。

 私はスキマに腰掛け、彩目は自力で浮いている。それが実に羨ましい。浮いているのが羨ましい。

 

 まぁ、そんな嫉妬は放っておき、指で輪っかを作ってその隙間に遠見の術式を掛けて覗き、武士の戦いを監視する。監視するって言うと語感がアレだけど。

 

「もう気付いてるよ」

「へ?」

「文は既に私達に気付いてるよ。気付いてないフリをしているだけで」

「……そんな確信を持てる証左はなんだ?」

「勘、って言いたい所だけど薄々分かっていた事なんだよね」

 

 隣から『やっぱり勘だと言いたいだけだったのか……』とか聴こえたけど、無視無視。

 そんなの気にしてたら楽しく生きていけないってね。

 

「私達、薙刀とか太刀を売ってきたじゃない?」

「ああ」

「ここから見えるんだけど、『鼬塚』の銘が入った武具はここからでもかなりの数が確認出来るんだよ」

「……なぁ?」

「何ですか質問ですか。まだ質問が出てくるような解説はまだしてないと思うんだけど」

「いや、その前に前提部分が違っている」

「え?」

「お前が使っているその、遠くまで見える術を教えろ。私は確認出来ん」

「ええ? 知らないの?」

「……」

 

 てっきり妖怪退治屋として何百年もやってきたんだから、遠距離を見る為に独自の術式を持っているかと思っていたんだけど……そうか、持ってないのか……。

 さっきまで戦いを見ていたのは私だけだったのか……。

 

「おい、なんだその憐れな物を見るような視線は」

「いんや……ほら、術式……」

「やめろその同情するような悲しい喋り方」

 

 そんな戯れをしつつ、遠見の術式を文章にしたものを彩目に渡す。彼女なら自分用に独自の変換も出来るだろう。

 むしろ出来なかったら妖怪退治屋として何をやってきたのだという話になる。

 

 

 

「……ホントのようだな。確かに私達の作った武器だ」

「うん。んで話を元に戻すけど、あれだけ大量に起用しているけど、それはわざと集めないと無理だと思うんだよ」

 

 彩目が確認した所で、解説を再開する。

 ヨシツネ率いる一団のほぼ全員が『鼬塚』の武器を使っているのである。職人としては嬉しき事限りなしではあるけども、流石に少しばかり疑問を抱いてしまう。

 

 私達の商売は、基本的に固定客を持たずに移動しながら物を売っていくやり方だ。

 その為に、前回買っていったお客さんに逢う事も稀だし、逢っても売る事はほとんど無い。

 

 にも関わらず、今見ている水軍の兵士達の腰に付いている太刀、そのほとんどが『鼬塚』製なのである。

 明らかに集めてやっているとしか思えない。旅をしている道中に逢ったお客様が全員『源氏』だったというのもおかしすぎるからね。

 

 理由の一番が、ヨシツネ率いる一団と源氏側の他の一団だと全然兵装が違っているという事かな。他の奴等が使っているのは私達の作った武器じゃない。いやまぁ、使っている奴はチラホラと居るんだけど。

 比率として比べてみると、平氏側と源氏側では起用率がほとんど変わらないのに、ヨシツネ一団だけ私達の武具の起用率が異常に高いのだ。こりゃあどう考えてもおかしい。

 

 それにあの武器達は妖怪が作った事で、少なからず妖気を纏っている。

 何も知らなければ人間に影響はない筈だけれど、専門家が気付けないのはおかしいというぐらいには、怪しげな雰囲気というのが武器には憑いている筈だ。

 

 ま、私達の正体を知っている文が何かしたか、それとも妖怪の作る武器だとしても恐れないヨシツネの豪胆さがこの状況を作ったか、そのどちらかかな。

 どちらにしても、文が気付かないのはおかしい。私以上に聡い彼女が『この状況』や『鼬塚の名前』等に気付かない訳がない。

 

 

 

「なるほどな……」

「でしょ。気付いてない方がおかしいんだって」

「それにしても……随分とまぁ、信頼してるな?」

「ん? そりゃあ私の弟子だしね」

「……そういう意味じゃあ無かったんだが、まぁ、良いか」

「?」

 

 そんな事を言っている内にも、戦はまだまだ続いている。

 矢が飛び交い、船に乗り移っては切り結び、船をその物をぶつけて転覆させたり、いやぁ、醜いねぇ♪

 

 実に愚かな生物達だ。自分も含めてバカバカし過ぎて、つい笑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

「……詩菜」

 

 カチャリ

 

 そうやってニヤニヤしながら外界を見下ろしていると、いきなり首筋に刃物を突き付けられる。

 刃物の持っている方向には、彩目しか居ない。まぁ、当然っちゃあ当然だけど……。

 そんな彼女から殺気は感じられないけど……その眼には強い意志が宿っているのが見える。

 

「……これは、どういう事かな?」

「お前こそ、何の為の旅か。それを忘れたか?」

「は?」

 

 何の旅か?

 そりゃあ、文の様子がおかしいからそれを探りに来た訳であって、ん? あれ?

 いや、違う。私は文から来るなと言われているから介入する気はない。だからこうして上から見下ろしている訳で……。

 

 

 

 ああ、なるほど。

 

「……今のお前の瞳の色、教えてやろうか?」

「いや、いいよ。大丈夫」

 

 境界を操り、これまた理性と狂気の境界をずらす。

 どうやら色々と争いを見ている間に、気分が昂ぶっていたようだ。危ない危ない。

 

 私から感情の波が引いていったのを感じたのか、彩目は突き付けていた刃物を消し去った。

 

「自殺未遂とか、契約解除とか、そういう事件が起きたのに私等が何も準備してないと思ってた?」

「……いいや」

 

 彩目が『私等』と言った辺りから推察すると、紫や天魔も一枚噛んでいるのかな。

 当の本人である私ですら気付かなかったというのに、精神操作系の能力者でもない彩目が私の狂気に気付けるとは思えない。

 と、なるとだ。紫が何かしらの術式を彩目に渡したと思われる。それで彩目は私の異常を感知したと、そういう事じゃないかな?

 

 ……ま、そんな事を考えてないで精神を落ち着けろよ、って話になるんだろうけどさ。

 瞳の色も、彩目の言う通りなら真っ赤になってたんだろう。いかんいかん。

 

 

 

「やれやれ、私もまだまだだねぇ……」

 

 スキマへと寄り掛かり、空を見上げる。

 ちょいと肌寒く、まだまだ冬を感じさせる雰囲気の空。

 真下で起きている戦い・戦争はまだ続く筈だ。何日の何時までとかまでは覚えていないけど、流石に初日で戦が終わるほど簡単な戦争ではなかったと思う。

 

「……食事にでもしようか。ちょうどお昼時だし」

「え? ……高揚を落ち着ける為にというのは分かるが、戦いを見なくていいのか?」

「それほど重要じゃないしね。私達は会いに来た訳じゃない」

 

 まぁ、確かに彩目の言う通り見守るっていう事でこんな上空に居た訳だけど、私が戦を見ているだけで感情が揺さぶられるっていうのなら、見ない方が良い。

 

 それに、お腹も減ったしね! 減ったとしても喰わなくて良いんだけどね! 妖怪だから!

 

「彩目がそこで戦を見ていたい、ってんなら止めはしないよ? 別にスキマの中で保存したのを食べるだけだし、彩目はそこから見てればいいよ」

「……私としては、ここに居る事で文を待っていたのかと思っていたが」

「ん? なんでさ。今逢ったって何を話せと?」

「彼女に謝るとか」

「私が文に謝るのは君の中で決定事項なんですね分かりました」

 

 

 

 





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※術式についての解説
「遠距離を見る為に独自の術式を持っているかと思っていた」
「彼女なら自分用に独自の変換も出来るだろう」

 この作品のオリジナル設定。
 一人一人に自分の術式の言語というものがあり、術式の伝授には同じ言葉を使えないと難しい。
 中にはイメージで補っている者も居るが、基本的に言語を操れる者は自分だけの術式言語を持っている。
 例えるならば、術式というプログラムを立ち上げるのに必要なプログラミング言語が、世界中の言語や方言も入り混じって何千何万もあるという感じ。
 プログラムを実行するのが自身の肉体になる為、一つの世代で言語・術式の簡略化や変化が起きてしまい、種族が同じでも共通でない言語になってしまう事もある。



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