スキマに降りた所で、彩目の状態を確認。
真っ暗な中、呆然としている女性というのは、こう、なんて言うか……。
……いや、よそう。言葉にするべきじゃないわコレ。
そんな事を思いつつも、動かしている手や能力は彼女の身体を確認していく。
……ふむ……鼓膜とか瞳孔に異常はない。心拍数がちょいと多いけど、まぁ、異常なしと言えるレベル。
寧ろ武士である彩目が全力で死闘をしたら、脈拍なんてコレ以上になっている筈だろうし。
さてさて、そんな感じで何ら異常無しと確認し終わった所で、
両手で柏手を打つ。
パン! という音と共に彩目に掛けてた術が解除され、彼女の放心状態も終わる。武士の方はスキマへと入った瞬間に私の管理外になったので、今頃は普通に歩いている頃だろう。
まぁ、よくよく考えたら武士の方も大丈夫かなと思わなくもないけど……大丈夫だろう、多分。
それにしても、これ中々に状態確認に便利だな。暴れる患者も一瞬で沈静化出来そうな予感。
相変わらずどうでもいいし試す相手なんてそうそう居ないだろうけど。
「はっ!? あ、え?」
『うむ、経過は上々かね?』
「は? いや確かに……何処にも異常はないが……」
『そっか、なら良かった良かった』
「? ……ってそう! あの武士は!?」
『ここはスキマの中だから大丈夫。襲ってはこないよ』
襲ってこれるとしたら、あの武士が空間操作系の能力を持っているか、はたまた紫が敵になったのかどちらかである。
どちらもにしても、そんな強大な力を持ったアイツなんて絶対に勝てる気がしなくなるけど。
逆に襲いかかって来れるという事は状態に異常もなかったという事で安心……あれ?。
ま、まぁ、何にせよ先程の場所から少し離れた所から旅を再開する事にしよう。その為にもスキマ内をちょいと移動。
「おい! 放っておいて良いのか?」
『いいと思うよ? 別に問題があるって訳でもないでしょうに』
「それは、確かにそうだが……」
問題があるとすれば、『文が気に掛けている人間って、あの武士だろうなぁ』と予想出来てしまっている私の状態なのだが。
いやもう……分かっちゃったんだもの。仕方無いよね?
思いっ切り接触しちゃったよ……どうしよと、内心ハラハラドキドキである。そんな一面を見せないようにしているけど。
「……どうやったんだ?」
『何が?』
「どうやって、私とあの武士を倒したんだ?」
どうやら見切る事すら出来ずに私に倒された事を悔しがっている様子。
ふはははは! 親は子、じゃない逆だ。
子は親を越えられぬのだよ。妖怪なら尚更な!! 噛んだからカッコつけられないけどな!!
まぁ、そんな事は置いといて、結論としては簡単である。
『真上から衝撃を叩き付けただけだけど?』
「……はぁ?」
刀を抜いた一人と相打つもう一人が過敏に反応したのが成功の要因かね。
二人ともに攻撃のタイミングがほぼ同時、ってのが幸いした。
『刀を抜いて、振り向くその不安定な体勢の二人に、真上から圧縮した空気を落としただけです』
「なっ、そんな馬鹿な!?」
『いかんよ彩目ちゃん。敵を警戒しすぎて視野が狭くなってるよ?』
「だからと言って仲間が攻撃すると思うか普通!?」
『そう? 依頼完遂して口封じされそうになる体験とかって、ない?』
「……」
そこで黙ってしまう彩目。慧音とかなら兎も角、彼女なら経験は沢山あるだろう。主に体格の所為で。
……ま、もしかすると異常な身長は私の所為かも知れないから、追及したり言葉に出して言う事はしないけど。
何はともあれ、これが二人同時昏倒の詳細である。
彩目は何処か納得してない様子だけど、どう足掻こうがそれが先程私のした事である。
まぁ、他に誰かが何らかの術を使っていたかもしれないねぇ。
私が訊かれたのは『私が何をしたか』だし? 私に答える義務はないかな。
とは言え実際に誰かが手助けしたかなんて全く知らないけど。
『……ま、何はともあれ再出発! ね?』
「はぁ……はいはい」
『ハイは四回だっけ?』
「知るか……あと私が初めに言ったのは溜め息だ」
『あらそう、残念』
「……やれやれ」
▼▼▼▼▼▼
ようやく鞍馬山に到着。
とは言え、到着したのは鞍馬『寺』ではない。
鞍馬山の奥にある、『天狗の隠れ里』とでも言うべき場所だ。
いやまぁ、流石に隠れ里と呼ばれるだけあり、私達が見付けられるほど簡単に到着したりはしなかった。
強力な妖術で誤認結界でも張られていたんだろうね。本当に山を何十周した事やら。お陰で近辺の寺にいた妖怪退治屋に何度見付かった事やら。
まぁ、隠れ里の天狗に逢う事が出来たから助かった。更に向こうも私達の事を知っていたのが特に幸いしたかな。
見付けてくれた天狗の彼に拠点まで案内していただいた。場合によっては山中で何日か泊まる事になるかなとか考えてたよ。
「こ、こちらです!!」
「ああ、ありがとう」
「いいっ、いえいえ! 有名な詩菜さんとその娘さんですし、これくらいは普通です!!」
「……」
『……言っておくけど、私は何もしてないよ』
『ああ……分かってる』
なんだろう。ド田舎に何故か来た有名人と、それに騒ぐ村全体の図を彷彿とする。
つーか、神様として旅してた時に何回か遭遇した場面だけど、何回味わっても慣れないわコレ。
つまりはどうやら、ここでも『鬼ごろし』の崇拝はまだまだご健在のようで。
……あっ!! 勇儀とかに『鬼の裏四天王』とかの話訊くの忘れてた!! つーか三船村での体験を書いた時に思い出したのに何で訊かなかった私!?
ま……まぁ、いいや……いっその事忘れよう……うん……。
そんなどうでもいい事を思い出して忘れている間に、先程の天狗達がバタバタと走り回っている。
岩陰の下にひっそりと建っている幾つかの家。ここが彼等『鞍馬天狗』の本拠地なのだろう。
隠れ里にしては、結構小さい気がしなくもない。いや隠れ里だからこそ合っているのか? どうでもいいけど。
まぁ、その中でも一番大きい家に通された私達。
座布団に座らされてお茶を出されたのは別にいいけど、彼等に座布団は無いのだろうかと思わなくもない。というか思う。
木材の上に正座は辛すぎないかい? 唯でさえ天狗は身の丈が大きいと言うのに……。
「そ、それで、本日はどのような要件で
「ああ、それはこっちが……って喋れないんだっけか」
そう。要件を伝えたくても私は喋れないのである。未だに口元に包帯巻いてるし、舌はちょん切ったままだしね。
とは言え、私だってここに来るまでの間に何もしていなかった訳ではない。折角音に関する操作も出来る能力を持っているのだから、有効に使わないとねぇ?
言葉とは、言霊などの力を考えなければ単なる音の波動でしかない。
私はいつも能力をどういう風に役立てている? 何かしらの音を探知し、位置を割り当てその物の動く風を感じている。
それならば風をうまく操り衝撃を織り交ぜれば、擬似的な『声』という物を発する事は出来ないものだろうか?
結果的に言えば、考え自体は合っていると思う。だが如何せん上手く出来ていないというのが現状。
「キキトリヅライダロウケド、コレデハナサセテモラウヨ」
「……予想はしていたが、まさか本当に口がなくても喋りだすとは」
「は……?」
彩目の辛辣なコメント。どうやら私が舌を切られてもその内喉がなくても喋りだすだろうと一応は予想していたらしい。
つまらぬ。もっと驚いてくれればいいのに。影で練習した意味が無いじゃないか。まったく。
対照に天狗の反応はと言えば、あっけらかんとしている。と言うか呆然としている。
まぁ、とんでもない声が私から聴こえているけど私に喋った様子はないから、それで混乱でもしているのだろう。
もしかすると妖怪の山で私の肉声を一度聴いた事があるのかもしれなくて、現状との差に驚いたのかもしれないけど。そこらはどうでもいいか。
「アヤメ、キキトレル?」
「……聴き取れる事は一応出来るが、結構難しいと思うぞ。注意しなければまず無理だろう」
『ん、じゃあこっちでそのまま伝えてくれる?』
「結局そっちになるのな……」
「あの……?」
とは言え、そんな無謀な事をして天狗さんを困らせるのもあれだしね。聴いている振りをされて内容を理解されていないというのは止めていただきたいし。
天狗さんがオタオタとしているが、これからは彩目から私の聴きたい事を伝えてもらって、それから聴き出す事にしたと伝えてもらい、ようやく文の現状についての話を聞く事が出来た。
とは言え、話を訊くと言っても彼女の現在地とか例の人間についてしか訊かないし、行動を起こすつもりもないから、それほど聞き出す情報というのはあんまりなかったりする。
『ふむ……それで、文の居場所は?』
「……文の居場所は?」
「彼女は此処にはいませんよ。さっきまで居ましたけど人間と共に何処かへと……」
「……」
やっぱり、人間と共に向かったかぁ……さっき人間と出遭った時に逢わなかったのは物凄い幸運だったのかね。
いや……それとも向こうはこっちに気付いていて、それで人間だけ先に向かわせたのかな? それなら私と彩目が気付かないのがちょい不自然かなと思わなくもない。
でも仮にそうだとして、人間だけ向かわすってのもおかしい。私等を信頼して、人間だけ向かわせたのか? それなら姿を見せないのがおかしいと思う。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず。無情だねぇ。
まぁ、いい。後で本人から聴けば良いだろうし、あの武士に近付く気もそんなに無いし。
……あ、そうだ。
大体は予想出来てるし話を聴けば聴くほど確信に近付いているけど、一応訊いておこうか。
『その人間の名前は?』
「……その人間の名前は?」
「え〜と……稚児名が
はい、ビンゴ。ヨシツネキタコレ。